一旦休憩
今回は、お下品野郎が自由に喋ってます…
「はいはーい、一旦休憩。しゃべり疲れたわ」
博昭が伸びをして、話を一回止めた。
「え、先生、今最後しゃべっとったのレビさんやん。休憩出来たやないですか」
楠井がなぜか中断を嫌がった。
「ってゆーか、なんやいっぺんどっかで喋ったみたいな動画、半分くらい捻じ込んでませんでした?」
「うん、君らの先輩方に前に聞かせたときのやつやね。また次あるなーってうっすら分かっとったから、録画しとったやつや」
「ならどんどん次行きましょうよ、めっちゃ気になるやん」
「まあ、しばしご歓談ください。ワタシも未だにあの頃の頃、思い出すとまあまあダメージありますのや…」
「お茶、入れ替えますね」
ヴェルデが立ち上がり、キッチンへ向かった。目の前の紅茶はすっかり冷めてしまっている。
「なら、休憩でええです。でも一つだけ聞かせてください、なんやボカしてはったけど、先生はその時ミーコさんとヤッ…」
ばしっ、といい音がして、楠井の首が前のめりになった。大牙と千明が同時に楠井の頭を後ろからどついたようだった。
「もー、だいぶ前から真ん中の子…なのはちゃんやったっけ?ドン引きやん。その上ド汚い発言すんなし」
どついておきながら、千明はポケットからウエットティッシュを取りだし、楠井の頭を叩いた方の手を拭いた。
千明に名前を出されたなのはは、涙目でふるふると首を左右に振った。
「いや…いや!?昨日の今日で、軽―い気持ちで聞きに来てマジですみませんでした。こんな重い話と思ってなかったし!シルビアさんってソフィアのおばあちゃんだよね?どんなんだよ、腹に穴って…すでにお腹いっぱいで苦しい!その上ドラッグってぇ…」
なのはは話の早い段階から、由梨香の左肩にがっしりとしがみついていた。そんななのはの背中には、ソフィアがぴったりくっついている。
「あ、森さん、俺にも一枚下さい」
大牙もウエットティッシュを一枚貰って、楠井を叩いた手を拭いた。
「二人ともいじめやん。何なん手ぇ拭くとか地味な嫌がらせ」
「だってクズイくんのクズがうつるわ」
「ああっ、ゆうたらあかんことを高校生の前で!絶対この子ら俺の事『クズイ』って覚えて帰るで?」
大牙は何も言わず、ただ汚いものを見る目で楠井を見ていた。
「うわあ、でもええなぁ。好きな子が自分しか見えへんとか、そんなのもうドリームやん。しかもどうせセックスドラッグの類やろ?禁断症状、副作用ってそういう事やん?もー!ヤり放題やん」
次の瞬間、楠井の頭を千明が、脇腹を大牙が同時にグーで殴った。
「クズイくん、ほんま黙って?先生に失礼過ぎるわ。信じられへん」
「まーでも、合―てるよ。楠井君の想像で大体合―てる。でもこんなおっちゃんのそんな昔話聞いても、きっしょいだけやろ」
博昭が右手で左肩を押さえながら苦笑した。
「いや、大好物ですが?」
なぜかそう答えたのは、なのはとソフィアだった。
由梨香と大牙が、二人して同じように残念なものを見る目でなのはとソフィアを見た。
「いやあん、イケメンの蔑む目、ご褒美ですありがとうございます」
なのはがそう小声で叫んだ瞬間、由梨香が半笑いで肩からなのはを引っぺがした。
「ごめーん、同類と思われたくない」
「湊太、随分と面白い子連れて来たな…ん?湊太、どうした?」
大牙は隣に話しかけて様子がおかしい事に気付き、慌てて湊太の顔を覗き込んだ。
「何でなんだよ…」
「大丈夫か?気分悪くなった?」
ずっと俯いている湊太に、大牙が心配して肩に手を置いた。
「違います!なんで、そんな10歳の子まで将来の目標決まってるんですかね?起業とかめっちゃカッコいい事10歳で!なんでみんな、そんなやりたい事あるんだよぉ…」
「えー、今そこぉ?随分悩みが深いな!?」
「すみません、いいですか?」
博昭に向かって挙手したのは由梨香だった。
「ところで…私がそのみーこさんの立場だったら、自分のせいじゃないとしても、何年も経ってたとしても、こんな話暴露されるのはイヤです…まあ30年も生きてない私が言うのも何なんですけど。この件、私達に話すことを彼女は了承しているんですか?」
重々しく、少し責めるような口調だった。
「そこや。だから話す権利は私だけにある。彼女が私の嫁さんやからや。人前に出られへん彼女に代わって、私が必要思た人だけに話すことになってんのよ」
「え、まじで?そうなんだ!素敵―!」
なのはが目を輝かせた。
「…素敵か?」
ソフィアは眉間にしわを寄せた。
「うわあ…微妙やなぁ…」
千明も腕を組んで宙を見た。
「ラルフが色々事例当たってくれて、この回復期にやっちゃあかん事とか調べてくれたおかげや。そこでミスったら全部終わってた話やもんなあ。あと大前提として、本当に恋人がおらん事や。記憶がなかっただけで、本当は彼氏がおった場合、この場合は記憶戻った時に完全に破綻する。未成年の君らに勧めるのもアレやけど、気になるならクスリの症例見てみるとええ」
そう言うと、博昭は紅茶に砂糖を2杯放り込んだ。
「ちなみに男性陣に聞いてもええ?例えば君らの好きな子がおんなじ様なクスリ打たれて、自分らに預ける言われたら、どないする?」
博昭が最初に見たのは楠井だ。
「クズイ君の好きな子て、ガールズバーの何ちゃんやったっけ?」
千明が死んだ魚のような目で楠井を見た。
「詩織ちゃんや!そりゃもう喜んで毎晩可愛がりますわ!」
「ああ、聞く相手間違えたわ。大牙くんはどないや?」
「ええ…?もう状況的には怖いから外に出さないように…半年間でしたっけ?ずっと仕事も休めないから家族でも何でも借りれる手は借りて、守り抜きますよ」
「うーん、そういうんじゃないんよ。彼女と違て、自分が片思いの相手や。外向きに堂々と『彼女』言える立場とちゃう状況での話や」
「…えーっと…片思い…という状況が…すみません、ちょっと分かんないです」
楠井が、全員に聞こえる大きな舌打ちをした。
「何やねんコイツ腹立つわぁ!」
博昭と目が合って、レビが一瞬身構える。
「誰もレビはんには聞かへんよ…。シュートくんはどない?」
「…すみません、他人を好きになる、が考えられなくて…でも押し付けられでもしたら、多分逃げます。誰かに丸投げします」
「こりゃまたおもろいわ。そう来たか」
秀人の意見を聞いて、博昭は笑った。
「湊太クンはどや」
「俺ですか!?」
由梨香の方に目が一瞬動きそうになったが、ぐっと押さえて新たに配られた紅茶から立ち昇る湯気を見た。
「怖い…ですね。彼氏のフリして相手するのも怖い。半年後に記憶が戻った時に何て言われるか、考えるとそれが怖い。いっそ誰かに任せて…あーでも、それは嫌だな…あれ、無理じゃん?え、どうしようもなくないですか、これ」
博昭は満足げに頷いた。
「うん、君が感覚一番ワタシと近いわ。就職困っとんならうちおいで、研究職以外も仕事あるから席用意するわ。今から研究職目指してくれてもええで?
…ほな、次の質問、今度は女子に聞くで?自分が、それを『打たれた』場合や。自分が特に好きでもない、向こうが一方的に自分好き思うてた人間に預けられた場合はどや?」
数秒の間があって、千明が肩からがくっと力を抜いて
「ひゃー…」
と声を上げた。
なのはとソフィアは抱き合って、
「いやキモい無理無理無理!」
と叫んだ。
「これは…怖いわ」
由梨香も口に手をやって唸った。
「いっそ…ジークさんの言う通り廃人になってもいいから、半年間独房に閉じ込め欲しい…その状態じゃ、そもそも家で家族と一緒に生活が無理じゃないですか?」
「そう、でも、誰の名前も顔も思い出せへん、記憶のない状態で知らん場所に放り出されたら、君らが相手を選ぶことも、閉じこもることも出来んのよ」
人間の女子4人は、押し黙ってしまった。
「逆に同じ薬を…そうやなあ、君ら男子が打たれた場合はどないや。7対1くらいの割で、男性被害者もおったんよ。人身売買目的の宇宙海賊もおったけど、一般人の使用もあったんや。一方的に好かれてる相手からクスリ盛られて、親切な顔して助けるフリしてお持ち帰りされちゃった場合考えて?」
「え、嫌だ、絶対嫌だ」
大牙がぶんぶん首を振った。
「まあ…俺は狙われないと思います」
訳の分からない自信を秀人が見せた。
「…俺は…それで具合良ければそれはそれでOKですわ」
「マジかクズイー!!」
へらへらとニヤけながら答える楠井に、千明がどうしようもないくらいの侮蔑のまなざしを向けた。
「あ、ヤバっ」
なのはが湊太を見て、小さく呟いた。
俯いた湊太の頭がゆらゆらと揺れ、椅子から落ちそうにふらついていた。
「湊太!?」
反射的によろけた湊太を大牙が抱えた。由梨香がさっと立ち上がり、湊太の傍に行って腕を引いた。
「湊太、立てる?…ちょっと外の空気吸ってきます」
「ありゃ…湊太クンどないしたんや。顔色真っ青やったで」
「うわ、例のストーカーの件ですよ…不用意でした、そこまで気が回ってなかった」
博昭の問いに、大牙が苦々しい顔で答えた。
「例の件、湊太クンやったんか。女子のどっちかやと思っとったけど、そうか…それは悪い事したわ」
「湊太、大丈夫?…回廊まで歩く?」
「ご、ごめん…別に何かされたわけでもないのに、なんか想像だけですっごく気持ち悪くなった…」
ロッカーの影から笑顔で現れた先の姿を思い出して、背筋が寒くなった。
クスリを打たれて、目覚めた時に彼女が目の前に居たらと思うと。
「湊太だけ、具体例思い浮かぶ状況だもん。まあ、しょうがないよ…」
こちらの時刻で朝の4時半。下る動く階段に乗りながら、由梨香はがっしりと湊太の腕を掴んだまま、小声で話しかけた。
「ずーっと話が重いよね…山下先生があの質問したの何でかなって考えてたんだけどさ。そのクスリが地球に入ってくる可能性、ゼロじゃないんだよね、多分」
回廊に繋がる扉を開けてホールに出ると、いつもソフィアが座って待っている応接セットへ向かった。
「もし私がクスリ打たれるような事態になったら、この屋敷に放り込んでね。とりあえずそんな姿、家族には見せらんないから」
「え…?え…うん…分かった」
虚を突かれたという顔で、ぽかんと湊太が由梨香を見た。
「別宅があってよかったー。後は湊太に任せるわ。他に任せると多分記憶戻った時に死ぬ。多分自動で心臓止まる」
ぱっと一瞬、嬉しそうに湊太が顔を上げた。
「分かった。…うん、分かった。…じゃあ、俺が打たれたときは…」
少しだけ、湊太の顔色が戻ったように見えた。
「いや、そこは知らん。私は面倒見ないよ?そもそも打たれんな」
由梨香の容赦ない切り捨てに、ぷはっと湊太が息を吐くと、おかしそうに笑った。
「だな。気を付ける…どう気をつければいいのかも分かんないけど。ありがと、ちょっとだけ楽になった」
「…戻ろっか。あんまり待たせるのも悪いからね」
「ん…」
しっかりした足取りに戻った湊太の腕を引き、由梨香は部屋へ戻る道を急いだ。
部屋に戻ると、なぜか席替えが行われていた。
なぜか博昭とサロメが入れ替わって、博昭は後ろに下がっていた。
ソファの由梨香が座っていたところには秀人が座っていて、その隣は湊太と由梨香のために空けてあった。
「イケメンの隣ゲットー!なのはっす、よろしくー!」
大牙の隣になのは、なのはの後ろにソフィアが移っていた。
「大牙クンと…そこのソファの3人。君らはハルカちゃんからサロメの話聞いたんやな?」
「はい」
大牙が博昭の質問に、代表して返事をした。
「他は知らんやろから、どう話すかはサロメに任せますわ」
そう言うと、博昭は完全に傍観者のような顔で椅子を少し後ろに移動させた。
「サロメがここに来たのは、こちら側の事情だ。今までに言えなかった話を残しておきたい、と前々から彼女からの申し出があったので、急な話だったが今日招待した」
レビが、自分の義母…嫁の育ての親のサロメの招待理由をそう説明した。
「そして、今日で最後。もう2度とここへ来る事はない」
サロメはそう言うと、静かに微笑んだ。
「…なんでそんな悲しい言い方するんですか!初対面でこんな事言うのも変ですけど!」
獣人萌えのなのはが、口を尖らせて抗議した。
「私がゾーヤ・バザロヴァだったのは、26歳まで。それも孤児だったから、本当はもっと上かも知れない。あの事件の後、ここで難民として受け入れてもらって、新しいサロメという名前を貰ってから30年経ったの。さっきの話を聞いていたでしょ?寿命が近いのよ。私はもう長くない。記憶も…もう、ゾーヤだったころの記憶は曖昧で、思い出せなくなってきてるのよ…」
ハルカの映像で見たサロメは、もっと濃いグレーの毛だった気がする。ここの照明のせいかと思っていたが、今はプラチナのような色だ。時間の流れを感じ、湊太は胸の奥に一瞬何かが刺さったような気がした。
「過去の映像見せて貰ったから、だいぶ記憶もはっきりしてきたわ。もし伝えることが叶うなら、ヒロ、彼女に…申し訳なかったと。見てみぬふりをしてすまなかったと伝えておいて…ちゃんと本人に謝ることが出来ないままなのが心残りだわ…」
ハルカの映像で見た姿よりも随分と細くなった腕を膝に乗せ、サロメは娘婿をまっすぐ見据えた。
「星団管理局や星団軍の人には話したくないの。残りカスみたいなものだけど、元軍人としての矜持が邪魔をするのよ。聞いた話をどうするかは、レビに任せます」
そう前置きをすると、サロメは口を開いた。




