被害者Aの回顧録 その15 終幕
拉致被害者の身柄の引き渡しについてアメリカとイギリスの間で少々揉めたらしいが、それが表沙汰になる事はなかった。アメリカはとりあえず全員渡せと言ったようだったが、イギリスは本来帰すべき二人のパトリックしか渡さなかった。
ラルフと博昭たちは大使館を通じて、秘密裏にそれぞれの国に返された。
日本への航空機にはロレッタが同乗してくれて、帰国後のみーこの周囲の対応を一手に引き受けてくれた。
人の少ない時間を見計らってみーこを大学に連れて行き、休学手続きを終えて来た。
みーこの実家へも説明に行ってくれ、博昭は彼女の手引きでみーこの母親に挨拶に行くことが出来た。
今後博昭がみーこのそばにいる為には必要なプロセスだったので、起こった事をオブラートに包みつつも偽りなく伝えた。実際にゲートを使って、みーこの母親をアステリアに連れて行き、何とか信用してもらうことが出来た。
ロレッタの本当の目的はみーこの母親からの聞き取り調査だったが、こちらは早々に頓挫したようだった。
耕作は、別れ際に全員とメアドと住所の交換をしていた。
帰国後すぐに会社に挨拶に行き、
「まだ体調が戻らないので1週間ほど休みまーす」
と言って有休をゲットすると、知り合いの工場などを回って材料を集めて加工し、ポータブルゲート3つを一気に仕上げ、一つはすぐにみーこに届けた。
ラルフに渡すものは、耕作の奥さんの持っていた銀の食器やカトラリーのセットを鋳直して作った。レビの屋敷にあった東屋のような模様を施し、美しい銀の額縁に仕上げた。六角形の鏡の発注をラルフに頼み、現地に飛んでから組み立て完成させた。
リッキーは、パットの父親の介入もあって見知らぬ親戚を家から追い出すことに成功した。
その後数日ほど悩んだ末、今住んでいる場所からあまり離れないこと、妹と一緒に暮らせることを条件に、ロバート翁に里親を紹介してもらった。
それを聞くと耕作はクリスマスの日にゲートを持ってアメリカに飛んだ。
行きはすり抜けたが、帰りの空港で耕作は足止めされて、軍人がやって来て取り囲まれたそうだ。
そして年明け直前。
みーこが突然
「あっ…」
と叫んで、しばらく放心したように動かなくなった。ノートを急に手に取り
「私、みんなにお礼と…お詫びしに行かなきゃ…」
と言って突然号泣し始めた。
みーこの記憶が戻ったのだった。
そして耕作と博昭は、レビに持って行くエルフ関連の書籍を買い集める。そこで博昭はエルフが病気を操るという記述に当たり、レビに事実かただの偽の伝承か確認した。
「菌もウィルスも見えるし、喧嘩の腹いせや仕返しに他人を病気にするなど昔はよくやっていたそうだ」
と言われたので、エルフの力を借りて研究が一気に進むことを期待し、篠原先生もアステリアに呼んで、医療棟の一角を借りてこちらでの研究も始めた。
その後、星団管理局から地球との行き来に関して
ゲートの設置場所と名前を登録
アステリア側のゲートで遺伝子スキャンを義務化・未登録者通過時は連絡が行くよう警報の設置
それに伴い使用者全員、連盟星の人類同様個人情報並びに遺伝子情報を登録すること
個人は主な使用ゲートを登録すること・地球での住所も登録すること
というルールが発表された。
「さあ、こんな感じで今に至るっちゅーお話しや。ご清聴ありがとうございました」
博昭が椅子に縋って伸びをした。
「いえ…大変な…えっと、こんな無関係の俺のお願いを聞いて…辛いお話をしていただいて、ありがとうございました」
秀人が、深々と頭を下げた。湊太達も、
「ありがとうございました!」
と頭を下げた。
「無関係ちゃうやろ。このゲートを通ってもーた以上、残念ながら関係者や。ララカリブスの動きと、星様の『娘』問題、あと…何年に一度やった?『統一会議』の準備…協力してもらうことは山ほどあるんや」
「ちょ、え?なに?何ですの、『統一会議』て」
楠井が急に出てきた単語に素早く反応した。
「ああ、これは楠井クンは関係あらへんよ。これこそ、そこの3人組に期待してますのや。なあ?レビはん」
博昭は、湊太達を見ながら話をレビに振った。
「5年に一度、惑星間連盟に加盟している星々の代表が集まる大きな会議があるが、その中での様々な権利を決める前哨戦というか…競技がある。私はその件についてはどうでもいいんだが…」
「レビはんがどーでもええ言ーても、どうせすぐ国のお偉いさんがまた何か頼んできはるんやろ」
「え、何の話ですか?楠井さんも?森さんも知らないんですか?」
大牙がこそっと研究室仲間と小声で話し始めた。
「いや、ほんまに知らへん、初耳や」
千明もふるふると首を横に振った。
「前回は…バスケと、宇宙麻雀マーク5と…何か言ったら爆ぜるゲーム?何か色々やったなあ。新しい競技持ちこんで、一気に練習して各星の代表が試合するんや。その前がテニスと宇宙麻雀マーク4と即興絵画…」
「バスケとテニス絵画意外、何言ってるかさっぱりわかりません!」
湊太が困った顔で軽く切り捨てた。
「うーんと、もう帰ってもいいかしら…」
サロメが、少し疲れた顔で、でも半笑いでそう切り出した。
「ああ、変な時間に済まなかった。話してくれてありがとう」
レビが真正面の義母に向かって礼を言った。
「ああヴェルデ、ゲートまでサロメを送ったって」
「はい、お父様」
さっと席を立ったヴェルデに、全員の視線が一気に向いた。
「…っと失礼しました、ヒロ様」
ヴェルデが慌てて口元を隠した。
「では皆さん、ごきげんよう」
サロメが微妙な笑顔を残してヴェルデとともに部屋を出ると、全員の視線が博昭に向いた。
「…お父様?」
皆を代表して、大牙が博昭に疑問をぶつけた。
「うん、血ぃ繋がってない義理やけど、ワタシの娘やね」
「ヴェルデは、クレアが産んだミーコの子だ」
博昭の言葉をレビが補足した。
博昭がヴェルデに残るよう指示した時から、湊太は彼女の存在が気になっていた。話を聞くにつれ、薄々気付き始め、それはどんどん確信に変わっていった。
「あの…トルテさんの店にいる人間の…ブランさんも、ひょっとして」
湊太は思い切ってレビに質問を投げる。
ハルカの子供の頃の映像に残っていた、緑と白の名前を持つ二人の子供のもう片方は。
「ああ、私の母が産んだ、もう一人のミーコの子だ」
「…やっぱ…そうですか…」
実際にはっきり言われると色々と腑に落ちてくる。
「さ、日本はもう夕方や、4時や。君らも休みの日におーきに。あれやったら明日、午前中休んでもええで」
「いや、別に…行きますよ」
大牙が疲れた顔で笑った。
「今の話、研究所の皆さん、私ら以外皆知ってますよね?私らが最後やったって事ですよね?」
千明が博昭の顔を見た。
「うん」
「ちょっとアタマ飽和状態ですぅ…帰って頭整理します。そんで質問あったら誰に聞いてもええですか?」
「うん、皆が匙投げはったら、ワタシに質問しても構しまへんで」
ふらふらと立ち上がって部屋を出て行った千明に続き、楠井も席を立った。
「お疲れさまでした!…あー、宇宙麻雀が気になってしゃーないわ…」
ぶつぶつ言いながら、彼も部屋を出て行った。
「湊太、ユリカ、トレーニング行く?」
大牙もゆっくりと立ち上がり、楠井たちが座っていた椅子を円卓の方へ移動させ始めた。
「ちょーっと待った!今日は質問が山のようにあるので、この二人は置いてってください!」
なのはがソファの後ろに回り、由梨香の肩を押さえつけた。
「シュートいればよくない?」
由梨香が反論したが、なのはは引かない。
「やだー!残って!」
「うん、じゃあ今日はみんなの質問に答えてあげて。…先生、帰りますよ」
大牙が博昭を引っ張り上げて立たせた。
「タイガ、朝食は食べて行くだろう?軍から戻ったら声を掛けてくれ」
「うん、ありがとう。ご馳走になります」
実際の所、大牙には夕食になる。
レビも食事の約束だけ取り付けると、部屋を出て行った。
「先生…どうしてそんな辛そうな顔してるんですか」
廊下に出て、隣の部屋に移動しながら大牙が尋ねた。
「…大牙クン、トレーニング行くんやろ?3階行くんとちゃうの?」
「すでに色々聞きたい事があります」
そう言って、大牙は自分たちの部屋のドアを開けた。
「普通、私の顔色なんか分からへんやろ」
そう言いつつ、博昭はどさりとソファに倒れ込んだ。
「いや…ものすごく辛そうに見えます」
「何なんやろな、大牙クンと三浦ちゃんだけや、私の顔色読めるんは。…この話の後は大体こうなんねん。今日はサロメの…船の中の話、聞いたの初めてやったから堪えましたわ…」
三浦、という名前を聞いて大牙はどきりとした。
研究所の立ち上げ時から居るという三浦玲奈は、ミステリアスな雰囲気のシングルマザーだ。博昭の愛人という噂もあり、何となく大牙は苦手な女性だった。
博昭がどう思っているのかは分からないが、少なくとも彼女は博昭のことが好きで仕方ないように見えるのだ。
「それで?聞きたい事って何やろ」
「サロメさんの言い方でずっと気になってました。奥さんは…みーこさんは今、どうしていらっしゃるんですか?どちらにいらっしゃるんですか」
大牙の質問に一瞬息をのみ、博昭は黙り込んでしまった。
「…質問は山のようにあるはずなんよ、これだけ色々いっぺんに詰め込んどけば、そこに辿り着くのに時間稼げる思ぉとったのになぁ…」
重そうに体を起こし、博昭はソファに座り直した。
重い空気を破るように、博昭の目の前に画面が立ち上がった。
「ああ…サロメは無事帰った?…ならええんや。こっちも解散したわ。ほな、階段の下で。一人余計なん連れてくけど堪忍な。…さ、行くで」
通話の相手はヴェルデだったらしい。画面を切ると、博昭はまるで元気のようなふりをして勢いよく立ち上がった。
「行くって…どこにですか」
「みーこさんのとこに決まってるやないの」
「あ…はい」
大牙は、ひょっとして博昭の奥さんはもうこの世にいないのではないか、と考えていたのだが、その予想が外れたことにとりあえず安堵した。
博昭について階段を降りたところでヴェルデと合流し、階段下の隠し扉から外に出て、医療棟に入った。
入ってすぐの教室のような窓の部屋は、今は大牙達の研究室として使わせてもらっている仕事場だ。
その仕事場を素通りし、映像では何度か見たことのある、その奥の処置室に入った。大牙の権限では入れないこともあり、実際入るのは初めてだ。
「ぶっ」
入るなり、先頭を歩いていた博昭が吹き出した。
「あらーヒロ、久しぶりー!老けたね!?」
目の前には、ダンベルを持ってウロウロしているシルビアがいた。つい先程映像で見た、30年前と全く変わらないその姿に、大牙は一瞬別人かと考えた。
「カプセル出たばっかやろ?何してはるの!?」
「筋トレ…と、ん?なにーすっごいイケメンいるじゃん?まさかヒロの隠し子!?」
「んなわけあるかいな。娘婿の予定の大牙クンや」
「だから…違いますって」
「タイガ…あー!!!ウチの孫フった子!?ひょっとして」
―――何しに来たんだっけ、もう帰りたい。
「なんやそれ、ソフィアて大牙クンの事好きやったんか」
博昭が何か知っていそうなヴェルデの顔を見た。
「ええ…ソータ様がタイガ様に彼女がいることを言ってしまい、大変な空気になったとレビ様が嘆いておられました」
―――アホレビー!!テンパって何べらべらメイドさんたちに話しちゃってんだよ!
レビの事だから悪気も何もないのが分かるが、それがかえって質が悪い。
「あの、それよりも奥さんは…」
「ああ、せやった。こっちやこっち」
「あ、ミーコに会いに行くの?私も行く」
なぜかシルビアもついてきた。
博昭は広い処置室を突っ切り、角の扉から廊下へ出た。
―――病室…だ。
入院しているのか、と察した。
博昭は廊下に出ると、一番手前の部屋をノックした。
「みーこさん、入りますよ」
「…これ…って…」
ベッドは無人で、部屋の真ん中にはカプセルが置いてあった。
「みーこさん、今日は職場でも一番のイケメン連れて来たんですよ。せっかくだから起きてみませんか」
「ミーコ、シルビア姐さんだよー!うわあ、あんた寝てても綺麗だねぇ。本物には敵わないわ」
顔だけが出ていて、体はカプセルに完全に隠れていて全く見えない。
カプセル表面に色々な数値が目まぐるしく表示されていて、生きている事は分かるが…
「どういう事ですか…」
話に時々出て来た画像のみーこと、変わらない姿の彼女がそこにいた。
「どこも悪くないそうです。でも、目が覚めないのです」
ヴェルデが隣に来て、そう教えてくれた。
「もう、10年以上になります」
「10…!?」
大牙は、言葉に詰まった。
こうなった原因は何なのか。30年前のドラッグが、今になって心を蝕んでいるのか、別の原因があるのか、全く分からない。
「これは…コールドスリープの状態ですか?」
「いいえ、コールドスリープの場合は顔まで完全に隠れるカプセルなので、これは治療用です。でもどこも悪くないので、生命維持と筋肉維持のために稼働しています」
「じゃあ、何で…」
映像で見た、あの時のままの姿なのか。
「タイガ様は『星の娘』のお話は読まれましたか?」
ヴェルデの問いかけに、色々な事が一気に繋がってくる。
ああ…分かってしまった。
「読みました…彼女は耳のない…エルフって事ですか…」
「そうです。そしてそれは私も、ブランも。もちろんお父様の本当のお嬢様も。みんな、エルフの姿をしていないエルフなのです。…おかしいですよね、私なんか60で寿命が来るって思って生きてたのに、まだ1000年近くあるって言われたんですよ」
髪を撫でながら、懸命に話しかけている博昭の姿が痛々しくて、見ていられなかった。
「ただ、星様の言う欠片?ですかね。それは、私とブランにはないそうです。お父様のお嬢様のみ、『星の娘』の欠片が引き継がれているそうです」
ヴェルデの説明を聞きながら、大牙は目の前の状況に圧倒されていた。
「クレアはんの言うてた人間の寿命は短いって言葉が、今になって痛いほど分かるんよ。ジークはんも、どんな気持ちでクレアはんを残して逝ったんか…ほんま、時間は大切にって事や」
帰りの階段を上りながら、博昭が独り言のようにそう呟いた。
「10年以上…待ってるんですか、奥さんが目覚めるのを」
「うん、そーやね。娘には他の人と再婚でもせぇ言われたけど…無理や。例の『魅了』にでもかかりっぱなしなんやろうな。彼女以外目に入らんのよ」
3時間かけて聞いた重苦しい話の後に見たカプセルは棺桶のようで、大牙の心に重く圧し掛かった。
しかし尊敬はしていたが、いまいち胡散臭くて信用できない人だと思っていた上司が、愛妻家で真面目な男だという事が分かった。
大牙は、今日はそれだけでも良かったと思うことにした。




