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しらないところで  作者: 南 紅夏
高校入学編

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努力の後に、勝利は来る?

 自分の引き出し以外のゲートを操作するのは初めてだ。

 ゲート部屋に入り、右側真ん中のゲートの前に立つと、湊太はポケットからペンライトを出した。


「え?ここのゲート、湊太が一人で動かせるの?」

「多分、行けるはず…ユリカの許可も出したって言ってたから、ユリカ一人でも通れると思う」

 頼む動いてくれ、と心の中で祈りつつ、湊太はペンライトのスイッチを入れた。

 ピリッと電気が走り、ゲートは白い靄から一気に向こうの景色になった。

「…動いたね」

「うん…動いた、あっさりと」

 白い壁の前に、前回の時と同じ、がっしりした体形の男性が立っているのが見えた。やはり今日もヒョウ柄っぽい迷彩服だ。


「あー、そうだ。向こうでは、ユリカが変な奴に付け回されてるって話になってるから」

 向こうで色々聞かれたとき、話が合わないと面倒だ。ゲートを通る前に、必要と思われる『設定』の共有をしておいた。

「なぜに!?」

「うーん、説明が面倒臭かったのかな?大牙さんがそう設定しちゃった」

「あー…確かに、手短に話すってなると面倒かもね。理解ー」

 こういう時、由梨香の呑み込みの早さは非常に助かる。湊太はほっとして、ポケットにペンライトを片付けた。


 ゲートをくぐって、湊太は

「こんにちは、今日もお世話になります」

 と挨拶をした。

 湊太を見た門番の第一声は

「ああ、地球の発明王のお孫さん!」

 だった。


 後ろからついてきた由梨香は、ちょうどそれが聞こえないタイミングだったらしい。

「はじめまして」

 門番に会って普通に挨拶をしていたので、湊太は心底安堵した。

「ああ!この方が例のお嬢さんですな!身を守れるよう、しっかり鍛えて行ってください」

 体の大きな軍人は、由梨香を見ると力強い応援を送った。


「今日はヴィオラさんって聞いたんですけど、バルトさんは一緒じゃないんですか?」

「教官や教官候補…というか軍全体ですな、男性の方が多いので、ローテーションを組むとかなりズレが出ます。今日の男性側の担当は…ああ、これは厄介だ。ケイヨですな」

 ディスプレイを表示させ、確認しつつ門番が教えてくれた。


「ケイヨさん…厄介?厳しい人なんですか?」

 湊太の問いに、門番は一瞬目を泳がせた。

「厳しくはない…というか、真面目で教え方も上手いし良いヤツです。やや獣人交じりの、ほぼ人間かエルフに近い部類の人種で、一部の女性にはとても人気です。彼と組むと…厄介なのはヴィオラの方で」

「あー…」

 何も説明していないのに、由梨香が先に察したらしく、納得したような相槌を打った。


「まあこの時間は出勤前に鍛えていくガチの男性が多いので、二人共ヴィオラが見る事になると思いますが、彼女さんはケイヨに近づかん方が賢明ですな」

 大柄な軍人はそう言って豪快に笑った。

「気を付けます」

「…あ、今日はタイガ先生も来てますよ」

「そうですか!ありがとうございます」


 ゲートの部屋を出て、二人はトレーニングルームへ向かった。

 歩きながら由梨香に大体の部屋の間取りなどの説明をしたが、男女別にインストラクターがいる話などは、先ほどの門番との会話で分かっていたようだ。

「前はヴィオラと…お兄さんのバルトの二人だったんだよ」

 赤髪で褐色の肌のきょうだいは、それだけでも獣人のような雰囲気の人たちだったが、ケイヨの存在が気になりすぎる。

「気になるよね、ケイヨさん。一部の人の性癖にぶっ刺さりそうな気配がする」

 湊太の心を読んだかのように、にまっと由梨香が笑った。


 入り口の受付カウンターは、今日は見知らぬエルフの男性が一人だった。

「ああ、タイガ先生のお弟子さんですね。聞いてます、どうぞ」

 何を聞いたんだ、と思いつつ湊太は

「ありがとうございます」

 と言って入室した。


 室内は3日前に初めて来た時と全然違い、様々な人種の男性ばかりだった。

 すぐ左手のマットは、受け身の練習をしている人たちだ。奥の方の2つのマットは絶賛乱取り中で、まるで柔道部の部活中のような雰囲気だった。端の方の空きスペースでは柔軟運動や腕立て伏せなどしている人もいる。

 左手に壁のど真ん中あたりに扉があり、その奥にも人影が見えた。前は電気も消えていて誰も使っていない部屋だったのに、と思い部屋の上を見ると

『運動機器室、地球で言うジムのようなトレーニングマシンの置いてある部屋です』

 とグノメさんが教えてくれた。久々にグノメさんの声を聞いた気がする、と思いながら

「そうだよな、こっちにもないとおかしいとは思ってたよ」

 と湊太は頷いた。


 入り口側右手のマットでは、4人の女性がヨガのような運動をしていた。前で教えていたのはヴィオラではなく、前回受付に座っていた女性だ。

 彼女は湊太達の方を振り返ると

「ああ、タイガ先生のお連れさん。ヴィオラは朝休憩中だからちょっと待って…一番奥にタイガ先生がいるから」

 とまっすぐ突き当りの壁の方を指差した。


 なるほど朝食時間だな、と思いつつ、礼を言って由梨香と共に一番奥を目指す。

 歩きながら真正面、壁際の荷物置き場のような無骨なラックと、そこに置いてある箱が目に入り、湊太は何故か目をそらしてしまった。バルトが短剣がわりの棒、大牙がおもちゃのナイフを出してきた箱だ。


 そしてその棚のすぐ横で、大牙が見知らぬ男性二人と座り込んで話しているのが見えた。

「あの人だ」

 大牙の隣にいる人。間違いなく、この人がケイヨだと確信した。

「何あの二人。あそこだけ別世界だね。色気がすごいわ」

 由梨香も同時にケイヨに気付いたらしい。

 やや褐色の肌に、赤みの強い髪は毛先に向かって黒くグラデーションになっている。ライオンのたてがみの様に広がったその髪は、ヘアバンドで留められていた。耳は人と変わらない位置についているが、丸くて大きい。鼻先は黒く、金色の目と時々見える牙は、百獣の王を連想させた。

「すっごい、ライオンっぽい」

「分かる…」

 由梨香の意見に湊太も同意した。


 湊太達に気付き、大牙が手を挙げた。その後ちらりと女性陣のマットを見て、安心したように肩の力を抜いたのが見て取れた。そして紹介してくれたのだろうか、隣の獣人に何か耳打ちをし、彼はうんうんと頷きながら聞いていた。


「ユリカも来たね。今のうちに紹介しとくよ、ここの指導員の一人のケイヨ。カッコいーだろ」

「あ、じゃあ、私は今日はこの辺で。また相談して来ます」

 もう一人の端に座っていた男性が、その場を立った。

「こっちも共有しときますので、また決まったら連絡ください」

 ケイヨがその男性に手を振った。


「…すいません、お話の邪魔しちゃって」

 更衣室へと帰って行く男性の背中を見つめつつ、湊太は謝った。

「いや、大丈夫。丁度時間だったから。社会人は出勤に向けて片付け始める頃だし」

 大牙に促され振り返ると、他にもぞろぞろと更衣室に向かっていく人たちが見えた。

「ちょっとの間、シャワーが渋滞するかな。湊太はジャージか、なら良かった。…ユリカ、ジムの向こう側が女性更衣室だから今のうちに着替えて来て。レンタルの服はグノメさんに聞けばわかるから」

「はい」

 由梨香はUターンし、入り口に近い方の扉に戻って行った。


 そうこうしている間に男性陣の使っていたスペースが一つ空き、お掃除ロボ2台が動き始めた。

 さっきまで受け身の練習をしていた人が、乱取りに入っている。初心者だな、と素人目にも分かる人もいた。

 何人か動きのキレが良い人もいる。そのうちの一人が

「タイガ先生、お手合わせお願いします」

 と誘ってきた。同様にケイヨを誘う獣人もいて、二人は立ち上がった。

「湊太はどうする?端の方で柔軟初めてもいいし、そこ、お掃除ロボが終わった後でもいいけど」

「じゃ、端っこで柔軟します」


 並んでみると、ケイヨと大牙はほぼ同じくらいの目の高さだったが、たてがみのような髪のボリュームがすごいので、ケイヨの方が更に大きく見えた。そして手足も大きい。

 異形と言えばそうなのだろうが、それは恐怖というより、見惚れてしまうような美しさがあった。柔軟運動で体をほぐしつつ、湊太の目はどうしても彼を追ってしまう。

 しかし二人の動きは実に対照的で、大牙の動きが柔ならば、彼の動きは剛だ。大牙の柔道と違って、全て力でねじ伏せていて、とても柔術とは思えない。


 この人は教えるのに向いてないんじゃないかな、と考えてしまったが、相手が獣人なのでこれで良いのかもしれない。ここでオリンピックの様な大会をするなら、体重別と更に種族別が必要になりそうだ。

 そんな事を考えていると、半袖Tシャツとジャージの様なパンツをはいた由梨香が出て来た。


「サイズありすぎてワケわかんなかった…」

「とりあえず柔軟する?」

「ん-と、柔軟って何すればいい?」

「まじか、そこからか!」

 一通り終わった柔軟を、由梨香と共にまた一からやる羽目になってしまった。


 そのうち大牙が戻って来て、由梨香の姿を見るとものすごく情けない顔になった。

「…ユリカって、何か運動してる?」

「えーっと、何も?」

「そっか…ちょっと、力こぶって作れる?」

「あはは、出た試しがないんです、これがまた」

 ただ細い腕を、由梨香は気合と共に曲げて見せたが、何か動いた形跡はない。


「…俺が触ったら怒られる。湊太、ちょっと腕触ってみて」

 眉間にしわを寄せつつ、大牙が難しい指示を出してきた。

 湊太は『俺でも怒られるよ』と思ったが、こっちもしょっちゅう腕を掴まれているのだ。これぐらい構わないだろう、と上腕二頭筋あたりを押さえてみた。しかしそこに筋肉の存在を感じられない。

「…むにむにですね。…あいたっ」

 無言で由梨香に殴られてしまった。


 大牙は壁際の棚の『例の箱』をがさごそと漁り始めた。白いボールのようなものを出すと、由梨香の方へ向かって投げた。

「マットの向こうの端まで移動して、これ俺の方に向かって投げてみて」

「はーい」

 ソフトボール大の球体を受け取ると、由梨香は部屋の中央付近まで移動した。

「湊太、向こうの窓際に寄って、こっち側見ててくれる?グノメさんに計測してもらって」

 大牙の指示で、湊太は真横から見える位置に移動した。

「いきまーす。えいっ!」

 由梨香の手から離れ、ぽてっとボールが落ちた。

『6m』

 静かにグノメが計測結果を伝えて来た。

「…ユリカ、手滑った?もう1回投げる?」

「…うん」

 湊太がボールを拾い、由梨香に手渡した。

「とりゃあぁぁ!」

 今度は若干気合いの入った声で叫びつつ、再度由梨香がボールを投げた。

『9m70』

「…伸びたね」

 大牙が遠い目をしつつ、由梨香を褒めた。そしてその後、頭を抱えて座り込んでしまった。


「あらー、若いのに腕力がないのねえ。私にも投げさせてー!」

 そして前にも見た光景だ。いつの間にか増えたおばさま達がこちらに集まって来て、順にボールを投げ始めた。

『14m』

『22m』

『12m』

 律儀に湊太のグノメが計測結果を伝えてくれた。


 難しい顔をしたまま、大牙がよろよろと立ち上がった。

「よし、ユリカはまず春のスポーツテストの向上を目指そう。人が減ってきたな、ケイヨはユリカを頼む」

「はい」

 ケイヨがユリカに近づいてきた。

「じゃあ、まず運動機器室で、簡単に全体の数値を出しましょう」

「え?護身術は?」

 由梨香は不満げに大牙の方を睨む。

「それもだけど、これだけ腕細いと何ができるか俺には分からん!まず色々計測を…」


 異様な圧を感じて入り口をふと見ると、ヴィオラが立っていた。

「…っと、ストップ!ユリカはヴィオラに頼もう!」

 大牙も入り口からの圧に気付いたのか、慌ててケイヨを止めた。

「?…あ、そうですね、僕が見るより女性が見た方が良いですね。では他の女性のお客様を僕が…」

「いや、お嬢様方のお相手は俺がする!ケイヨは朝休憩だろ?リュリュと交代!」


 見ると、ものすごい勢いでヴィオラがこっちに向かってくる。

 さっきまで女性方にヨガを教えていた受付のお姉さんが、ヴィオラの腕を掴んで必死に止めているのが見えるが、パワー差がありすぎるのかズルズルと引きずられている。


 圧もすごいが、ヴィオラの顔が前回会った時からは想像がつかないほど怖い。般若を思わせる顔のまま真っ直ぐこちらへやって来て、由梨香の目の前で止まった。

「ヴィオラさん、今日はよろしくお願いします。俺の彼女のユリカです、お手柔らかに!」

 思わず湊太は間に飛び込んでしまった。そして普通に彼女とか言ってしまった。


「…ソータの?彼女?…あー、例のね、あーOK、OK!」

 急に毒気の抜けたような顔になったかと思うと、今度は急に笑顔になり、ヴィオラは由梨香の両肩を掴んだ。

「はいはい、体力測定ね。ちょっと行ってくる。タイガ先生、後よろしくぅ」

 笑顔のまま、ヴィオラは由梨香を運動機器室へと引っ張って行った。


 受付のお姉さんはヴィオラから離れ、ぜーぜーと肩で息をしていた。

「で、では…私は受付に…戻る。ったく、あのバカ力…。こっちは事務方だっての」

「じゃあ、キーラ、僕は休憩に行ってくるから、リュリュに引き継ぎよろしく」

「あーはいはい、先行っちゃって。あんたと一緒に歩きたくないのよ」

 キーラと呼ばれた受付嬢は、ケイヨを雑に追い払った。


 しょんぼりと美麗な獣人が去ると、その場には湊太とキーラ、大牙が残された。

「ヴィオラさん、分かり易いですね」

「だよな?でも、ケイヨは言わないと分からないタイプだから」

 湊太の独り言の様な呟きに、大牙は疲れた顔で苦笑している。


「ただただ周りが気を使うし、迷惑」

 キーラは不機嫌顔で腕組みして口を尖らせた。そして真顔に戻り、湊太の方を見た。

「キミは、あのタイミングで彼女って紹介したのは正解。この時間に若い娘が来ると思ってなかったから、多分ヴィオラはめっちゃ油断してた。ケイヨのそばに女の子が立ってるのは、かなりの不意打ち。あのまま放ってたら何されるか分からなかった」

 無表情な人だが、褒めてくれているらしい。

「正解なら良かったです」

「では、私は受付に戻ります。リュリュと交代」




 先程受付にいたエルフ男性が入れ替わりで入って来て、結局湊太を大牙が見る事になった。

 リュリュというエルフ男性も事務系の人という事で、おばさま方と大きなボールを使ったストレッチなどをしていた。


 湊太と大牙は、壁際に座り込んで話していた。

「湊太は、自分一人なら少々のことは避けられると思うんだよね。で、問題はユリカを守る時の事なんだけど、基本は言った通り、専守防衛でいく。もし刃物が来た場合、素手で相手はして欲しくないから、2つの防衛策を考えてんだけど。…俺のとこにも来てたんだよ、これ」

 大牙が白い長袖を捲ると、腕には湊太が貰ったのと同じ防刃スリーブがあった。


「これ、試してみた?切るのにはめっぽう強いけど、刺す方は…点を面に広げて和らげるって感じかな。刺さりはしないけど、刺す力が強ければ強いほど、衝撃が広い範囲に来る」

 そう言って防刃スリーブをずらして見せてくれたが、そこには打ち身のような黒い内出血の跡があった。

「え、大牙さんも刺してみたんですか!?」

「『も』って、湊太もやったの?」

「…俺じゃないです…」


 ―――和美ちゃん~!!!!


 週明け、あの思い切りのいい先輩の腕を確認しなければ。女性の腕がこんな風になっているかと思うと、胸の辺りがざわざわする。


「だから、力加減にも寄るとは思うけど…やりようによっては骨くらいは折れちゃうかもって話。得物にも寄るかな。何にしても、これがあれば致命傷は避けられるとは思う…あとは、これ」

 背中の方から大牙が取りだしたのは、懐かしの竹の30cmものさしだった。

「これで防ぐってのはどう?これなら銃刀法違反でもないし、カバンに入ってても不自然じゃない」

 手渡され、湊太は端の方をもって構えてみる。妙なしっくり感と、安心感があった。

「これは…アリですね」


「でも、残念ながら俺は剣道はど素人だし、ナイフはもっと素人。だから…あ、ちょうど戻ってきた」

 大牙が顔を上げると、真正面の入り口ドアからケイヨが入ってきたところだった。

「ここからはプロにお任せだ」

「うーん、ストーカーも女の子だから別にプロとかじゃないですけどね?」


 しかし、プロに手合わせしてもらえれば、素人の攻撃はきっと見切れるはず。

 努力の後には勝利が来る、と信じて、竹のものさしを手に湊太は立ち上がった。


嵐の前の静けさ。

でも、バトル物にはならんのですよ…。

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