被害者Aの回顧録 その5 尋問
ジョルジュというエルフは、自らを軍人だと名乗った途端、先程までのぽやんとした雰囲気が一瞬にして霧散した。目つきも鋭くなり、纏っている空気に威厳のようなものが滲んで、まるで別人だ。
その軍人は、すっかり眠ってしまったランディを軽々とお姫様抱っこすると
「さあ、参りましょうか」
と部屋のドアへ向かって歩き出した。
廊下に出ると、右手に曲がり、昨日来た道を戻って処置室に入った。その部屋に人気はなく、唯一動いている物と言えば、液体の詰まっている巨大なガラス管からこぽこぽと空気が上がっているくらいだ。
「あのガラス管は何でしょう?」
「あれは、重篤な患者の治療用のカプセルです。少々の臓器損傷なら再生可能らしいです。ミーコに使う予定でしたが、こちらまでの使用は必要なかったので、放置中です。次の拉致被害者に必要になるかもしれませんので」
耕作の質問に、ずんずん歩きながらジョルジュが説明してくれたが、放置理由があまり楽しい話ではなかった。
「あ、ドア開けますわ」
「助かります…外に出たら、進んで右です」
処置室を抜け、両側に学校の教室のような部屋のある廊下を抜けると、外だ。
「なんや…馬小屋か?」
真っ直ぐ先に、厩舎のようなものが見える。
「鳥小屋です。あの近くまで進んでください。右手に屋敷に入る扉があります」
右手に伸びる巨大な屋敷の壁伝いに進むと、鳥小屋の近くに2段ほどのステップがあるのに気付いた。
博昭が扉を開け、ランディを抱えたジョルジュが建物に入る。中は広いホールだ。
「ほえー…まるで城やな」
ホールの中ほどから両側に弧を描いて伸びる2本の階段は、シンデレラが靴を落としたのはこんな場所ではないかと考えてしまうような雰囲気だった。
2本の階段のうち、奥の方のものに向かってジョルジュは進んだ。
彼が一段登ったところで、階段は上へ向かって動き出した。
「ん?動くのか、これ」
慌てて耕作と博昭も動く階段に飛び乗った。
「どういう仕組みだろ…完全に空中。機械の類が全然見えない」
耕作がずっと首をきょろきょろと振り続けている。
3階まで上がった時、まっすぐ伸びる吹き抜けのある通路の、右側の壁際に誰か立っているのが見えた。
「あれ、レビかな?」
「レビです。お二人は彼の所へ。私は彼を送り届けてまいりますので」
そう言うと、ジョルジュは左手の通路へ向かった。
「めっちゃ広いわ…」
「ショッピングモールっぽいなー」
静かな空間を小声で話しながら、レビの方に向かって歩いた。左手の方でジョルジュが一度立ち止まり、扉の奥に消えていくのが見えた。
「改めておはよう。今日はレビも一緒に行くの?」
所在なさげに突っ立っていたレビに、耕作から声を掛けた。
「その予定だ。ジョルジュも一緒に…ああ、戻ってきた」
反対の通りにある部屋にランディを預けて来たらしく、身軽になった軍人がこちらへ向かって素早く歩いてきた。
「さて、行こうか」
レビの立っていた後ろの扉…六角形の模様のパネルのついたドアを、レビが開いた。中の部屋の両側の壁には、六角形のフレームが3つずつ並んでいた。
右側の壁の真ん中のフレームの前にジョルジュが立つと、フレームの中が急に暗くなり、靄に包まれたかと思うと、次にはこことは違う床の部屋が見えるようになっていた。
「六角形…ゲート?」
耕作が呟くと、
「察しが良いな」
とレビが笑った。
「この先は、下に見えていた街の中央近くに出る」
ゲートをくぐったその先では、ジョルジュと同じヒョウ柄制服を着たの軍人らしき人に敬礼された。その後は、ジョルジュについて大急ぎで歩き、一旦外に出たと思ったがすぐ目の前の建物に入った。
「ここは…?」
ゲートの出口が軍だったことはうっすら分かった。しかし、一度外に出たので、もうここがどこなのか分からない。
「惑星間連盟の星団管理局アステリア支部だ。今回の事件の管轄はここになる」
耕作の質問に、レビが答えた。
その建物の中は、正面にカウンターのような受付窓口が3つほど並んでいて、さしずめ役所や銀行の窓口といった雰囲気だった。
しかし勝手知ったる場所なのだろう、ジョルジュはカウンターを無視して左端まで歩くと、突き当りにある扉を開け奥にどんどん進んで行く。
いくつかの通路と扉を抜けた後、今までと違う雰囲気の扉の前に立った。
「…エレベーターか」
「正解」
耕作の独り言に、満足そうにジョルジュが頷いた。
中に入ると、4人の乗った箱は地下へと降りて行った。
ジョルジュの誘導で、とある一室に通された。そこは大学の講義室のような部屋で、階段状の机が10段ほど演説台を囲むように並んでいた。そこでは昨夜見た黄色のツナギを着た人たちが、10人に足りないくらいの人数で、固まるでもなくバラバラに座っていた。全員、一番前に浮かぶ大きなスクリーンを見ている。
部屋の後方から入った博昭たちは、一番後ろの席に間隔を開けつつ横並びに座った。
その大きなスクリーンには、エルフの男性が映っている。
「では、お前が受けた指示も同じか」
一番前の席に座っている男性が、画面のエルフに向かって質問した。
『そうだ』
「地球人を攫う事の目的は」
『聞いていない。攫う指示しか受けていない。それ以外は自由にしていいと言われた』
画面の向こうのエルフが、誘拐犯の一人だということが分かった。
犯罪者なのに、エルフなので見目が美しい事が腹立たしい。
「お前が攫ったのは、男性一名」
『そうだ。ダニロがお目当ての女性を攫った直後、店の近くにいたからな。ついでだ』
「わかった。今回の質問は以上だ。次は必要と判断したら、午後から行う」
そこで、画面が消えた。
「今のが…ワタシを捕まえたヤツなんやな…」
博昭が眉間にしわを寄せつつ呟くと、耕作がため息をつきつつ無言で首を振った。
「既に傭兵二人の尋問を終えている。メインは今から。唯一の軍人だ」
ジョルジュが机に腕をのせ、若干前のめりになった。
「今までの質問と回答が見れる。共有しておく」
そう言って、レビが耕作と博昭にデータを送ってくれた。
グノメに読んでもらいつつ、博昭は気になっていた項目を誰も質問していないことに気付いた。
「ジョルジュはん…。女性を攫って、排卵誘発剤を投与する意味がワタシには分からんのよ。誰も疑問に思わへんの?」
「…獣人が地球にいないから意味が分からないですよね。人間やエルフの性犯罪者は快楽が目的ですが、獣人は違う。本能的に、子孫を遺したい欲が異常に強い」
「な…んやて」
ただの強姦魔より、かえって性質が悪い。強姦魔に「ただの」という形容詞もおかしいのだが。
「獣人は全般寿命が短い。そして幼児期の死亡率も高い。獣人同士の婚姻だとさらに死亡率が上がる。人間とのハーフだと、生存率が跳ね上がるんです」
「傭兵は目的を誰も聞いていない、老若男女、人種等バラバラで攫ってこい、命令はそれだけ。攫って来た人間に関しては、無傷で、などの指示もなく、好きにしていい、と。…人体実験用かと思っていたが、途中どう扱っても良いというのが良く分かならいな」
レビが資料に目を通しつつ、さらりと怖いことを言った。
「人体実験用って…」
「ああ、すまん。推測できるのはそれくらいかと思っただけだ。悪気はなかったのだ」
耕作の抗議に、レビは慌てて弁明した。
「にしても、人種バラバラって言って日本人だけってのも。全然指示を守ってないんじゃないか?」
「獣人もいない、エルフもいない。ただ人間しかいない。この時点で人種バラバラが分からなかったのだと思う」
「ああー…なるほどなぁ」
耕作とレビが意見交換を行っているところを、ジョルジュが手で遮った。
「はじまるぞ。一番情報を持っていそうなのが彼女だが…さて、口を割るかな」
スクリーンに現れたのは、博昭が目覚めた時にうっすら見た記憶のある女性の狼人だった。
「ゾーヤ・バザロヴァ。ララカリブス軍所属で間違いないか」
また、一番前に座っている男が尋問を始めた。
『そうだ』
「所属の部隊名、階級は」
『…黙秘する』
「今回の地球行きの目的は」
『奴らから聞いたのだろう?人種年齢バラバラで攫ってこい、それだけだ』
「航行記録を見ると、最初は南半球へ行っていたようだが、そこでは作戦行動に移らなかった。なぜだ」
『…南半球は暑過ぎて、私たちの円滑な行動に差し障りがあった』
11月なら、南半球はまだ初夏だ。暑いと言うほどではないはず、と思ったが、それはきっとこちらの勝手な思い込みでしかない。きっと彼らには暑かったのだ。
「アステリアに着陸後、傭兵3人は船から脱走を試みたが、お前だけは船に残った。なぜだ」
『この星に龍がいること、不用意に森に入ると死ぬことくらい知っている』
船長だから残ったのか、と一瞬考えたが、とんだロマンチシズム的勘違いだった。
しかし森に入ると死ぬというのはどういう事だろう。後でレビかグノメに聞かねばなるまい。
質問事項を書き留めておきたかったが、手元にメモがないのが博昭には不便で仕方がなかった。
「乳児を攫って来たのはお前だな」
『そうだ…これ以上話す事はない。ララカリブスは連盟から脱退している。同じく連盟星でない地球から人民を攫ってきたところで、お前たちに裁かれる筋合いはない』
「そうはいかない。外洋への渡航用ゲートは、星団管理局の管轄で使用申請が必要だ。申請が下りなければ通ることはまかりならん。昨年まで連盟に所属していたのだから、知らぬはずはないだろう」
『知らないな…フン、私たちを拘束する口実はそれだけか。苦しいな』
画面の向こうで、ゾーヤという女軍人は不敵に笑った。
その時、尋問を行っている男性の目の前にスクリーンが現れた。同時にジョルジュとレビ他、何人かの目の前でも画面が開く。それを確認した尋問の担当は大きなスクリーンに映る彼女の方へ目を向けた。
「お前たちの乗っていた船の記録全て、解析が終わった。明日にはお仲間の船が帰ってくるようだな。そちらに話を聞くことにする。今回はここまでだ」
先程の意趣返しだろうか。尋問の担当は皮肉っぽく言い返し、軍人の映し出されていたスクリーンを消した。
一瞬しんとなった後、2列目に座っていた男が素早く立ち上がり、こちらを向いた。
「メランデル長官、転移予想時刻は明日の正午前後のようです。ご協力をお願いいたします」
グノメがこっそりと
『星団管理局のアステリア支部局長です』
と立ち上がった男性の素性を教えてくれた。
「こちらでも確認しました。前回と同じだけ人員を配置させます。…今度は昼間か、ウーロの位置が厄介だな。宇宙船は同型でしたね」
「はい、乗組員4名、前回と同じく地球での拉致4名までの情報は通信記録にありますが…」
ジョルジュが画面を素早く操作して、何か指示を出しているようだった。そして、彼の周りにいくつもの画面が広がった。全てに誰かの顔が映っている。
「被害者はまたグラーティア家で一度お預かりしますが、乗組員の方は…」
「はい、軍の完全隔離の独房の数に限界があるのは承知しております」
「警察に協力を依頼しますか?局長から手配していただけるとありがたい」
話が作戦会議に変わりつつあったので、レビに促され博昭と耕作はその部屋を後にした。
「明日…また、誰か攫われて来るんやろか…」
ミーコの様な被害者がまたいるのだろうか。腹の奥の方がずんと重くなる。
「それもだけど、森に入ると死ぬってどういう事?」
「あ、それワタシも聞こう思うてたんや」
二人から期待に満ちた目で見られ、レビが一瞬イヤな顔をした。
「…この星には、入ると問答無用で殺される場所がいくつかある…いや、逆だな。許された場所しか人は入れない。不可侵の場所は、近づくとグノメが警告してくれるので、従えば問題ない」
問題ないとさらりと言われたが、博昭にとっては問題でしかない。
星団管理局の建物を出ると、レビは目の前の軍の建物には入らず左に曲がった。
「すまないが、軍の建物には我が物顔で入りづらいので、帰りは別のゲートを使う」
その先は大通りで、賑やかな歓楽街だった。
まだ午前中のはずだが、すでにまったり飲んでいる人々もいる。
レビの後を歩いてその飲み屋通りを右に曲がった瞬間、耕作が
「ふわぁぁあぁ…」
と変な声で叫んだ。耕作の視線を追った博昭も、思わず息をのんで足が止まってしまった。
目の前には、見たことのない巨大な木が視界いっぱいに広がっていた。
「すご…世界樹だ…」
「それや…世界樹や…」
「星の塔樹、という。巫女の居城でもある」
世界樹にばかり目が行っていたので、そこからはどう歩いたのか覚えていない。結局、病院だという建物のゲートを使って元の部屋に戻ってきた。
昼は、柔らかめなものが多かったが通常食だった。
食後にはレビがやって来て、病棟の処置室と反対側の出入り口を案内してくれた。
入院患者の見舞客用の待合室だという部屋を抜け、ドアを開けると、眼下の街の中心にあの世界樹が見えた。
レビの先導で、世界樹が良く見える東屋に移動した。東屋の中央には円卓が置いてあり、それを囲む一人用のソファにそれぞれが座った。
「もう、地球に帰れなくてもやっていく方向で考えて行かないとなぁ」
世界樹を眺めながら、耕作が少し寂しそうに笑った。
「え?帰れるんちゃいますの?」
博昭は、地球に帰れないなどとは欠片も思っていなかった。昨日処置室でレビの祖母が、「地球に戻るまでに、なかったことに出来る」とみーこに声を掛けていたせいで、帰れるものだと思っていたのだ。
「…こちらとしては、帰すつもりなのだが…」
レビが難しい顔をした。
「何にしても、明日のもう一機の到着を待ってからになる。体調に問題がないなら、二人だけ先に帰そうかとも思っていたのだが、星団管理局の本部が色々根回しを始めていて、そうもいかなくなった」
「え?帰れるの?」
耕作が驚いた顔でレビを見つめた。
「地球にもゲートがある。帰るだけならすぐだ」
「それでか!やたら色々地球に詳しいと思ってたんだよ」
耕作が机に突っ伏した。
「ちなみに…地球のゲートはどこにあるんやろか」
「どこ…と言えばいいのか。地名は分からない。…地球のゲートの位置」
博昭の問いに、レビが復唱するように呟くと、円卓の中央に球形のスクリーンが現れた。球形に色がつき、地球儀に変わる。
『最新の使用場所はこちらになります』
グノメの声がして、一か所が光り始めた。
「イギリスやん」
「イギリス…だねぇ」
二人の困った顔を見て、レビが不安そうな顔をした。
「イギリス…だと、何か問題があるのか?」
「…そこから、僕たちの住む日本に帰るすべがない。国外への移動には旅券が必要なんだ。それなしでいきなり海外にいる状況が普通に考えるとあり得ないし、そこがクリアできたとして、日本へ戻る航空機代の持ち合わせもないよ」
「星の中で国が割れていると、その程度の移動にも許可がいるのか…」
レビが額に拳を当てて俯いた。
その夜、クレアとその母が無事に動けるようになったという情報と、みーこが目覚めて流動食から始めたという情報が入った。
時を同じくして、ララカリブスから半年に1度か2度という「外向きのプロパガンダ的なニュース」が配信された。
それは「ララカリブス首相の娘が、軍の有能な若手高官と結婚した」という、何とも人を馬鹿にしたような、拍子抜けするような内容の物だった。




