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しらないところで  作者: 南 紅夏
過去の追憶編

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被害者Aの回顧録 その4 当主

 エルフのメイド・アーヤが、耕作と博昭、レビの前に小洒落たデザインのマグカップを置いた。ふわりと登る湯気からは、ハーブティの様な香りがする。


「レビ…レビさん、歳聞いて良い?」

「29歳だ」

 耕作の質問に、感情の乗らない声でレビが応えた。

「若っ!…いや、ワタシと大差ないやん」

 さっきまでエルフ女性の年齢を聞いていたので、感覚が狂っていた。思わず叫んでしまったが、よくよく考えれば28歳の博昭と近い年だった。


「いや…ちょっと待って?星が違うんだったら、一年の長さ違わない?僕たちの思う29歳と違うかもよ!?」

『地球の時間で換算しますと、こちらの一年の方が11日と16時間程度長い計算になります』

 ポンポン出てくる耕作の疑問に、グノメが間髪入れずに応える。

「うーんと、じゃあ29歳でいいのか…?いや、ほぼ30歳か。まあその辺の細かい事は今はいいか…。じゃあ、若いのになんでそんな、喋り方堅っ苦しいの?ジーク先生も、みんなもうちょっと普通だったじゃん。翻訳の問題なのかな?」

「…すまない、よく言われるのだが…姉のクレアに育てられたせいで、言葉が伝染ってしまったのだ」

「ああ、確かに似てる!」

「そうや、クレアはんのしゃべりに似とるわ!」


 情報共有をするはずったのに、なぜかいきなりレビ弄りが始まってしまった。

「え?レビってファミリーネームがシュラーツェン?グラーティア?どういう事?」

 興味の向くまま耕作はガンガンとレビに質問している。

「この家自体はグラーティア家だ。祖父が外から来たシュラーツェン姓の人間だったので、私たちの名前はそうなっているが、この家に住む以上グラーティアの名は外せない。外ではグラーティアを名乗ると特別扱いが過ぎるので、使い分けているというか…」

「グラーティア家って、そんな特別なの?」

「さっきの…見たであろう?巫女だ。初代巫女がアステリア・グラーティア。うちは代々巫女が出る家で…ああ、もう面倒だな!」

 ようやくレビが怒った。


「ごめんごめん、色々気になっちゃって。さっきドラゴンいたけど、あんなのこの星には何匹もいるの?」

「…種類は色々いる…って、まだ続けるのか、このやり取り。グノメに聞いてくれ」

『コーサク様、こちらはアステリア標準時で夜の10時を回ったところです。この家の人間はさっきまで色々な対応に追われていたので、ご考慮下さい』

 耕作の怒涛の質問攻撃を見かねたのか、グノメに窘められてしまった。


「あー、そうか。僕たちは起きたばっかだけど…じゃあ、今日は手短に。また明日からでも話出来るときに聞いてもいいかな?あ、仕事とかもあるか」

 耕作の言葉に、レビが一瞬不機嫌になったように見えた。


「え、そういや時間、時計のシステムってどうなってるの?一日何時間設定?」

「グノメに聞けー!」

 二人のやり取りの横で、博昭はずっと一人笑っていた。




「ワタシは…飲み会の後に、みーこさんに会いとぉなって、街の方から歩いて大学の方へ向かったんや。コンビニの駐車場に入りかけたところで、真っ暗や。痛いとか何も記憶ないのよ。ただ真っ暗。次に気付いたらそこの、宇宙船の中やったんや」

 ようやく本題に入ったが、冷静に思い返すと恥ずかしい。酔っていたとはいえ、話したこともない相手に会いに行くなんて。

「じゃあ、どうやって気を失ったとか、その犯人の顔は見てないんだ」

「コンビニの光が最後の記憶やなあ…」


「僕の場合は、まあこっちも飲み会だったんだけど…ホテルに戻るには通りをぐるっと大回りして帰らなきゃいけなくて、眠かったし面倒になっちゃって。

 ショートカットしようと思って店の裏の…細い路地みたいなところに入ったんだよ。

 でも、ごみ箱とか出てるし、足元も暗いし。後ろからなんか気配感じて振り返ろうとしたら…転んだ。それで慌てて立ち上がろうとしたら、オオカミと目があったんだよ」

 耕作は、転んだせいで犯人の顔を見たらしい。

「…コーサクが襲われたのは、狼人の方か」

 レビが納得したように頷いた。

「そこから記憶がない。その次は同じく宇宙船の中、クレアさんの声だな」


「では、こちらからの情報開示を。宇宙船の所属はララカリブス軍の物。このアステリアの外周の星だ」

『アステリアを地球とするならば、火星に当たる星です』

 レビの説明に、グノメが補足を入れてくる。

「犯人は4人、正規の軍人は狼人の女性一名のみで、あとは傭兵。構成はエルフ、人間、狼人の男性だ」

 博昭は思わず、強く唇を噛み締めてしまった。


「カプセルの起動状況で確認すると、一番最初に攫われたのが赤ん坊で」

「赤ん坊!?」

 耕作が驚いて叫んだ。

 乳幼児がいることを、博昭は目覚めてすぐの宇宙船でうっすら聞いていたような気がする。

「次にヒロ、最後がコーサクだ。ミーコはカプセルに入っていないので分からないが、映像の記録からヒロの前かほぼ同時だ。解析が進めば分かると思うが…」

「その…映像いうのは、誰が見て確認してんのやろ」

 映像の内容を考えると、誰が見るかによって二次被害になるのではないか。博昭は確認せずにはいられなかった。


「心配しなくていい、女性の管理官と軍人が当たっている。が、まあまあブチ切れて部屋から出て行く者やら泣き出す者、体調不良を訴える者やらで、外でフォローするのも大変、と聞いている」


「その…ララカリブスっちゅうのは、他の星との縁を切ったんやろ?今どんな状況か、とか…ニュースとかの情報は入らへんの?」

「半年に1つか2つ、外向きの真偽不明のプロパガンダ的なニュースは入ってくるが…」

 そう言うと、レビの目の前に画面が立ち上がった。

『ララカリブス産のレアメタル、価格高騰。

 宇宙船外装などに使用するカリブス鋼は、他の産出星の発掘量が激減し、わが星のものがトップシェアを誇る事となった。連盟から抜けたにもかかわらず、購入希望は引きも切らない。わが星の優位性は、揺るぎないものとなっている』


「…これが、半年ほど前のニュースだ。…宇宙船自体が時代遅れだというのにバカバカしい」

 レビがため息をついた。


「え?宇宙船ってもう使ってないの?」

 そう質問する耕作の顔は、かなり悲しそうだ。

「各地、各星にゲートが置かれている。宇宙を船で渡るような危険な真似は、今はあまりしない。外洋探査やゲート未設置の星に出向く場合くらいか…?後は、金持ちの道楽か宇宙海賊くらいだ。だから、彼らが何が言いたいのか、何がしたいのか分からない。時代遅れのブレーンしかいない事を自慢げにひけらかす意味も分からない」


 思ったよりレビが毒舌だった。


「今出せる情報はこれだけだ。

 この星についての事なら、禁忌に抵触する事でなければグノメが答えてくれる。グノメが回答を避けたら、星の怒りに触れる事だと思って呑み込んでもらいたい。その他星団全体の事などは、ほぼ回答は得られるだろう。何度かやり取りするうちに、きっと馴染んで使いやすくなるはずだ」


 そこまで言うと、レビは席を立った。


「…ちなみに、攫われた赤ん坊に心当たりはないのだな?」

「今知った事だし…知り合いにも最近子供が生まれたとか聞かないなぁ」

「同じく、ワタシの周りにもおらへんわ。そもそも全員近くで攫った言うんやったら、あの町自体縁もゆかりもないトコやしなあ」


「そうか…また何か分かったら連絡する。

 …あ、兄から伝言があった。今日はこちらの夜に合わせて睡眠をとってくれ、だそうだ。ちなみにそれは不眠に効くハーブティだ。コールドスリープの後は、思ったより疲れているそうだから眠れるはずだ、と」


「…眠れるかな」

 不安そうに、耕作は博昭の顔を見た。


 果たして、その夜二人はびっくりするほどよく眠れたのだった。




 翌朝。

 博昭が目覚めると、窓から薄い光が入り込んでいた。

 部屋自体はあまり明るくなく、時間も分からない。起き上がって窓から外を覗くと、すぐ外には背が低く幹の細い広葉樹が植わっていた。そのすぐ向こうは一面の壁で、上部がアーチ状になっている窓が等間隔に並んでいるのが見えた。


 夢じゃなかった、現実だった。今日も、悪夢の続きだ。そんな事を考えながらベッドに座り込むと、パーテーションの向こうからぼそぼそと何か喋っている声に気付いた。


「耕作はん、おはようさんですー」

「あ、ヒロさんおはよう。ごめん、起こしちゃった?」

 パーテーション越しに声をかけると、耕作から申し訳なさそうな挨拶が返ってきた。


「いやいや、思ったよりよー眠れたみたいで、すっきり目覚めたとこですわ」

 博昭は円卓がある側のカーテンを開け、ソファに移動して座った。

「で、何かおもろい情報ありました?」

 昨日の言動から、耕作が何をしていたのかは薄々想像できた。状況的に、グノメに質問しまくっていたとしか考えられない。


「うあー、恥ずかしっ。もう行動パターン読まれてる」

 そう言いながら、耕作もカーテンを開けて出て来た。部屋がまた明るくなった気はするが、まだ暗い。

「時間…何時くらいなんやろ」

『地球の時間で言うところの、7時を回ったところです。朝食を運ぶように連絡してもよろしいでしょうか』

「ああ、ありがとぉ…」

 その時はじめて、時間はグノメに聞けばよかった事に気付いた。


 耕作は、起きてからずっとエルフの寿命、この星の歴史、巫女の事などをグノメに質問し続けていたらしい。

 話を共有して貰っている間に、メイド2名が食事を運んできた。どちらも昨日見たメイドとはまた違う。

 一人は昨夜のジゼルより年上と思しき人間、もう一人はエルフだ。


 最初に、卓上の真ん中に籠に入ったパンが置かれた。

「パンだ!もう固形物OK?」

「こちらのパンですが、出来るだけスープに浸してお召し上がりください。今回はスープに、柔らかく煮込んだ野菜と肉類が入っています」

 若いエルフが説明してくれた。

「状況により、お昼から通常食に切り替えるそうです。まだ食後の紅茶はお出しできませんが、カフェインレスのお茶をご用意しています」

 人間のメイドがカップとソーサーをセットし、二人の中間あたりにポットを置いた。


「お洋服、こちらでお洗濯させていただきますのでお預かりします」

 昨夜入浴時に、ベッドの上に用意されていた服に着替えたので、脱いだ服は脱衣籠に入れたままだった。それをメイドがカゴごと回収していく。

「すんません、頼んどきます」

 そしてカートを残したまま、二人は帰って行った。


「とりあえず、食事が違和感ないのは助かるな」

「ああー、せやなぁ。けったいな料理やのーて助かりますわ」

 見た目から忌避したくなるような食材もなく、味もクセのあるスパイスが使われているわけでもなかったので、すんなり馴染むことが出来たのだ。

 借りているこちらの服も、すっぽりかぶる形のシンプルなシャツで、着心地も悪くない。

 科学的な事は間違いなく進んでいる感じなのに、文化的な所で今のところ大きな拒否感はない。巫女の崇拝が気にはなるが、地球でも他の国に行った時の宗教観の違いがあることを考えると、許容範囲だ。


 食事が終わるころ、グノメが二人に話しかけて来た。

『当主レビから通信が入っております。お繋ぎしてもよろしいでしょうか』

「どうぞ」

 特に迷う事もなく、耕作が即答した。


『二人ともおはよう。よく眠れただろうか?』

 空中に画面が現れ、レビの顔が映し出された。

「おはよう。お陰様で、しっかり眠れたよ」


『そうか、それは良かった。

 今日はララカリブスの誘拐犯たちに事情聴取を行う予定なのだが、立ち会うか聞いてくれと星団管理局から問い合わせが来ている。もうすぐそちらに医師が回診に行くと思う。その後になるが』

 耕作と博昭は、はっと顔を見合わせた。

「僕は…話を聞きたい」

「もちろん、ワタシも立ち会わせてもらいます」


 通信が切れた後、食器の片付けに先程のメイド二人が現れた。

 二人の外出用の服も持って来てくれていた。

「こちらに着替えてお待ちください。後ほど迎えの者が参りますので」


 どちらも、襟元にぐるりとフォークロア調の刺繍の入った服だった。博昭用のものはチュニック丈で女性もののような雰囲気だ。耕作のものはウエスト下あたりに縛る紐がついていて、雰囲気は似ているが形が違う。


 着替え終わったころ、エルフの男性が二人やってきた。一人は昨日処置室で見かけた、赤みがかった金髪のエルフの医師だ。もう一人は異様な体の大きさの男性で、上下ヒョウ柄のような迷彩色のツナギを着ていた。博昭は、勝手に軍人っぽいと思ってしまった。

「昨夜はバタバタしていて挨拶できなくてすみません。ランディ・シュラーツェンです」

「お世話になってます。んーっと…レビのお父様かおじい様でしょうか?」

 耕作は、気になったことは聞かずにはいられないようだ。

「ああ、祖父です」

 他のエルフと違いややぽっちゃり気味の医師は、柔和な笑顔を浮かべた。


「お食事はお口に合いましたか?おなかの方に違和感や痛みは出てませんか?手足に痺れは?…ああ、アーヤが見立てた服ですが、よくお似合いだ」

 ランディは、他の誰よりも人懐っこいタイプのエルフのようだった。何だか、良く喋る。聞いたら教えてくれるだろうか、と思いながら博昭はみーこの様子を聞いてみた。

「みーこさんは、どんな様子でしょうか。クレアはんと、お母様は…」


「ミーコは全身の傷がひどく、治療カプセルでまだ眠っていますが、恐らく今日の夕方からは起こして流動食から始める予定です。カプセルからはあと4日は出せませんが…」

「そんなに傷がひどいんですか?」

「下腹部…と、子宮がかなり。あと、獣人の爪が刺さった傷が全身いたるところに…なるべく地球に早く戻れる方向で治療しておりますので、ご安心ください。大丈夫、また子供が産める体になりますよ」


「…ランディおじさん。その人、別にミーコの身内でも恋人でもないよ?ちゃんと話聞いてた?徹夜明けでぼーっとしてる?無駄に良く喋るし」

 隣のムキムキ男性が困った顔で忠告した。

「えー?でも、好きなんでしょ?目が覚めてから、話し相手になって欲しいんだけど。頼めるかな?」

 医者たちで共有されているらしい博昭の情報も引っかかるが、貰う情報と、頼み事も色々おかしい。今のみーこの話は赤の他人が聞いて良い話ではないはずだ。そして、二人どちらの言葉も博昭の心を抉る。


「…おじさん、もう帰って寝なよ。なんか変だよ、問題発言ばっかだよ…」

 そう言うと、筋肉エルフはランディの目をそっと片手で隠した。

「3,2,1」

 カウントダウン後、筋肉エルフが手を離すと、ランディは眠っていた。


「聞かなかったことにしてって言っても遅いと思うけど…あ、クレアたちも大丈夫だよ。きっと夜には動けるはず…さて」

 そこまで喋ると、筋肉エルフはすっと背筋を伸ばし、敬礼した。


「惑星間連盟星団軍、アステリア支部長ジョルジュ・メランデルです。お二人をお迎えに上がりました」


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