被害者Aの回顧録 その6 墜落
アステリアでの3日目は、とにかく朝から慌ただしかった。
博昭と耕作は朝食を終えると医療棟の表側出入口から外に出て、東屋から自分たちが乗ってきた宇宙船が撤去される様子を見ていた。
東屋は大変便利な場所にある。丘の上では屋敷の次に高い位置にあり、周囲が広い範囲で見渡せた。世界樹が見え、屋敷も見え、宇宙船も見えた。
「そないに慌てて撤去する必要あります?」
東屋でレビと共に、すでにかなり高く上った朝日を背に、3人固まって座っている。三人の視線の先には、ふよふよと重力を無視した動きをする宇宙船があった。
今日からアルコールもOKと言われた。しかし朝っぱらから飲むつもりもなければ、楽しく飲めるような状況でもない。
カフェインの許可も出たので、東屋の円卓上には焼き菓子と共に紅茶が用意されていた。
「ああいった、想定外の飛来物が着陸できる場所が少ないのだ。恐らく、この星で一番広いのは両極の果ての大地なのだが、どちらも凍土で難しい…」
紅茶のカップを手にしたまま、レビはアステリアの惑星儀を円卓の上の空中に出した。
この星には、南極だけでなく北極にも大地があるのが分かった。そしてこの星の自転は、地球よりも緩い角度の自転軸で回転しているのが見て取れた。
「まあ、そりゃそうやろなぁ…」
地球の南極と北極を想像すると、ここの両極が凍土であることは察しがつく。
「そうなると、使えるのはここしかない。人が住んでいい場所はもう余裕などない。入っていはいいが住んではいけない場所、そこで空いているのはうちの庭先くらいだ。後はみな農地になっているからな」
「森が、ダメな感じ?」
「そうだな、森は9割くらいは危ない。町の近くの森は比較的許されている場所も多いが…ん?」
レビの目の前にスクリーンが現れた。
「星団管理局の局長からだ。ゲートの向こうに哨戒機を送ったそうだが、問題の宇宙船、ゲート到着は予定時刻より少し遅れるらしい。…あと」
レビの動きが止まった。眉間にしわが寄っている。
「何か悪い情報でも来た?」
「…悪い、のかな…ララカリブス政府、軍ともども、地球に船は送っていない、と返答が来たそうだ」
「知らぬ存ぜぬゆーてるワケか?」
「そのようだ…いざという時切り捨てるための傭兵だったか」
「じゃあ、あの軍人さんも切り捨てていい人材だったって事か…」
耕作は同情的な言い方をしたが、博昭からすると傭兵たちが好き勝手にするのを放置していた点で、彼女も奴らと同罪で許しがたい。
「昨日は本当は君たちからの質問も聞いて、あの軍人に投げてみる予定だったのだが…この情報のせいでそれどころではなくなった」
レビが顔を上げると、個人で見るには少し大きめなスクリーンが現れた。そこには、ウサギのような耳の獣人が映っていた。
『太陽系第三惑星地球から戻ってくる、ララカリブスのものとされる宇宙船の最新情報です。ゲート通過予想時刻は昨夜発表のものより遅れるとの見方です。現在、星団管理局職員がゲートの位置を調整中。アステリアの着陸予定場所に合わせて周回速度にも変更を行っている模様です』
「あれ?あの船どこに持っていくの?」
中継で映っている船は、間違いなく先程ここから飛び立った宇宙船だ。
「とりあえず北の果ての大地に持っていくそうだ。最終どうするかはまだ決まっていないらしい」
宇宙船が飛び立った後の丘の上には、黄色いツナギの集団に囲まれた女軍人がいた。レビによると、船を動かすための生体キーが必要だったそうで、書き換えるために彼女がここに来る必要があったそうだ。
あまり目が良い方ではないので確証はなかったが、博昭には、遠目に彼女がこちらを見ているような気がした。
「こっち見てる…?何か言ってない?あの人」
耕作にも見えていたようで、彼女の様子を気にしている。
「あの赤子は元気か、と言っている」
「え?レビ聞こえたの?」
「まあ…風向きもこちらに向いているし、これくらいの距離ならギリギリだが…元気だ、と言ったところで彼女の耳には届くまい」
そのうち、捕虜扱いの様な軍人と何人かは、ポータブルのゲートを使って帰って行った。
残った何人かはタープのようなものを森の際に設置し、監視体制に入った。昼過ぎにもう一機の宇宙船が来るまで、ここでこのまま待機するようだ。
「今朝もすでに尋問を行ったらしいが、特に新しい情報はない。ララカリブスの政府も軍も宇宙船の事は知らないと言っている件も伝えたそうだ。見捨てられたとのではないかと言ったら、女軍人が初めて動揺していたそうだ。…それと収容所問題。とりあえず傭兵3人を同じ部屋に押し込めて、2部屋空けたようだ」
「そないな雑なんでええの?脱走の計画やら相談できるやん」
「星団を脱退したララカリブスの情報は欲しいし、安定のためには再加入も勧めたいというのが星団管理局側の考えだ。しかし、彼らでは交渉材料としても価値がないと管理局側も踏んだらしい。大した情報も持っていないようだし、正直、扱いに困っている。
脱走するなら脱走して、どういう伝手を使って母星に戻るのか、泳がせてもいいくらいに思ってる。
傭兵もかなりレベルが低いので、一緒にしておけばうっかり何かしゃべる可能性もある。当然彼らの会話も管理局が傍受している」
それにしても、自分たちはここでこんなにのんびりしていていいものか、博昭は不安になっていた。
「ワタシ、無断欠勤どんだけやろ。大学クビになっとったらかなんわ…」
『攫われてから7日です。地球の単位で言うと丁度1週間です』
「…ほんま親切やな、おおきに」
『どういたしまして』
皮肉のつもりだったが、グノメには伝わらなかったようだ。
「レビも仕事とかはいいの?僕たちに付き合ってくれなくても…あ、そうか、今はそれどころじゃないか」
完全に視界から消えているが、耕作は宇宙船が飛び去った方向を見ながら申し訳なさそうに言った。
「家と星のトラブル対応は、仕事のうちだ」
『エルサから通信です』
グノメの声がして、レビの目の前に画面が現れた。
「繋いでくれ。エルサ、どうした?」
そこに映し出されたのは、昨日と今日、朝食を運んでくれたエルフのメイドだった。
『少し時間が早いですが、お昼にしませんか?例の件で午後から忙しいのでしょう』
「ああ、そうだな。ではコーサク達も連れて食堂に…いや」
レビが急に口を閉じ、ハッと顔を上げた。
「すまないが東屋で食べる。4人分、こちらへ頼む」
東屋での昼食は優雅なものだった。しかし、なぜか東屋には1名増えていて、そのせいで奇妙な空気が流れていた。
「星の塔樹からでは見えにくいのじゃ。ここが特等席だと思うての」
いきなり現れ、一緒に昼食を摂りはじめた初対面の巫女の扱いが分からず、博昭も耕作も困っていた。そして何も言えないまま、ただ黙々とランチのサンドイッチを口に押し込んだ。
「宇宙船の拿捕を見学に来られたのですか」
「そうじゃ。ランチはついでじゃが、ありがたく頂く。うちのメイドにも言うてきたので大丈夫じゃ…ああ、久々のここの食事は美味しいの」
レビの質問に、子供のような「大丈夫」を主張する巫女は、博昭が常に見ている大学生たちよりもはるかに幼く見えた。
「見学にしては…なぜ今日も『黒』なのですか?」
レビが首を動かした先には、金属的に光る黒い竜がいた。
「保険じゃ。優秀な星団管理局の者が、失敗せんとも限らぬ。その時は一瞬で無にするだけじゃ」
巫女は楽しそうに、そしてさらりと恐ろしいことを言った。
早めの昼食が終わると、メイドたちが慌ただしく片付けを終え、お茶と焼き菓子を置いて戻って行った。
レビが大き目のスクリーンを上部に広げたので、東屋の中はまるで映画の鑑賞会さながらの雰囲気になった。
『自動操縦のままゲートに飛び込んでくる場合、あと4分程度でアステリア上空に現れる予定です。星団軍の中型の工作船が一機と、小型戦闘機が15機程度でしょうか、衛星軌道上で待機中です。解説に星団軍・アステリア支部の広報担当イーヴォ・バルテルス氏をお迎えしています』
画面の中では先程のウサ耳獣人が、ヒョウ柄迷彩を着た軍人を紹介していた。
レビにメイドから連絡が入った。
『医師団が到着しました。医療棟ではジークが待機。そちらにはダンとサブリナが向かいます』
もうすぐ自分と同じような拉致被害者が来ると思うと居ても立っても居られなくなり、博昭は東屋から飛び出した。
『ゲート、稼働反応あり!宇宙船が来ます!』
「おお…」
目をキラキラさせて、耕作が食い入るように画面を見ている。
『工作船が操作系統のハッキングを開始した模様です。急激に船の速度が…あ…降下を始めましたね』
『ん?様子がおかしいです。これは…重力に完全に引っ張られています。落下してますね』
広報担当官の声が、焦りを含んだものに変わった。
『操縦権を奪えなかった、という事でしょうか』
『そういう事になると思います。にしても、自由落下はおかしい。中からも操縦できていないのではないでしょうか』
『ああ…予定の降下地点からも大きく外れているようです。このままだと、どちらに落ちそうですか?』
『これは…よろしくないですね。シエルの北限を超えて、ブリナの山間部に落ちそうです』
その時、黒のドラゴンがぶわりと舞い上がった。
「アステリア様!」
思わずレビが声を荒げた。
耕作が昨日調べて教えてくれたので、博昭も知っている。黒は全てを焼き尽くす竜だ。
「念のため追わせるだけじゃ。誰も焼けと命令はしておらぬよ…まだな」
そう言うと、巫女は本来の着陸予定だった丘の方に顔を向けた。
「赤、あそこに落とせるか?」
レポーターと広報担当官、それと空を直接見ていた博昭が、同時に
『あ』
「あ」
と声を漏らした。
宇宙船の向かう先に、朱色に光る竜がいつの間にか現れていた。
目と鼻の先に迫った宇宙船に向かって、赤い竜が口を開く。すると、空全体が振動するような咆哮が響いた。
『宇宙船の動きが変わりました!アステリア固有種のスタードラゴン、バーミリオンマイカです!』
「総員退避―!!」
誰かの叫ぶ声が聞こえ、途端、目の前の広場で待機していた黄色いツナギたちがこちらに向かって一斉に走り出していた。
それから間もなく。5秒も掛からなかったのか、10秒以上経ったのか分からない。
爆発音と共に地面が揺れ、着地予定だった広場に宇宙船が刺さった。
落下の衝撃が地面と空気を揺らす。
同時に、東屋と広場の間を薄い光が横切った。
黒い竜が、飛散する破片や土くれを焼き尽くし、巫女ともども星団管理局の局員たちをも守ったのだ。
おかげで、東屋周辺に爆風の影響が出る事はなかった。
「赤も黒もよくやった。見事」
慌てて東屋に飛び込んだ博昭の目の前で、巫女がにやりと満足げに腕を組んだ。
「船体の冷却を!ハッチ周辺だけでいい」
「ダメです、ハッチ部分が埋まってます」
黄色いツナギたちが走り回っている。医師も駆け付けたが、船内にまだ入れない。屋敷からメイドも何人か出て来て手伝う準備万端のようだった。
「ワタシらも手伝えることあるやろか」
「ハッチが開いてからになるが、ケガ人の搬出を手伝ってもらえると助かる」
そう言いつつ、レビが屋敷からエルフを何人も寄越すように指示をしている。
「上下逆さまじゃなくて良かった…でも、あの衝撃で、中は大丈夫かな…」
耕作がほっと安堵の息を吐きつつも、中の人間を心配していた。
「…しかしハッチが埋まっているのか。レビ、屋根の上を冷やすのを手伝え。浮いた場所を竜に踏ませる」
巫女は東屋を出て、丘に斜めに刺さった船体に向かう。
「上…から…どうやって」
「そこらの黄色い連中からソーサーを借りればよかろう。それとも私と竜に乗るか?」
「竜…それはちょっと…遠慮します」
「ああもうよいわ、相変わらずヘタレじゃの。…全員、船から離れるのじゃ!」
巫女の声で、黄色いツナギたちが慌てて船の周囲から走り去った。
赤い竜が舞い上がり、船の真上でホバリングすると、竜の頭上に六角形のフレーム上の光が現れた。そこに向かって赤い竜が飛び込むと、大量の大きな氷がごつごつとフレームから降ってきた。気のせいか、雪も降ってきている。
「あー…やりすぎじゃの。まあよいわ」
赤い竜が最後の氷と共に戻ってきたついでに、斜めに刺さっている宇宙船の高いところにじわりと降りた。すぐに黒い竜もやって来て隣で船上に圧を掛ける。上からの雪と氷の衝撃、そして解けた水で地面が緩んだのか、2匹の竜の重みで刺さっていたハッチ側が泥を巻き上げつつ跳ね上がり、地響きと共に船体が水平になった。
丘の上に、黄色いツナギたちの歓声が響いた。
ようやくハッチが開いたが、当面の間博昭たちに手伝えることは何もなかった。
乗組員4人は手足を縛られた状態で、船の落下、赤い竜による空中での方向転換、その後地面に叩きつけられた衝撃で、原形はとどめていたもののほぼ即死と見られた。
船内で唯一カプセルから出た状態で息があったのは、乗務員ではない、白衣を着た女性一人だった。
円盤を前後2つ並べた状態の上に、担架が載せられている。高速で移動するそれからは、ぼたぼたと大量の血が落ちていく。横からもう一台並走する円盤に乗っているのは、操作するメイドと、返り血で顔まで真っ赤になったサブリナだ。
「状況は?」
ヒョウ柄迷彩のジョルジュが屋敷の方から走ってきた。
「操縦室は血まみれ、カプセルに入っていた3人は無事だ。全員男、うち少年二人だそうだ。今ダンが解凍処置を行っている。データを取りたいが、中の血の臭いで管理局連中が体調不良を起こして進まないらしい」
「ありがとう。…聞いたな?中の清掃作業だ。管理局のポータブルゲートがここに繋がっている。使わせてもらえ」
レビの報告で、ジョルジュが目の前のスクリーンに向かって指示を出す。
5分も経たないうちに、黒に近い色合いの迷彩を着た集団がぞろぞろとゲートを通って現れた。
「ダンからだ…データを取るよりも先に解凍作業が終わりそうだ。目覚めた者の言語の判定を頼めるか」
レビが博昭の目を見た。
「ワタシで分かるやろか。地球上の言葉なんか、分からんヤツのがほとんどや…」
青年男性が目覚めたとの事で、博昭が清掃作業途中の船内に呼ばれた。生臭い匂いの残る操縦室を抜け、カプセルの並ぶ部屋に入った。
マロン色のウェーブのかかった髪の男性が、寝ぼけたように何かを呟いていた。
「…ドイツ語やな」
横で看護師のような人が、「言語設定、ドイツ語」と新しいラムダに向かって話しかけ、設定していた。
後から目覚めた少年二人も、綺麗な英語だった。博昭はどちらも知っている言語だった事と、役に立てた事に安堵した。
その日の夕方、衝撃的なニュースが飛び込んできた。軍の収容所にいた傭兵3人が、女軍人によって殺害されたというものだった。




