被害者Aの回顧録 その13 準備
博昭が新しい部屋に入って間もなく、ジークとクレアが部屋にやってきた。二人と一緒にエルサも、お茶菓子と紅茶を運んできた。
「医師のジークと妻のクレアです。往診に来ました、体調はどうですか?」
一晩で消える記憶を気遣ってか、ジークは丁寧に自己紹介してから話を始めた。
「ええ、今は…大丈夫です」
みーこも、特に構える様子もなく普通に返答した。
「ではちょっと奥の部屋をお借りします」
みーこを連れて、ジークとクレアが奥の寝室へ移動した。
談話室には、博昭と共にエルサが残された。
「さっきの結婚やら何やら言うてたの、あれ嘘やんな?」
「嘘…というか冗談です」
「性質悪いわ!」
「でも、アステリア様はそのつもりらしいので、半分本当です…それより」
エルサはきっと博昭を睨んだ。
「これから毎晩禁断症状出るんです!毎日医療棟に通うおつもりですか?どうせ行くならこうした方が早いでしょうが!」
「いや…そりゃまあそうかも知れへんけど…」
もの凄く抑えた小声で怒られてしまい、博昭は思わず顔を背けた。
「それと先に謝っときます、本当にオリヴェルがご迷惑をお掛けして申し訳ございません」
表情も話し方もころころ変わる。本当にエルサは忙しい人だ、と博昭は思った。
「あんたも妊婦なら、そういうの気にせんとき。夫婦ゆうても所詮他人や。あんたが謝る事とちゃうよ」
少しして、ジーク達が戻ってきた。
どちらかに届けてもらったらしく、みーこは病室に置いていたノートを大事そうに抱えていた。
エルサはお茶を4人分用意して出て行ったので、これから話があるのだろうと博昭は察した。
ジークとクレア夫妻に長椅子席を勧めると、博昭とみーこは一人用ソファにそれぞれ座った。
「血液検査をしたいので、明日は朝食前に一度医療棟の…そうですね、裏口から私に連絡ください。扉を開けますので。ヒロ、案内してあげて下さい」
紅茶を手に、ジークが穏やかに微笑んだ。
「ジーク先生と…クレアさん、いつもすみません」
ノートに日記を書いていたらしく、みーこはそれを確認してから礼を言った。
「いや、私ももうほとんど医師は引退した状態ですから、時間はあるんです」
「引退…されてるんですか」
驚いて博昭はジークを見た。
「もう75歳です、色々ガタが来てますよ」
そう言って笑うジークの傍で、クレアが少し寂し気に目を伏せた。
「いや…70越してるようには見えへんかったわ…そうですか…」
「半分エルフの血が入っているせいかもしれませんけどね。でも確実に老いてますよ」
二つ年上と言っていたクレアと並ぶと、少し年の離れた父と娘くらいに見える。やはり夫婦と言われると不思議な感じはするのだ。
「地球に戻ってからの生活のためにも、ミーコの症状の出方をヒロにも協力してもらって見極める必要があります。ロブが地球についてからの移動のことを心配していました。場合によっては航空機内でゲートを使って、替え玉と入れ替えることも考えなければなりません」
「うわ…そうか…」
到着地がアメリカだろうがヨーロッパのどこかだろうが、機内泊は避けられない距離だ。
「発作が起きるトリガーを探りましょう。うまく見つけられれば、替え玉なしでも国に戻れるかもしれませんから」
「そうですね!」
ジークの提案に、博昭は気合いを入れて同意した。
その夜、ラルフからのテキストデータが届いていた。耕作の文字で表示される日本語の文書には、過去の症例で多かったトリガーが書かれていた。今回のような場合、みーこの目の前で音声で読み上げられると困るので、テキストで読めるのは本当にありがたかった。
部屋が暗くなる、横になる、眠くなった時、とにかく睡眠に絡むタイミングで出ることが多いらしい。OR条件とAND条件を色々試してみる必要があった。
そして、みーこのトリガーがその夜のうちに1つ解明した。
翌朝、みーこを連れて医療棟へ向かった。
階段の下に隠れるように存在するドアを出て、裏口から案内した。ジゼルより年上の人間のメイドが出迎えてくれ、入ってすぐの教室のような窓のある部屋へ通された。
部屋の中にはジークと、ジークの祖母のシモーネがいた。
「ああ、付き添いの彼は外で待ってて。ラルフが話があるそうだから」
シモーネに部屋から追い出され廊下でぽつんと立っていると、工場のような処置室からラルフがやってきた。
「向こうの待合室まで行きましょー!」
ラルフに誘われ、処置室を抜けた。途中、あの水槽のような筒からこぽこぽと空気の上がる音がしていたが、真っ黒になっていて中は全く見えなかった。
「これ、真っ黒やん。中大丈夫かいな」
「ああ、切り替えて中見えるようにも出来るんです。腸が少し再生して伸びて来てるの面白いんですけど、素っ裸だし見せる訳には行きませんよー」
「いや、怖いわ。見たないって…」
病室の並ぶ廊下を抜け、待合室に入った。
「トリガー、絞れましたか」
「うん…絞れた。暗くてただ座ってるはOK、暗くして寝っ転がるまでOKで、眠りかけたらダメやな。あとは、明るいまま寝っ転がって大丈夫か、昼寝はどうかと、座ったまま暗くして眠るとなるとどうかやな。これが行けるんやったら飛行機は大丈夫や思うんやけど…」
「うん、順調。いい調子ですね」
まるでラルフが医者のようだ。まあ医者なのだが。
「調子ええわけあるかい。あの苦しそーなん、見てるこっちが病みそうや…」
「なら、今晩…はまだ実験があるか。その次からは症状出る前にさっさとえっちしちゃってください。そしたら出ないはずなんで」
けろっと言われ、博昭は若干の眩暈を覚えた。
「え…ちょっと待って、それで収まるん?」
「いや…だって、そういうクスリでしょ?何にしてもトリガーが分かんないと移動の際に困るから、ちょっと黙ってただけです。気付く人はさっさと気付くんですけどね。ヒロさんの場合、頭の奥で気付いてても、あえて選択肢から排除しそうなんで」
「こいつらホンマ…!」
症状を抑える方法をあえて知らせなかったことにも腹が立つが、妙な性格分析が当たっている事にも腹が立つ。そしてはっきりと方法が分かったとしても、その話に持って行くには、付き合う了承をもらったとはいえ、今の関係性だと博昭には非常に難しい。
「まあ人助けと思って気に病まずに。向こうは絶対拒絶しませんから。ヒロさんも色々思うところはあるでしょうけど、そこは清濁併せ呑んじゃって下さいよ」
ラルフはいちいち心を読むような発言をしてくる。
「…分かっててもなあ…ワタシ、みーこさんの事ホンマ何も知らんのよ…ゲーム好きなんやろうな、くらいしか分からんし、聞いても今の状態じゃ何も出てけーへんやろし…先にもっと話して、色々知りたかったんよ…」
「まあ、気になる子と少しずつ距離詰めてく楽しさってのが奪われたことは同情しますけど、そもそもヒロさんの性格だと何も始まらなかった可能性ありますよ?」
ずけずけとラルフが痛いところをついてきて、正直殴りたい。
「あといくつか…気になる点があるんですけどね。ミーコの場合、記憶の戻りは早い可能性があるんですよ」
「え、ほんまか」
「年が明ける頃には戻る可能性がある。そうなったら、学校でもなんでも行けるようになると思います」
「それは…良かった…」
いい情報のはずなのに、ラルフの顔がなぜか浮かない。
「なんや…まだ何かあるんかいな」
「…確認が取れてないので、まだ言えません。ジーク先生に聞いてみて、確証が持てたら話します」
そう言うと、ラルフはぐっと背中を反らして伸びをした。
「…ああ、あとクスリの出所も気になるんですよねー!巫女様が随分ミーコの事気に入ってるらしくて、クスリの事で分かった情報はこの家の医師に話すようにって、あの黄色ツナギの…管理局か。あそこに通達出してるそうで。
昨日もロバート氏が帰った後、本星からの解析結果が来たって別の局員が来て話して行ったんですよ」
「そんなん、ラルフも普通に聞いてんのかいな」
「一応医者扱いですからね!」
ふふんとラルフは腕を組んでドヤ顔をした。
「んでその局員の話によると、今回出てきたやつは10年前に禁止になったものと成分はほぼ一緒なんですが、パッケージは全然別物で、前にはなかった新型の吸入用粉末があったそうです。有効成分の残存量からみても、作られたのはごく最近のようだって。
ララカリブスのレアメタルの産出量が宇宙シェアトップとか言うニュースはブラフで、実際はこっちの製造にシフトしたんじゃないかって憶測まで出てるそうで」
「その上地球人拉致?きな臭すぎるやん」
「ゲートの監視強化と、ララカリブスの遠距離監視も強化するそうです」
とりあえず地球行きのルートはこの星の上空と星団軍アステリア支部の中にしかない。これで何事もなければいいと博昭は強く願った。
検診が終わったとの事で、ジークから連絡が来た。
ラルフも一緒にみーこを迎えに行き、そのまま屋敷一階の食堂へ向かった。
二部屋ある食堂のうち手前の部屋に通されると、既に耕作と少年二人が入って座っていた。
「ボイジャーが1年半かかったところを、2日ちょっとだって」
宇宙船に乗るのが楽しみ過ぎると言っていた耕作は、一人わくわくしていた。
「訓練受けてないのに宇宙旅行出来るってスゲーよな!」
少年二人も宇宙旅行に胸躍らせていた。
「ボイジャーか…そう考えたら、窓口NASAでもよかった気がするな。…さて、どこの誰と交渉する話になってるんでしょうねぇ?」
ラルフがここにいないオリヴェルの事を思い浮かべたようで、皮肉っぽい笑みを浮かべた。
「ああ…私も宇宙旅行はしてみたかったなあ」
みーこが、残念そうに項垂れた。
「好きに宇宙船とココ、行ったり来たりしたらいいんじゃない?」
落ち込む彼女に、耕作が明るく提案した。
「え、いいんですかね!?」
嬉しそうに振り返ったみーこに、
「いいと思いますよ」
博昭は笑顔で頷いた。
「やったあ!」
みーこは本当に嬉しそうに、胸の前でぐっと拳を握りしめていた。
食後、部屋に戻ると博昭はみーこに本を勧めた。
「昨日、あの巫女さんが言うてた『娘』の話が載ってる本がありますから」
耕作が見つけてくれた本で、かなり日本語での文字起こしも進んでいる。耕作が書いたいくつかのテキストを元にAIが他の文章に自動で文字を当てたものを、耕作が添削している途中らしい。この先当分こちらの日本語テキストは「耕作フォント」で表示されることになる。
「巫女…?」
「ああ、えーと、ドラゴンに乗ってきた女の子おったでしょ。星の名前と同じアステリア言う…」
「ドラゴンに乗ってきた子!はい、いましたね!」
名前と顔は覚えていなくても、ドラゴンに乗ってきた誰か、というシチュエーションは思い出せるようだ。
「これ、手が疲れなくていいですね!」
空中に画面を出して、みーこが感心したように文字を追っていた。
「これだと、寝っ転がっても全然読書ラクです!」
そう言うと、みーこはソファにころんと横になった。
「あ…」
横になって大丈夫か、と博昭は慌てて駆け寄った。一瞬のことで止めることも出来なかった。
「…ん?」
みーこは不思議そうに博昭の顔を見た。
「みーこさん何ともない?大丈夫ですか?」
「え?あ!そうか。何とも…大丈夫です、苦しくもないし」
画面を消して、みーこは天井を見上げて目を閉じ、大きく深呼吸した。
「うん、何ともない。昼だから?眠くないからかな?大丈夫みたいです」
「そうか、よかったぁ…あとはこのまま昼寝しても大丈夫かって事ですね」
「じゃあ、本読み疲れて眠るまで読書します!」
残るは、座ったまま暗くして眠るパターンの実験だけだ。
昼食後。
地球への出発時間の連絡が来た。
「今からアステリア時間で丸一日後、明日の昼過ぎ頃に迎えが来る。戻りの準備をしておいてくれ、との事だ。元の服がないのはみーこだけだったな?地球の服を用意するとの事で、ロレッタ女史があとでこちらに来てサイズを測るそうだ」
「何から何まですみません!」
レビからの話にみーこが頭を下げた。
「まあ、俺たちは準備も何も、元々手ぶらだけどね」
リッキーが笑った。
「そういや、僕のカバンどうなったんだろ」
「ああ、それはワタシもや…」
耕作と博昭が不安げな顔でお互いを見た。
そんな二人を尻目に、ラルフはポケットから小さな巾着のようなものを出してため息をついた。
「ない方がまだいいですよ。ボクなんか『遺品』届ける仕事ですから…」
水槽に浸かる前に外された、シルビアの指輪と腕時計が入っているそうだ。
「それは…うん…キッツいなぁ…」
博昭が同情の目を向けると、
「ゲート作って、すぐに持って行くから待っててよ!大丈夫、有給はフルで残ってた!今日まででだいぶ減ったと思うけどね!?」
と耕作がファイティングポーズのような構えでラルフを励ました。
「これ、返すんだよね?みんなと話せなくなっちゃうの寂しいなぁ」
パットがラムダを掴みながら寂しそうに呟いた。
「英語はおっちゃん喋れるから大丈夫や」
博昭はパットの頭をぐりぐりと撫でた。
「でも、ラルフは堪忍な?ドイツ語はあいさつ程度や」
「ボクだって英語は得意じゃないけど少しは喋れますー!」
得難い時間だったと思う。
3食付きで、何の見返りも求めずに何日も面倒を見てもらった。ここの人たちに何が返せるだろう。
帰るとなると急に寂しくなった。
「なにを感傷に浸ってるんだ君たちは。レディの休学の手続きが終わったら、彼女はずっとこちらだ。記憶が戻るまで恐ろしくて地球には帰せん」
ロレッタとロバートが、今日はジョルジュに連れられて軍にあるゲートを使って3階から現れた。
服のサイズを測ると言っていたロレッタは、両手に大きな袋を二つ持っていた。既に見繕ってきた衣装をみーこに着せると言って、博昭たちの部屋を独占した。
博昭は、レビやラルフと一緒に耕作たちの部屋の談話室に集まった。最終の細かい確認や説明をロバートがそれぞれに詰め込み始め、最初に矛先が向いたのが博昭だった。
「ゲートで君が毎日こちらに通うんだ。レディの安眠のために」
「ああ…そーいう事ですか…」
博昭は白目をむきそうになった。すぐ帰ってくるなんて、確かに感傷に浸っている場合ではなかった。
次にロバート翁が目を向けたのは耕作だった。
「予備のフレームを私たちが先に持ち帰っておく。地球に着き次第、それを組み立ててヒロに渡してくれ」
「了解です」
耕作はきりっとした顔で頷いた。
「地球産の素材でフレームが出来次第、そのフレームはここに返す。まあ、他は急がないからゆっくり作ればいい」
「帰ったら1週間で全て仕上げるつもりですけどね。あ、一個を除き」
耕作は何故かニヤニヤしていた。
「ラルフはシルビアさんのご家族への説明があるから急ぐだろ?なるべくすぐ作る予定だし、オールマイティに持ち運べるのもすぐ作る。それはこの部屋に対のフレームを置いといて欲しいな」
「分かった。ラルフの分は待合室2階の彼の部屋に置いておく。それとヒロの分以外は、とりあえず全部この部屋に設置しておく」
耕作からの提案に、レビが頷いた。
「船内持ち込みゲートの最終確認です。昨日アランが仕上げてくれた1セット分、それでヒロさんの部屋と船をつなぐ。で、船の方のは地球に着いたらばらして、コアだけにして地球に持ち込む。下船後に予備フレームでまたすぐに組み立ててヒロさんに渡す。僕が戻って地球の素材でフレームを完成させたら、ヒロさんのフレームを直して、外した予備フレームはこちらに返す」
「いいぞ、その通りだ」
耕作の流れの確認を聞き、ロバート翁が満足そうに口角を上げた。
「僕たちの分もあるの?」
少年二人が目を輝かせて耕作を見た。
「あるよ、二人に一つだけどね。あ、でも、もう少し君たちが大きくなるまで預かっとくよ。必要になったら連絡くれれば、持って行くから」
耕作も嬉しそうに子供たちを見た。
「もし、ジェイミー・モーガンJrが私達の仲間を養父にするなら、君にはすぐに渡せるんだがな」
「それは…帰って、妹と話し合って決めます」
少し悪そうな顔で笑うロブ翁に対し、リッキーは即答を避けた。
「それと、Jr。君には重大な任務が一つある。他の皆は素性を隠して帰ることが出来るが、君だけは不可能なんだ。両親の問題の後だ、君が消えたことで自称親戚たちが色々な嫌疑をかけられて大変な騒ぎになっている」
「…分かりました。みんなを代表して、マスコミ対応でも何でもやりますよ」
11歳の少年に負わせるには大変な重責だ。だが、彼は余裕の笑みで引き受けた。
「よし、ならば表向きのシナリオを用意しておこう」
ロバートはとても眩しいものを見るかのように、目の前の少年を見ていた。
「…何や…かっこええな、リッキーは」
博昭がそう呟くと、
「生まれながらのスターの息子ですから」
既に博昭より大きいその少年は、そう言って爽やかに笑って見せた。
クズイ君の苦情案件です。また先生は話を一部端折りました。
まだ帰れない…!次はホントに帰ります。




