閑話 ユリカのトレーニングデビュー 後編
大牙はさんは、壁際にある棚の所へ移動するとそこにあった箱の中を何か探し始めた。そして、白いボールのようなものを私の方へ向かって投げてきた。
「マットの向こうの端まで移動して、これ俺の方に向かって投げてみて」
的確に私の弱点を突いてくるなあ、と思いながらボールをキャッチした。
「はーい」
返事だけは元気にして、部屋の真ん中まで移動した。
「湊太、向こうの窓際に寄って、こっち側見ててくれる?グノメさんに計測してもらって」
大牙さんが湊太に計測を頼むと、湊太は素早く窓際へ移動した。湊太が頷くのを確認して、私は思い切りボールを投げた。
「いきまーす。えいっ!」
『6m』
ものすごく素っ気ない感じで、湊太のグノメが計測結果を教えてくれた。気のせいか、湊太のグノメの声が呆れているように聞こえる。でも、中三の時には8mは出せていたはずだ。これはさすがに許せる数字ではない。
「…ユリカ、手滑った?もう1回投げる?」
「…うん」
湊太がボールを拾って持って来てくれた。そうだ、多分滑ったのだ。
「とりゃあぁぁ!」
さっきより気合いを入れて投げてみた。手ごたえはあった。
『9m70』
「…伸びたね」
大牙さんが生暖かい目で褒めてくれたが、その場で頭を抱えて座り込んでしまった。
私はそれでも、中学時代の自分を超えたことを密かに喜んでいたが
『地球とアステリアでは重力差があることをお忘れなく』
とグノメが一言余計な情報をくれた。
落ちたボールを拾って、横でおばさま方が楽しそうにボール投げを始めた。
先程のヨガを教えていたお姉さんは、彼女たちがやりたい事をさせている感じで、窓際に座って見守っていた。
少しすると気を取り直したのか、大牙さんがゆっくりと立ち上がった。
「よし、ユリカはまず春のスポーツテストの向上を目指そう。人が減ってきたな、ケイヨはユリカを頼む」
「はい」
ケイヨさんが頷き、私のところまでやってきた。
「じゃあ、まず運動機器室で、簡単に全体の数値を出しましょう」
いや違う、私は別にスポーツテストのランク上げに来たんじゃない。まあ、上がるに越したことはないけど。
「え?護身術は?」
大牙さんに遺憾の意を示しつつ、軽く睨む。
「それもだけど、これだけ腕細いと何ができるか俺には分からん!まず色々計測を…」
そこで急に大牙さんが口ごもって顔を上げた。
「…っと、ストップ!ユリカはヴィオラに頼もう!」
大牙さんは慌ててケイヨさんの肩をつかみ、私から遠ざけたように見えた。大牙さんの目線を追って振り返ると、褐色の肌、赤い髪の女性が入り口ドアから入ってきたところだった。
―――あ、間違いない、ヴィオラさんだ。
「?…あ、そうですね、僕が見るより女性が見た方が良いですね。では他の女性のお客様を僕が…」
「いや、お嬢様方のお相手は俺がする!ケイヨは朝休憩だろ?リュリュと交代!」
大牙さんもヴィオラさんの厄介な状況に気付いているらしい。私もじわりとケイヨさんから距離を取ったが、彼女はものすごい勢いでこっちに向かってきた。
ヨガを教えていたお姉さんが、ヴィオラさんの腕に飛びついて止めようとしてくれているらしいが、引きずられてしまっていてほとんど効果がない。そのまま赤髪の女性は真っすぐ私の方にやって来て、目の前でぴたっと止まった。
「ヴィオラさん、今日はよろしくお願いします。俺の彼女のユリカです、お手柔らかに!」
湊太が間に飛び込んで、ヴィオラさんを宥めてくれた。あなたのライバルではありません、というアピールを盛り込んだ上手い言い方だ。
「…ソータの?彼女?…あー、例のね、あーOK、OK!」
瞬でバーサク状態が解除され、ヴィオラさんは笑顔で私の肩を掴んできた。湊太、GJ!
「はいはい、体力測定ね。ちょっと行ってくる。タイガ先生、後よろしくぅ」
腕を掴まれ、私はヴィオラさんに引きずられるように『運動機器室』へ移動した。
『運動機器室』の、ジムのような運動用のマシン類が置いてある部屋に入ると、更にその奥にある小部屋に連れて行かれた。ヴィオラさんが扉付近のボタンを操作すると、ドアの辺りでガチャリと音がした。レビの屋敷では見たことがなかったが、物理ロックが掛かったようだ。
これは、ケイヨさんと二人にならなくて正解だった。何もなくても、彼女からは大変な誤解と共に恨まれる予感しかない。
「金属類とかつけてない?ラムダは検査のとき一旦外してね」
「つけてないです」
「じゃあ、そこに横になって」
白く細長いベッドのようなものに寝るよう指示された。足元には巨大な筒のようなものがくっついている。
この感じの機械、見たことがある。病院で使う検査用の機械だ。父の病気疑いか何かの時に、ネットで調べたので見覚えがある。
「PETだっけ?CTスキャナー?」
『地球のものでしたら、MRIの方が近いと思われます』
結局父は何かを検査したが、何もなくて良かったね、という話だったのだが…。
「えー?ああいうのの検査料金、確かめっちゃ高かったんだけど?」
「…別に金なんか掛からないよ、ここの検査なんて」
「タダならありがたく検査をお願いいたします」
私がそう言うと、ヴィオラさんが爆笑した。彼女の他意のない笑顔を初めて見た気がした。
機械の中はヒュンヒュンゴンゴンと煩かった。ベッドが筒を通り終わった後、ヴィオラさんがジェスチャーで耳を指差したので、私は起き上がって再びラムダを装着した。
「これで何が分かったんです?」
「あなたの体の全身スキャンで…。病気はなさそうだね。それよりこの上半身の筋肉量の少なさ何なの?」
空中のディスプレイを見て、ヴィオラさんは随分と難しい顔をした。
「下半身は人並みなのよ。逆に意味が分からん」
「足はイヤでも学校行くのに使いますから…腕は…箸とペンが持てて、ゲームするときコントローラー持てるかキーボード叩ければ十分というか」
「はああ~!?最近の若者どうなってるの?いや地球人がか?」
呆れ顔で叫ぶと、赤髪を掻き上げつつ、ヴィオラさんは一つ大きなため気をついた。
「…ゲームって、どんなのやってんの?」
歩み寄って質問を選んでくれている。さすがインストラクターなだけはある。
「パズルでも音ゲーでも何でもやってますけど、メインはFPS…あー、銃で戦ってます。遠距離射撃が得意かな。でも、どこに配置されてもそこそこ戦える子です!」
ガチ軍人の前では言い訳にもならないが、ゲームでは強いと宣言してみた。間違いなく私の腕力低下はゲームにハマってからひどくなっている気がする。
「あんたの腕力じゃ実戦は厳しいわ。銃持っての移動がもう厳しい」
ヴィオラが呆れ気味に吐き捨てた。
「ゲームねえ…」
そう呟きながら、赤髪の軍人は変な形のアームというか、スタンドが取り付けられている背の高いミニテーブルを持って来て、何もない白い壁に向かって置いた。そして部屋の端の方からアサルトライフルに似た形状の長物を持って来ると、テーブル上のアームにセットした。
「ホンモノ…?」
「元は、ね。今はセンサーがついただけのおもちゃ。…ここ立って。使い方は分かる?」
銃身を下から支えてみると、スタンドが上へ伸びた。銃の取り付け部分は柔らかく、自在に銃身を振れる。
スコープを覗いて、トリガーに指を掛ける。
「…行ける、と思います」
「じゃあ、ルールを説明するね。50秒間、色々な色の宇宙船が空に舞います。撃ち落としてください。鳥も飛びます。鳥は撃ったら減点」
聞いただけだと、内容はクレー射撃を思わせる、昔何かでやったことのある感じの単純なゲームだ。それを、本物の銃でスコープを覗きながらというのは未知の体験だ。
「最初の8秒は慣れのために無茶苦茶に宇宙船が飛ぶけど、照準合わせに使って。その後3カウント始まるから、そこからが計測」
そんなの、完全にゲームだ。自在に動くアームで高さを合わせ、上下左右に銃身を振る。
「準備OKです!」
私がそう叫ぶと、部屋の照明が落ち、目の前の壁に青空が映し出された。下の方には木々の頭が少しだけ見えている。
いきなり、ランダムに円盤が飛び始めた。慌ててトリガーを引く。
「おっ?」
軽めの反動の感触があって、にやけてしまった。
最初のいくつかは外したが、修正は8秒の練習時間で出来た。
『3,2,1,Go!』
カウントダウンが終わり、計測期間、本番だ。定点観測のような空画面に、カラフルな宇宙船が舞う。
「ん?」
意地悪案件があった、青空に僅かな色差の青い船が飛ぶ。
「私でなきゃ見逃しちゃうね!」
少し遅れたが墜とせた。途中から空が夕暮れ色に変わり、夜になっていった。
「終了ー!…悪くないな。むしろ、かなりいい」
「えへへー、お褒めにあずかり光栄です」
反射的に何羽か鳥も撃ってしまったが、途中からはノリノリで楽しめた。
ホンモノの銃の手触りと、反動の感触が殊の外楽しかった。
しかし、このスタンドなしで先程の1分近くこの銃を構えている事が出来たか、と言われるとかなり不安だ。
「まあ、ユリカは別に軍人になりたくてここに来てるわけじゃないだろうけど。メインは護身術だよね?」
ヴィオラさんはスタンドから銃を外し、片付けながら私の顔を見た。
「あらゆる選択肢を残したまま行きたいとは思ってるんですよ」
「じゃあ、腕力は少しずつでも付けた方がいい」
こうやって話していると分かるが、彼女は悪い人ではない。むしろいい人だ。
ケイヨさんが絡むとおかしくなるらしい。
「ヴィオラさん、ケイヨさんの事好きなんですよね?」
ガゴン、と大きな音がして、ヴィオラさんが片付けていたミニテーブルが壁に刺さっていた。
「だ、だ、誰に聞いた…?」
「いや…見ただけで分かるというか…多分ケイヨさん本人以外、みんな気付いてると思いますよ?」
ワンチャン、常連っぽいご婦人方も気付いてると思う。
「ま・じ・か」
すごく小さな、でもとても力のこもった唸り声をあげて、ヴィオラさんは座り込んだ。
「まあ、あれだけモテそうな人だと、好意なんか向けられっぱなしでしょうから、一定量鈍感にならないとやってけないのかも。…だから、はっきり言わないと伝わらないと思いますけど…。ケイヨさんって、彼女はいるんですか?」
「…知らない…分からない…怖くて聞けない」
「…でも、モテそうですよね?早くしないと誰かに取られちゃいません?」
意地悪に聞こえるかもしれないが、私なりの応援だ。先程までの様子で、軍の関係者は恐らく彼女に遠慮してケイヨさんに行かないだろうと思う。でも、軍の外だったら?街で美女から逆ナンされることだってあり得ると思う。
「あいつは…アステリア様のお気に入りだ。知っている人間は声を掛けない。この星の人間でもない私なんかじゃどうしようもない」
「…ん?」
今、変な言葉を聞いた気がする。
「巫女が…個人を贔屓したりするんですか…?」
「巫女じゃなくて、星そのものの方だよ。星がケイヨを気に入っている。この星は、血が混ざることをすごく喜ぶんだよ。より強く、より美しくなるって。ケイヨは…星にとって最高傑作の一人って聞いてる…」
「ヴィオラさんが他の星の人って言うなら、むしろ混血で推奨されません?」
「!!」
星がなぜ混血を喜ぶのか分からないが、純血至上主義みたいなことを言われるより全然いい。元々この星は移民の星のはずだ。それならば、ヴィオラさんは逆に星に祝福されてもいいくらい、有利なポジションだと言えるんじゃないだろうか。
「そもそも星うんぬんより、人なんだから。ケイヨさんの気持ちの方でしょ。何でそっちを先に聞こうとしないかなぁ」
私が言えた義理ではないのは重々承知してますよ?でも、人の事だと言えてしまう。客観的な意見というヤツだ。
『そのように、進化させたからの…』
指先からふわりと透明な羽の虫を舞わせた、巫女の不敵な笑顔が脳裏に浮かんだ。
でも、きっとケイヨさんはそんなんじゃないはずだ。最高傑作とか、まるで実験動物みたいに言われてしまっているが、ケイヨさんの親だってそういうつもりで結婚なんかしてない…と思う。さすがに星だって人の恋愛や結婚にまで口を…
『湊太は、この娘にやる』
いや、挟まないとは言えないな。
「タ…イガ先生に…ユリカの報告を…」
無理やり意識を仕事に切り替えたらしく、よろけながらヴィオラが立ち上がった。さっき大牙さんで似たような光景を見た気がする。
そうして私たち二人はトレーニングルームへ戻った。
「おっ!」
扉を開けた時、目の前ではケイヨさんと湊太が打ち合っていた。ケイヨさんはサバイバルナイフのようなもの、湊太の得物は見覚えのある文房具だ。
「ものさし…?」
姿勢を低くして飛び込んでいくケイヨさんは、ワイルドでものすごくカッコいい。ちらりと横を見ると、さっきまでの疲れた顔からキラキラ女子の顔になったヴィオラさんが、ぽーっと同僚を見つめていた。
―――ヴィオラさんかわよっ!
そして大牙さんが近づいてきて、
「ユリカのデータは?」
と言っているのに、まるで聞こえていないらしい。目は完全にケイヨさんに釘付けだった。
湊太もちゃんと渡り合えているように見える。
剣道をやってたというのは知っていたのだが、試合を見に行った事もないので、私は実際に戦う姿を見たことがない。
「へえ…」
意外とカッコいいじゃん。そう思った時、湊太がケイヨさんのナイフを弾き飛ばした。
―――あー!ぽるぽるさんだ。
なぜか、ゲームの中の湊太のアバターを思い出した。
私たちの主戦場のゲーム、【ランディングファイターオンライン】はFPS…一人称視点のシューティングゲームなので、当然プレイ中自分のアバターは見られない。私のような遠距離や後方支援のタイプは、仲間の背中は常に見ている。ただ私の位置取りだとアバターも小さすぎて見えにくい距離なのだが、シュートの「ザクギリさん」の位置からだと、湊太の「ぽるぽるさん」の動きが良く分かる。
年末の大会の時のまとめ配信を後から見た時、シューティングゲームなのに反則的仕様で追加実装された「剣」、それもシュートの位置から見た湊太のパリィが異常に「映えた」ので、かなり使われていたのだ。
それはとてもカッコよくて、どうしてもやってみたくなって、こっそり別アカウントを作って練習もしてみたのだ。でもパリィだけやりたかった私には、後方支援なしでの剣の通常使用がかなり難しく、まあ練習ですら単独でやるものじゃないなと諦めたのだった。
湊太は、リアルでもやれちゃうんだな。ちょっと羨ましい。
「カッコよくなりたいなあ…」
少しずつでも筋トレ頑張ろう。まずはスポーツテストで少しでもいい結果が出せるように。
ま、スポーツテストは来週だから、今年のは多分間に合わないけどね。
以上、裏話でした。




