傍観者たちの思慮
蛇足。
「さっきのクズイさんじゃないけど、宇宙麻雀で全部が飛んだ…」
一人用のソファに移動したなのはが、頭を抱えた。
「何なんだよ、宇宙麻雀!しかもマーク5って!」
『宇宙麻雀は、基本ルールは地球の麻雀を踏襲していますが、卓に反重力装置が仕込まれていて、山の牌がランダムに入れ替わる仕様の麻雀です』
「…あ、そっか、グノメさんが知ってるのか」
秀人がはっと顔を上げた。
『初代宇宙麻雀はイカサマを防止する目的で反重力装置が仕込まれましたが、マーク2以降は遊び心を持たせた変更が加えられ…』
「いや、グノメさんもういいっす」
延々と宇宙麻雀の仕様変更の歴史が語られそうで、なのはが慌ててグノメを止めた。
「ちなみに、『統一会議』って何?」
秀人がグノメに尋ねた。
『惑星間連盟の加盟国による、首脳会談です。
開催地は祭り状態になり人が押し寄せ、観光客による経済効果が爆上がりするため、過去、開催地の選定は毎回揉める傾向にありました。そのため、事前に何種類かの競技を行ってポイントの高かった国から首脳会議の開催地や、会議中の役割、次回の競技の決定権などが割り振られるようになりました』
「G7の開催地をオリンピックで決めるようなもんか」
なのはが、雑にまとめた。
『…まあ、そのようなところです』
グノメも、雑な返事で話を締めた。
「それよりあのおじさん、最後に色々ぶっこんで、直前まで私たちが聞きたかったこと全部一旦トバしたフシあるけど、どう思う?」
由梨香が不満げに目を細めた。
「ヴェルデさんもグルかなって思うくらいに、完全に脳のキャパオーバーさせに来たよな」
湊太もため息をついた。
「奥さんの事、聞かれたくなかったんじゃないの?」
「それ!」
ソフィアの言葉に、全員が同意した。
「でも…怖くて聞けないよね、人前には出られない、って言ってたっけ?ユリカが先生に文句言った時」
なのはが記憶を辿るように机に視線を落とす。
「ケモ耳の…サロメさんも直接謝れない、伝えてって言ってたし…生きてはいる…と思って良いんだよね?」
「墓前に報告?」
ぼそり、と秀人が呟いた。
「ひっ!」
その言葉で全員がびくっと引きつり、秀人の方を見た。
「…聞けねぇ~!!」
全員が同時にのけぞりながら叫んだ。
「あああ聞きたい、でも無理っしょあんなの!」
なのはが俯いて目を覆った。
「湊太聞いてきてよ、仲いいんでしょ」
「いや良くねーよ、何でそうなった?聞けるわけねーって」
「ここはそんな事を物ともしない、好奇心オバケのシュートくんの出番じゃないの?」
由梨香がニヤついて秀人の方を見た。
「誰が好奇心オバケだ。いや…そりゃ聞きたいけど、あれは…俺も無理。忘れてない?基本俺、陰の者なの。たまに好奇心が色々勝っちゃうこともあるけど、それでもあれは無理だって。その質問ぶっこめるの、よっぽど空気読まない陽キャか強心臓の持ち主くらいじゃない?」
頭上に組んだ両手をのせ、背もたれにぼすっと埋まり秀人は目を閉じた。
「むしろ、巫女の『娘』って今どういう立ち位置なのか、そっちの方が聞きたいんだけどな…」
「そこは巫女本人に聞けばいいんじゃない?…そんなに思った通りに現れないと思うけど」
ソフィアがなかなか怖いもの知らずな案を出したが、みんなの冷ややかな視線を食らって
「うん…ごめん」
と意見を取り下げた。
「みーこさんは母親を名乗れないって話もあったよね?何でヴェルデさんは知ったんだろう」
『本当の母親が育てることを放棄していますので、子供の扱いは育てた女性に委ねられます。本物の母親の事を通知するかどうかは、その女性の裁量です』
湊太の問いに、まるで普通に会話に参加しているかのようにグノメが回答した。
「まあ…聞かれたら迷わず答えそうだよね、クレアさんなら」
由梨香が少し寂しそうに笑った。
「ああー、あとあれだ。ミーコのルーツ辿る話、何でうまく行かなかったんだろう?」
ソフィアがはっと思い出したように顔を上げた。
「ああ、それもさらっと流されたよな。それがその時判明してたら、レビも俺たちに頼んでないんだよな…逆にそうか、彼女の件があったから日本人に情報提供求めてるのかもな。辿り切れないほど昔に渡って来てたって事なのかな」
秀人があごに手をやり考え込んだ。
「本気で探して欲しいなら、頓挫した理由教えて欲しいわ…言いたくない何かがあったんだろうけど」
明るくなった外の景色に目をやりながら、由梨香がため息をついた。
だが、今日の話で湊太の家にあると思われるもう一つのゲートの出所は分かった。おそらく博昭とみーこが結婚する際、1つ耕作に返したのではないかと湊太は考えた。
―――帰ったら確認してみるか。
そう思ったが、素直に答えてくれなさそうな母親ののらりくらりとした口調を思い浮かべ、勝手にイラっとしてしまった。
「さて、今からケイヨさんとこ行くか、帰ってゲームするかどっちだ」
頭を切り替えるように湊太は声を出した。
「ケイヨさんって誰さ」
「ああ…軍のジムでインストラクター的な事やってる人」
なのはの質問に、由梨香が答えた。
「ケモナーにはたまんない美形だと思うけど。あ、ごめん、写真はないよ?」
「うん、あの人は何つーか、イケメンっつーか、そう言うんじゃなくて、生物として綺麗だよな?ごめん語彙力…」
湊太は、上手く彼を説明できる言葉を持っていなかった。
「写真!な い の か よ!」
急に腹の底から絞り出すように、なのはが唸った。
『軍の広報に載ってます』
よく気が付くグノメが、なのはの前に画面を表示させた。
「うわ…」
グノメがなのはに見せたのは、軍の作成したあくまで「トレーニングルーム」の宣伝パンフレットだ。殊更に爽やかなケイヨの画像がインストラクター紹介として使われていた。
「何これ、実在するの?AI生成じゃなくて?…これ…もう、神獣じゃん!?麒麟とかの仲間!萌えとかじゃなくて、祀らなあかんやつ!祭壇作るとかじゃなくてガチの神社とかで!リアルに尊い!」
なのはが拝みでもしそうな勢いでまくし立てた。
「あれ、なのはの趣味じゃなかった?」
なのはに聞き返す由梨香は、少し残念そうな顔だ。
「…いや?畏れ多い感じだけどメチャクチャ実物見たいっす。はい、トレーニングルームとやらにレッツゴー!」
緩急が忙しい。とてもまじめな顔で、なのはが返した。
「私も行く、ちょっと体動かしたい。私も行っていいんだよね?」
そう言って、ソフィアが立ち上がった。
湊太も、今は画面を見るより体を動かしたい気分だった。
「じゃあ、行ってくるか」
そう言いながら、秀人の方に目を向ける。
「俺は、残って調べものしとくわ。行って来いよ」
秀人は、博昭の話の間に走り書きしたメモに視線を落としつつ、手を振った。
「だろうと思った。…じゃ、小一時間だけ行ってくる」
考察を友人に任せ、湊太もソファから立ち上がった。
3階のゲートを通り、軍に移動した。なのはは勿論だが、ソフィアも3階のゲートを通るのは初めてで二人は終始きょろきょろしていた。
受付は昨日と同じエルフの男性と、知らない女性が座っていた。
エルフの男性が湊太に気付き、笑顔を見せた。
「おはようございます、タイガ先生のお弟子さん。今日は初心者が2名様ですね」
中に入ると、昨日と同じく4面の畳のうち男性が3面使っていて、女性が1面のみだった。やはりこの時間は圧倒的に男性が多いようだ。
一番奥の方にケイヨの赤い髪が見えたが、大牙の姿が見えない。
「あ、あの奥の大きい人」
由梨香がこそっとなのはに耳打ちをしたが、既にもうケモナーの目はケイヨに釘付けだった。
ふと圧を感じて壁際を見ると、なぜかヴィオレッタがじとっとこちらを見ていた。
「ヴィオラさん!?今日休みって言ってませんでした?」
湊太の声にヴィオラははっと顔を上げ、一瞬ばつの悪そうな顔をしたが
「別に…早く目が覚めたからトレーニングに来ただけ」
と言って目を反らした。
女性が占めているマットの上には、また見知らぬ軍人女性が高齢の女性方とヨガのような緩やかな運動をしていた。その奥で、ヒョウ柄迷彩服ではなく褐色の肌に良く映える白いウェアを着たヴィオラが、じっと由梨香を睨んでいた。視線を感じたのか、由梨香はたたっと休日の軍人のそばに駆け寄る。
「ヴィオラさん、うっすら居そうだなーとは思ってたけど、ホントにいましたね」
「…それよりユリカ、なぜまた若い女性を連れてくるんだ、しかも二人も!」
気が気でないと言った顔で、ヴィオラが由梨香を睨みつけている。
「誰もケイヨさん狙ったりしませんって!」
そう言ってから、由梨香はハッとなのはを見た。
「…あれは、神の領域だね。ずっと見てられるわー…」
今にも何か祈りでも捧げそうな顔で、なのははケイヨをじっと見つめていた。
「真面目に運動する気があるなら、さっさと更衣室行って着替えて来い!」
「はあい」
ヴィオラは怒りながらさっさと3人を更衣室へ向かわせると、ふっと肩の力を抜き、視線をケイヨに向けた。
湊太は3人が更衣室に向かったのを確認すると、奥のケイヨの元へ小走りで移動した。
「ソータおはよう!肘の具合はどう?」
「おはようございます。お陰様で、何ともないです」
「そうか、それは良かった。今日は混んでるけど、空くまで待つ?」
「いや、今日は時間的にそんなにもう長居できなくて」
「そうか…じゃあ、関節に負荷をかけない筋トレにするか」
「はい!」
そうして隅の方で軽くストレッチを始めた時、着替えを終えた女子たちが更衣室から出て来た。
するとヴィオラが立ち上がり、由梨香たちの首根っこを掴んで『運動機器室』へと消えた。
「んん?どうしたんだろ」
不思議そうにヴィオラたちの動きを追う湊太に、ケイヨは少し笑った。
「ストレッチ終わったら、ソータも行ってみるといい。あまり時間がないなら、今日はあそこで筋トレしておいでよ。…あ、タイガ先生が来た」
ケイヨの言葉で入り口側に視線を向けると、ちょうど大牙が入ってきたところだった。
「タイガ先生…なんだか様子がいつもと違うな…」
ケイヨが大牙を見ながら、目を細めた。
さっきのあの話の後だと思えば、引っかかることは沢山あるのだろうと湊太は思った。
それよりも、自分達より早く来ているものだと思っていたので、今までどこで何をしていたのだろうという疑問も一瞬浮かんだ。
真ん中をまっすぐ突っ切ってきた大牙は
「ごめん、今日はちょこっとだけ乱取りしたらすぐ帰るわ」
と、いつもと変わらない笑顔で言うと、更衣室に向かった。
少しの時間でも体を動かしたい気分になった事は、湊太にも理解が出来た。
大牙が着替えて出てきた時、湊太は丁度ストレッチを終え『運動機器室』へ向かうところだった。
「え、何?今日湊太は筋トレか」
「はい、もう時間もあんまりないし」
「器械運動はやったことあるの?」
「いや…実はあんまりなくて」
ちらりと大牙がケイヨの方を見ると、ケイヨは乱取りに誘われて既に畳の上だった。
「じゃ、一緒に行くよ」
「ありがとうございます」
『運動機器室』に入ると、想像していたよりも奥行きのある広い部屋だったので湊太は驚いて周りを見回した。
そしてどの機械も人気らしく、出勤前の男性たちでほぼ埋まっていた。
奥の方に大きな白いカプセルがいくつか並んでいて、そのそばにヴィオラと、なのはとソフィアの姿があった。
「あれ…またヴィオラがいる」
大牙が褐色の肌の女性の姿を見つけて、ふふっと笑った。
「よくある事なんですか?」
「うん、まあほぼ100%見るかな、ケイヨがいる時は」
「えーちょっと待って、これ私死なない?筋肉勝手に動くんだけど!怖い怖い、なんか体乗っ取られてる!」
カプセルの中から由梨香がぎゃあぎゃあ叫ぶ声が聞こえた。
「ユリカみたいなタイプは正直鍛え方分かんないから、悪いけど機械任せにさせて貰うわ。あともうちょっと上半身太れ?筋肉に変える肉がないじゃん。下半身は今のままでいいから」
にやにやしながらヴィオラが由梨香をからかう。
「どゆこと?つまり胸無くて下半身デブって言ってる!?表出ろゴルァ」
「そのカッコでイキってもなぁ」
「今あんたが表出れないじゃん」
カプセルに埋まった状態の由梨香が切った啖呵を聞いて、横でなのはとソフィアがゲラゲラ笑っていた。
何だか聞いてはいけないことを聞いてしまった気がするが、女子たちは湊太達が声が聞こえる範囲にいる事に気付いていないようだ。
「あのカプセル、何ですか?今日…あの…映像で見た、コールドスリープのヤツと似てるけど」
「うん…どっちか言うと寝たきりの人とかの治療用のが近いんじゃないかな。一回使ったことあるけど、全身EMSみたいな電気刺激で無理やり筋肉動かされて。意識なくても筋肉が落ちるのを抑えられる…」
そう言いながら、大牙は急に黙り込んでしまった。
「大牙さん?」
「ああ、ごめん。じゃあ上腕二頭筋と…背筋、とにかくまず腕周り鍛える系の使ってみようか」
使い方や負荷の変え方などを聞いているうちに、由梨香を放置して3人が移動を始めた。
大牙がいた事に気付き、ソフィアが一瞬不自然な目の反らし方をしたのをヴィオラは見逃さなかった。ソフィアの腕を掴んで何とも嬉しそうな顔をしてヴィオラは部屋を出て行った。
その後、湊太達が見ていない間にソフィアとヴィオラが一戦交えたらしい。
空手をやっていたという話を聞き、ヴィオラが手合わせを願い出たそうだ。
小柄なヴィオラに対し、手足の長いソフィアの空手技は予想以上に有効だったらしく、今日の本来のインストラクターの女性軍人が熱烈にソフィアを軍に勧誘していたとの事だった。
湊太も由梨香も、後からなのはからその話を聞いて知り、二人して見そびれたことを悔しがった。
そしてそれぞれが気分転換が出来た状態で、その日は地球に帰ることが出来たのだった。
過去編その1終了です。学校編に戻ります。




