被害者Aの回顧録 その12 作戦
サロメの話を聞いた後、博昭はしばらく俯いて、黙り込んでいた。
先程までの話の中で、どれが初知りで、あの飄々とした「山下先生」を落ち込ませる情報だったのだろう。
この星に来た初日の夜に会った彼は、大牙たちの部屋…正確には彼の部屋で、酒を飲んで眠ってしまった陽気なおじさんという印象しかなかった。そんな彼がひどく落ち込みながら過去を暴露する状況に、湊太は得も言われぬ罪悪感があった。と同時に、ここまで来たら引けないことも分かっていた。
少しして、博昭はゆっくりと顔を上げると肩の力を抜いた。
「さあ、ハナシ元に戻すで。レビたちがゲートの材料持って帰った後から。『デルージュの遺児』いう悪戯好き集団のおっちゃんらが考えた、地球帰還計画や」
突然元気に声を上げると、話の中心のその男はまた語り始めた。
昼過ぎに、ロバート翁は前日と同じ方法で約束通り現れた。やはり昨日と同じ黄色のツナギの星団管理局の人間とジョルジュが同行していた。
ただ、昨日より一人多い。最後にゲートを通って出て来たのは、ブラウンの髪のスーツの女性だった。
屋敷側からはレビと、宇宙船で帰還予定の耕作、ラルフ、博昭、みーこと二人のパトリックだ。
椅子が全然足りず、やはり黄色いツナギの管理局員とパトリック二人と博昭は立って話を聞いた。レディーファーストだと言って老人が怒ったのでみーこは最初に座らされ、博昭は彼女のすぐ後ろに立った。スーツの女性は座らず、ロバート翁のすぐ後ろに立った。
「彼女は、私達の仲間で唯一日本語が話せる。ロレッタ・オルブライトだ」
ロバートが仲間だと紹介したその女性は、30代半ばくらいに見えた。
「よろしく」
細面の女性は、にっこりと微笑んだ。
「ジョルジュ、君は船には乗らんのだな?」
「ええ、私は陸軍なので。代わりに有能な宇宙軍の者を何人かをつける予定だったのですが…」
筋肉隆々のエルフは、しょんぼりと体に似合わない落ち込み方をした。
「オリヴェルが本星に乗り込んで熱心にプレゼンしたせいで、本部までもが乗り気の肝いり案件になってしまいました…本部がかなり気合が入ってしまい、一個中隊を動かす依頼が来てしまって正直頭が痛いのです」
肘をつき、眉間を押さえながらジョルジュは辛そうに息を吐いた。
「一個中隊って…どれくらいの規模なのかピンとこないんだけど」
耕作が首を傾げた。
「今回は200人規模で組まれています。一個小隊…30人くらいでも多いと思っていたのに…旗艦1隻に加えて中型艇1隻、小型艇10隻で行く話で決定したそうです。戦争でもするつもりかと本部の各司令官が止めたのですが…」
「200人!?6人帰すだけやのに、多すぎやろ!?」
なぜそんな大事になっているのか分からず、博昭も声を上げた。
「最近長距離遠征のなかった軍の訓練にも丁度いいと、うちの総司令がその案に乗ってしまいました。その上、旗艦には物見遊山の星団管理局の人間が10人ほど乗り込む話になっています」
ジョルジュの穏やかな口調の中に、時々毒が含まれている。思惑通りに行かず、彼にとってかなり面白くない状況らしい。
円盤2機が屋敷から現れた。ジゼルとエルサだった。エルサは話の邪魔にならないよう、手早く卓上に紅茶を並べていく。
ジゼルが簡易テーブルと椅子も運んできたので、博昭の紅茶は後ろに置かれた。
「…交渉役で出てくるのはオリヴェルの馬鹿か」
ロバートがぎろりとジョルジュを睨んだ。
エルサの耳がぴくっと動いたのが見えた。
「そのように決定しました」
実際は遥かに年下の老人に向かって、ジョルジュは丁寧に返した。
カートを残し、円盤に乗って去って行く二人のメイドを見送ったが、去り際にエルサがものすごくいたたまれないといった表情をしていたのが博昭には少し可笑しかった。
「まあいい、根回しは今早急に行っているが…全員、国際的な人身売買の組織に攫われて、奪還作戦の途中というシナリオで動いていて、緘口令も敷いている。これは実は君たちがここに到着してから早い段階で行っていたのだが…」
そう言うと、ロバート翁は簡易椅子に座る少年二人に目を向けた。
「アメリカの少年二人に関しては問題ない。君…パトリック・スチュアートか。君の父親は弁護士だそうじゃないか。所属の事務所に伝手があったので、事情を話して無事であることは伝えてある」
「ありがとうございます!」
後ろの柱近くに座っていたパットが、目を輝かせた。それとは対照的に、隣のリッキーは暗い顔で下を向いた。
「君がパトリック・モーガンか。家で起きている見知らぬ親戚どもの件をパトリック・スチュアートの父親に伝え、その後の…遺産の件に関しても、球団側の弁護士と連携して後見人の手配するようお願いした。妹の保護も、君が戻り次第行う予定だ。君たちが望むなら、信用できる養父母をこちらで用意する準備がある」
「ありがとうございます!でも…なぜ、そこまでしてくれるんですか」
「個人的に、ジェイミー・モーガンの…君のお父さんのファンだったんだよ。それと、君をこの星がなぜかお気に入りのようだ。出来れば残って欲しいとまで言っている」
そう言うと、ロバート翁は紅茶のカップを傾けた。
「…悔しいが、ここで飲む紅茶は美味いな。地球産の茶葉なのに…君が残りたいと言えば、影武者を用意して入れ替える案まであったのだが、子供の影武者の用意は難しい。…しかし君は帰る選択をした。こちらに住むかは、君が大人になってから自分で考えて、判断してくれ」
ロバート翁の根回しがすごすぎる。博昭は唖然としつつ、流れるように続く説明を聞いていた。
「ラルフ、君の方は、実は監視カメラの画像を貰った際に説明済みだ。婚約者の彼女…病院の理事長の娘だそうじゃないか。無事だと聞いて、泣いて喜んでいたそうだ」
「はあー!ありがとうございます!」
ラルフが、ロバートを神とでも崇めそうな勢いで両手を組んで体を向けた。
「安心して職場に戻るといい。ただ…シルビアのご家族への説明は、今のところ君に任せるより他ない」
「う…あ…そこは…対処してくれないんですね…」
組んだ両手をほどき、ラルフはがっくりと肩を落とした。
次にロバートが視線を向けたのは、みーこだった。
「そちらのレディに関しては、最重要案件として動いている。
コンビニの防犯カメラに貴女が攫われるところは残っていたので、日本の警察にも協力してもらい、情報を外部に漏らさないよう通達した。大学の方にも警察を通じて説明してもらい、休学扱いになるよう口添えしてもらってはいる。戻ってから正式に休学の手続きを行うなり、復学するなり判断していただきたい。そしてそれぞれの御家族にも説明をお願いしている…。
ヒロ、君の場合は独り暮らしなので、大学の君の上司に同様に説明済みだ。
コーサク、君の奥方にも警察から『そのシナリオ』で説明が行っている。この星の事を話すなり、その辺の修正は自分達で帰ってからしてくれ」
「ありがとうございます!」
日本人三人が同時に叫んで頭を下げた。
「あの…赤ん坊の、ハルカちゃんの件はどうなりますか」
耕作がロバートの目をまっすぐ見ながら聞いた。
「…彼女の件は、日本の警察には悪いが、ずっと走り回って探してもらうことになる」
「この件とは絡めないって事ですね」
「戻しても命の危険があるなら、ここに残す。孤児として扱うことになる」
「孤児ぃ!?」
耕作が、眉根を寄せて心底嫌そうな声で叫んだ。
「クレアは自分で育てるつもりだったらしいが…彼女も妊婦になった。負担が大きすぎる」
レビが申し訳なさそうに説明した。
原因となったみーこは、当然のことながら誰が誰だかわかっていないので、不思議そうに話を聞いているだけだった。
「大丈夫だ、孤児院長は私の大叔母だ。エルサの妹のエレナというしっかり者もいる。環境はかなり良いところだ」
「そうか…うん、じゃあお任せするよ。時々様子見に来てもいいかな」
「ゲートがあるんだ、好きにすればいい」
レビの説明で、耕作は安心したように笑った。
「それと、ゲートの材料を持ち帰るのは…コーサク、君か」
ロバート翁が耕作を見ながら、また紅茶を口に運んだ。
「はい」
「ならば、ワンセットすぐこちらで組み立てて船とこの屋敷をつなげるようにしておけ。そのレディは宇宙船での寝泊まりが無理だ」
「あ」
みーこが顔を真っ赤にして口を隠した。
「私のこの状況、みんなに知られてるんですか?恥ずかしくて死にそう。ってかもう死にたい」
「レディ、君は頭では覚えていないかもしれないが、実際は恐ろしい目に遭ったんだ。記憶が戻らないのも不安で仕方がないだろう。心理的に不安定になっても何もおかしい事ではない。後ろのその青年に、しっかり支えてもらえばいい」
ラルフから聞いていたいくつかの注意事項の中に、「ドラッグのせいだと本人に知られるな」というルールがあった。知ってしまうと苦しさのあまりまた自ら手を出したり、同じものが手に入らなければ違うクスリに逃げたりすることがあるとの説明があった。
ロバート翁は知っているのだろうか、綺麗にみーこをかばう言葉で流してくれた。
「あー、アクション映画でよく意味不明にヒロインとくっついちゃうあれだ。命の危機に晒されると子孫残したくなるってヤツ」
パットがみーこの顔を見て何か気付いたらしい。変にカンが良くて意味不明だ。勝手に持論を並べて勝手に納得してしまった。
博昭は「このマセガキが!」と心の中で思ったが、顔に出さないようぐっと堪えた。
「あー!あるある。やっぱああいうのって一時的なんだろうな。続編になったら別れてんのも多くない?相手違う女になってたり」
リッキーは今まで物静かで思慮深い子だと思っていたが、この時博昭は初めて「このクソガキ!!」と思ってしまった。
よほど子供たちの発言が面白かったのか、ロバートはしばらく横を向いてごまかしながら肩を震わせて笑っていた。博昭は同じく「このクソじじい!」と思ったが、恩人過ぎて実際は彼には怒る気も起きない。
笑いが収まったら、ロバートはまた真面目な顔に戻ってみーこと耕作を見た。
「地球に戻る直前まで屋敷にいてもらう。それで地球到着直前に船に移動してくれ。その後でゲートはばらして、角のコアだけにして地球に持ち込むんだ。下船後すぐに我々が預かって、このロレッタが日本に渡しに行く。身体検査でもされて取り上げられたら困るからな。可能であれば彼女を日本帰国の際に同行させるつもりだ」
「本当に色々とありがとうございます」
耕作が皆を代表して再度謝辞を伝えた。
「我々の、先祖からの探し物がようやく見つかりそうなのだ。そちらのレディの記憶が戻ってからの方が忙しくなる。そう信じたい」
ロバート翁は、穏やかに笑った。
「私からも一ついいでしょうか」
星団管理局の人間が初めて口を開いた。
「地球は連盟の外の星です。そこにこれ以上新しいゲートを置くのは、当局としては承服しかねます。無闇矢鱈に身元不明の人を連れて来られても困るのです。法整備してルール化しますので、それまでこれ以上の新しい人の移動は控えていただきたいのです」
「そうは言っても…可能であれば、ボクはシルビアさんの旦那さんや娘さんは連れて来たいんですよ」
ラルフがすぐに反論した。
「…わかりました。なるべく早急に臨時案だけでも作成しますので」
局員は苦虫を噛みつぶしたような顔をしつつも、急ぐことを約束してくれた。
ロバート翁達が帰り、また円盤に乗った局員がゲートを回収して飛んで帰っていくのを見送った。
博昭はみーこの手を取り、屋敷へと移動を始めた。
「お役人の仕事の『早急に』…って、期待できないんだよね」
耕作が皮肉たっぷりに笑った。
「まあ、こっちの役人が仕事早いて信じるしかないわなぁ」
博昭もため息をついた。
のんびり歩いていると、東屋に残って誰かとブツブツ話していたレビが、シュシュリューに乗って追いかけて来た。
「耕作、急いで屋敷の3階に来てくれ」
「ん?僕だけ?」
「そうだ。…ゲートの作り方だ。ジョルジュの兄で、ゲートの作成ができるアランという男がいる。今から彼の勤めている会社に連れて行くので、彼にゲートの作り方を聞いてくれ。同時にこちらのゲートも作ってもらう」
「え、あの街中に行くの?」
耕作が世界樹の方を指差した。
「違う、彼は精密機器や医療機器の製作に携わっているのだが、世界樹周辺に工場は建てられない。彼の工場はブリナという北の方のエリアにある」
「ブリナ…」
耕作が呟くと、地球儀ならぬアステリア儀が目の前に現れた。
「えー!すっごい北!遠い!」
現在地とブリナの大陸が光っている。
「ゲートで行くから距離は問題ない。下手したら2,3日うちに地球行きの船が出発になりそうなのだ。急がなければ…」
「2,3日!」
全員が叫んだ。
「一個中隊って…200人規模がそんなすぐ動かせるもんなの?いや、早く帰れるのは助かるけどさぁ?」
耕作はそう言いながら、走り去るシュシュリューを追いかけて丘を駆け上がって行った。
耕作と入れ替わるように、ジゼルが円盤に乗って飛んできた。カップ類の片付けに来たようだ。
「ラルフ様以外、屋敷の方に引っ越しになっております。エルサがホールで待っていますので、部屋の配置換えは彼女に聞いて下さい」
「え?私もですか?」
みーこが不安そうに自分を指差した。
「そうです、貴方様もです」
ジゼルは軽く頷くと、東屋の方に飛んで行った。
ジゼルの言った通り、エルサがホールで待っていた。
彼女について行き、二人のパトリックが動く階段に乗ってはしゃいでいた。
「こちらがコーサク様と、パトリック様たちのお部屋になります」
2階に上がってすぐの左側の部屋に、3人が通された。
「パトリック・スチュアートとパトリック・モーガンをこの部屋に仮登録…ヤマシタヒロアキは消去。では、お二人はこちらへどうぞ」
元の部屋に博昭は帰れなかった。というか消されてしまった。
「あれ、ワタシは?」
「ヒロ様は、ミーコ様と隣のお部屋をお使いください」
「え?あそこだけでも3部屋あったやないの」
博昭の発言を無視して、エルサはすたすたと廊下を進んでいく。
「こちらです。広さは元の部屋と変わりません」
「いや、広すぎやろ…いやちゃう、そーやのーて、みーこさんと二人って!」
「先ほど、アステリア様からこの一家の夫婦として認められました。一緒の部屋で何か問題でも?」
「え?」
エルサが何を言い出したのか分からず、博昭は午前中の事を必死に思い出した。
「どれや…?名を与えるゆーた、あれか?」
「そうです。特にミーコ様はこの家の血族、3階の一族のエリアにお部屋を用意してもいいくらいです」
「いやいやいや、そんなん日本じゃ通用せえへんて!」
「ならば地球では別の人とでも好きに結婚すればいいでしょう。この星ではもうあなたたちは夫婦です」
そう言うと、くるりと背中を向けてエルサは出て行った。ドアが閉まる直前、みーこが部屋をきょろきょろと見ている隙を狙ってエルサが含みのある笑顔を見せた。
―――嘘か?なんか企んどるな。
後で詳しく聞かねば、と思いつつみーこを見た。
ラルフから受けた忠告の一つに
「否定、拒絶は絶対しにしないでください。正常に戻った後、そう言うのを全部覚えてるそうです。表情にも出さないで!とりあえず大きな気持ちで全部受け入れて」
というのがあった。エルサが爆弾投下して逃げたこの状況で、言葉のチョイスが難しい。
「困りますよね、みーこさんも急にそんな事言われても…」
「困る…けど、うん…でも、ヒロさんと離れて生きて行けるか不安って言うか…こっちだけの話なら、それはそれでありかもって思ったんですが…そんなの私の都合だし、ご迷惑ですよね」
―――ああもう、こっちがおかしくなりそうや。
もう、勘違い男でもいいと思った。全肯定がおススメならノッてやろう。
「地球戻って、みーこさんの記憶が戻ったら、大学卒業までにちゃんと言います。ですからまず、僕と付き合ってください」
ものすごく卑怯だと思う気持ちと、目の前の状況を受け入れろという忠告の狭間で、胸が苦しい。だが、中途半端も嫌だったし、きちんとしたかった。とりあえず目の前の彼女をすべて受け入れようと思った。
「はい!」
みーこはとても嬉しそうに微笑んだ。チクリと痛む良心と、記憶が戻った時にすべて消えてしまう恐怖とが、その笑顔で一瞬にして消し飛んでいた。
次でやっと地球に戻ります。(たぶん)




