被害者Bの渡航記録
定点カメラらしいもの4つが、同時に写された。
外との出入り口扉の上からの画像が1つと、操縦席の真上あたりからのものと、乗組員の寝室、あとはコールドスリープ用のカプセル4つが並ぶ部屋の上からの画角だ。
ラルフとシルビアが船に運び込まれる映像から始まった。
ラルフはすぐにカプセルに放り込まれたが、シルビアは腕に注射を打たれ、操縦席の後ろの台に転がされた。
「種族色々と言われてもなあ…この星のヒトって、人間しかいないじゃねーか。大昔にエルフも獣人も移住したって話じゃなかったのかよ」
エルフが困ったように複数の画像を見ている。放った斥候、羽虫サイズのドローンからの映像だ。
「この星に適合しなかったか、淘汰されたか…とりあえずは年齢の幅を広げる。ここは夜中に近い。このまま西に進んで日暮れすぐの場所を狙おう。子供がいるかもしれん」
この人間だけ、服装があの女軍人と同じだ。唯一の、正規の軍人だということが読み取れる。
「さっきの病院にも、子供くらいいたんじゃねーの?」
エルフが面倒臭そうにため息をついた。
「病気だと俺たちにうつされても困るし、弱ってるならコールドスリープ用の処置に耐えれるかも怪しい。移送中に死亡じゃ俺たちの報酬にも響くだろうが」
傭兵の人間がダメ出しをした。
「このねえちゃん、味見しちゃダメか?」
「ミッションが終わってからにしろ。手錠でつないでおけ」
獣人を、軍人がぴしゃりと止めた。
「手錠あると服脱がせるのがめんどいじゃん。後で良いだろ」
「どうせ裂くクセに…好きにしろ」
次の画面では、獣人と人間が二人のパトリックを運んできた。
「そっちは本当に子供か?ずいぶん大きいな」
「臭いではどっちも子供で間違いない」
軍人の懐疑的な言葉に、獣人が人間には分からない理屈で返した。
「こっちのは女かと思ったが男だった…返してこようか、別のと入れ替えるか?」
人間の傭兵ががっかりしながら言った。
「もういいだろう。お楽しみの時間が先延ばしになるのはイヤだ。それにこの星は重力がキツい。あまり長居したくない」
獣人は、最初から二人とも男だと気付いていたように見えた。
「では、第五惑星のゲートへ目標設定。自動操縦に切り替える。全ドローンに回収命令を。1時間後に出発だ。重力圏を抜けるまでにそいつに手錠をしておけよ」
「おーい、なるべく移動時間延ばせよ。あいつらもわざとゆっくり帰るって言ってたじゃないか。食料は十分あるんだろ」
エルフが軍人にワガママな要求を出す。
「予備はそんな事のためにあるんじゃない」
「真面目かお前。こっちの要求がのめねーんなら、こっちにも考えがあるぜ」
エルフと軍人が揉めている隙に、獣人がシルビアに覆いかぶさっていた。
「あー、この服のボタンくそ面倒だな。切って良いか」
言っているそばからボタンが一つ弾き飛び、壁面に当たった。
「何でお前が先なんだよ」
エルフが軍人を押しのけ、獣人に迫った時、シルビアが目覚めた。
「うわ、こいつ麻酔が切れたのか…お?」
そのまま、シルビアは獣人に抱き着いた。
「へへ…何だこの女、積極的じゃないか…ガッ!ぐうっ…」
そのまま、獣人は締め落とされた。
体を素早く入れ替え、シルビアは獣人に馬乗りになると、鶏でも捌くかのようにごきごきと関節を外して行く。
次に近くにいたエルフは、あまりのことに呆然としている間に床に叩きつけられ、肺の辺りにエルボードロップを食らった。その時はじめて映ったシルビアの顔は、半分寝ぼけたままに見えた。
「げふっ」
そしてうつ伏せにひっくり返され、やはり関節外しだ。
「なんだ、お前は…狂戦士なのか…」
人間の軍人がひるんだところ、狂戦士はアイアンクローで軍人の顔面を掴むと、腕を勢いよく振り下ろし、操作パネルに後頭部を打ち付けた。
「やっ…やめろ、ここは…!ぶっ!」
執拗に、少しずつ移動しながら何度も操作盤に頭を打ち付ける。獲物が静かになったところで床に転がすと、やはり無言のまま関節を外した。
隣の部屋から、コールドスリープの処置を終えた人間の傭兵が出て来た。
「うわ、お前!なんだ、何があった?何をしたんだ!」
「…ロープを出せ」
「…なんだって?あ…こいつはえーっと…外部音声、ドイツ語に設定…なんだって?もう一度言ってくれ」
シルビアは軍人の腰からナイフと銃のようなものをベルトごと奪い取ると、白衣の下に装着した。床に転がっている他の二人の腰からも、武器を徴収して白衣のポケットに放り込んでいく。
「ロープを出せと言ったんだ」
シルビアは、ぴたりと傭兵の喉元にナイフを向けていた。
「はいぃ…」
そのまま両手を上げ、背中にナイフを突きつけられたまま、人間の傭兵はシルビアの載せられていた台の近くの壁面を開けた。そしてロープを出すと、振り向きざまにシルビアの首めがけてロープを伸ばして飛び掛かった。
「ぎゃあっ」
傭兵は、左手首をざっくり切られてしまった。
「読まれてないとでも思った?ふーん、よく切れるね、これ…どうする?縫って欲しい?」
傭兵はふるふると、半泣きで何度も首を振った。
「じゃあ、先に全員イチモツ切り取らせてもらおうかなー」
にやりと笑うシルビアは、悪魔のようだった。
人間の傭兵以外全員、そのまま吊るして丸焼きにでもできそうな形で背中側に手足まとめて縛られた。
「なにこれ、狼人間?毛皮着てんの?うわー、こいつエルフじゃん。耳ホンモノ?」
関節が外れているので、4本まとめるのも簡単そうだった。
「うわあ、痛そー」
けらけらと笑いながら、シルビアは楽しそうだ。もう、どっちが悪者か分からない。
しばらく獣人の毛を引っ張ってみたり、エルフの耳をぐにぐに引っ張りまわしてみたりしていた。
傭兵の人間は、両足を縛られ台の上に載せられた。
「はーい、右手でしっかり腕押さえててねー。ふーん、このガムテープみたいなので巻けばいいの?…犯人A」
「ハンフリーだ。そうだ、巻くだけでいい」
顔色の悪いハンフリーの腕に、シルビアは素早くテープを巻き、端をナイフで手早く切った。
「それにしても…アンモニア臭いなあ」
それもそのはずだ。エルフも獣人も失禁している。
「誰のせいだ!…クリーナー、床掃除」
傭兵が指示すると、半球型の物体が台の下から出て来て床掃除を始めた。
「ほえー、便利ね。で、ここはどこでどういう状況か説明してくれる?」
そう言いながら、シルビアは台の上の分厚い手錠に、ハンフリーの無傷の方の右手をガチャリと止めた。
「ここがどこの上空かなど、俺は知らん」
「そういう冗談聞きたいんじゃないの。ホントに切り落とすよ?この飛行物体は何?」
シルビアはぱっとナイフを下向きに持ち替えると、ハンフリーの下腹部にぴたりと刃先を向けた。
「ごめんなさい、これはララカリブスの調査船で、地球人を攫いに来ました」
「なにを言ってるんでしょうねー?本気で刺すよ?…あっ」
出発予定の時刻が来て、船が動き出した。
「自動操縦が設定されております。この船はまず太陽系第5惑星に向かい、そこからウーロ星系にワープします!」
「ちょっと、何言ってんのよ、これ止めなさいよ」
「航路変更は、船長じゃないと出来ないっす。…その、床に転がってる人間です」
あっという間に船は地球上空に移動し、地球の上空を回り始めた。
「うわっ…まじか、地球が見えるー!」
シルビアの体が浮いた。獣人も、エルフも、船長も浮いた。
「ああもう…反重力装置が動いてないのか?これじゃ危なくて仕方ない。その二人はそっちの奥の部屋に転がしとけ…。転がしといてください。船長はここに居た方がいい…死んでないだろうな?」
「…生きてはいる」
頭が血まみれの軍人から、かすれた声がした。
シルビアが漂う二人の傭兵を、奥の部屋に押し込んだ。
「無重力って運ぶのラクだわ。反対の部屋は何かなー」
宇宙空間を楽しみ始めたのか、シルビアは楽しそうに船の中を移動する。
「そっちは攫ってきた地球人がいる!コールドスリープ中だ、絶対に触るなよ?下手に開けたり設定を触るとそのまま死ぬかもしれないからな!」
一瞬イヤそうな顔をしたが、そのままシルビアはラルフたちが閉じ込められている部屋に入った。
そして戻ってくると、非常に落ち込んだ顔になっていた。
「殺さないであげるから、早く地上に戻しなさいよ。宇宙旅行楽しかった、今なら許してあげるから」
シルビアが、宙に漂う船長の襟首を掴んだ。
「無理だ…早く治療を受けたくて、移動時間の短縮の命令も出したが…全然命令を受け取って貰えない。木星まで一直線だ」
「命令って、縛られたままでどうやって?」
「音声コマンドだ。口頭で命令する。だが、受信部がやられたようだ」
「じゃあ、手動でやんなさいよ。乗り物の操縦は、基本手足を使ってでしょーが!」
「宇宙船の操縦が手動で出来る人間が今時いるものか。…出来たとして…」
船長の目線の先には、血まみれでボコボコに歪んだ操作パネルがあった。
「元は旧式だ。やろうと思えばできたと思うが、もう無理だろう…重力の件は大丈夫だ、正常に動いている。スイングバイから慣性飛行に変わると効くはずだ」
「あー、そうか。今は移動制御に割いてるんだ」
ハンフリーが納得した声を上げた。
本当に宇宙船に誰も慣れていないようだった。
それから、5人の奇妙な共同生活が始まる。
地球を離れてすぐに反重力装置が船内に作用し、緩めだが疑似重力が発生し始めた。
シルビアは船長の後頭部の治療をし、3人の外した関節は元には戻したが、当然のごとく腱もダメージを受けていて、炎症を起こしている者もいた。結果、3人全員テーピングでぐるぐるだ。シルビアは
「あんまり覚えてないんだー、ごめんね」
と笑いながら、3人の手足を縛り直した。
そしてシルビアは船内の案内を受けると、捕虜状態の4人に食事を与え、トイレに行きたいと言えば連れて行った。
こうなるともう、辱めを受けているのは彼らの方だった。トイレに行きたい場合は縛られたままの状態で連れて行かれ、ズボンを下ろされる。もう尊厳などもあったものではないが、医者の彼女からすると些細な事でしかなかった。
手だけを縛られた獣人が、シルビアの支えでトイレから出て来た。獣人の肩が震えている。
寝室に連れて行かれ、シルビアに素早く転がされてまた足を縛り上げられる。
「お前…何したんだよ。マウノが泣いてたぞ」
ハンフリーが、寝室から戻ってきたシルビアに聞いた。シルビアは素早くナイフをベルトから抜いた。
「お前って誰かなー?」
「すみませんシルビア先生!マウノはなぜ泣いていたのでしょうか」
「マウノってあの狼男?うふふーナイショ」
屈強に見えた獣人は、トイレで何をされたのか、寝室の床でしくしくと泣いてた。
彼らはララカリブスの話はあまりしなかったが、星団の簡単な歴史などはシルビアに教えてくれた。
シルビアに介護される状態に慣れ、お互い雑談もするようになっていた。
「もう、何か大失敗だよな。俺たち報酬貰えんのかな」
右手は鎖に繋がれたまま、テーピングされた腕を眺めつつハンフリーはため息をついた。
少しずつ仲良くなっている風でもあったが、何より彼らは自分たちの置かれた状況を冷静に確認する時期にも入っていた。
「俺は…もっとまずいぞ。お前たちは傭兵だが、正規の軍人がこの失態は…」
手足を縛られ転がされている船長が、遠い目で自嘲気味に笑った。
「任務は、4人地球人を連れて帰る事なんでしょ?それは達成できるじゃん。…着いたら、私は暴れるけどね?」
「ゲートまでの航路設定は命令を出しているが、ゲート通過後の命令を出していない。つまりこのままだと、帰ること自体が難しい」
「漂流か…?」
ハンフリーが右手を手錠に繋がれたまま、絶望的に呟いた。
「救難信号とか出せないの?」
シルビアが船長に詰め寄る。
「可能性として考えてみよう。ゲートがあるのはアステリア上空だ。アステリアの重力に引きずられて落ちるのが一つ」
「アステリアは仲のいい星なの?有人星?」
「残念だが、我々ララカリブスは平和的な協力を誓う連盟から去年脱退した。今仲のいい星はない。同じように非加盟の星はいくつかあるが、あまり付き合いたいところじゃない」
「何考えてんだよ、あんたたちの星!」
「しかも…有人星だが、アステリアには竜がいる。下手な所に落ちたら…いや、多分落ちる前に焼かれるな」
「どんな野蛮な星よ!?…で、で?他の可能性は?」
「ゲートの使用で、惑星間連盟の星団管理局…これが、星や宇宙をまたぐゲートの移動を管理しているんだ。基本的に宇宙空間にあるゲートは使用許可が必要で、連盟を抜けた我々は当然届けも出していない。ゲートの不正使用、不法渡航で拿捕される可能性がある。扱いは宇宙海賊と同じだ。ララカリブスには帰れないかもしれない…」
船長は、寂しげに呟いた。
「…あああ…せめてラルフとあの子供たちは何とか返してあげられないかなあ?あんたたちが無事に帰れたら、私はそっちについて行ってもいいから…」
「なんだよ、あいつはシルビア先生の恋人?」
ハンフリーがニヤついて聞く。
「違うよ、私は結婚してるし子供もいますー!ラルフは後輩で…あー!あいつがあんな馬鹿な事言うからこんなことになったんだよ。ボク医者になったら彼女にプロポーズするんですーとか!あれだよ、フラグってやつだわ」
「あー。軍人、傭兵あるあるだ。地球にもあるんすねー」
5日も経つ頃には、軍人も傭兵も状況を整理し、星には帰れない覚悟になっていた。
「墜落・漂流・拿捕。この3つしか道がない事は分かった。もう協力するしかない。という事で先生、いい加減縄ほどいてくれないかなぁ?」
トイレから戻って来て、足を再び縛られながらエルフがへらへらと頼んでくる。
「やなこった。あんたたちに集団で襲われたら、か弱い私なんかどんなひどい目にあわされるか分かんないじゃん」
「か弱い女性なんてこの船にはゴフッ」
エルフの腹に、蹴りが入った。
寝室から出て来たシルビアは、血まみれのコントロールパネルを指差した。
「誰かこれ直せる人いないの?普通宇宙行く時ってそれなりのジャンルのプロが乗ってるもんでしょ」
「そもそもそれ壊したのは先生ゲフッ」
ハンフリーの腹に拳骨が食い込んだ。
「人さらいが何責任転嫁してるの?攫ったあんたたちがすべて悪い。これだけは忘れんなー!」
「サーイエスサー!」
「墜落の場合、隣のカプセルで寝てる人間はどうなるの?」
「多分一番安全なんじゃないですか?一番危険なのは手も足も動かせない俺たちですよ」
ハンフリーが死んだ魚の目で答えた。
「じゃあ、そのゲートを通る直前位にはあんたたちも寝室のカプセルに放り込んであげるよ」
「いや、テキトーに放り込まれても困るんですけどね」
「で、ゲート通過まではあとどれくらい?」
「…分からない…」
シルビアの質問に、船長が俯いた。
「は?」
「この船の操縦系のサーバーとやり取りできないから、正確な到着時間も分からない。現地情報収集用サーバーが切り分けられていたのが救いだ。言語データがそっちだったので、先生との会話は成り立っている。船の制御に関する情報だけ、まったくやり取りができないんだ。帰還指示を出している最中に先生が暴れ始めたから、自分でもどう設定したか分からないんだ…」
「頭もしこたま打ってるしなあ」
ハンフリーが同情的な目で船長を見た。
「普通3日で着く距離を、先行している船が5日に伸ばして航行していた。こっちはそれ以上に伸ばせと言われて、揉めて…あれ?」
操縦席の前方が明るく光った。
「しまった、ゲートに放電が始まった!着いたんだ!」
「え、放電?」
「ゲートの起動に電気が必要なんだ!もう…ゲートを通る…」
「船長、どこか掴まって!」
慌ててシルビアが船長のロープを解こうとしたが、ロープの端が出てこない。
「間に合え!」
ベルトからナイフを取り出し、何とか船長の手のロープを切った。
縄を振りほどくと、船長は操縦席の支柱に飛びつく。
「寝室の二人は…ああっ」
船が自由落下に入り、シルビアの体が浮く。浮いたままナイフをベルトに戻し、ハンフリーの手錠の鍵を取り出した。
「ごめんハンフリー、届かない!どっか掴まる場所って」
「そんなもんねえよー!先生も早くどっか掴まれ!」
そう言いつつ、ハンフリーは手錠の鎖を手繰り、取り付け部近くを握りしめた。
映像は、そこで終わった。




