被害者Aの回顧録 その1 拉致
胸糞話になって行きます。この手の話が苦手な方、ごめんなさい。
日本時間で13時、ドイツ時間で5時、アステリア標準時で3時頃。
レビの屋敷の2階、「金づちのプレート」の部屋に湊太達は集まっていた。ソフィアもすでに合流済みだ。何人が来るのか分からないが、左右の円卓の椅子8脚全てが真ん中のソファの窓側に動かされていたので、8人くらいは来るのだろう、と予想していた。
「シュートは一体どんな厄介な虎の尾を踏んじゃったのかねぇ」
昨日中に湊太と同じところとプラスアルファ本を読んでしまったというなのはは、何とも言い難い微妙な笑顔を浮かべつつ、追加の椅子の端の方に座った。
ドアがノックされたので、
「はい」
と言いつつ湊太が立ち上がったが、部屋の主より先に客がドアを開けた。
外から扉を開けられるのは部屋に登録された住人と、メイドだけだ。
見ると、客人達の先頭に、緑の目の獣人メイドのヴェルデがいた。
「失礼いたします」
お茶と焼き菓子の載ったカートを押しつつ入ってきた彼女に続き、『先生』とレビ、大牙と見知らぬ男女二人が入ってきた。
その後ろから、更にもう一人。ヴェルデとよく似た毛色の獣人女性が入ってきた。彼女を見た瞬間、湊太と由梨香、秀人は思わず顔を見合わせた。
―――ハルカさんの育てのお母さん!!?
「席の配分むずかしなぁ。レビはんとりあえず一人用のソファに座り。そっちの女の子3人、このおっきいソファに座ってもろて…ワタシがこっちの一人用ソファ座らしてもろてええ?」
「どうぞどうぞ」
湊太が返事をした。
大牙は一瞬なのはの顔を見て、驚いた顔をしていた。そう言えば話していなかったな、と今更だが湊太は気付いた。
残りの人間が窓際の追加の椅子にばらばらと座り、湊太の隣には大牙が座った。
「腕、何ともない?ケイヨからメッセージ入ってたんだけど」
なのはの事は聞かずに、先に腕の方の心配をしてくれたのが何ともこの人らしい。
「少し違和感ありましたけど、アイシングしといたので今は大丈夫です。ずっと右手のみって今までなかったんで」
「そっか、剣道って基本両手か」
でも、竹ものさしで正解だったと思う。金属のものさしだと、恐らく腕の負担はもっとひどかったと思う。プラスチックだとすぐに割れていただろう。
「ヴェルデ、あんたもここ残り。…じゃあ、軽く自己紹介からやな」
お茶を配り終えたヴェルデに、『先生』は何故か残るように指示した。ヴェルデは
「はい」
と返事をすると、カートを机から遠ざけ、湊太達の後ろの方に座った。
「山下博昭、ここでいう『1号機』の拉致被害者の一人や。今日のメンバーでは…なんや、当事者はワタシだけかいな。ほい次、時計回り」
湊太も、ちゃんと「先生」の名前を聞いたのは初めてだ。そう言えば、クレアが彼の事をヒロと呼んでいた気がする。
「えっ私?…白石由梨香です、高校一年です。湊太くんの友人で、ここに来てからまだ3週間くらい…です」
「宮原なのは、同じく高1です、昨日初めてここに来ました」
「ソフィア・バーンスタイン、2号機の…被害者の孫です」
「今日の立会人レーヴェリヒ・シュラーツェン=グラーティアだ」
「ヴェルデ・キュリーネン=グラーティア、この家のメイドです」
「吉沢秀人、高校一年です。呼び方はシュートでお願いします」
「神木湊太、高校一年…1号機の被害者の孫です」
「東雲大牙、山下先生の所の下っ端社員です」
「楠井和真、同じく下っ端、大牙よりは先輩です」
「森千明ですぅ。楠井君と同期の下っ端です」
大牙と同じ職場らしい男女二人は、関西訛りだった。
「サロメ・レフトラ。一号機の、誘拐犯よ」
最後の自己紹介は強烈過ぎた。ハルカさんの話で知っていたとはいえ、思わず全員が彼女の方をばっと見た。
「…今日はハルカちゃんは仕事?」
「夜勤中です」
博昭の質問に、ヴェルデが答えた。
「農園人数不足やし、しゃーないな。耕作はんは…まあええわ。…誰もフォロー出来ひんやないの。ワタシの見た限り、聞いた限りで話すで。…今日のきっかけはシュートくんやったな。それでええ?」
「…っはい!ありがとうございます」
急に話を振られて、秀人がさっと姿勢を正した。
「自分らも、研究者なら探求心大事やん?だーれもこの話聞きに来ーへんから、逆に心配なるわ」
博昭が、部下3人の顔を眺める。
「別に、秀人も聞いてきたわけじゃない。アクセス不可の情報に、手を変え品を変え検索をかけ続けただけだ。言っておくが、タイガもカズマもチアキも、一度はその手の検索をかけてセキュリティに引っかかってる」
レビのフォローにもならないフォローで、『先生』の部下3人は、何とも微妙な顔になった。
「…なんや、3人共、気にはなっとったんかいな」
「そりゃあ、知りたいっちゃ知りたいですけども、こっちも人の過去暴く罪悪感ありつつ検索掛けてますやん?ブロックされたら、まあ諦めますわ」
金髪の楠井という男が口をゆがめつつ弁明した。
「…同じく。時期が来たら先生の方から話してくれるんだろうと思って、気長に待つことにしました」
と大牙も同意した。
「私は何回エラー出たら怒られるかなー、どこまで行けるかなー思て、4回までチャレンジしたで?5回目はヤバいかも思て諦めたんやけど」
「こわぁ…森さん怖いわ」
「3回目の壁でまずドキドキやったわ」
大牙の向こうの関西人らしき二人のやり取りを聞きつつ、湊太は秀人の顔をちらりと見た。
昨日、レビが軍にいた大牙を慌てて呼び戻して、この山下先生に連絡を取らせたことを考えると、秀人は一体どれだけエラーを出したのだろう。ノブナガ嬢を怒らせ、寝不足のレビを叩き起こしたくなるほど警告音を鳴らし続けたのだ。
「じゃあ、その事件の日の話からやな。その前の日の夜に、サロメはハルカちゃんのおかんと契約済みやった訳やけど…」
それは11月の半ばで、良く晴れた暖かい日だった。
とある大学で開かれるシンポジウムに、師事する篠原先生が招待されていたので、博昭は秘書のような顔でカバン持ちで随行していた。それは、遠くに海の見える街にあった。
その日のイベントがすべて終わり、篠原先生と大学のキャンパスを後にした。
夜は先生ともども飲み会に誘われていたのだが、予定時間までまだかなり時間があった。しかし小腹が空いていたのと、大学の売店その他がほぼ売り切れだった事もあり、大学近くのコンビニに立ち寄ったのだ。
博昭はサンドイッチとお茶を持ってレジに並んだが、その時レジに立っていた女性に一瞬にして目を奪われた。人懐っこい感じなのにどこか上品な笑顔と、緩やかに毛先だけ巻かれた明るい茶髪。胸の名札には、「みーこ」と書かれていた。
「こちらのレジどうぞー」
隣のレジが開き、そちらに誘導されてしまったので、彼女を間近で見る事話す事は叶わなかった。
「…えらい別嬪さんやなあ…」
首は右を向いたまま、ぽろりと言葉が口から零れてしまった。
「…でしょう?ウチの看板娘ですよ。バイトだけど」
レジの男性、店長っぽい人が二っと笑った。
その後、スタート時間の早い飲み会は21時前には終わり、ホテルに戻った。
戻る道中、先生はご機嫌だった。
「さっきのコンビニの子、美人だったよねえ。浮いた話一つない山下君が珍しくじっと見てて、面白かったなあ。あそこの大学の学生さんで、今日のイベントと関係ない学部の子だって。いつもよりお客が多くてすごく忙しいって言ってたよ」
博昭の後ろに並んでいて彼女のレジで精算してもらっていた先生は、ちゃっかり色々と話をしていたらしい。
篠原先生を部屋に送り届けた後、先程の話のせいか急に「みーこ」が気になり、そのまま自分の部屋には戻らず外へ出た。
まだバイト中だろうか、もう帰ってしまっただろうか。
そんな事を考えながら、ふらふらと大学への道を歩いた。
だだっ広いコンビニの駐車場に足を踏み入れた時、急に眩暈がし、意識を失った。
次に気が付いたときには、宇宙船の中だった。それも、見知らぬ人々に囲まれ、聞いたことのない言葉で怒号が響く、まるで野戦病院のような空間だ。カプセルのようなものに寝かされていることに気付き、慌てて体を起こした…が、起き上がれない。
「…エルフや…」
耳の尖った綺麗な女性が、目を覚ました博昭を見て周囲に何か叫んだ。
目の前では、オオカミのような風貌の人…だろうか。体つきは女性のようだ。その獣人は、黄色いツナギを着た人たちに両腕を抑さえられ、捕縛されているように見えた。
「そう、ワタシはね、コンビニの駐車場で拉致されて、気ぃ付いた時はもうこの星で。捕物も全部終わった後に目ぇ覚ました、間抜けな男やったんよ。目の前で捕まってたのは、サロメや」
そのうち、普通の人間の初老の医師らしき男性がやってきて、博昭の耳に樹脂で覆われた針金のようなものを耳に掛けた。
「…これで、私の言葉は分かりますか?」
「…分かる!何やこれ、どうなって…」
その時、担架のようなものに乗せられて、運ばれていく人を見た。その側に立っているエルフの女性は泣いていた。
「ひどい…なんでこんなひどい事を…」
先程までの野戦病院のような怒号は、その担架の人のために上げられていたものだった。
「ここは、地球からはるか離れた場所にあるアステリアという星です。ご自分に何が起こったか、覚えていますか?」
その男性医師は、訳の分からないことを言った。
「コンビニの駐車場で、急に眩暈して…」
―――そうだ、「みーこ」さんに会いたくて、コンビニに行って。そこから記憶がない。
人波が一瞬切れて、担架で運ばれている人の姿が見えた。
ふわりと担架から流れ落ちた、明るい茶髪。
「あ…」
あの時会いたかった、「みーこ」だった。
すれ違った瞬間、つん、と鼻をつく臭いに、嫌な予感が頭をよぎった。途端、自分の心臓がバクバクと激しく打つのに気付いた。
「…まさか」
起き上がろうとしたが、体が言うことをきかない。
「コールドスリープから目覚めたばかりです、まだ急には動けません。手を貸しますので、まずゆっくり体を起こして下さい」
「彼女は…彼女に、何があったんです?」
「…お知り合い…でしたか…」
体を起こしてくれた男性医師が、途端に痛々しい表情になった。
「い…いや…知り合いやあらへん…ただ、さっき、いっぺん見かけただけの人や…」
さっき、と言ってしまったが、コールドスリープから目覚めたばかりと言われた。にわかに信じ難いが、今体が自由に動かないのは事実だ。一体どれくらい自分が眠っていたのか、分からない。
「ご自分のお名前、言えますか?」
「山下博昭」
「ではヒロ。あなたたちは拉致されて、犯人たちの星に連れて行かれる直前で保護されました。ここは安全です。私は医師のジークです」
「…拉致…」
自分は拉致されたのか、と納得も出来ないまま復唱した。
「解析終わりました。ゲートから地球まで約3日で到着、現地で約2日滞在、こちらに戻るのにゲートまで5日掛けてます。4人全員ニホンでの拉致です」
黄色いツナギの女性が走ってきて、そう伝えた。伝えながら、手が、ぶるぶると震えている。
「彼女は…彼女は、複数の薬を投与され、5日間、彼らに凌辱され続けていました…」
黄色のツナギの女性は、泣きそうな顔でそう伝えた。
「3日で帰れるのに、犯し続けるためだけに2日も伸ばしてッ!」
途中から、彼女の声は怒りで震えていた。
イヤな予感が当たってしまった。
喉の奥がカラカラになってきて、怒りなのか、虚しさなのか分からない感情で、頭の中がぐちゃぐちゃだった。
その上、体が動かない。情けなくて泣きたかった。
「薬の種類は分かる?今の話、すぐにシモーネ先生に伝えてくれ」
初老の医師はそう言って立ち上がると、右側の方に移動した。そこにも、博昭が入っているのと同じようなカプセルが2つあった。すぐ隣は蓋が空いていて、中は空だった。その奥の一番端のカプセルは、たった今蓋が開けられた。
「解凍処置終了…バイタル正常。人間、男性、30代から50代くらい。…クレア、声を掛け続けてくれ。先程の乳児の様子を見てくる」
医師から、先程博昭の耳につけたような針金の色違いを受け取ると、エルフ女性は涙を服の袖でぐいっと拭いた。
「…分かった」
クレアと呼ばれた女性は、カプセルの中に手を伸ばした。グレーの針金を中の男性らしき人の耳に付けたようだ。
「えーと…起きてくださーい。朝でーす。えーっと…違うな」
必死で、でもどこか滑稽なクレアという女性の声掛けに、クスリと笑ってしまった。
それと同時に、なぜか涙が溢れて来たのだった。
先生の話、まだまだ続きます。




