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しらないところで  作者: 南 紅夏
過去の追憶編

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被害者Aの回顧録 その3 情報

「後で軽食を運ばせます」

 そう言い残すと、ジゼルというメイドは病室から出て行った。


 二人用の病室とは思えないほど広い部屋の窓際には、左右にベッドが二つ設置されていて、真ん中が可動式のパーテーションのようなもので仕切られていた。

 入り口扉の両脇に小部屋があったので、とりあえず開けて中を確認した。狭い方はトイレで、形状はほぼ見知っている物と大差ない。反対側は浴室で、バスタブには猫足の様なものがついている。

 それらとベッドとの間にはまだ大きなスペースがあり、大き目な円卓とその周りに一人用のソファが6つ置かれていた。


 部屋の間取りを確認し終わると、初対面の男二人はそのソファに座り、まずお互いの自己紹介から始めた。

 目の前の男性、槌田耕作は、家電メーカー勤務で商品開発をしているとの事だった。


「ああ…耕作はんも、あの大学のシンポジウムに参加してはったんですか」

 話を聞いてみると、あの日、耕作も博昭と同じ会場に居たらしい。

「門外漢なんだけどね。『ナノが拓く、テクノロジーの未来』だったっけ?頑丈さとか耐久性とか軽さ、そういうのが優れた新素材がないかなって見に行ってたんだよ。有機系の材料とか気になってたものあって…そうか、ヒロさんは学者さんかぁ。発表する側の人だったんだね」

「呼ばれたのはお世話になっとる先生やったんです。ワタシはただの助手、カバン持ちですわ。…ああ、今更やけど気になって来てもうた。先生、無事に大阪帰れたやろか…電車平気で反対方向乗る人やさかい…」


 話していると、少しずつだが気持ちが落ち着いてきた。急に篠原先生の事が気になりはじめ、心配しているかも、と考えると心苦しくもなってきた。

「攫われたときの事って、覚えてる?」

 急に真面目な顔になって、耕作が身を乗り出してきた。すると急に二人の目の前の何もない空中に画面が現れ、

『お話し中失礼いたします。お二人の会話を記録させていただいてもよろしいでしょうか』

 と声が響き、読めない文字がばらばらと画面上に表示された。それぞれの画面に、それぞれの顔写真が表示されている。


「誰や、なんやの、あんたは」

 無作法な割込みに、博昭は声を荒げた。

『私、コンシェルジュAIの▲▲▲と申します。耳につけておられるラムダを介してお話しさせていただいております』

「あー、執事の役割の人工知能って事かぁ。すごいな。君の名前、そっちの発音のままで教えてよ。地球にないモノ全部名前考えるとか、キリがない」

 耕作は、何か少し嬉しそうな顔でAIに話しかけた。

『グノメ、と申します。好きな名前を付けて使われている方も多いです』


「じゃあグノメ…うー、語呂悪っ。…グノメさん。記録取りたいって事は、この拉致事件の証拠として使われるって考え方で合ってる?」

『おおむね正解です。ただし、誘拐犯も被害者も星団法が適用できない出自の方々ですので、最終的にどう使われるかは、上の裁量になります』

「上て…さっきの巫女さんかいな」

『いえ、この星独自の警察機関、惑星間連盟の星団軍アステリア支部、同じく惑星間連盟の星団管理局本部とアステリア支部、その他関わった部門で協議して決める事になると思われます。何しろ前例のない事案なので』


「…」

 耕作と博昭は、何となく目を見合わせて無言になった。実際、よく考えて発言しなければならない事ばかりな気がする。迂闊な発言は出来ない、とお互い小さく頷き合った。

「…えーっと…逆に、こちらからも質問していいかな?」

 耕作がAIの顔色を窺うように発言した。

『お答えできる範囲でしたら、お答えいたします』


「下に、街あったよね?街の人々には、この件どういう風に伝わってるの?それとも、誰も知らない?」

『いえ、空中での拿捕が失敗した場合、街にも危険が及ぶ可能性がありましたので、周知されておりました。数日前から自主的に他の星へ避難されていた方も多く、この星だけではなく星団中に知れ渡っています』

 そう言うと、夜空に浮かび上がった六角形の光の写真と、宇宙船の写真が目の前に写し出され、それと共にテキストデータも表示された。


「…ごめん、読めないよ」

 耕作が苦笑した。

『読み上げます。10日前にアステリア上空の旧世代ゲートを使用し、無許可で太陽系へ転移した2機の宇宙船の続報』

「2機!?」

 博昭が叫んだところを、無言のまま耕作が手で制した。


『再びアステリア上空へ現れた、太陽系から帰還したと思われる1機は、星団管理局と軍の連携により空中での拿捕に成功、予定されていた丘の上への誘導・着陸までの予定の作戦を完遂した。心配されていた市街地への被害はなかった。

 乗組員4人は全員身柄を拘束され、収容施設に移送されたが、昨年惑星間連盟を脱退したララカリブス所属の軍人と傭兵であることが判明、関係各所は対応に追われている。

 …以上です』


「ワタシらのことは?」

『公表すべきかどうか、判断が割れて揉めているようです。しかし太陽系に行った理由を詮索されると、いずれ公表しなければならなくなります』


「2機…ゆーたな?」

『はい、ほぼ同時に2機がゲートを使っています』


 そこで、耕作がばっと手を挙げて話を遮った。

「ごめん…先に良い?もうこれ聞かないと他の話がアタマに入ってこない。…ゲートって何?ああ、待って言わないで!予想していい?ワープできるアイテム?どこでも行けちゃうドア?」

『どこでもは行けません。2拠点を結ぶ対になったアイテムです。記事の写真に写っている、6角形に光っているのがそれです』

「はあー!これかぁぁぁ!仕組みは?これどんな仕組み!?」

『私から回答は出来ません』

「一つはこの星の上だよね?対になってるのは地球の近く?」

『天の川銀河の太陽系、第5惑星の上空に設置されていると聞いております』

「第5…?あ、木星か…うあー、色々…色々聞きたいぃー!でも、とりあえずOK」

 そう言うと、耕作は一つ深呼吸して

「話の腰折ってごめん。続きどうぞ」

 と博昭に向かって手を差し出した。


「えーっと…じゃあ、もう1個の宇宙船て、まだ戻って来てへんの?」

『はい』

「いつ頃着くとか、情報ないの?」

『現在解析中ですが、地球側でお互い通信した記録でもあれば帰還時期が予測できると思います。一般市民を危険に晒す事象ですので、予測が出た時点で発表があると思いますが…今のところはまだ。被害者全員の退去が終わったことと、アステリア様がお帰りになったので、今頃船での解析が行われているはずです』


 博昭とグノメの会話が一段落したところで、耕作が机に肘をついた。

「さて…ヒロさん、さっきの記録取るような話なんだけど…」

「あー、はいはい」

「グノメさんにも相談。僕たちもいずれは事情聴取されるって事かな?」

『可能性としては、非常に高いです。ここで行うか、星団管理局に出向いて行うことになるかと思いますが』

「連盟とやらに入っていない地球人は、こっちの法的に守られない可能性がある?」

『人道的な観点から言えば、大丈夫と言いたいですが、ゼロとも言えません』


 部屋のドアがノックされた。

「はい」

 耕作が返事をすると、ジークと、ジゼルと同じようなお仕着せを着たエルフのメイドが入ってきた。メイドは、スープが載ったカートを押している。

「お待たせしました、お食事です」

「体調はどうですか?空腹感は出てきましたか?」

 ジークの問いかけに、耕作は片手で腹を押さえつつ、斜め上に顔を上げた。

「うーん…?空いてるような、そうでもないような?」

「ワタシも、よーわからんわ。食べれるっちゃあ食べれる気ぃするけど」


「コールドスリープから目覚めたって事は、絶食後と大差ないんです。胃腸を戻す感じで、まずはスープだけで。固形物は徐々に様子見ながら増やしますので」

 ジークが話している間に、メイドがてきぱきとランチョンマットとスープ皿を二人の前に並べ、ポットのようなものを机の上に置いた。


「ジークはん、ちょっとええ?」

 博昭に話し掛けられると、ジークはメイドに目配せした。

「では、失礼させていただきます。またお食事終わるころに取りに伺いますので」

 ふわりと微笑むと、メイドは部屋を出て行った。


「ミーコの件ですか」

 ジークは、そう言いながら空いている席に座った。

「…そう、です」

「お知り合いではないと聞きましたが…ご心配のようですね」

「はは、通りすがりのコンビニで見かけただけの人や。でも気になって気になって…」

「あー!大学の下のコンビニかあ!レジにいたキレーな子、名札みーこって書いてあった!」

 ぽん、と耕作が手を打った。どうやら彼もみーこを見かけていたらしい。


「綺麗な人…見ず知らずのお二人がそう思ったのだったら、誘拐犯も同じことを思ったのでしょう」

 ジークが悲しそうな顔で少し俯いた。

「だから狙われてしまった。狙っていい理由では決してないのですけど…あ、スープ暖かいうちに召し上がって下さい」


「いただきます…彼女は、手術はどうなりました?あと、クレアはん、と…彼女のお母さんの様子は」

「ミーコから無事受精卵を摘出、クレアと義母に移植を終えました。…定着すればいいのですが。今は3人共、薬で眠っています。ミーコに関しては、出来れば1週間ですべての傷を完全に消すところまで持っていきたいのですが…」

「…義母」

 スプーンを口に運ぶ手が止まり、無意識に博昭は復唱してしまった。

「ああ、見た目で分かりにくいですよね。クレアは、私の妻です。2つほど年上の」

「つっ…年上っ!?」


「我が家の女性たちは圧倒的にエルフが多いんです。しかし経産婦で、体力のある安全な若さの人となると、クレアと義母しかいなかったんです」

「えーっと、あの、サブリナはんは?お若そうに見えたんやけど」

「若いです、360くらいだったかな。ただ、彼女は未婚で出産経験がない」

「おおう…」

 年齢基準が分からなくて、くらくらする。博昭は頭を抱えた。


 スプーンを置き、素早く耕作が挙手した。

「このスープ、美味しいですね!スープ運んでくれた方は?」

「アーヤは経産婦ですが…530くらいだったかな。産めると言えば産めますが、安全策を取るならもう少し若い方が。同じ理由で私の祖母のシモーネも540…いくつかだったので、やめた方がいいです」

 あの、きりっと前髪の女性が祖母。もう理解が追い付かない。


「ジーク先生、こちらも話せることは話して協力したい。あんまり覚えてる事もないけども!でも、グノメさんが録音して、他に回すような盗み聞きみたいなのは、ちょっとこっちも気分が良くない。

 誰か、話が出来る人を呼んでいただけませんか?目の前で人対人で話すなら、僕たちも話しやすい」

 時々少年の様な事も言うが、この耕作という人が交渉した内容は、自分の言いたい事に近いと博昭は感じた。この時、初対面の耕作に一定の信頼感が湧いて、博昭はここに来て初めて安心できた。


「…そうですね、政治的な事は私にはお手伝い出来ないので…でしたら弟のレビを。我が家では一番若いですが、一応当主です。立場的には、この星での発言権は強い方ですから。お食事が終わるころにこちらへ来るよう伝えておきます」




 そんなに間隔が開いた記憶もなかったが、先程のスープが5日振りに摂る食事だった。

「全然足りひんわ…」

 5日間使っていなかった胃腸を緩やかに起こす必要があるのは分かっていたのだが、実際食べ始めると口は全然食べ足りなくて辛い。


『コールドスリープは、長期になる場合は完全に時間を止めるに近い処理をしますので、起きて比較的早くに通常食が可能になります。ただ、起きるまでの処理に時間がかかります。保存にミスがあると死ぬ可能性もあります。今回の場合は最初から短期と分かっていたので、簡易処置だったようです。死亡リスクは非常に低く、5日間ただ寝かされていただけに近いです。胃腸等の動きは軽めにしか止まっていない状況ですので、丸2日程度絶食した感じですね』

「5日間を少ないエネルギーでうすーく消費した感じ?」

 皿を端に寄せ、ポットから白湯のようなものを注ぎながら、耕作が訊いた。

『ヒロアキ様とコーサク様の処置的にはそのようです。ミーコ様は違いますが』

「違う、とは」

『ゲート通過直前までカプセルには入れられていなかったようですので、コールドスリープの処置は一切されていなかったようです。ただ睡眠薬と、生命維持に必要な点滴ですね』


「僕はちゃんと聞けてなかったんだけど、みーこさんって…大体みんなの話から…大方の予想はついてるんだけど…ひどい目に遭ったの?」

 耕作が表情をゆがめながら、博昭の方を見た。

「そう…です」

 最後にあの吹き抜けの処置室にやってきた耕作は、みーこの状況を聞いていなかったのだ。みんなの話から、うすうすは感づいていたらしい。

「…ひどいな。ウチにも娘いるから、親御さんの事も考えると…なんて言って良いか分かんない」

 耕作の左手薬指にシンプルな指輪が銀色に光っているのに、博昭はその時はじめて気付いた。

「ああ、娘さん…そうか、そりゃ…奥さんも、今頃耕作はん帰ってこーへんって、心配してはるんやないですか?」

「ふふっ、どうかなあ?職場の人間の方が、僕が出社してないってウチに連絡くれる方が先かも」


 耕作が自虐的に笑った時、ドアのノック音が響いた。

「どうぞ」

 博昭が返事をすると、先程のアーヤというメイドがカートを押して入ってきた。

「失礼します、お皿、下げさせていただきますね」

 アーヤは530歳と言ったか。近くで見ても、20代後半か、上の方に見たとしても30代前半くらいにしか見えない。


「失礼する。グラーティア家当主のレーヴェリヒ・シュラーツェンだ」

 アーヤに続いて静かに入ってきたエルフは、近くで見るととても繊細そうな、美しい若者だった。


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