当主の農園訪問記
今回のストーリーテラーはレビです。
アステリアには「人が乗れる」動物は何種類かいる。
森などの人の足では踏み込むことが許されない場所でも、星の固有種の動物に乗った状態ならば入ることが出来るので、目的地が森の間にあるよう場合には乗れる動物は必須の相棒だった。
その中でもシュシュリューという鳥は長距離移動に向いていて、人を乗せる事も人に飼われる事も嫌がらず、人に懐く動物だ。鳥というより、申し訳程度の翼の生えた竜の仲間と考えた方が正しい。
グラーティアの屋敷を出て、シュシュリューの足で半時間ほど走ったところにその『農園』はある。
農園に着き、最初にまずシュシュリュー4頭を管理小屋裏の厩舎に預けた。
「二人とも大丈夫か?寒くなかったか?」
私の質問に答えようとしたのだろうが、リッキーは目の前のアンカードラゴンから目が離せない。
「大丈夫…大丈夫だけど…大丈夫じゃない!恐竜じゃんこれぇ…!」
農園の柵の向こうにいる『アンカードラゴン』を見て、二人のパトリックたちは目を輝かせていた。大声は出すな、と出発前に言い含めておいたので、二人とも叫びそうなのをなんとか口を押さえつつ我慢している。
「これ、レビの家で飼ってんの?」
見ると、耕作も子供と変わらないくらい興奮していた。
「飼っている、という言い方はおかしいな。このドラゴンの生息地に私たちが間借りさせて貰っている、という感じか?この種類はこの近辺から動かないので、人のする作業は、竜が行かない小屋の後ろ側の森の果実を収穫して、食料が足りない季節にそれらで補っている程度だ。後は…警備だな」
話している間に、小屋から農園の今日の担当者が出て来た。
「レビいらっしゃい、お友達も。あらー、小さい子がいるわ」
子供の客が来るのは、多分私たちが小さかった20年前くらい以来だろう。曾祖母のアーシャが嬉しそうに歓迎してくれた。
「父さんは?」
「夜勤明けで、ついさっき入れ違いくらいで帰ったわよ。今は私達だけ」
そう言いつつアーシャが小屋の方を振り返ると、曾祖父のイーデンも小屋から出て来たところだった。
「私の曽祖父と曾祖母だ。一応二人が農園のトップの管理者になる」
まずは家族二人を耕作に紹介した。
「ああ、昨夜の夕食の時にお会いしましたね。改めまして、槌田耕作です」
「こちらこそよろしく、イーデン・グラーティアです。…レビが気に入ってる人間とは珍しい。仲良くしてやって下さい」
「…?気に…入ってるんですかね?」
イーデンの言葉に、耕作が首を傾げる。
「分かりにくいでしょう?でも、あなたの事はとても気に入っているようです」
身内目線の会話がむず痒く、私は二人から目を反らした。
「寒かったでしょう?今お茶を入れるわね」
ふわふわと曾祖母が小屋に戻って行く。
「綺麗なひいおばあさんだなぁ。レビと変わんない年くらいに見えるけど」
「ふふふ、綺麗でしょう?ああ見えてアーシャは700越えてますからね」
耕作の独り言に、イーデンが嬉しそうに妻自慢を被せてきた。
『あなたー!?女性の年齢とかうっかり漏らすものじゃないわよ?』
曾祖父の目の前にいきなり画面が立ち上がり、自慢の妻からチクリと怒られていた。
小屋の中に入り、アーシャがキッチンに消えている間に、曾祖父に対して本日のメインの交渉に入った。
「出せる石を全て地球に持って行きたいのですが、可能でしょうか」
「今出せるのは…知ってると思うけど、小さいのしかないよ?予備は残して…5つかな」
「小さいので十分です。ではそれをすべてコーサクに預けます」
「おっほ。豪気だね!我が家の20年分くらいの予算に当たるけど、タダで渡すのかい?」
「アステリア様のご意向なので…」
「ああ、そうか、そうだったね…じゃあ仕方ないか。でも、割ってないしテストがまだだよ」
「では、今から割りましょう」
「わる」
曾祖父との会話が不思議だったらしく、耕作が一言拾って呟いた。
会話の途中で、キッチン側ではない隣の部屋からごそごそと気配がし始め、扉が開いた。
「ケーキお持ちしました、今日はトルテ様の新作です」
ジゼルが、カートではなくトレイを持った状態で現れた。
「ん?何でジゼルさんがここに居るの?出掛けに食堂のとこにいたよね?」
耕作が何が何だか分からないという顔でジゼルを見た。
「ええ、ゲートがございますので。あ、皆さん今日は陸路で来られたのでしたね」
「ゲート?…見てもいい?」
耕作は立ち上がり、ジゼルの来た部屋を覗いた。
「ゲートあるじゃん!なんで僕たち鳥で来たの!?」
「ゲートのフレームはあるが、それはゲートじゃない。角のコアが抜かれている」
立ち上がって、私も隣の部屋へ移動した。そして耕作に見えるよう、足元の直径60cm程度の小さなゲートを指差した。
「ジゼルが今通ってきたのは、こちらのゲート。サイズ1になる」
「ええ、ええ。このサイズはカートが通れないのでとても不便でございます」
ジゼルが不満そうに口を尖らせた。
「面倒かけてごめんねぇ」
そんなメイドに対して、イーデンが申し訳なさそうに謝った。
「ゲートの材料は、自分と同じサイズや自分より小さいサイズのゲートは通れないんだよ。自分より大きなコアを持つゲートしか通れないんだ。今、ここに2つフレームがあるがどちらもコアがない。ただの枠だけなんだ。実際に稼働しているのはこっちの小さなゲートなんだよ」
「じゃあなんで…こっちの、コアとやらを抜いちゃったの?」
耕作が、自分の背よりもはるかに高い位置のフレームの角を指差した。
「なんでって…売れたから?」
イーデンがこてんと首を横に倒した。
「売れた!」
また耕作が復唱した。
「このフレームの角のはサイズ2。うちの屋敷が何軒建つかなーってレベルのが、2つ売れちゃったの」
曾祖父が嬉しそうに説明しているところで、ジゼルも満足そうに頷いた。
「これで我が家はあと30年は戦えます」
「レビの家の主な収入源は、これ?」
耕作の質問にジゼルが頷いて答えた。
「そうですねぇ、なくても生きていけますが、質素になっちゃいますし…何せ50人くらいの大所帯の家ですから、お客人をもてなす余裕はなくなるでしょうね」
「なるほど。じゃあ僕たちが面倒見て貰えてるのもこれのお陰なのか…ん?そんな高価なもの、僕らが貰っちゃってもいいの!?」
「アステリア様がそうしろと言ったらしょうがないんだよ。この星の産出物は、そもそもアステリア様の物なのだから」
イーデンが眉根を寄せて、少し悲しそうに笑った。
紅茶とケーキを頂いた後、子供とアーシャは表に出た。
子供たちは、アーシャと一緒にドラゴンに木の実をあげることになったようだ。
「あ、素手で木の実触らないでね。今は自然の果物がない時期だから、人の手で足してあげないと竜も困るのよ」
「はーい」
二人はアーシャの指示に素直に従い、手袋をはめて寄ってくる竜に切った果実をあげていた。
イーデンが奥の部屋から石の入った袋を5つ持って出てきたので、私は空の袋とペンを何本か、それとロープを2本と木槌などを棚や引き出しから準備した。それらを持って、大人の男性陣3人も外へ出た。
「下準備お願い」
そう言いながら、イーデンが1つの袋から5cm程度の白い石を取り出した。平べったい六角錐が底辺で二つくっついた形の、表面はつや消し状でさらさらした手触りの石だ。
私はそれを受け取ると、片側の6面に数字を書いていく。
「では、反対の面にはコーサクに1から6までの数字を書いてもらう。分かり易く順番になるように」
「じゃあ、時計回りで。…はい、書けた。これが例の対になるヤツなの?」
耕作から石を受け取りながら、私は嬉しくなって頷いた。
「そうだ。コーサクは人の話をちゃんと覚えているし、理解が早いので助かる」
再びイーデンの手に渡った石は、竜の柵の近くにある、テーブルくらいの高さの大きな岩の上に置かれた。
「じゃ、割るよ」
石を立てて置き、角錐の底辺がくっついている部分にコンコンと木槌で衝撃を与えていくと、真ん中からぱかりと割れ、二つの六角錐になった。
「おおー綺麗に割れた」
耕作は覗き込みながら、小さく拍手した。
「次は…っと」
イーデンが六角錐の頂点部分をまたコンコンと叩いていくと、角に沿って綺麗に6つに分かれた。
「…中は赤って言うかオレンジ…干し柿みたいな色だね」
「ホシガキが何だか分からない…」
耕作の感想の比喩が分からなくて、首をひねった。
「干した、柿っていう果物だよ。こっちにはないのかな」
6つに割れた石を私が一つの袋にまとめて入れている間に、もう一つの六角錐もイーデンが同じように割った。
それも別の袋に入れ、二つの袋に私はアステリアに残す方を青、地球に持って行く方は赤と決めて、色違いで三角のマークを描いた。
「…これでコアがワンセット?」
「そうだ、これを後4回だな」
二重丸、星、四角、葉っぱの絵など描かれた計5セットが出来上がり、袋が岩の上に並べられた。
「次はいよいよ実験だね」
そう言うと、イーデンが最初の三角のマークの袋を手に取り、私と耕作に手渡した。
「一辺をこのロープの長さになるように、順番通りに6角形の形に並べて。なるべく正六角形になるように…」
イーデンの指示で、少し離れた場所に私と耕作でそれぞれ石を並べはじめた。
いつのまにか二人のパトリックが耕作のそばに来ていた。
「同じ形の石がいっぱい…石を並べてるの?パット、石好きだったよな?何か集めてたじゃん」
「好きだよ、水晶とかいっぱい集めてる。でもこの石は知らない、見た事ないなあ…」
興味津々で二人が耕作の手元を覗き込んだ。
「六角形になるように並べてるんだよ。やる?」
「うん!わー、中が赤くてきれいだなぁ…」
耕作の誘いに、パットが元気に答えた。
「俺はレビの手伝うよ。何かレビ不器用じゃん」
手際の悪い私を見かねて、リッキーはこちらの手伝いに来てくれた。
「出来た!」
パットが笑顔で叫んだ。
「こっちも完成だ。こちらで起動する」
空中で手を滑らせて足元に電気を送ると、石が僅かに動いて「整列」した。そして両方の石に囲まれた六角形のエリアに靄が掛かる。すぐにこちらの方だけ、青空を背景に覗き込む耕作とパットの顔が見えるようになった。
「え?え?」
隣でリッキーが不思議そうに、足元に見える友人の顔と向こうにいるの本人の横顔を見比べている。
「ふふっ…並べて見ると面白いな…では石を投げる。二人とも危ないぞ、顔をよけて。石をそっちで受け取ってくれ」
足元に落ちていた小さな石ころを拾って、輪の真ん中あたりに落とした。
「うわっ、来た!」
自然落下で落ちたスピードそのままで石が耕作の方のゲートの中心から飛び上がって来て、すぐにまた落ちかけたところをパットがキャッチした。
「すげー!手品みたい!」
「ワープホール!?」
パットとリッキーが目を輝かせた。
「面白い!っていうかレビさっき手で何やったの?起動には電気がいるって言ってたじゃん?」
「…説明がめんどい…」
耕作の質問で、途端にげんなりした顔をしてしまった。
「またそれだー!」
「私たちは、人間の目に見えないレベルの粒子などが見えて動かせるんです。そこらの空中にある小さいのをぶつけて、電気を起こしました」
面倒臭がりのひ孫に変わりイーデンが説明してくれたが、耕作には理解できなかったようだ。
「…意味が分からないです。グラーティア家の人は手品師か魔法使いなの?」
「ほら、やっぱりめんどい…」
見えない人に見えているものを説明するのは本当に面倒なのだ。投げやりなひ孫に困った顔をしつつ、イーデンは何とか説明しようと頑張っていた。
「私達の人種が持つ、ただの個性ですよ」
『要は静電気を起こしているという事です』
見かねたのか、グノメが助け舟を出してくれた。
「静電気か!さっきのだけで起こせるの?エルフってすごいね。…じゃあ、静電気起こせば人間でもゲート起動できるんだね?」
「出来る…が、6つ全てに電気が伝わる必要がある」
「…なるほど。フレームの素材は電気の伝導性重視だね。銀…?カーボンナノチューブ使ってみるか…」
話を聞きながら、耕作は作製計画を頭の中で練り始めたようだった。
そして残りの4セットも同じようにテストをした。
すべて無事に動くことが確認できたので、これで完成だ。
「ゲートって、石のサイズに関わらず、距離はいくらでも行けるってこと?」
「どこまで行けるか正確な距離は分からないが、今のところ一番遠いのは太陽系だ。第5惑星のサイズ5のゲートも、ロバート翁の所のサイズ1も、どちらも問題なく行けている」
「で…この石って名前は何ていうの」
「名前…?そういえば何だ?」
言われてみれば、知らない。専門家の曾祖父の方に顔を向けた。
「…ないね、そう言われてみれば。あえて分かりにくくしてたってのもあると思うけど、ないね」
今までどう呼んでいただろうかと記憶を辿る。
「ゲートの材料、とか…そう言う言い方しかしてないな…」
「じゃあ…この生産方法は?ここの竜絡みってのは何となく分かってるんだけど…」
一度グノメに断られているせいか、耕作はおそるおそる質問した。
その時、子供たちがいるところで、バシャッという水をぶちまけたような音がした。
「うわ、恐竜が吐いた!変なもん食べた?」
「病気か?大丈夫?俺たちが果物あげたのがまずかった?」
子供二人が吐いた竜の近くに駆け寄り、心配そうに声を掛けている。
「まあ、大サービスね」
アーシャが肩まで伸びる長く分厚いゴム手袋のようなものを手にはめると、竜の吐瀉物の中の大きな塊に手を伸ばした。
「原料はコレよ…ちょっと洗ってくるわね。その吐いた粘液、毒があるから絶対に触っちゃダメよ」
「ああ、助かるなあ。一番人気のサイズ2のヤツだな」
イーデンが嬉しそうに頷いた。
「2?あれで?1に比べてデカすぎじゃない?」
耕作は納得のいかない顔で叫んだ。
「これから乾燥させるから、だいぶ縮むよ」
元々竜の関係の教師であるイーデンは、説明するときはとても楽しそうだった。
「ふーん、そっかあ。竜の分泌物か。本当はクジラだけど、これこそリアルに龍涎香だなぁ」
『リュウゼンコウ、登録がありません。私は知らない単語です』
「ああ、えっと…クジラの…言っちゃえば結石だよ。すごく臭いらしいけど、何年も経って熟成したらいい匂いになって、高級なお香になるの」
グノメに逆質問されて、耕作が答える。わずかな期間で自動収集した、街頭での会話から拾った言葉ばかりでは、単語の網羅は難しい。未知の単語をどうやって共有化できるか、私は興味深くグノメと耕作の会話を聞いていた。
「あー!それ知ってる、アンバーグリスだ」
耕作の話を聞いていたパットが叫んだ。
「何かの記事で読んで、欲しくって…何度かお父さんに頼んでビーチに連れてってもらったんだけど、見つかんなかったんだ」
「ははは、そんなに簡単に見つかるもんじゃないよね…そうか、英語ではアンバーグリスか。琥珀の…グリス?」
『英語の辞書の方でアンバーグリスを見つけました。リュウゼンコウ、紐付けておきます。戻ってからで良いので漢字を教えてください。ちなみにアンバーグリスのグリスは灰色、灰色の琥珀、という意味です』
パットの知識のお陰で、グノメも納得の結果が得られたようだ。
「でも、これは龍涎香にも似てるし、中は普通の琥珀にも似てるよね?オレンジっぽいし」
袋からひとかけら取り出し、耕作がゲートの材料をしげしげと眺めていた。
「うん、似てる。ぼくも昆虫を閉じ込めた琥珀欲しくて、色々探して一個だけ買ってもらったけど…僕のはもっと黄色いんだよ。これは、カーネリアンに近い色だと思う」
『パットは石が好きとの事ですが、琥珀は石ではなく、樹脂です』
パットのグノメがツッコミを入れた。
「でも、宝石の扱いなんだよ!地球では」
パットも負けじと言い返した。
「あの二人は…なんというかマニアックだな」
耕作とパットの会話を聞きながら、心の声が漏れ出てしまった。
「石マニアなんですよ、あいつ」
リッキーは肩をすくめつつも、楽しそうに二人の会話を眺めていた。
「じゃあこれ、琥珀石、アンバーストーンで」
耕作が原料が入った袋をポンポンと叩いた。
「え、コーサクおじさん名前考えてたの?何だぁ、早く言ってよ。もっとぼくも色々考えたかった!」
石好きパットが変なこだわりを出してきた。
『では地球での名前は琥珀石、アンバーストーンで登録しておきます』
「ゲートももうアンバーゲートでいいや。地球だとゲートなんていっぱいあるから、会話ややこしいしから名前あった方が僕が助かる」
かくして、名称が地球からの逆輸入という現象が起こってしまったのだった。
話が一段落したようだったので、縋っていた小屋の壁から体を起こした。
「さて、そろそろ帰り支度をするか。ロバート翁が来るぞ」
「最後に一つ!これ、人工的に作れないの?こんだけ色々進んでたら、似たもの量産できそうなのに。してないって事は出来ないって事?」
また耕作が無邪気に質問を始めた。しかし人工ゲートに関しては、普通に話せる有名な話がいくつかある。
「その手の話ならグノメからも教えてもらえると思うが…ずいぶん昔に、公的な研究機関がこの小さい1のサイズの物を買い取って分解・研究し、模造品を作ったことがあったらしい」
「うんうん」
耕作が目を輝かせて食いついてきた。
子供たち二人もじっとこちらの方を見て興味津々で聞いている。
「こういう、石や人工のもの…ペンなどを投げてみると、バラバラに分解されていたり変形したり…部品が足りなかったりして出て来たらしい」
「…まさか、それ人間で試してないよね…?」
耕作がおそるおそる、上目遣いでこちらの表情を伺ってきた。
「動物実験をした段階では、骨と内臓とが皮から脱げた状態で…」
「うわあああ!」
パットとリッキーが同時に叫んだ。耕作も慌てて
「ぎゃああ、もういい、言わなくていい!!脱げたって何だよ、言い方!」
と話を止めた。
「一応研究は続いているらしいが、生物を通す事はとてもできない代物しか出来ていないらしい」
「…そうかぁ…高価で取引されるわけだ…」
ふうっと耕作の肩から力が抜けた。
「高価だからこそ、この竜たちや、保存してあるこういった小さい石を狙ってくる者もいるが…」
説明しつつ、私は空を見上げた。
「私たち家族も小型ドローンで個体の監視はしているし、巫女のスタードラゴンもこの竜の周辺は重点的に警戒している…。さあ、質問は終わりだ。家に帰ろう」
再びシュシュリューに乗り、屋敷への道を戻る。
子供たちはすっかりシュシュリューと仲良くなり、乗りこなしていたので、帰りは鳥の帰巣本能に任せて二人を先行させた。
走りながら耕作が、私の近くにシュシュリューを寄せて来た。
「質問!」
「…今か?帰ってからでいいだろう」
ラムダを通すので、別に寄せる必要などない。全然普通に会話は出来るのだ。
「レビって、ひょっとして竜苦手?」
「…どうしてそう思った?」
「いやー、全然竜の柵の方に近寄ろうとしなかったから、何となくそうかなーって」
耕作は、少し困ったような声だった。心配してくれているのだな、と鈍感な私でも気づいた。
「別に…竜全部が嫌いとか、そんなんじゃない。ただあのアンカードラゴンという種類だけが若干苦手というだけだ」
「じゃあ、あの巫女が乗ってたようなヤツは平気なの?」
「スタードラゴンは、吐かないからな」
昔々の、頭の真上でアンカードラゴンに吐かれた記憶が蘇り、思わず身震いしてしまった。
恐らく今のパットやリッキーくらいの年齢の頃だったと思う。
温かくも冷たくもない粘液が全身を覆った直後、一度頭にぶつかり頬をかすめて落ちた、まだ乾いていないぶよぶよのゲートの材料のあの石の感触。今思い出しても首筋がぞわりとする。
「きゃー、その粘液毒があるのよ、木の実の濃縮10倍の毒なのよー!早くシャワーを!」
慌てる曾祖母の横で、ゲラゲラと爆笑していた父の姿を思い出した。
「その後3日間くらいか…全身痒くて地獄だった…」
いつの間にか、先行していたパットとリッキーも振り返ってこっちの話を聞いていた。
「…痒いのはイヤだね…」
パットが同情の目を向けていた。
「うん、嫌だ…大変だったね」
リッキーも何度も大きく頷いていた。
この子たちは、今の話を聞いて笑わないのだな、と少し驚いた。
「そっかあ…」
耕作は一言だけ発すると、それ以上何も言わなかった。
いつの間にか、視界のはるか先に屋敷が見えるようになっていた。
その時、無事に全員を連れて帰れたことが、心から良かったと思えた。




