竹ものさしは優秀アイテム
「ユリカの検査終わったよ」
少しげんなりしたような顔で『運動機器室』からヴィオラが出て来た。
由梨香本人はさして疲れた顔もしておらず、むしろ笑いたいのをぐっと我慢しているような表情に見えた。
―――あいつ、ヴィオラさんで遊んだな。
ケイヨと相掛かり稽古中の湊太は、横目でちらりと二人の様子を見てそう感じた。
ケイヨは前回のおもちゃのナイフで、とにかく切り付けてくる。湊太は30cmものさしでそれを打ち返す、可能ならば叩き落すという練習をしていた。
周りは面白がって見学しているおばさま達が数人いる状態で、その横では大牙がダンベルで筋トレしつつ二人の様子を眺めている。
打ち合ってみて分かったが、かの美麗な獣人は相手に合わせる事にとにかく長けていた。先程の力業の柔道も、相手に合わせてわざとそうしていたのかもしれない、と気付く。
「受けきれなかったら、防刃スリーブでガードしてもいい。とにかく防具のないところと首を守って」
想定の敵が女子ということが共有されているのだろう。それに準じて身をかがめ、かなり低めな位置で器用に攻撃してくる。
「首、ですか」
打ち返しながら湊太が疑問を口にした。
「咄嗟の場合は腹とか胸とか狙うだろうけどね。骨に当たると効率が悪いし、僕なら首を狙うかなって」
息切れもしていないケイヨは、のんびりと話しながらナイフを振るう。そして時々挟む知見がリアルで怖い。
「あと、防具のないところで致命傷になり得るのが首かなって思って」
「…なるほど」
それに対して、湊太は長尺で喋る余裕はない。視覚情報にかなりのリソースが割かれ、単語で返すのがせいぜいだ。
「僕の手に当てても良いからね」
「はいっ」
ケイヨは手の甲だけが金属的な素材になっているガントレットのようなものを装着していたので、手首周りへの攻撃もOKだ。
「まともに受けると、ナイフが滑ったら手にサクッといくよ?鍔がないから」
「あっ、そうか」
「受けない、弾いて」
ゲームなら得意なヤツなのにな、と思いつつ湊太は短剣を狙って思い切り薙いだ。
かつん、という軽い音と共にナイフがケイヨの手から弾き飛ばされ、マットの上に落ちた。
「はい、一旦休憩ー」
そのタイミングで、大牙がストップをかけた。
由梨香のデータを見たかったのに、ヴィオラがケイヨに見惚れてデータを見せるどころではなかったらしく、仕方なく大牙は二人の稽古を止めたようだった。
「ユリカの希望で、体重データは開示しないよ」
先ほどまでの職務放棄を反省する様子もなく、何事もなかったかのようにヴィオラは大牙にデータを開示した。
「ふーん、足の筋肉量は問題ないというか…平均的だね。なぜか上半身がよわよわだな」
ヴィオラの説明を聞きつつ、数値を大牙がチェックしていた。
「ただね、面白いのが反射神経がいいのと、瞬発力はあるのよ。あと動体視力もいいとこ行くね。本人の自己申告合わせると、偵察兵か狙撃兵向きって診断結果が出た」
「…ゲームまんまじゃん」
と湊太は苦笑した。しかし、どういった測定をするのだろう。軍人的な職業診断が出るというのならば、自分もやってみたい。
「今度射撃訓練に連れてってみたいな」
「…今のとこ軍人になる気はないですけど、やってみたいです!」
ヴィオラの提案にノリノリで乗っかる由梨香に対し、大牙はちょっとイヤそうな、微妙な表情を向けた。
「うーん、じゃあガチ軍人の格の違いってのをちょっと見せて貰おうか。ほら前回バルトがやった…ヴィオラもやってたよな。ケイヨとやってみて」
大牙が表情の抜けたような真顔で指示すると
「えー無理無理羽無理無理!」
ヴィオラは叫びながら、よろよろと後ずさった。
「ケイヨ、ちょっと…」
大牙に耳打ちされ、ケイヨは頷きながら内容を聞いていたが、
「あー、なるほど。じゃあ、僕がヴィオラを襲う感じで」
と確認し、ガントレットを外し始めた。
「襲…ふおぉぉぉぉぉー!」
ヴィオラは叫びながら、座り込んでしまった。
あの背中で腕をねじり上げるヤツをやるのだな、と気付き
「えーじゃあ、俺がヴィオラさん襲う役やりましょうか?」
と湊太が手を挙げると、ヴィオラは座り込んだまま頭だけ上げ、明らかながっかり顔を見せた。
「じゃあ俺がやろっか?」
大牙が言うと、今度は思い切り声の主を睨みつけている。
「じゃあ、良く分かんないけど私がやる?」
今度は由梨香が元気よく手を挙げると
「あんたはいいから見てなさいよ!!」
と急に怒りながら立ち上がり、ヴィオラはふーっと静かに息を吐いた。
覚悟を決めたようにマットに上がると、ヴィオラは手を広げた。
「ケイヨ、お願い」
するとケイヨは走るでもなく、自然に歩くようにヴィオラに近づいて、すれ違いざまにシュッとナイフを突き出した。そしてヴィオラもゆるりとした動きでケイヨの手首をつかみ、くるりと背中側に回って捻り上げた。すぐに彼の大きな手が緩み、ナイフが手から離れた。
ケイヨの手から落ちたナイフをマットの外に蹴りだし
「はい終了」
とヴィオラは同僚の手首を離した。
「…カッコいい!」
由梨香は両手を握りしめてヴィオラに賛辞を贈った。
周りでギャラリーと化していたおばさま方も、「フー!」と称賛の声を上げた。
ここの客は自由が過ぎる。いつの間にかおばさまたちが、入り口近くのマットの上でチャンバラごっこをして遊んでいる。
楽しそうな彼女たちを眺めながら、湊太は謎のエナドリを飲んでいた。男性客は全員帰って湊太だけの状態になっており、ケイヨが男性用の更衣室の忘れ物チェックに行った。
「さっきヴィオラがやったのは、どっちかって言うと警察が犯人捕まえたりするときにも使う逮捕術なんだよ。それでもまあナイフの相手だったら、アレはやらない。もう警棒使うよね。ナイフ叩き落してからはありだけど。
ここの軍人たちは色々な訓練してるから出来るけど、普通はナイフの相手にあれは出来ない。もう逃げた方がいい」
由梨香に小さいダンベルを渡しつつ大牙が説明すると、おばさまたちの見守り監視をしていたヴィオラが取り繕ったような変な笑顔になって、顔を背けた。
―――ホンモノのナイフだったらやらないよー、って顔だな。
コップを傾けつつ湊太はそう考えたが、大牙はあくまで「ナイフは本物」という体で由梨香とは話を進めるつもりらしい。
「だから刃物の対処は湊太に任せて、ユリカは基本の護身術ね。後ろから抱きつかれたときとか、手掴まれたときとかの対処法。そっちはヴィオラとか女性の教官に習って」
「うー…あれ、カッコよかった。やりたかったなあ」
軽めのダンベルを左右交互に持ち上げつつ、由梨香がぼやいた。
「もうちょっと腕というか上半身に筋肉つけたら、何か得意技考えよう。今は何にしても非力が過ぎる。動体視力とか瞬発力が生かせたら、面白い事出来そうだけど。ナイフなしならさっきのでもアリだよね」
帰り支度だろうか、大牙は座って腕や肩のストレッチをしていたが、ぴくり、と腕を下ろした。
「…っと、連絡だ、誰からだ。…レビ?」
あの立ちながら眠っていたエルフがもう起きたのか、と湊太と由梨香は顔を見合わせた。
「先生に用?なんだよ、俺パシリかよ。…わーったよ、戻るって」
大牙は立ち上がると、
「ヴィオラ悪い、ユリカを任せた。背筋と、基本的な護身術メインで。ごめん、今日はもう帰るわ」
と、少し残念そうにため息をついた。
「湊太はケイヨと打ち合いか、そこのジム部屋使ってもいい。見た感じバランスは悪くないと思うけど、計測してもらって弱点とか特性見てもらってもいい。無理せずに切り上げても、そこは自由に」
更衣室方向にぐるりとマットを迂回すると、角で大牙は一礼した。その後はものすごい勢いで更衣室に飛び込むと、Tシャツとデニムのパンツに着替えて帰って行った。
「グラーティアの当主様に呼ばれると、帰るしかないよね」
ケイヨが苦笑しながら更衣室から出て来た。手には落とし物か忘れものらしいタオルとラムダを持っていた。
「ソータは…今日はもう止めた方がいいかな。帰ったら右腕、肘の近く…軽くアイシングしといて」
「はい」
何かに気付いたのか、ケイヨが忠告してきたので、素直に従うことにした。
ヴィオラの手ほどきで、由梨香が腕を掴まれた場合の返し方を練習していた。
「ケイヨさん、柔道ってこっちではメジャーなスポーツなんですか?」
受付に忘れ物を届け、戻ってきたケイヨに、湊太は気になっていたことを聞いてみた。
「うーん、何十年か前に持ち込んだ人はいたらしんだけど、こんなに流行り出したのはタイガ先生が来てからかな。ここの通路挟んで向かいに軍人専用の、ここと変わらない造りのトレーニングルームがあるんだけど、そこでまず僕たち教官候補生たちが教えてもらい始めて…窓から見てる人も結構いてね。一気に流行りが来た」
「その…何十年か前と、今回何が違ったんですか?」
「最初に持ち込まれたのは柔道、これはこちらの軍人には縛りが多くて。禁じ手とかのルールが面白くなくて受けなかった。タイガ先生はそれを聞いた上で、ブラジリアン柔術ってのを教えてくれたんだ」
そこから、一気に柔道ブームがやって来たらしい。
ジムばかり利用していた一般の男性たちが、マットで乱取りや受け身の練習をするようになった。夕方には女性も習いに来る人が増え、子供たちにも流行が広がりつつある状況だそうだ。
しかし子供を持つ親からは『習わせたい』という者と『野蛮だ危険だ』と反対する者とで意見が割れている、というのがケイヨが把握している現状だ。
「さっきここに座って僕たちと話してたのは、中等教育学校の先生。学校で教えたいって話で、学校でやるなら柔術より柔道の方がいいかなって相談だったんだ」
いつのまにかマット上はおばさまたちも加わり、女性全員で護身術の練習になっていた。
「ああいう、女性でも使える護身術も、タイガ先生が持ち込んだんだ。この星は犯罪率も低いし人的な危険は少ないけど、他の星では有用だから。多分タイガ先生は星団の歴史に名前が残る人だよ」
「ふえぇぇぇ…」
話が大きすぎて、湊太は変な声を出してしまった。柔道の道を選ばなかった大牙が、宇宙で柔道家として名を遺すというのは、なんだかとても感慨深い。
その後、初回の講習を終えた由梨香が着替えるのを待って、湊太達はトレーニングルームを後にした。
「僕は明日もこの時間ここにいるから」
とケイヨは笑顔で手を振ると、ヴィオラは
「私は明日は休みだから…」
と、何かとても悔しそうな顔で二人を見送ってくれた。
湊太達が「金づちのプレート」の部屋に戻ると、なぜかそこにはレビが立っていた。
「あれ…さっき大牙さん呼びだしてませんでしたっけ?」
湊太が目を丸くすると、この家の当主はすっかり眠気の冷めた顔で
「ここに来たのも、その関連の話だ」
と言いながら片手を一番大きなソファの背もたれに置くと、秀人を見た。秀人は湊太達が出て行った時と同じ、一人用のソファに座ったままだった。
「検索禁止ワードをいくつか秀人がいくつか放り込んだのだ」
「あ…」
アステリアが言っていた件だ、と気付き、由梨香と湊太は顔を見合わせた。そして二人して秀人の方を見た。
それにしても、気付くのも起きるのも、アステリアが予想していた昼前よりははるかに早い。
「大丈夫ですか、眠くないですか?良く起きれましたね」
湊太が心配しつつ寝不足のはずのエルフの顔を見ると
「ビービー警告音がうるさいと、ノブナガに叩き起こされた…」
ととても辛そうにため息をつかれてしまった。
それを聞いて、秀人もかなり申し訳なさそうな表情になっている。
「すみません、検索禁止の言葉があるなんて知らずに、ただエラーが出たと思って色々試してしまいました」
秀人が立ち上がり、素直に謝りつつ頭を下げた。
「…それはもう、仕方がないと思う。そういう秀人の探求心は、私は頼もしいとさえ思っているのだ。そして、秀人が今回検索したものは、私がアクセス禁止に指定したものだ」
なのはが一人用のソファをレビに譲り、長椅子に座っているのソフィアの隣に移動した。そこに由梨香も割り込んで座る。湊太は円卓から椅子を一つ持って来て、秀人の近くに置いて座った。
「30年前の2つの船。1つ目の船の事のすべてを今話していい人間は、一人だけだ。決して楽しい話ではない。…それでも聞きたいか?」
レビはとても辛そうに問いかけているように見えた。聞く方にも覚悟が必要だ、ということが伝わってくる。秀人は一度ぎゅっと目を閉じ、再び目を開くと
「…聞きたいです」
とはっきり答えた。
「分かった。彼も話すことを了承してくれた。明日本人から聞いてくれ。君たちは…今日はそろそろ戻る時間のはずだ」
そう言うと、レビは席を立った。
「なのは、君は今日初めて来たばかりで意味が分からないだろう。一緒に聞くかどうかは自分の意思で決めてくれ」
「私も一緒に聞きます」
なのはが自分の事を『ウチ』と言わずに『私』と言った違和感で、彼女も何かの覚悟を決めた事が伝わってきた。
「では、今日と同じ時間、この部屋で」
そう言い残し、レビは部屋を去って行った。
その日の夕方――アステリアでは朝だったが――翌日の約束をしてソフィアを見送り、地球に戻った。
その後湊太達は、「バスの時間が来るまで」とPCの電源を入れてゲームを始めたが、秀人が気もそぞろで全然集中できていないのが分かって、一試合でやめた。
微妙な残り時間は、動画検索などでそれぞれのんびりする。その時間、なのはは秀人に質問攻めだった。
ゲーム終了後、そのままパソコンで検索に入っていた湊太の手が止まった。
「お、きつね夫婦の上がってる」
きつね夫婦のチャンネルに、つい先程新規動画が上がったらしい。今回は告知ありのプレイ動画だった。
「ランファイの例のヤツ、ベータ版が来週土曜解禁だって」
長らく止まっていた【ランディングファイターオンライン】のアプデ情報だったが、ようやく動き出したという事らしい。
由梨香がPC画面を覗き込みに来た。
「いよいよかー!ベータ版って関係者とかのみでしょ?…あ、来週か!アキバで見れるかも!?」
「いいなー、デートかよ」
なのはが微妙な表情で湊太達を見た。
「進路相談に行くんだよ。そういや、なのははもう進路決まってんの?」
附属中からの持ち上がり組は、中3の1学期の段階で早々に大学の進路関係の話を一度済ませているらしい。湊太達は、高校受験の事すらまだ考えていなかった頃だ。その時から考えていた場合、なのはももう方向性を決めている可能性が高い。
「やりたい事はいくつかあるんだけどね。向いてるかどうかはともかく」
「…そっかぁ」
なのはも方向性が決まっているのか、とため息が出た。湊太からすると、やりたい事があるというだけでもう羨ましい。
「なに?湊太もユリカと同じく決まってない人?」
「うん…」
「いいじゃん、地球と宇宙に選択肢あるって最強じゃん?唯一無二!」
無邪気に笑うなのはに、湊太は返す言葉が見つからなかった。
次は閑話を一つ。その後30年前の真実へ。




