被害者Aの回顧録 その2 病室
休憩を挟みつつクレアが呼びかけ続けた後、ようやく右端のカプセルの男性が目を覚ましたようだ。
「綺麗な人がいる…あーエルフ?僕死んだ?天国?」
カプセルの中から呑気な声が聞こえた。
「ご自分がどなたか、分かりますか?」
「槌田…耕作、45歳。住所は…」
「ああ、もういいです、意識ははっきりしているようで。…ジーク、最後の一人が目覚めた…分かった」
クレアは、誰もいない空間と話をしているようだった。
空中との会話を終えると、くるりとクレアはこっちを振り返った。
「ヒロ…と言ったか?そろそろ手足を少しずつ動かしてみてくれ。動けるはず、とジークが言っている」
手をグーパーしてみて、膝を曲げてみた。
「…動ける…」
ゆっくりと立ち上がって見た。どこも痛くないし、頭が若干重い気がするが、それは多分別の問題だ。
「…そうか、良かった…誰か、案内を」
左側の、「みーこ」が入っていたと思われるカプセルが目に入った。敷布についた大量のシミに、どれだけ彼女の尊厳が奪われたのかと思うと、吐き気を催しそうだった。
「こちらへどうぞ」
いつの間にか現れていた、自分の母親と変わらないくらいの年齢のメイド服の女性が、博昭の手を引いた。
「ゆっくり歩いて下さい。感覚が完全に戻るまで無理はせず…それとクレア様、シ…アステリア様がおいでです。お帰りになるまで、ここを動かないでください」
「分かった」
アステリア様。誰だろう、そう思いつつ手を引かれて隣の部屋に移動した。操舵室だろうか、窓際に計器のようなものや沢山のボタンのようなもの、そしてハンドルのようなものがあった。
「ホンマに宇宙船なんか…」
反対の壁際には台のようなものがあり、その上のおぞましい残骸が目に入った。台の上には腕を固定するためと思われる鎖と鉄の輪があった。
ここで、拉致の犯人は、彼女を…そう思うと、思わず顔を背けてしまった。
「ひどい事をしますよね」
メイド服の女性は、苦虫を噛みつぶしたような顔で言い捨てた。
操縦室を抜け、狭い通路のような部屋を抜けると、ようやく宇宙船の外に出た。しかし時間は夜らしく、暗闇が広がっていて周囲の景色は見えない。足元には明かりに照らされた一人用の幅の階段が掛かっていた。
「手摺を持って、ゆっくり降りてください」
メイドが数段先を降りつつ、後ろの博昭を気遣う。
言われた通りゆっくりと降り、階段の中ほどまで進んだところで宇宙船で隠れていた街の夜景が見え、この宇宙船が高台に停泊している事が分かった。そして宇宙船から目と鼻の先にある丘の上の広場に、異様な数の人が集まっているらしき影に気が付いた。
広場の中心に一人の少女と、それを取り囲むようにぐるりと円を描く十数人の人垣が微妙にライトアップされている。そして、その少女のすぐそばに、動く大きな黒い塊が見えた。
「ドラゴン…?え、ドラゴン!?あの女の子、危ないやないの。誰か助けな…」
「あのお方は、アステリア様。この星との会話を許された巫女です。ドラゴンは彼女の手足。彼女を傷付けることはあり得ません」
「星と…会話?」
「地球の方にはご理解いただけないかもしれませんが、私達はこの星に許されて住まわせていただいている立場なのです。私たち人間には聞こえない星の声を伝え、星に人々の意見や願いを届けるのがあの巫女様、この星と同じ名前のアステリア様です」
ここが地球ではない事、自分が攫われたらしい事、宇宙船、エルフ、オオカミのような獣人。色々半信半疑だったが、大きな黒いドラゴンを見たせいなのか、全て状況を信じて受け入れてしまった。
階段を降りると、すぐそばに金属の板、円盤のようなものが置いてあった。端の方から自転車のハンドルのようなものが伸びている、不思議な板だ。メイドはその板に乗ると、ハンドルを掴んだ。
「さ、ヒロ様、後ろに乗って私に掴まって下さい。…申し遅れました、私ジゼルと申します」
「え?は…はい」
かなり自由に動くようになった足を円盤の上に持ち上げ、ジゼルの両肩を掴んだ。
「うわ?」
円盤は少し浮き上がり、ゆっくりと移動を始めた。
ドラゴンと少女に気を取られて気付いていなかったが、円盤の向かう先に大きな屋敷があった。
ドラゴンの居る広場では、巫女が大きな声で叫んでいるようだった。
「何や…揉めてはる?」
「アステリア様が、誘拐犯4人のうちの男性3名を出せとおっしゃってます。今すぐ消し炭にしてやる、とかなりお怒りのようです。この星では、アステリア様の言葉は絶対です」
「裁判とか、そういう…人道的なシステムはないんやろか」
博昭も消し炭に出来るならそうしたい気持ちもあったが、なぜ自分たちがここに居るのか、なぜ攫われたのか、解明したい気持ちもあった。
「法も裁きもありますが、犯人は我々が同盟協定を結んでいる『惑星間連盟』を脱退した星の人間で、こちらの法が適用できない可能性があります。そして被害者はあなたたち地球人。連盟の外にある星で、あなたたちの権利は守られない可能性が高いのです」
黄色いツナギを着た集団の人垣の中に、一人だけ白のシャツに黒いズボンを穿いた男性がいるのが見えた。
「巫女様と人との仲介を許された方が、今説得に当たっております。我が屋敷の当主、レビ様です」
後ろ姿しか見えなかったが、耳が尖っている。エルフのようだ。
それにしても、巫女の怒り方が尋常ではない。あれでは星が怒っているのか、巫女本人が怒っているのか全く分からない。
「皮肉なものですね、日本語のデータは乏しくて、会話は不可能かと思っていました。あの宇宙船が、現時点では星団では最良で最新の日本語データを持ち帰っているんです。そのお陰で、今私たちは会話が成り立っているのですよ」
西洋風の城を思わせるような建物の窓から、明かりが漏れている。その横にある真っ白い箱のような建物に招き入れられた。
「こちらは医療施設です。緊急性のあると思われる方から先に運ばれていますので、あなたの移送は後回しになりました。…裏口からで申し訳ありません」
もう介助は不要なくらい手足が自由に動く。ジゼルの後をついて建物の廊下を進んだ。左右に、学校の教室を思わせるようなガラス窓のついた部屋があったが、カーテンで隠れていて中は見えなかった。
突き当りの扉を開くとまた左右に小部屋があったが、その先は吹き抜けの大きな空間だった。中では医師らしい人たちが右往左往しており、先程のジークという医師もいた。彼はすぐ博昭に気付き、駆け寄ってきた。
「ヒロ!…ご自分で歩けてますね。手足、しびれや違和感はないですか?」
「ええ、大丈夫やけど…ここは何ですの?」
不思議な空間できょろきょろしてしまった。人が立ったまま入れそうな巨大なガラスの筒がいくつか見える。SFモノで見る、実験中の異形や動物が閉じ込められていそうな装置だ。見たところ全て中身は空だが、一つだけ液体で中が満たされていた。
病院のようで、どこか工場のような雰囲気の場所だった。
「街にも病院はあるのですが、ここは私的な医療施設です。大丈夫、医者はちゃんと街でも働いている資格を持った人たちですから…ジゼル、彼を病室へ案内して」
「はい、ヒロ様こちらへどうぞ」
ジゼルに導かれ、広い吹き抜けを突っ切る。正面の壁の右端に、扉があった。
「女性、意識が戻りました!」
誰かの叫ぶ声で、思わず振り返った。
「起こすな、そのまま。誰か△△△を。日本語に設定して」
医師たちが囲んでいるのは真っ白いカプセルで、中にいるらしい女性の姿も、顔も見えない。
「みーこさん…」
勝手に足がそちらへ動く。
「ダメです」
ジゼルが、博昭の手首を素早く掴んで止めた。
「自分のお名前、言えますか?」
きりっと前髪を切りそろえた、銀髪のエルフ女性がカプセルに向かって話しかけていた。
「えーっと…うーん…?」
「やはり記憶の混濁があるか…薬の過剰投与の影響だ、恐らく一時的なものだよ」
やや赤みの強い金髪の男性、こちらもエルフだ。彼の目の前にディスプレイのようなものが浮かんでいる。
「ヒロ様、彼女の名前をご存じなのですか?ミーコという名前なのですか?」
「ワタシも本当の名前は知らんのよ。…みーこは、多分あだ名や」
「…十分です。シモーネ様、彼女は『ミーコ』だそうです」
カプセルそばの、銀髪女性がばっと顔を上げてこちらを見た。
今のジゼルの声のボリュームで、あそこまで声が届いたとは思えない。
「ジゼル、そしてヒロ。助かった、ありがとう」
「ミーコ、聞こえますか?」
再び、銀髪女性は彼女に語り掛けた。
「時間がない、あなたの意思を聞きたい。この数日間、あなたは凌辱され続け、妊娠している。今なら地球に戻るまでに、全てなかったことに出来る」
「!!…な…」
なんてひどい事を本人に直接言うのか、そして何という事態になっているのか。膝から崩れ落ちそうになったところを、博昭は何とか耐えた。
「…そんなわけ、ないですよ。私生理不順酷くて…そんなことされた記憶もないですけど、されてたとしても、今妊娠はないです…」
ぼんやりと、か細い声で彼女は答えた。そこからは悲壮感はまるで感じられず、ふわふわとした寝言を聞いているようだった。
「排卵誘発剤を、無茶苦茶な組み合わせで投与されていました。地球にもありますよね?そちらのものよりもかなり強力です。体の周期に関わらず…まあ、その辺はいいです」
「地球…?」
「今、2つほど着床しています。望まない妊娠だとしても、あなたの体なんです。私たちは、あなたの意思を聞かせて貰えないと手が出せない」
「…今、妊娠は困るなあ。相手も誰だか分からないなんて…お母さんが悲しむ…?怒られる…?どっちだろ…学生だし、育てられないよ…でも、殺しちゃうのはイヤだなあ。可哀そうだよ…だって今、生きてるんでしょ?」
姿は見えないままだったが、どこか他人事のように、ぽやんと発言する声だけが聞こえた。その途端、周囲の医師たちが急にびくっとして、背筋を正した。
「アステリア様…!そんな無茶な」
近くにいた女性医師が、ふるふると首を振った。
「なんや、みんな急に…様子おかしいで?ジゼルはん?これ…」
「しっ。アステリア様が何かおっしゃったようです。…サブリナ様、アステリア様は何と?」
「その娘の子、この星がもらう、ここで育てよ、って。言質を取ったって大喜びで」
サブリナと呼ばれた女医が、頭が痛そうな顔で額に手をやった。
「なんや、星って人の話聞き放題か」
「…人の話は聞きません。盗み聞きはします。そして星が叫べば、エルフの耳には届きます」
「なんやそれ!!」
ジゼルの説明に、博昭は嫌悪感しか湧かなかった。
「堕ろすなら話は簡単だったのです。ここで完結しました。でも、殺したくはないと彼女が言ったんです。殺したくないのは、言ってしまえば彼女の我儘です。誰かに育てることを頼まなければならないのですから。しかも、育つとも分からない。もし生まれたとしても、そこからは医師たちの仕事じゃない。しかしアステリア様が介入してしまった」
「借り腹と育ての親を用意しろ、と彼女は言ったに等しいのよ」
サブリナが、ため息をついた。
「いや…普通に堕ろすって言っても、『要らないならこの星が貰う』とか言いそうな気がする」
「…そうですね、あり得ます…彼女がどちらを選んでも、結果はどの道こうなっていたのですね」
ジゼルも納得したようにため息をついた。
「片方は獣人の子。もう片方は、おそらく人間…同時は無理ね。…代理母が二人必要よ」
シモーネが何もない空中を睨んだ。
「それ…私にやらせてください」
後ろのドアから、クレアが入ってきた。先程目覚めたばかりの耕作と、今しがた外で巫女を説得していたエルフの男性も一緒だ。当主のレビ、と言ったか。それにしても、当主というにはかなり若く見える。
「クレア!」
ジークが叫んだ。
クレアはジークに軽く頷くと、耕作の背中に手を添えながら博昭たちの方へ向かって来た。
「ジゼル、彼もお願い」
「…クレア様!危険です、考え直してください」
ジゼルが、今までになく感情的に叫んだ。
「心配してくれてありがとう。でも、この家で今、それが出来るのは私と…あと一人しか思いつかない」
クレアは、静かに微笑んでジゼルの肩に手を置いた。
「もう一人は、母が預かると言った。父も、了承している」
レビが、眉間にしわを寄せつつ言い捨てた。
「そんな…!!」
その場のエルフたち全員が固まった。博昭の目の前で、クレアは辛そうに少し目を伏せた。
誰も動けない中、シモーネだけがギリっと奥歯を噛み締めると、素早くみーこに向き直った。
「今すぐ手術します。現時点では無事に移植できる保証も無事に生まれる保証も出来ません。もし無事に生まれたとしても、あなたに親権の主張は許されない。いいですね?」
「はい…ありがとう…ございます…」
返事をすると、そのままみーこは眠ったようだった。
裏から、クレアによく似たエルフ女性がもう一人入ってきた。
「母さん…」
クレアが、その女性に抱き着いた。
「二人で頑張りましょ」
どうやらクレアの母らしい。彼女はクレアの頭を少しの間撫でていた。
そして、クレアは母から離れると、振り返ってジークに抱き着いた。
「クレア、すまない…」
「あの子の命令だ。仕方ない。ジークも…殺したくはなかったのだろう?」
吹き抜けの部屋がバタバタと慌ただしくなり、博昭と耕作はジゼルに押し出されて奥の扉の先に移動した。そこは長い廊下で、左手にずらりと奥まで扉が並んでいた。
「個室の病室です。中央のみ二人部屋です。お二人はそちらに。積もる話もありましょう?」
「いや、別に僕たち知り合いでも何でもないんだけど」
耕作が困ったように言った。
「あら!そうでしたか。では個室にしましょうか?」
「…いや、積もる話はあると言えばあるんだよ…ねえ?」
ジゼルの申し出を断るように、耕作は博昭の顔をちらりと見た。
「あ…はい。ワタシも色々ありすぎて…誰かと話さな変になりそうや」
そして結局、二人部屋に初対面同士で入室した。
「看護師その他色々足りておりませんので、何かありましたらこちらに向かって『ジゼルに連絡』とおっしゃってください。私につながります。使い慣れればもう少し簡単に呼べるようになりますが」
そう言って、ジゼルは自分の耳元を指差した。
「これは何ていう道具なの?」
耕作は何故かわくわくした顔でジゼルに質問していた。
「これは、△△△と言います」
「ん?」
雑音のような、ノイズのような音で、ジゼルの声がかき消された。
「…あ、地球にはないアイテムですか。では翻訳が出来ません。お二人でいいようにお名前を付けてください。登録いたしますので」
「ふーん?」
そう言いながら、耕作は自分の耳からそのアイテムを外して眺めた。
「これ、何だっけ?ギリシャ文字だっけ、何か似た形なかったっけ?」
突然話を振られて、博昭も耕作が手元でくるくると回すそのアイテムを見た。
「あー…ラムダやな」
再びそのアイテムを耳につけると、耕作は
「じゃ、ラムダで」
と即決してしまった。
『日本語名、ラムダで名称登録しました』
耳元の針金のような機械が、その時二人に初めて話しかけて来たのだった。
まだまだ胸糞展開続きます…




