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しらないところで  作者: 南 紅夏
過去の追憶編

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被害者Aの回顧録 その11 薬物と記憶

 5日目の朝。

 この日は朝からゲートの原料とやらを取りに出かけるという事だったが、博昭はベッドから起き上がることが出来なかった。


 昨夜起こった事は、悪夢でしかなかった。

 耕作が色々言って慰めてくれたが、博昭の中には自己嫌悪しか残っていない。

「じゃあ、僕たちは出かけてくるよ。例のロブ爺さんが来るまでには戻ってくるから、それまでゆっくりして…約束の世界樹見に、散歩にでも連れ出してあげなよ」


「はい…すいません…」

「ヒロさんは悪くないよ。むしろ、ヒロさんで良かったんじゃないかと思う…まあ、僕個人の意見だけどね」

 そういうと、耕作は博昭の頭をぐしゃぐしゃと乱暴に撫でた。

「行ってきまーす」

「…気ぃ付けて…」


 頭を撫でられるなんて、何年振りだろう。

 そう思いながら博昭は寝返りを打った。

 寝不足と片頭痛と若干の気持ちの悪さを感じながら何度か寝返りを繰り返し、少しして、今いる部屋のすぐ外が鳥小屋であることを思い出した。

 子供と出かける前なんてうるさくて当然にハズなのに、防音がしっかりしているのか、外の声がまるで聞こえない。

「みんな…もう出かけたやろうか…」

 重い体を起こし、引きずるように窓際へ移動した。


 レビと耕作、パットとリッキーの4人が大きな鳥に乗って出かけて行く後ろ姿が見えた。

 建物の真下では、ラルフと、ハルカを抱いたクレアだろうか。二人で見送っていたらしく、鳥たちに向かって手を振っていた。

 見送りを終えた二人は、帰るでもなくしばらくそこで話していたかと思うと、ハルカをボックス型のカートに乗せて森の方へ向かって少しだけ移動した。木陰にカートを止めると、二人して座り込んで何かを始めた。


「草…?何か集めてんの?…ラルフ、何やってんの?」

 使い慣れて来たグノメが、ラルフ宛とすぐに気付いて通話にしてくれた。

『ああ、ヒロさん気分どう?あ、見えてるの?薬草ですよ、クレアさんが教えてくれたんすけど、ドクダミ?って言うんですかね。ミーコにお茶にして出せばいいかなって』

「…ドクダミ!毒素の排出か、ええなそれ。ここにもあるんや!…ワタシも行くわ」

 みーこの為に出来る事が見つかった喜びで、一瞬気分が高揚して体が動いた。

 急いで着替えて、博昭は外へ出た。


「おはよう、ヒロ…体調はいいのか?」

 クレアが心配そうに見てくるが、ずきんと心が痛む。大きな籠のようなベビーカートに座ったハルカは、時々博昭の顔をじーっと見て固まる。

「ヒロさん、おはよー!…どしたんですか?」

 とぼけた顔で聞いてくるラルフに腹が立つ。


「ラルフは知っとったんやろ…?」

 小さい声で文句を言うと

「ああ…でも、副作用あり、禁断症状も出ちゃった。長期間見守る必要アリなら、ヒロさん適任だと思いますよ?元々好きだったんでしょ?むしろラッキーじゃないすか」

「…こんなん、全然嬉しいわけあるかい」


「この星には入って来なかったが、一時期出回って厳しく取り締まられたドラッグだ。出所は不明だが、宇宙海賊の収入源にもなっていた」

 クレアが普通に話に入ってきた。

「クレアはん、知っとったんか…」

 昨日、ジークがクレアを先に帰してまで聞かせたくなかった話のはずなのに。

「ジークは人間で、エルフの聞こえる範囲が分かっていない。初日の血液検査の段階で処置室で聞いて知っていたよ。私には聞かせたくないなんて、ジークも青臭い事を考える…」

 あの野戦病院のような状況の処置室で、移植手術を受けた時に聞こえた、とクレアは言った。あの状態で誰が何を聞いていたかなんて、分かったものではないだろう。


「人間の寿命は短い。好きなら好きで時間を無駄にせずに済んだじゃないか」

「それは…ワタシだけの話や。みーこさんの気持ちはどうなりますの…」

「人の顔と名前の記憶を消す、消えた段階で最初に記憶に残ったものを求める。刷り込むならヒロしかいないだろう。片方だけでも本気ならばまだ救いがある」

「コーサクさん既婚者、ボク彼女あり、後は子供。ヒロさんしかいないじゃないっすか」




 昨夜、ジークから聞かされたのは、みーこの体に残っているもう一つのとあるドラッグの話だった。


「カプセルから出た今晩からが危険です。完全にドラッグの影響が切れるまで、半年以上どこかに閉じ込めておくことが出来れば誰も傷つかないかもしれませんが、ミーコが廃人になる可能性もある。

 苦しいと思ってナースコールをしてくれるなら鎮静剤や睡眠薬を投与する手もありますが、地球に戻る以上ずっと投与し続ける訳にも行かない。戻った時、どこに着くかにも寄りますが、あなたたちが身体検査を受ける可能性を考慮すると、地球にない薬は避けたいんです。

 ミーコに関しては毛髪検査をされるとドラッグの成分が出てしまうとは思いますが…地球にない未知の成分なので引っかからなければ助かりますけどね」


 このドラックの禁断症状が出た時の対応。それを博昭に任せるという話だった。

「でも、禁断症状が出たとして…彼女が私を呼ぶ事はないやろ?名前も覚えてへんのに」

「…さっきのノートです。文字で見て認識した場合、刷り込みが早い。おそらく記憶に残ります。覚えていなくても、禁断症状が出ている時にノートを見た場合、彼女の中にはあなたしか選択肢がなくなる」


 完全にはめられた、と思った。しかし目の前のジークの表情からも苦渋の選択だったことが伺える。

「他に…他に誰かおらへんのか?」

「ヒロは、駆け付けるのが他の人でもいいんですか?」

「う…それは…いやや…」




 かくして、昨夜のうちにみーこには医師達の予想通りに禁断症状が出てしまった。

 博昭は医師の計画通りにみーこに依存され、完全に「刷り込み」されてしまった。そしてドラッグの副作用により、彼女は精神的に「博昭の所有物」になった。




「…で、自己嫌悪で落ち切っちゃってるってトコですか」

「もーやめて、もう何も言わんといて。ワタシは弱いヤツや。あんな苦しそうなん見てられへん。ドラッグ舐めてました、すんませんでした!」

 地面に体育座りをし、額を膝に付けて博昭は嘆いた。

「30手前で今更初恋女子みたいなことを言うな。人間なんて寿命が短いんだ。好きな子がさっさと手に入った、ラッキーだと思え」

 ぷつぷつと手早く薬草を摘み取りながら、クレアが殊の外冷たく切り捨てる。


「クレアはん鬼か?ワタシにももうちょっと夢とかあったんよ?こんなん思ってたんとちゃうんよ!」

「分かるよー、男はいくつになってもロマンチストなんだよー!」

 嘆いて喋るばかりの男二人に、クレアがついに切れた。

「ああもう、お前たちは部屋に戻れ!全然採れてないし採ったやつも薬効が薄いヤツばっかじゃないか。しかもラルフのはドクダミですらない」

 クレアがぷんぷん怒ってラルフが持っていた草をいくつか引っこ抜いて捨てた。

「薬効の強い弱いて、クレアはん草見て分かるん?」

「うわぁ、すげー!薬草見抜くとか、なんかエルフっぽい!」

「もう、バカにしているのか?」


 3人がわちゃわちゃしていると、病室の廊下の窓がガラリと開いた。

「ヒロ様、お食事まだですよね?今からミーコ様がお食事ですが、一緒に取られますか?」

 窓から叫んだのは、エルサだった。エルサの隣で、みーこが笑顔で手を振っている。

「…行きます!」

 吸い寄せられるようにふらふらと博昭は立ち上がると、採ったドクダミをラルフに手渡し、入り口側に向かってダッシュで走って行った。


「ヒロさん、元気じゃん」

「普通に、一緒に食事をするのを楽しみにしていたみたいだからな」

 クレアが、眉を寄せて困ったように笑った。

「あの、完全にクスリの影響がなくなった後ってどうなるんスか?ヒロさんフラれちゃいます?」

「私の周りに被害者がいなかったので分からない。事例は…グノメに聞けばいい」

「クスリの名前知らないんすけど」

「…マリオネットメーカー」

「…趣味わるぅ…」

 ラルフが顔を歪めて嫌悪感たっぷりに吐き捨てた。




 みーこの病室で、二人で朝食を取った。

 最初に夢見た普通のデートのような状況に、博昭は少し浮かれていた。


「まだ、やっぱり他の人の名前も顔もすぐ忘れちゃうんですけど、ヒロさんだけは分かるんです」

 みーこは嬉しそうに笑ったが、博昭の中ではどす黒い嫌悪感が渦巻いた。


 自分しか分からない、ということは完全に依存する状況を作ってしまったという事だ。

 みーこは、決して自分を好きなわけではなく、クスリにより消去法で自分に頼るしかない状態に持って行かれたのだ。これで、刷り込み完了だ。

 欲しかったのは、そういうのじゃない。でも。


「食事が終わったら、約束の世界樹を見に行きましょう」

「はい!」

 カップを手に微笑むみーこを見て、やはりかわいいなあ、と思ってしまう。

 意地でも、普通のアプローチを続けてやる。

 これでみーこが自分を好きになってくれた、なんて馬鹿な勘違いをするな。するべき努力を怠るな。

 博昭はクスリが切れた後のことを考えて動くことにした。




 そしてようやく念願の、東屋デートだ。

「軽くメイクしますので、待合室で待っていてください」

 エルサ曰く、カプセルから出た直後は直射日光は避けたいそうだ。

 病室から追い出された博昭は、廊下の先の待合室のソファに座ってみーこを待った。

「お待たせしましたぁ…」

 エルサに綺麗にメイクしてもらって、少し恥ずかしそうに待合室に入ってきたみーこは、いきなり目を見開いて立ち止まった。

「すごい素敵!どこかの山小屋とかペンションみたいな部屋ですね」

 うああああみーこさん可愛い可愛い可愛すぎる!と心の中で叫ぶのを博昭は何とか抑え、なんとか平静を保った。

「みーこさん、普段も可愛いですけどお化粧するとまた一段と綺麗です!…そうか、廊下までしか出た事なかったんですね。…じゃあ、そこの暖炉よく見て下さい」

「…暖炉?…あれ?煙突ない!憧れの暖炉なのに、まさかサンタさんが入れない!」

 けらけらとみーこが楽しそうに笑った。


 外に出ると、目の前に広がる景色の邪魔をしないよう、博昭は少し後ろに下がった。

「うわあ…すごい…ほんとに世界樹だ」

「東屋があそこに…見えます?あそこに行きましょう」

 博昭の言葉に返事をすることなく、足元に落ちていた木の枝を拾い上げて、くるりとみーこが振り返った。

「ひのきのぼうをひろった!…ヒロさん、パーティ組みましょう!世界樹の葉としずくを取りに行きましょう!」

「え?それヒノキちゃいますよ。細いし、モンスター殴ったら折れますよ」

 面白いな、みーこさんは。そう思った瞬間、博昭はみーこの顔を見てぎょっとしてしまった。


「でないと…私またヒロさんに…迷惑かけちゃう…世界樹のしずくあったら、私…治るかなぁ…」

 笑顔のまま、みーこは泣いていた。

「教会で…呪いを解く、が正解ですかね」

 博昭は今日は用意していたハンカチでみーこの目元を押さえると、そっと手を取って東屋に向かった。

「…そっか、これ、呪い状態かぁ…そうですね、世界樹はHP回復でしたね」

 みーこの手から、木の枝が落ちた。


 東屋に到着し、世界樹が一番よく見える席をみーこに勧めた。

「ごめんなさい…私、ヒロさんしか頼れる人がいなくて」

 まんまとドラッグの罠通りになってしまっている。

 誰の名前も顔も思い出せない状態で、その人一人だけが分かるのだ。そんなの、よほど特別な存在になってしまう。もう、誰だって縋ってしまうだろう。

 今のみーこは見知らぬ世界に産み落とされたばかりのヒナなのだ。そして博昭が唯一頼れる親鳥になってしまっている。


「時間がかかるかもしれませんけど、みーこさんは治ります。治って、みんなの名前や顔を思い出したとき、嫌われんように、もう要らんて言われんように、ワタシも…頑張りますから」




 その頃、ラルフはそのドラッグの使用者の禁断症状や後遺症、回復後の事例を片っ端から読み漁っていた。

「じゃあ、宇宙海賊に攫われて、無事に家族のもとに返されたヒトの場合で…獣人とエルフ弾いて、人間で絞って。…はあ~。これ何年前だって?多いな!?」

『10年以上前です。今は重要禁止指定薬物ですので。所持だけで死刑に次ぐ厳罰です』


「じゃあ今回ミーコに使われたヤツの入手ルートって?…いや、それはボクの仕事じゃないな。まあ、じゃあその…症例3を」

 ほとんどの文章が、すでにドイツ語のテキストデータで読めるようになっていた。

「ああ、やっぱテキストで読めんのありがたい。コーサクさん偉い!グノメも賢いなー」

『恐れ入ります』


「ないわー…。ボクの妹だったら…いないけど娘だったら…こんなん泣いちゃう。まじでないわー。こっちの事例見せて?…うーん…あーもーヤダ、これ闇深いわ。被害者男もいるの?…あーもう、重要項目絞って、ヒロさんの役に立ちそうなやつ。5パターンくらいでグラフ作って」


 ぱぱっと目の前に複数画面が立ち上がった。

「便利!…うーん…えー?」

 ラルフはグノメが作ったグラフを見て、首をひねった。




 東屋に、エルサが紅茶とケーキを運んできてくれた。

「ありがとうございます…ん?ヒロさん、あれ、なんだろ?」

 みーこの視線の先、世界樹の方から、白く輝くドラゴンが飛んでくるのが見えた。


「アステリア様っ!?聞いてない!やだ、止めてよあのバカ娘!」

 エルサがわたわたと慌て始め、カートのあちこちを開き始めた。

「ああ…レビもいない、こんな時に限って!…よ、よかった、予備のカップはある」


「アステリア…様?この星の名前と一緒?」

「あとで詳しくお話しします。とりあえず偉い人です。粗相のないように。多分ミーコ、あなたが目的です」

 自分の事すら思い出せないみーこに、誰もこの星の成り立ちの話などしていない。とても雑かつ手短に、エルサが注意事項を伝えた。


 東屋下の大きな木のそばに、白い竜が舞い降りた。

「すっごい…綺麗…ドラゴンだぁ…」

 みーこが囁くように感動を口にした。

 上から巫女が、竜の羽を滑り降りて来た。


「えー、かわいいエルフだぁ。竜に乗ってきたエルフって、なんだか萌えますね!」

「…彼女がアステリア様」

 素早く博昭が説明した。

「えっ?あ、竜の方じゃないんですね?」


「アステリア様、本日は当主のレビが不在です。ご用向きは何でしょうか」

 エルサが間に立ち、ワンクッションを無理やり作り出してくれた。

「…分かっておるであろう?そちらの娘に用じゃ。レビはどうでもよい」


「え?偉い人?私、立った方がいいですか?」

 みーこが小声で焦って博昭に尋ねた。

「よい、そのままで」

 エルサを躱すと、アステリアはみーこの席のすぐそばに立った。


「ああ…まちがいなく、いる。この娘の中に、私の子が」

 アステリアは手を伸ばし、みーこの頬に触れた。

「だが…なぜじゃ?なぜこんなに小さく…細切れなのじゃ。欠片のような小さな気配しか感じぬ。本体はどこに行ったのじゃ…引きずり出して話を聞きたいところじゃが…」


 みーこは固まったまま、アステリアのなすがままにされていた。

「…答えもせぬ。そして引きずり出せもせぬ。よほど深いところに絡みついておるのか…それとも、細かく砕いて撒くことでようやく繋いで行けるような、不遇の時代でも過ごしたのか」


 みーこの顔から手を放し、巫女はエルサの方へ振り返った。

「箱舟の子らに、『間違いない』と伝えておけ。こやつのルーツの根の方に、必ず居る。そちらの男ともどもグラーティアの名を与えておけ…ミーコ、地球で生きづらくなったら、いつでもここに戻ってこい。間違いなくそなたは私の子じゃ」


 そう言うと巫女は、椅子に座る事もなくそのまま竜のそばに戻り、飛び立っていった。


「なんで…レビがいないときにそんな話していくのよ…」

 エルサが絶望的に叫んで、トレイを抱きしめた。その途端、彼女の目の前に画面が立ち上がった。

『ごめーんママ、トイレ行ってる隙に逃げられちゃったてへっ☆』

「てへっ☆じゃねーよ、タイミング悪すぎるわ!」

『侍女の子達ともども、巫女様に一服盛られました!全員交代で絶賛トイレ駆け込み中です☆うおっ、やべ、次のビッグウェーブがっっっ!!』

「…もういい、分かった。お大事に」

 目の前の画面が消え、エルサは大きくため息をついた。


 昨日優秀だと聞いたばかりのエルサの娘は、いきなり巫女にしてやられていた。


「あの…私今、母の名前も思い出せないし、顔もぼんやーりしてますけど、今の人じゃない事だけは分かるんです…どゆこと?」

 困り果てた顔で、みーこがエルサと博昭の顔を交互に見た。

「ミーコ様、うちの『星』がご迷惑をお掛けいたしました。せっかくのデートですので、まずはお茶でもお楽しみください。こちら、クレア様のご子息で人気パティシエのトルテ様が手掛けた新作のケーキです。

 ヒロ様、ミーコ様の疑問には貴方様からお答えいただいて…あと、分かり易い本を紹介して差し上げて下さい」

「あ、はい…分かりました」


 博昭の回答に頷くと、エルサは円盤に乗って屋敷の方に戻って行った。


PC上ではどエグい内容書いてましたが、かなり削ってマイルドにして載せました。辻褄ちゃんと合ってるか不安。

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