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しらないところで  作者: 南 紅夏
変動編

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変人カウンセラー

 翌土曜日は、良く晴れたいい天気だった。

 湊太は学校に行くより少し早い時間に起きて、準備を始めた。


 パンにチーズをのせてオーブントースターに放り込み、小さいフライパンに卵を一つ割入れ、縁の辺りに少し水を垂らすと蓋をした。

 レタスを千切って4人分の皿に盛り付ける。冷蔵庫からキャベツを出し何枚か剥ぎ取り、手早く洗って千切りしていると、もそもそと夕湖が起きて来た。

「あれー、今日って出かけるんだっけ」

「うん、大牙さんの知り合いのとこに進路相談。アキバ寄るから遅くなるけど…夕飯までには帰るはずだから」

「へえー…一人で?」

 夕湖の口がニヨニヨと笑いをこらえたように歪んでいる。

「ユリカも一緒だよ」

 なるべく母親の顔を見ないようにトースターのタイマーを回すと、ミニトマトを添えてサラダを仕上げた。


「あー、キャベツとレタスだけのサラダ、3人分冷蔵庫入れてるから。トマトかキュウリは勝手にのせて」

「わーありがと!最近はもう私より千切り上手だもんなあ」

 母親からのお世辞を聞き流し、インスタントのコーヒーを淹れる。焼き上がったパンの上に目玉焼きをのせると、上からマヨネーズと胡椒をトッピングして席に着いた。


「腹立つくらい手際いいなぁ」

 夕湖もそう言いながらコーヒーだけ淹れると、湊太の目の前に座った。

「そんなに進路焦らなくても良くない?学生生活楽しめばいいのに」


「…いただきます」

 湊太は手を合わせると、箸を手に取った。それと同時に、昨日初めて会った二人の3年生が頭に浮かんだ。

「うん、3年の先輩でまだ何にも決めてないって人いたけど」

 凛空も蒼空も、どちらも進路を決めていなかった。しかも、全く焦っている風でもなかった。それだけでは、実際の心の中は推し量れないのだけれども。

「なんか、これって目標がないのがイヤって言うか…怖いというか」


「移住も手だよ?アンカーちゃんたちの世話係、人手不足で困ってるみたいだし」

「…それは…イヤじゃないけど…」

 ため息をつきつつ、湊太は目玉焼き乗せ食パンにかじりついた。

 15年間、人生のほぼ100%を生きてきた地球を、いきなり捨てる人生は考えにくい。よっぽど嫌な事があったらすぐにでも逃げ込みたくなるかもしれないが、今のところ少々のイヤな事はあっても、地球から逃げ出したくなるほど絶望はしていない。

「それは、最終手段って事で取っとく」




 由梨香が髪形を崩したくない、とゴネたので、折角のいい天気だったがバスで駅に向かった。いつもより遅いバスだが、雨の日の通学と一緒の感覚だ。いつもと違うのは、途中で乗ってきた由梨香の髪にリボンがついている事と、駅で秀人やなのはと合流しない事くらいだろうか。


 電車は混んでいるというほどでもなく、並んで座れる席が丁度確保できる程度には空いていた。

「武流、凄かったな。シュートと変わんないくらいやり易かった」

「分かる!私も思った!あれでそんな得意でもないってウソでしょって感じ」

「ソロでランダムチーム組んでて、いいとこ生かせなかっただけかもな。やっぱちゃんと考えて作ったチームって強いんだよ」


「そういや昨日、駅で凛空先輩何やったの?全然気づかれなかったみたいだけど」

「まあ、いつもと囲んでる顔ぶれが全然見知らぬ人ってのもあっただろうけどさ…」

 イヤに目立つ湊太の明るい髪色を、カバンを高い位置で持つことで隠してくれた話をした。

「勉強できないような言い方してたけど、なにげに知能派だな~」

 由梨香が感心したように目を見開いた。

「そりゃ、附属上がりなら元々頭悪いわけないんだよな」


 そして昨日の帰り、早紀の心配をして凛空や恵麻に呆れられた話もした。

「私も、湊太の良いところはそういうトコだってのはわかってるけど、正直イラっとするわー」

「…ゴメンナンサイ」

「まあ何時間も居座って風邪ひかれても、ちょっと悪い気はするでしょうよ。うっかりおまわりさんに職質でもされたら、もっと後味悪いかもしんない。それは分かるけど!…それで責任感じる必要は全くない。…それと」

 何か言いかけて、由梨香が少し言い淀んだ。

「え、何?」

「うん…大岩が昨日、何度か湊太単独で捕まえたかったっぽい。知ってるんじゃないかな、この件。一試合終わるごとに手挙げかけて、蒼空先輩が湊太の名前出すたびにそっと下ろしてたから」

 そう言えば交代でチーム戦をやっていたが、湊太は出突っ張りだった気がする。組替えの度に蒼空が「湊太、今度はあっち入って!」と言っては使い続けていた。

「うーん…そっか…」

「中3の3学期は一部高校の授業に入ってたから、あの先生のキャラももうだいぶ分かってんだよ。多分こういうめんどいの、逃げたいタイプのはずなんだよねー…」




 乗り換え一回で、すぐに目的の駅に着いた。

 湊太は大牙から貰ったカードのスクショを確認しながら、目的のビルを探した。

「あった…ここだ」

 約束の10時には少し早い。早めに来い、と大牙がらのメッセージにもあったので、そのままビルに入った。

「4階…」

 スマホのスクショを見ながら、エレベーターのボタンを押す。


「こころサロンcolza…ここだ」

 ビルの下あたりから、由梨香が大人しい。不安そうに、ずっと湊太の袖を掴んでいる。

「大丈夫だって、大牙さんは何か考えあるんだろうから」

「湊太の大牙さんに対する信頼度の高さがまた怖いわ」

 ドアの前でごちゃごちゃと言っていると、中から扉が開いた。


「もー、そんなに難しく考えない!今日は貸し切りだから入って入って!」

 セミロングの髪をハーフアップにした、かわいらしい雰囲気の女性が出て来て、二人の腕を掴んで中に引っ張り込んだ。

「湊太くんと由梨香ちゃん、だね?私、木原里菜子、大牙の同級生です」

「あ…はじめまして、今日はよろしくお願いします」

 湊太が頭を下げた。

 由梨香も慌てて

「よろしく…お願いします」

 と湊太に倣った。


「え…今日、貸し切りなんですか?」

「うん、ここ、私と先輩の二人でやってるんだけど、元々土曜は午前中だけなんだ。午後は1週間のまとめと反省会と、たまにVIPの客さんが入ることもあるけど。だから夕方まで話し放題よー!」


 カウンターのある待合室らしき部屋を抜け、奥の部屋へ案内された。

「ささっどうぞ、座って座って」

 窓際にデスクがあり、真ん中にソファとテーブルがある12畳くらいの広さの部屋だ。黄色やオレンジで明るめの小物があちこちに配されている。デスクの横の壁際には棚が並んでいて、本がびっしりと並んでいた。


「ごめんね、ちょっと手間だとは思うけどこのカウンセリングシートに記入お願い。…大牙から聞いてるのは、進路相談と…ストーカー問題。さて、どちらから行こうかなぁ。…ユリカちゃん、緊張してるなぁ。カウンセリングとか必要ないって顔に書いてあるぞ」

「えっ…と」

 由梨香が、バインダーを手にしたまま少し気まずそうな顔をした。

「うん、そんなに深く考えないで。大牙も私が二人に道を示せるなんて思ってないはずだから。あいつが何考えてるか私も分かんないけどね。…あ、何か飲む?コーヒーか紅茶か…炭酸もあるけど」

「じゃあ、紅茶お願いします」

「私も紅茶で」


「史華さん、紅茶3つお願いします」

 窓際のデスク上のマイクに向かって、里菜子は紅茶をオーダーした。

 そしてソファに戻ってくると、カウンセリングシートを書き終わった湊太の方からバインダーを受け取った。

「うーんと、湊太くんもやりたい事も進みたい道も特にない状態って事だね?」

「はい」

「趣味がゲームと…料理得意っていいじゃん。でも、そっちに進む気はない、と」

「そうです」

「うー…大牙が何を狙ったのかがそもそも分かんないな。ちなみに聞いてもいい?君たちと大牙の関係。どういう知り合い?」

「えーっと、俺の祖父と、大牙さんの上司が知り合い…でその関係と言いますか…その上司が俺たちの面倒見るのを大牙さんに押し付けた…的な?」

 改めて問われると、説明が難しい。特に先週末にあの説明を聞いた後だからか、更に難しく考えてしまう。


「ふうん…じゃあ、私と大牙がどういう知り合いかは聞いてる?」

「えーっと、大牙さんの彼女さんの美雨さんの、幼馴染って聞いてます」

「…なるほど、そこまで話してるか。じゃあ上司の押し付けが面倒になったわけじゃなくて、それなりに君たちの事を思って私を紹介したんだな」

 そう言いながら、里菜子は由梨香のバインダーを受け取った。


 ドアがノックされて、すらりとしたイケメン…に見える女性が入ってきた。

「今日は受付の子がいないから、私みたいなのがお茶運んできてごめんね」

「え…?あ、いや、カッコイイです!」

 由梨香が少し嬉しそうに返した。

「進路相談終わったら、ストーカーの件は私も一緒に聞くから。宝来史華です、よろしくね」

 自己紹介しつつ、そのイケメン風姉さんは二人の前に紅茶を並べた。


「…いや、もう進路相談終わりです…」

 由梨香のバインダーを持ったまま、里菜子の顔が若干怒っているように見える。

「ん?どした?」

「あのクソ大牙が!あいつ私の事担ぎやがったな」

「おーい、まじでどうした!?…ごめんね、ちょっと失礼」

 由梨香と湊太のカウンセリングシートをざっと見て、

「…あー。…そういう事か。ふふっ」

 目元の涼やかなイケメン美女は、ふっと口元を緩めた。


「え?え?どうしたんですか?」

 自分の書いたシートに何の問題があったのか分からず、由梨香がオロオロしている。

「私達はね、どうやら進路相談に関しては別の役目があるみたい。恐らく美雨さんの彼氏は、君たちを昼過ぎまでここに引き留めておいて欲しいみたい」

「はあ??」

 史華の言葉で、由梨香が途端に不機嫌そうな声を出した。

「あー。そうだよね、訳わかんないよね?ストーカーの話しようか、今なら私、大牙への怒りで耐えられそうな気がする」




 湊太は早紀に関する事を、中学二年の時の出来事から現在の状況までを説明した。そして今現在、由梨香に恋人のフリをしてもらっているももちろん話した。

 自分の認識していた事、それと今までの認識をひっくり返す美奈子から聞いた情報を、なるべく自分の体験した順番で話した。


「なるほどなぁ…史華さん、これまだ何とかなるタイプな気がしません?」

「うん、タイプとしては『拒絶型』だとは思うけど、まだ自制が効いてる気がするなぁ…」


「えーっと…どういう事ですか?」

「まあ、私達も私ストーカーですって人と直接話をしたことがあるわけじゃないから、過去の事例でしか分からないんだけどさ。なんかその子、まだギリ踏みとどまってるって感じがするんだよ…例えば、家の前まで来た、とか、そう言うのはないんでしょ?」

 史華が確認するように湊太に問いかける。

「…ない…です。確かに」


「彼女の行動を、彼女の立場になって考えてみて。付け回してるようだけど、犯罪者にはなりたくない。中学生の時ならコンビニ、電柱の影、それは全部お互いの通学路が重なったところじゃないの?」

「…そうですね」

「引っ越した後は追ってこない。今も、待ってるのと付いてくるのは通学路が重なる駅と電車だけ。家の方角の違うバスには目もくれない。彼女が作りたい状況って、あくまで『偶然会えた』じゃないのかな」

「ストーカーになりたくないって事ですか?」

 由梨香が質問した。

「本人と話したわけじゃないから、あくまで行動からの推察だよ?」

 史華がマグカップのコーヒーを一口飲んだ。


「行動としては異常だし、間違いなく執着はある。だけど自分の中に踏み越えちゃいけないラインがあって、そこはきちんと守ってる…風に見える」

「つまり…どういう事でしょう」

「彼女の目標は…その、お友達が言ってた『話したい』なんでしょ?一回、ちゃんと話してみるのもアリかな。まだ話が通じる相手って気がする。もちろん、お互い第三者を二人ずつくらい引き連れて。二人っきりは絶対ダメだよ」


「その時は、思いっきり悪者になって、傷つけに行ってね?少しでもいい人に思われたいとか、そういう事一切考えちゃダメ。きっちりフッてくる」

 里菜子が由梨香に目線を移した。

「その時は、ユリカちゃんの存在は効果的だと思うな」


「あの、刺されるとかそういう事はないですか?」

 由梨香が不安そうに顔を上げた。

「なさそうな気もするけど…完全にないとは言い切れない」

「…でも、ちゃんと『計算してる』子に思えるんだよ…だったら、まずない。…でも一時的に感情高ぶっちゃって執着ゲージ振り切っちゃったら…分かんないなあ」

 里菜子と史華が顔を見合わせ、意見をすり合わせている。

「あー…ちょっと私、立ち合いたい」

「わかる。なんならリモートで中継して欲しい。せめて録音」

 途中から、好奇心の方が勝ってきているように見える。


「面白がってます?」

「いや、こういうのって膨大な事例の積み重ねなのよ。実物いるならぜひ会ってみたいというか」

 湊太が睨むと、史華が若干目を泳がせつつ弁明した。

「ボディガードなら大牙立ち合わせれば?あいつなら少々刺されても構わん」

「なんてことゆーの、アンタは」

 昔なじみの気安さとはいえ、とんでもなく酷いことを言う里菜子に史華が叱った。


「いやまあ、大牙さん大阪から呼ぶわけには…それに、俺たちに鍛え方とか戦い方とか考えてくれてますし」

 湊太も、大牙には十分良くして貰っていると思う。盾にするような真似なんて考えられない。

「戦い方!相変わらずあいつ戦闘民族だな!?」

「…里菜子さんも大牙さんちに戦い方習いに行ったって聞きましたけど」


 湊太のその言葉で、史華と由梨香が興味津々の顔で里菜子の方を見た。

「…っと待て、あいつ湊太くんにそういう事まで話してるの?」

 眉間にしわを寄せると、里菜子はちらりと時計を見た。


「とりあえずストーカー問題は一旦ここで話終了って事で良いかな?だったら、こっちも暴露してやるわ、大牙の学生時代!」

 とても悪い顔で里菜子が笑った。

「聞きたいです!」

 由梨香がめちゃくちゃいい笑顔で食いついた。


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