本読むなのは、怒れるソフィア、怯える由梨香
湊太達は、東屋から屋敷の『金づち部屋』に戻ってきた。住人登録済みの秀人と由梨香、部屋未登録のなのは、そして別棟の住人のソフィアも当然のように一緒だ。
ソファ前のテーブルは一度片付けられたようで、新しいティーポットとカップ&ソーサーが用意され、焼き菓子の皿も入れ替えられていた。
『なのはちゃんの、部屋登録がまだだよ。この部屋への登録をお勧めするよー』
今まで聞いたことのないパターンの口調と声色で、なのはのグノメが喋った。その声を聞いた瞬間、思わず湊太と秀人はものすごい勢いでなのはの方を振り返ってしまった。
「カスタマイズ早いでしょ?早々に声と喋り方変更してたんだよ」
びっくり顔の二人に、由梨香が苦笑しつつ教えてくれた。
「え登録?していいの?した方がいいの?うん、じゃあ登録ココで」
湊太達が、引きつりつつも頷いているのを確認して、なのはが部屋の登録を終えた。
なのはの部屋登録が終わるや否や、ソフィアが由梨香の手を掴んだ。
「ユリカ、ちょっと!」
そう言うと、ぐいぐいと手を引いて、女子部屋の方に攫って行った。
「あーっと、宮原は先にコレ読んで。読む順番で並べといたから」
秀人は、女子部屋に一緒に行くべきか、きょろきょろしているなのはを呼び止め、本の情報を追加送信していた。
なのはは一瞬迷ったようだったが、先程の「ドラゴンに乗った少女」の謎の方が気になったらしく、こちらに残ることを選んだ。
「ウチ、本読むの、実はめっちゃ早いんだぜー」
ふふん、と自慢げに笑うと、なのはは一人用のソファに腰掛け、『アステリア、巫女姫の歴史』を読み始めた。
「…で?シュートは何を検索してたんだ?アステリア様に脅されるような事?」
人数の少なくなった談話室で、湊太は真ん中の大きなソファの真ん中に座って腕組みした。
「例の30年前の事件の、何を調べてたんだよ」
一人用の、さっきまで湊太が座っていた椅子の方に秀人は座った。
「まだ…情報のない、他の被害者の事。さっきの、管理官のマイケルさん。あの人がこっちに来たゲートは、多分今俺たちが知ってるゲートじゃない。そう思ったら、それがどこにあるのか…知りたくなった」
「あー…それかぁ…残り一つな…多分アメリカじゃね?」
指折り数えて、湊太は半ば確信しているかのように言った。
「え?元々あったノアのゲート、湊太の引き出し、大牙さんの上司、ソフィアの鏡、後2つだろ?」
秀人の発言では、昔の移民船の船長は、もう勝手にノアという名前になっている。
「いや、多分だけど、うちの母ちゃんが1こ持ってる」
「…まじか」
「うん、ほぼ間違いない…と思う。ノアのゲートはどこにあるか知らないけどさ。残り一つは、ほら、最初にレビも言ってたじゃん、アメリカ人が攫われた人の中にいたって。交渉の席に着かせる云々って」
「あー!言ってたな。それでアメリカか」
「1つ目の船の被害者4人は、うちのじいちゃん、大牙さんとこの上司、ハルカさん。あと一人が謎。2つ目の船は、ソフィアのばあちゃんのシルビアさん、あと同じ医者のラルフって人、この2人がドイツ人で、あと2人が謎」
湊太は、指折り数えつつ、今まで出ている情報をまとめてみた。
「その謎の3人の中に、何人か分かんないけどアメリカ人がいるんだな」
秀人が、納得したように頷いた。
「まあ、その3人の中に予想外の国の人とかいて、全然違う場所にある可能性もあるけどさ」
「そうなると、もう全然予想付かないじゃんか…」
埒の空かない話になりかけた時、女子部屋から由梨香たちが戻ってきた。
「意味わかんない。付き合ってるフリって何?ユリカ無茶苦茶じゃない?1ミリも理解できない!」
ソフィアが一人で怒っている状態だった。
「ソータもソータだよ。こう言っちゃなんだけど、そのストーカーの子の方がよっぽどちゃんとソータの事好きじゃない!?」
「いや、そうだとしても、俺には無理だったんだって。合わせられない…じゃなくて。もうその話はいいんだって。ユリカ、トレーニング行くぞ」
ソフィアの後ろで、由梨香がすでに疲れた顔をしている。この調子でこちらにも文句を言われたらたまらない。湊太はトレーニングを口実に逃げる事にした。
「はーい。服ってこのままでいいのかな」
由梨香も渡りに船と飛びついてきた。いそいそと暗黒龍を肩から外し、ラムダに付け替えている。
「例のタンクトップ着て来てるならおけ。向こうで服も貸してくれるってさ。あー、シュート、ハルカさんの話とか共有ヨロ」
「分かってる」
逃げるように部屋を出ていく湊太と由梨香を、秀人はソファにもたれ掛かったまま、いつもの力ない笑顔で見送った。
「ソフィア、何であんなに怒ってたの」
3階行きの動く階段に乗り、移動しながら湊太は由梨香に問いかけた。
「うーん…私が変なんだろうけど、価値観が徹底的に違ったわ。客観的に考えたら、私がメチャクチャわがままでおかしいのも、分かるんだけどね」
そう言いつつ、由梨香はいつものように湊太の右腕に寄りかかってきた。3階に上がる動く階段は、円柱型になっている吹き抜けの宙を通っているので、若干怖い。そのせいなのか、由梨香はいつもよりぴったりとくっついてきている。
いつもと違ってコートを着ていない分、体の感触が直に伝わってきて色々と辛い。無意識なら天然の小悪魔だが、これを意識的にやっているならガチの悪魔だ、と湊太は思う。
3階が見えてきた時、奥の方で何か動く気配を感じて通路を見ると、見知らぬエルフの男女…夫婦だろうか、二人が腕を組んでこちら側に向かって歩いてきていた。
誰だろう、と由梨香に話しかけようかと思ったが、どんなに小さな声でも恐らく聞こえてしまう。相談することも出来ず、どうすべきか考える。とりあえず挨拶かな、と思って顔を上げた時、女性の方が男性の腕を離し、物凄い勢いでこちらに向かってきていた。
「え、何?何?」
由梨香が動く階段の時よりも、ぎゅうっと強く湊太の腕にしがみついた。
雰囲気的に、レビの曾祖母アーシャより年上に見える女性だ。鋭角に切りそろえられた銀色の前下がりボブが、ばっと浮くほどの速さで迫ってくる。
「シモーネ、落ち着け!」
後ろの男性が慌てて追いかけながら、小声で叫んだ。
シモーネという名前には聞き覚えがあった。レビの祖母だ、と気付いた時にはがっしりと肩を掴まれていた。
「ソータね!?」
「は、はいっ。あ、初めまして…おはようございます」
何の挨拶をしていいのか分からず、全部必要と思われる挨拶をしてしまった。
「はじめまして、白石由梨香です」
由梨香も湊太の腕を離し、日本式に会釈をした。
しばらくシモーネは肩を掴んだまま、まじまじと湊太の顔を見ていた。
「こら、シモーネ、失礼だろう」
追いついてきた男性に窘められ、シモーネははっと手を離して
「ごめんなさいね…はじめまして、レビの祖母のシモーネです。こっちは主人のランディ」
と挨拶を返しつつ、胸のあたりに手をやった。
「すまない、妻が失礼したね。ランディです」
妻に比べ、エルフ男性は紳士的だった。湊太も由梨香もそろって
「はじめまして」
と返した。
「ソータ、今度お茶でもどうかしら。そちらのガールフレンドも一緒に…うふふ」
何か含みのある感じの笑顔でシモーネが本気とも社交辞令ともつかないお誘いをしてきた。
どう返すのが正解なのか全く思い浮かばず、湊太は口ごもってしまった。
その時、急にランディの後ろから大きな影のような男がぬっと現れた。
「シモーネおばさん、ソータたちが怯えてる。きっと彼らはボクに用だよ」
見覚えのある顔に、湊太は安心して声を上げた。
「ジョルジュさん!」
聞いてはいたが、彼の軍人は予想以上に大きな体の男性だった。
「…チッ」
シモーネが、舌打ちをした気がした。
「ほらほら、早く食事に行きなよ。患者さんが待ってるよー」
ジョルジュは軍で話した時と、随分口調が違う。湊太はその喋り方に一瞬既視感を覚えた。
そして巨体の軍人に追い立てられたシモーネは、嫌々ながら湊太達から離れた。
「分かったわよ…ソータ、社交辞令抜きで、今度こちらで一緒にディナーでもどうかしら。…それと」
ぴたりと足を止め、シモーネは振り返って由梨香を見た。
「そちらのお嬢さん。人間の一生は短いわよ。あなたが曖昧な考えのままならば、私も巫女の作戦に全力で加担しますからね」
シモーネは去ったが、睨まれた由梨香は固まったままだった。
「ユリカ、戻ってこーい」
湊太の声で、由梨香はハッと我に返った。
「こ、怖かった!レビと全然ちがう!」
そして急に思い出したかのようにジョルジュの方を見上げ
「…助けていただいて、ありがとうございました」
と深々と頭を下げた。
湊太は腕のあたりを指して
「これ、くれた人だよ。ジョルジュさん。軍の、偉い人」
と伝えた。そして、直に会うのは初めてだったことを思い出し、湊太も目の前の大男に頭を下げた。
「…実際会うのは初めてでした、色々ありがとうございました」
「えっと、私の服までありがとうございました」
湊太が頭を下げたのに合わせ、由梨香ももう一度頭を下げた。
頭を上げた由梨香は、肩をがっくりと落としつつため息をついた。
「…シモーネさん、なんでさっきの東屋での話知ってたんだろう」
由梨香の嘆きに、湊太は若干思い当たることがあった。以前ドラゴンの管理小屋で、ハルカが言っていた事だ。
シモーネがスパイを雇っていた、と。
「スパイだよ…ひょっとしてジゼルさん…さっきのメイドさんか…?」
「ああ、ジゼルは今はメイド長だけど、昔はシモーネおばさんの子飼いのスパイだったねぇ。並のエルフより耳がいい、特殊な人だよ。…だいぶ衰えたとは言うけど、まだまだ現役だね」
飄々とした空気を纏ったまま、ふわふわとした笑顔でジョルジュが教えてくれた。
「さあ、ボクも朝ごはんを食べてくるよ。君たちはトレーニングルームかい?」
「そうです」
「今日はまたヴィオレッタがいるはずだから、面白いと思うよ。…怪我はしないようにね」
そう言って手を振ると、ジョルジュは下りの階段へ向かって歩いて行った。
「二人は、ユリカとソータがおかしいとか思わないの!?」
部屋では、ソフィアが未だに怒っていた。
「湊太の方は、感覚も多分普通なんだよ。ユリカが残念というか、恋愛感情とかと遠いトコにいる感じ?」
なのはが困ったように笑う。
「人の色恋沙汰を外から見る事のは楽しいし面白いと思うけど、自分ではする気がない。そういう感情に振り回されるのは非効率的だって思ってる。俺も最近知ったんだけど、残念ながらここだけは俺とユリカは似てるらしい。…なんか、申し訳ない」
なぜか秀人が謝った。同じ種族の人間が、代理で謝罪した感じだ。
「シュートもなの?」
なのはが驚いて目を丸くし、ディスプレイから顔を上げた。
「ソータが他の人と付き合うのはイヤ、友達として大事、ストーカーと一緒に戦う覚悟もある…これで好きじゃないって、意味が分からない!!!」
ソフィアは頭を抱えて大文句だ。
「でもな、湊太が例の子と付き合い始めた時、俺も『つまんねーな』って思ったんだよ。これはやっぱり男女関係なくて、彼女とかが出来たせいで友達と遊べなくなるってのは、やっぱり『つまんない』んだよ」
秀人は困ったような顔で由梨香をフォローした。
「でも、俺みたいに女性が苦手とかそう言うんじゃないから、ユリカは種類が違う…と思う。推しはいる訳だし。多分スイッチが入ってないだけ。入ったら多分出来る子のはず…いや、違ったらごめん。それ以上に効率厨な所が問題かも」
「じゃあユリカは、付き合う方が効率良いとか、メリットがあれば、付き合うって事?」
ソフィアが眉間にしわを寄せつつ頭を上げた。
「…そう思って前に色々湊太のおすすめポイント並べてみたけど、それはそれで何かイヤだったみたい」
「それよりシュート、女の人苦手ってマジか?ウチらとかは平気じゃん?無理してんの?どーなのよ?」
ソフィアが拾わなかった所が、なのはには引っかかったらしい。
秀人は一瞬口を開きかけたが、何もなかったかのような顔でカップを並べ、紅茶を注ぎ始めた。
「レビの奥さんの、ハルカさんの話始めていい?」
今まで見たことのないような爽やかな作り笑いで、秀人は二人の前に紅茶を置いた。
「おおおい!今何口ごもった!?」
キレッキレのなのはのツッコミにも動じず、秀人は話を強引に進める。
「湊太のお祖父さんと、大牙さんの上司と一緒に攫われた人だってのは知ってるよな?実はハルカさんが攫われたのが0歳の頃で」
「えええ?まじで!?」
ソフィアが食いついた。もうこうなったら秀人のペースだ。
―――なのはは珍獣、ソフィアは格闘系オタって思ってたとか言えないもんなー…。
「ハルカさん本人から聞いた方が面白かったと思うけど…」
ハルカから聞いた内容を再構成しつつ、秀人は二人を話に引き込んで行った。
シモーネはアーシャの娘です、念のため。




