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しらないところで  作者: 南 紅夏
変動編

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変化の気配

ゲリラ更新

 月曜は朝から雨だった。

 雨は嫌いではないのだが、昨日の話のせいか今日は気分まで暗くなる。


 胸の奥の方に若干の重みを感じながら、湊太は家の近くのバス停から空に近い状態のバスに乗った。

 それに引き換え妹の朝海は学校にも慣れ始め、今日は駅から友達と一緒に電車に乗ると言って楽しそうだ。


 坂を下ったところのバス停で由梨香を見かけると、妹は一瞬にやりと笑い、わざわざ少し離れた席に移動した。

「おはよー」

「朝海ちゃんおはよー!湊太おはよ。ごめん、今日は色々ヤバいわ…」

 由梨香は一度後ろの朝海に声を掛けると、湊太の隣に倒れるように座り、ぎゅうっと隣人の腕を掴んだ。

「おはよ。なになに、何がヤバいの」

「筋!肉!痛!」

「ああ…おう。そりゃ…効果覿面でヨカッタネ…」


 途中でバスが、歩いているなのはと秀人を追い越した。

「あの二人の組み合わせ、未だになんか不思議なんだよな。…つか、中学時代もシュートが女子と2ショットっての、見た事ないから…」

「幼馴染って言っても中学の間全然会ってなかったみたいだし、見た目の系統真逆だからね~。中身はどっちも強烈にオタだけど」

「あー、まあそうだけどさ」

 そう言う意味では気が合っているのか、と思いながら窓を伝う雨粒を湊太は眺めていた。


 駅に着くと、朝海は友達の姿を見つけて走って行った。

「うー、今日もいるのかな」

 朝海に気を使っていたのか、妹が離れてから由梨香は不安そうに呟きながら、でも手はしっかりと湊太の腕を掴んでいた。

「ちょっと…重い」

 湊太が、ロボのようなぎこちない動きをする由梨香を不満げに見た。

「重いゆーな」

 反論しつつも、いつものように手を放してグーパンする余裕もないらしい。

「動き始めたら何とかなるからぁ。もうちょっとだけ…全体重かけさせて」

「マジで重い」


「おっはよー。おー、朝っぱらからイチャイチャしてんなぁ」

 傘をくるくる回しながら登場したなのはが、笑顔で由梨香に体当たりしてきた。

「うわやめろ!まじで!!」

「…ひょっとして筋肉痛?」

 動きを見て、なのはは早々に由梨香の状態に気付いたらしい。

「そーだよ!あ、階段やめて、スロープでぇ!」

「はいはい」

 湊太は笑いながら由梨香を引っ張った。


「イチャイチャというか…これじゃ介護だな」

 二人の様子を見て、秀人が苦笑した。


 ロボ化している由梨香のせいで、今日はどこに早紀がいたのかを気にする余裕がなかった。

 ただ、秀人が

「見当たらないな…」

 と言っていたので、本当に居なかったのかも知れない。




 学校に着くと、既に教室に早紀がいた。

 教室に入ろうとしたところで美奈子がやってきて、なのはだけ攫って行った。

「週末の間に何かあったのかな?」

 湊太が早紀の方を見ずに小声で漏らすと、

「ま、なのはを待ちましょ」

 と由梨香も彼女の方を見ることなく席に着いた。




 昼休みは積極的に早紀に話しかけに行く女子がいて、昼食もその子たちに引っ張られて由梨香やなのはと同じ集団で食べていた。

 先週の彼女は誰かと食べていたのか、独りで食べていたのかどうかも、湊太の記憶にはない。ただ、何か流れが変わったような気がして湊太は少し安心した。


 放課後は、先週に引き続き部活見学が行われていた。

「どうせ辻井が『コインロッカーの幽霊』のままなら、俺たちパソコン室行っても良くない?」

 早く彰斗や和美と手合わせしてみたくてしょうがないらしく、秀人はもう他の部活見学ももうどうでもよさそうだった。

「うーん…それが、何だか様子が先週と違うんだよな…」

 早紀に何かあったのか、情報共有が行われないままだったので湊太も良く分かっていない。クラスの違う秀人は更に状況が分かっていないだろう。しかし変化があったのであれば、部活見学に来ていても不思議ではない。

 朝から感じる少しずつの変化がどういう事なのか、なのはに聞くしかない。しかしその情報源は、由梨香をガードするという役割でパソコン室に行っているのだ。


「なのはは結局eスポーツ部入るのか?」

 なのはの事は、朝夕一緒に歩いているシュートの方が詳しい。迷わず湊太は幼馴染に尋ねてみた。

「ああ…あいつは、中学生の時からの美術部と、兼部でeスポーツ部に入るって言ってた。もうどっちも入部届出したって」

 毎日由梨香にくっついてパソコン室に行っているのだ、誰から見てももうすっかり部員だろう。



 雨天のせいで、外でやる運動部系が軒並み見せ場をなくして困っている状態だった。

 体育館に回ってバスケ部やバレー部をさらりと流して見てみたが、秀人の顔が「興味のなさそう」を通り越して「無」だ。

「ごめんごめん、興味ないのは分かってたけどそこまで『無』になるとは…」

 魂が抜けたような顔の秀人を見て、湊太は必死に笑いをこらえていた。


 部室棟に戻り、eスポーツ部の部室のすぐ隣の写真部、登山部などを回り、2階に上がろうとしたところで階段を下りてくる美奈子と早紀に出会った。

「あ…」

 こんな状況をうっすら考えはしていたが、予想できていなかった。不意打ち過ぎて湊太は言葉を失った。

「あー…部活見学?」

 湊太をかばうように秀人が前に出た。しかし中学生時代を振り返っても、秀人が早紀と話しているのを湊太は一度も見たことがない。彼が話しかけたのは、先週会話してまだ慣れている美奈子の方だった。

「うん。シュートも?いい部あった?」

 美奈子も特に気負わず返した。

「今のとこ、意外に面白かったのは華道部かな」

「え、まじで?ウケる」


 秀人の手が、背中の方で湊太を追い払うように動いた。

「あ、じゃあ俺は先に戻ってる」

 湊太は友人の厚意に甘えて、とりあえずその場を離れることにした。

 早紀の足がふらりと湊太を追うように動きかけたが、美奈子ががっちりと彼女の腕を掴んで、離さなかった。

「そっちは?気になったのあった?」

「あー、うん。茶道部がお茶菓子美味しくて」

 腕を掴まれたまま、それでも早紀の目は湊太の消えた渡り廊下を見つめ続けていた。




「お邪魔しまーす」

 秀人が1-4の教室を覗き込んだ。

「ごめんシュート、ありがと、助かった」

 1-4は先週末と違ってまだ数人の生徒が残っていた。秀人は入るのを一瞬躊躇ったが、残っている生徒中に蓮もいて

「おーシュートじゃん、まあ入れよ」

 と呼ばれたので、おそるおそる教室に踏み込んだ。


「蓮…久しぶり」

「そういや久々だなー。シュート、メチャクチャ背伸びてるじゃん」

「そうでもないよ…なんで蓮残ってんの?」

「俺ね、生物部なんだけど、先輩から誰か連れて来いって言われてさぁ…めんどいからサボってた」

 湊太の斜め前の席に座り、後ろを向いて蓮は悪ガキのような顔で笑った。


「そういや、化学部行ったけど生物部と地学部は行かなかったよな」

 湊太が机に倒れたまま顔だけ横に向けて秀人を見た。秀人は先週と同じように湊太の隣の由梨香の席に座った。

「そういや行かなかったな。ユリカが化学部入るって言ってたから見に行っただけで…え、蓮、生物とか好きだったんだ」

 小学校も違い、塾が一緒だっただけなので、秀人は元々そこまで蓮と親しいわけでもない。

「うん、恐竜好きなんだよねー」

 嬉しそうにそう言った蓮から目を反らし、秀人は何か言いたげな顔で湊太を見た。大して詳しくもないクセに恐竜のような生物と戯れていた湊太が、申し訳なさそうな微妙な表情をしていたからだ。

「そっか…」

 湊太から目を反らし、秀人は一言そう返した。


「それより、何かあったのかよ。今日は早紀、お前らより早く来たじゃん」

 小声で蓮が二人の顔色を窺いつつ訊ねて来た。

「…いや、俺たちも何だか分かんないんだよ…てか、蓮もいつもなにげに来るの早いよな?」

「メダカとトカゲとかの世話があるからな」

 楽しそうに蓮が笑った。

 いつも一番に来ているのは、思いのほか生物部らしい理由だった。


 湊太と秀人のスマホが同時に鳴った。

「ユリカからだ…」

 通知画面に

『フードコートに行っといて』

 と出ていた。

「ああ、もう終わる時間か…俺も先輩に誰もいませんでしたーって言ってくるわ…まあ、あと2日あるから、気が向いたらウチも覗きに来いよ」

「ん、気が向いたらなー」

 湊太は笑いながら席を立った。






 フードコートに全員が揃ったタイミングで、なのはが朝の短い時間に美奈子から聞いた話を教えてくれた。

「美奈が親に相談したらしいのさ。そしたら、土曜日に元々母親同士がランチの約束してたらしくて…」


 土曜日、美奈子が親と共に早紀の家に遊びに行き、それぞれの母娘4人でランチをした。食後、美奈子が早紀の部屋に遊びにき、その隙に美奈子の母が早紀のストーカー行為の話をしたらしい。

 早紀の母は、

「毎日変に帰りが遅いから、おかしいとは思っていた」

 と言っていたそうだ。


 小学生の頃からずっと好きな子がいたことも、一瞬付き合ってすぐ別れたことも、母親は知っていた。とても落ち込んだ姿も見ていて、その後すぐに毎日の帰りが遅くなり、でも元気になったように見えたので、特に咎めなかったとの事だ。


 その間、美奈子は早紀の部屋で由梨香の話をして早紀の様子を見ていた。

「あいつ、誰から声かけられてもNOだったのに、まさか入学早々ああなるとは思わなかったー!早紀ももう、もっと他のいい男探しなよ」


 美奈子は「あの二人付き合い始めたの知ってる?」と聞くのではなく、淡々と「知ってるとは思うけど」という言い方で事実を突きつけてみたのだ。


「一度…ちゃんと…湊太と話したい…」

 そう言って、早紀は泣いていた。


 そして今朝は、何も知らないフリをして母親が

「今日出かける用事があるから、途中まで一緒に行こうよ」

 と言って、早めの時間に一緒に電車に乗ったので、待ち伏せも出来ずに早く学校に着いたという事だった。




「今日は、帰りもお母さんが時間合わせて来るらしいから。まあ、毎日使える手じゃないから、これで明日から大丈夫かって言うと分かんないんだけどさ」

 なのははやれやれ、と両手を広げてため息をついた。


「美奈のお陰で一歩前進…かな」

 由梨香も肩の力が抜けたように椅子に縋った。


「まあ明日以降、また待ち伏せしてるようなら教えてって美奈が言ってたよ?」

「了解。…あー、お礼言っとかなきゃな…」

 初対面で敵認定していた美奈子が、思ったより全然いいヤツだった。今となっては美奈子の存在は、湊太にはとても有難かった。


「あーそうだ、和美ちゃんの腕、やっぱ打ち身みたいに青くなってたよー」

 思い出したように由梨香がもう一つの報告を捻じ込んできた。

「やっぱりか!」

 湊太と秀人が同時に叫んだ。

 これは謝るべき案件だろう。水曜までの部活見学が終わったら、きちんと謝りに行こう。そう思いつつ、湊太は由梨香にお詫びの伝言だけお願いをしておいた。




 その日を境に、早紀の登校時の待ち伏せはなくなった。

 帰りは残念ながらやはりコインロッカーの影に隠れていて、完全解決には至らなかったのだが…。




 そして水曜までの部活見学が無事終わり、結果、eスポーツ部の新入部員は湊太達を除いて5人もいた。計11人となり、新規の部活としては上々の入部者数となった。


 木曜の昼食時、既に古参扱いの6人に加え、教師一名が部室に集まって、弁当を食べつつ入部者リストを見ていた。

「もうちょっと来ると思ったけどなぁー」

 彰斗が悔しそうに頬を膨らませた。

「鉄道研の後釜の、映像研究部が人気高かったからねぇ」

 諦めたような笑顔で、和美もふうっと息を吐いた。


「でも、5対5の対戦は可能になりました!」

 由梨香が力強く宣言すると、わっと拍手が湧いた。


 内訳は、1年生3人、3年生2人という不思議な結果だった。

 秀人と同じクラスの、初日の放課後に秀人に絡んでいた中田という男も入っていた。


「そして顧問の紹介です!元鉄道研顧問で、生物部顧問でもある大岩先生です!」

 拍手しつつ、彰斗が湊太達の担任を紹介した。

「ども、よろしくー。生物部は顧問3人いるから、俺はこっちメインでもダイジョーブ」


 いよいよ、eスポーツ部の最初の試合、予算ゲットバトルが目前に迫っていた。

「先生!いっぱいぶん捕ってきてください!せめて200万」

「いや馬鹿じゃねーの!?でも200万お願いー!きゃー、大岩先生カッコイイー」

 和美と彰斗が大岩にエールを送った。


「え、予算のバトルって顧問がやる話だったんですか?てっきり私、部長がやるのかと思ってました」

 由梨香が驚いて大岩の方を見た。

「そだよー。期待しないでね」

 カップ麺をすすりながら、大岩はのんびりと答えた。


「明日の放課後が初の部活になるから、まあその時結果発表するから」

 緊張感の欠片もなく、大岩はカップ麺のスープを飲み干した。


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