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しらないところで  作者: 南 紅夏
過去の追憶編

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被害者Aの回顧録 その7 聴取

 2機目の宇宙船で運ばれてきた拉致被害者は4名。


 成人男性のラルフ・シューマンはドイツ人で、その当時は研修医だった。もうすぐ一人前として認められるか、というタイミングでの誘拐だった。

 唯一カプセルから出ていた女性は、シルビア・グレッツナー。ラルフの面倒を見ていた先輩医師だ。落下の衝撃で外れた椅子の支柱が腹部に刺さり、腹部に大穴が空いたが辛うじて一命を取り留め、あの水槽のようなカプセルでの治療に入った。

 二人の子供はアメリカ人。パトリック・スチュアートとパトリック・モーガン、同じ名前同士で同じプログラミング教室に通う友達同士だそうだ。


 少年二人は若いせいか頭が柔らかく、現状の呑み込みも早かった。

 攫われる瞬間を見ていたらしく、その記憶があったことも幸いし、余計な説明の必要がなかった。

 この医療棟への移動中、エルフたちを見て目をキラキラさせていたのも、子供らしくて面白かった。


 逆にラルフは何を説明しても疑り深く、最初はエルフを見て

「付け耳だ!」

 と騒いで、耳を貸そうとはしなかった。

 しかしエルフの耳を陽の光に透かして見て

「血管がある!」

 と叫んでからは、柔軟に状況把握に努めるようになっていた。




 その日の夕方。

 医療棟の入り口側、患者家族の待合室という広い部屋に、拉致被害者5人が集まっていた。

 まず耕作と博昭が簡単な自己紹介と、知っている限りの経緯と現状の説明をした。


 話途中でレビとジョルジュ、赤子を抱いたクレアが入ってきた。

「はあー!この子が例の子か!」

 耕作がクレアの抱える赤ん坊を覗き込んだ。

「女軍人の話だと、この子の名前はハルカというそうです。今7か月くらいとの事です」

 ジョルジュが説明した。


「あー、春生まれか。多分、『春香』やな」

「でも、こんな遠くまで連れて来られちゃって…今なら『遥』になるかもよ」

 この名前の漢字予想を楽しむ感覚は、おそらく日本人にしか分からない。


「でもなんで、誘拐犯が赤ちゃんの名前知ってるんですか?まだこの子、自分で喋れませんよね?」

 冷静に指摘したのは、黒人の少年、パトリック・モーガン。通称リッキーだ。


「その通りだ。11歳と言ったか?君は随分と敏いな」

 レビがかなり驚き、感心しつつ少年の方に体を向けた。

「残った唯一の女軍人が、傭兵3人を殺してから急に色々と話し始めた。結論から言うと、この赤子は返すのが難しい。母親が殺そうとしていたところを、結果的に彼女が助けた事になる。実の母親と結託して、誘拐のフリをして子供を受け取った。名前なども母親から直接聞いている」


「そんな、あの軍人の言う事信用できます?」

 博昭が怒りを抑えきれない声で叫びつつレビを睨んだ。

「証言もですが、会話の記録もすべて残っていたんです。信憑性は高い」

 ジョルジュがフォローしたが、行き場のない怒りで博昭は顔を歪めたままだった。




「まずはこちらからの情報を。あなたたちを攫ってきた乗組員は、1機目と同じで軍人1人、傭兵3人の構成で、こちらは全員男性でした。死因は脳挫傷が2名、内臓破裂が1名、頚椎損傷によるものが1名」

 ジョルジュが、画面を見ながら誘拐犯の末路を説明してくれた。

「…覚えていたら、話せたらで良いのですが、それぞれが攫われた時の状況を話していただけますか?」


「じゃあ、僕から」

 最初に、大人であるラルフが口火を切った。

「あの日は夜勤で、事故か何かの急患が運ばれてきて、緊急手術して…終わって、休憩室に向かう途中だったんですね。シルビアさんと話しながら…そしたら、急に彼女が『何か視界がおかしい』って言い始めて立ち止まって。そこで、急に意識なくなりました。最後に覚えてるのは、シルビアさんの背中です。…多分日付は越してなかったな、23時は過ぎてました」


「病院内で?夜間とはいえ明るいよね?大胆な犯行だな」

 暗い路地裏で攫われた耕作は、考え込むように腕を組んだ。

「視界がおかしいと感じたなら、光学迷彩を使ったんだと思います」

 ジョルジュが、こちらの技術的にあり得そうな案を教えてくれた。

「重力の問題もある。宇宙空間を抜けた後ならなおさらです。光学迷彩が掛けられるパワードスーツを着用していた可能性が高い」




 ラルフの話が終わったところで、視線が子供二人に集まった。

「僕たちは…いつも行ってるプログラミング教室に行ってて…」

 パトリック・スチュアート、白人のパットという愛称の子供が話し始めた。

「リッキーが家でイヤな事があって…帰りたくないって言うから、一緒に僕の家の駐車場って言うか…植え込みの陰に座り込んで話をしてたんだ」


 パットは、母親には少しの間外で話すと断っていたらしい。一度母親が出て来て、リッキーにも一緒にご飯を食べて行かないかと誘ったのだが、その時のリッキーはそんな気分にはなれなかったそうだ。


 ふと妙な気配を感じ、上を見上げたところ、人間と獣人の二人組と目が合った。

 外とは言え、そこはパットの家の軒先、敷地内だ。明らかな不審者に驚いて、悲鳴を上げたところで意識を失ったそうだ。


 ぽつりぽつりと言葉を選ぶように話すパットと、自分のせいで友人を巻き込んだ自責の念からか静かに涙を流すリッキーは、どちらも11歳というには大人びていた。


「帰りたくない、というのは困るな…」

 ぼそりと呟いたレビの脇腹を、隣にいたジョルジュが軽く小突いた。軽いドツきに見えたが、レビは椅子から体が浮くくらいよろけていた。


「その、帰りたくない理由は継続してるのかな?今は帰りたい?」

 耕作が、リッキーの顔を覗き込みつつ訊いた。リッキーはすでに身長が170cmくらいあり、身をかがめる必要がないくらい目線の位置が高い。

 子供が親と喧嘩をして帰りたくないなど、よくある事だ。誘拐されてもなお帰りたくないなどという事は、まずあり得ないと思う。


 腕でぐっと涙をぬぐうと、覚悟を決めたようにリッキーが口を開いた。

「父と母が…事故で死んだんです。家には今まで見た事もないような親戚が集まって、遺産とボクたちの扱いで毎日揉めてて…」

 その話でふと、博昭にはあるニュースが頭の中に浮かび上がった。つい最近、新聞で読んだ記事だ。

「リッキー…。ファミリーネーム、モーガン言うたな?ひょっとして、亡くなったお父さん、バスケの選手やないの?」


 博昭が篠原先生を追って今の大学に移動して来たのはこの春からで、その前は先生と一緒にアメリカの大学にいた。その頃から見ていたバスケと野球とプロレスは、未だにずっとCSで視聴している。

 応援していたNBAチームのスター選手が、歌姫だった奥さんともども事故死したというニュースを見た時は、それなりにショックだったのだ。

「…そうです…」

 リッキーは、驚いたように博昭の目を見つつ頷いた。


「あー!じゃあ、お母さんは歌手だ!?」

 ラルフも知っていたらしく、声を上げた。

「2週間前…あ、いや、もう3週間になるのか。それくらいだよね、うわあ…それは大変だったね…」


「なるほど…ご両親が亡くなったばかりだったのか。そうか…君が望むなら、こちらで生活できるようこの家に迎え入れてもいいが、どうしたい?」

 ものすごく大きな決断を、レビが軽い感じで聞いた。まるで夕飯のおかず何が良いかくらいの簡単さだ。

「そんなビーフオアチキンくらいに簡単に聞くなよ。戻りたい場合は、どうすればいい方向に向くかおじちゃんたちも一緒に考えるから、ゆっくり考えなよ」

 耕作がレビを困った子を見る目で見て窘めたのち、リッキーの方を見た。


 リッキーは耕作の言葉でふっと笑うと

「…帰ります。あの見知らぬ連中にお父さんやお母さんのお金を渡すのもイヤだし、家には…妹がいるから」

 と力強く答えた。

「二人で会社を作るって夢もあるしね」

「…うん!」

 リッキーの決意を聞いて、パットも嬉しそうに笑った。




 二人部屋の病室を二人のパトリックに譲り、子供二人には部屋に移動してもらった。

 クレアもハルカを連れて、屋敷へと戻って行った。

「どっちもしっかりした子やなあ。ワタシがあの年の頃は、アホみたいに山駆けまわってたで」

「僕はずっと近所の工務店に出入りして、木切れ貰って工作ばっかしてたなぁ…」


 そして、ここからは、子供には聞かせ辛い話になる。


「シルビアさんの容体はどうでしょうか。話だけ聞くと、失血性ショックを起こしていても不思議じゃない状況だ」

 ラルフがジョルジュに問いかける。

「あなたはお医者さんでしたね。船内の記録も検閲が済みました。今回は、あなたたちに公開しても問題ないレベルです」

 2階へ上る階段のある屋敷側の壁の方に、ジョルジュが大きめのスクリーンを出した。


 その瞬間、レビの前に小さな画面が立ち上がった。

「フィオレか、どうした?…ジョルジュ、ちょっと待った…巫女が記録を見たい、来ると言っているそうだ」

 話しながらレビは立ち上がり、入り口の扉に向かう。その言葉が終わる前に、外からごうっという大きな風の音が聞こえた。

 扉を開けると、そこには巫女が立っていた。彼女の後ろには、今までと違う白い竜が伏せていた。

「見たい、見たい~!映像見たい~!」

 巫女は子供のようにはしゃぎながら入ってくると、画面の真正面、レビの座っていた場所にどっかりと腰かけた。隣のジョルジュは、なんだか居心地悪そうに大きな体を縮めた。

 レビはため息をつきつつ、子供二人が座っていた場所、ラルフの隣に移動した。


 巫女が来たので、大慌てでメイドたちがお茶などを運んできた。おかげでなかなか記録を見る状況に辿りつけない。

 そんな中ラルフだけ、白湯が出されたのが若干可哀そうでもある。

「絶食状態だったってのは聞いてたから、しょうがないっすね…まだ空腹感も何もないですけど」

「僕たちもそうだったけど…何か一口食べた瞬間に来たよね、ものすっごい空腹感」

「あー、全然足りひんってなりましたわ」


「動きのないところは編集してあります。言語も自動で翻訳されるコマンドも埋め込み済みです。ちなみに、いずれも隠しカメラで、誘拐犯たちには分からない場所に隠されていました」

 ジョルジュがそう言って顔を上げると、ようやく船内の記録が再生されはじめた。


今回ちょっと短めですが、切りが良いので。

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