深夜、光球に導かれて
ここから少しの間、秀人を中心に話が進みます。
「なんで言語設定は同期できないの?」
暗い寒空の下、湊太はグノメに文句を言っていた。あの長ったらしい呪文なしで、なのはのラムダに言語情報を設定できると思っていたらしいのだが、当てが外れたようだ。
『言語設定を終えて、所有者の名前まで登録したガジェットに対しては必要に応じて同期できますが、持ち主不明のガジェットに対してこちらからアクセスできません。どのデバイスを指しているのかこちらからは分かりませんので』
「じゃあ、半径3m以内にある未設定のラムダ、とか言ったら分かるだろ?」
『複数存在しなかった場合は特定可能ですが、それでも向こうからはセキュリティの問題で弾かれます』
「あー、そういう事ね…なら仕方ないな」
湊太はグノメの説明に納得し、肩を落とした。
『購入情報がはっきりしていた場合や、目の前で所有者から貸し出された、譲られたなどの場合、10cm以内などの至近距離に置いた場合や同時に2つ装着した場合など、私たちが判断しやすい条件が揃っていれば、機種変更もしくは機種追加とみなし、所有者情報含めての完全同期は可能です』
「なーるほど、今までのパターンもそうか。…わかった」
湊太はようやく新機種の取り扱いルールを理解したらしく、グノメとの問答を終えた。
赤く点滅するゲートの近くでは、由梨香とソフィアが手伝いつつ、なのはの初期設定を手伝っていた。
「すご、ソフィアの言葉、ラグが全然無くなったぞ!?このイヤホンすごいな!」
一つ進行するたびに、なのはが何かに驚いている。
「で、山ほど質問あるけど、この設定っての終わったら答えてくれるって認識でOK?」
「そだよー、だからガンバレー」
由梨香の相槌は棒読みで、かなり適当だ。そしてそんな適当状態に気づかないほど、なのはは白衣装のメーテルもどきが気になっているようで、立ったまま寝ているレビをチラチラと見ている。帽子が耳まで掛かっているので、なのはは恐らくレビがエルフという事にまだ気づいていない。
「レビの周り飛んでるアレ、何だろう」
秀人が誰に聞くわけでもなく独り言のように呟いたが、素早くグノメが反応した。
『発光する小さい動物で、アステリア固有種のウキクラゲです。照明にするには弱すぎますが、数匹を集めると同調して強く光る性質を持ちます。
通常この低温では動けない種なので、暖かい空気で包んで数匹ずつ閉じ込めています。彼らの好きな水分も発生させています、霧状にして白く濁らせた空気で覆い、光が拡散するように工夫しているようです』
「シュートのグノメさん、めっちゃ喋るな!?」
湊太は興味津々で、レビの周りの光る玉の話を横で一緒に聞いていた。
難しい顔で、秀人はグノメの話を自分なりに頭の中で整理した。
「つまり…動物と、空気と水を操ってるって事かな」
『…雑にまとめるとそうなります』
秀人のグノメの声は、若干呆れているように聞こえた。
「大体終わったー!あとは血ぃ採って、レビの身元保証人~!」
ソフィアがこちらに向かって叫んだ。
「え?血?え、やだ針刺すの?やだやだ、それ以上に今この寒いとこで腕出すとかもう無理!」
ダウンのファスナー部分を握りしめながら、なのはが抵抗している。
湊太達の後ろから、管理官のマイケルが女子3人の方に向かって歩き始めた。レビも半分寝たまま、ふらふらとついて行く。レビの周りの光球は、レビよりもマイケルの足元を照らすように移動した。
「レビがやってる事って、エルフは誰でも出来る技術なの?」
湊太が光球を目で追いつつ、グノメに質問した。
『ウキクラゲの好む誘引物質を散らし、寄ってきた個体を適温の空気で保護しつつ集め、適量ずつ霧状の靄で包む、といった作業になります。操作は面倒な部類のものですが、慣れれば使い勝手の良い技術です』
「うん、何一つ俺には出来ない話だった」
やれやれ、と両手を上げて湊太はため息をついた。
「じゃあ、寝ぼけてても操作出来てるってのは、凄いことなのかな」
ふらふらと頭を揺らしながら歩くレビを、秀人は心配そうに見ている。
『光球は作るまでは手間ですが、一度作ると維持と操作は簡単なようです』
秀人と秀人のグノメが会話している間にゲートの点滅が消えて、大樹の下に暗闇が戻った。
「終わったかな。今日はもう東屋じゃなくていきなり部屋でいいよな」
湊太は、真っ暗で中身の見えない布製ボックスの中からシリコン鍋つかみを探し出すと、ゲートを取り外しに向かった。
秀人も布製ボックスを持ち上げ、背後で明るく光る東屋を振り返った。
「そういえば、今日は鳥がいなかったような…?」
いつもレビが乗ってくる巨大な鳥が居なかったように思えて、秀人は東屋の周辺を目を凝らしてみた。東屋そばの木や、柱の周りにもやはりいない。
『シュシュリューはこの時間は活動しません』
グノメが秀人の独り言を拾って、解説してきた。
「夜目が利かないの?」
『夜目は利きますが、今は寝る時間です。日が出ると同時に活動を始めます』
「そう…」
若干の会話が嚙み合っていないような感覚を覚えつつ、秀人はグノメとの会話を終えた。
光球に先導されているかのように、女子3人が丘を登って来ていた。最後尾では、湊太とマイケルがレビを両脇から支えつつ上がって来ていたので、秀人もじわりと移動を始めた。
マイケルに一言挨拶をしたくて、秀人は丘を登りきったところで東屋前で一旦立ち止まり、後続を待っていた。東屋のテーブルの上は、誰かがやって来たのか、気付かない間に綺麗に片付いていた。
「えー、何、ここ素敵!」
なのはも東屋のすぐ外で立ち止まり、屋根の透かし模様を見上げている。由梨香は秀人のそばに来て、
「はい、マイケルさんからレビ受け取って、レビ運んで」
と言って、秀人の持っている箱を奪い取った。
―――ああ、やっぱりユリカもマイケルさんの名前を知っていたんだな。
そう思いつつ、秀人はマイケルの元へ駆け寄った。
「すみません、家の当主が、ご迷惑をお掛けしました」
囚われの宇宙人よろしく両脇を抱えられていたレビの片腕を、秀人はマイケルから受け取った。
「それと…色々失礼な質問してすみませんでした」
秀人の謝罪を受けると、マイケルは笑顔を見せた。
「大人になって、それでも貴方がこちらに来たいと思って移り住んだ時には、飲みに行きましょう。そこの街には、いいお店が沢山ありますから」
未来の秀人と酒を酌み交わす約束をし、管理官マイケルは夜の闇の中を円盤に乗って帰って行った。
最初は「レビさん」呼びだったのに、3人共いつの間にか呼び捨てになっていたよな、などと秀人は思いながら、ふわふわと半分寝ているエルフを誘導しつつ屋敷へ歩いた。
光球は常に女性陣3人の足元を明るく照らしていて、湊太と秀人の足元には少量の光球が漂っている。この配分はレビの裁量のはずだ。不愛想なくせに、女性に対するちょっとした気遣いがあることが、なぜか若干腹立たしいと秀人は思ってしまった。しかも、この寝ぼけた状態で。
「え、やば。お城?入って良いの?」
屋敷前に到着したなのはが、入り口の階段下で尻込みしていた。
由梨香は気にせず数段の階段を上ると、箱を持っていない方の手で入り口の扉に手を掛けた。
「大丈夫大丈夫。一応まだ夜明け前だから、静かにね」
「まあ、ここは居住区じゃないから大丈夫だとは思うけど」
ソフィアは扉が開いたのを確認すると、なのはの手を引いて階段を上がった。
「はーい、着いたよ、階段気を付けて」
屋敷前で、湊太がレビに声を掛けた。レビは薄目を開けて、こくりと頷くと、ゆっくりと片足を上げた。
「介護かな?」
秀人が苦笑した。
そしてレビの足が階段の1段目に掛かった瞬間、彼らの周りにいた光球が、さあっと近くの草むらに散って行った。
「おお…」
幻でも見ていたかのような消え方に、湊太も秀人もきょろきょろと探すよう草むらに目を向けたが、光るものはもう何も見えなかった。
男3人が階段を上り切り、扉を抜け回廊に入ると、ソフィアが後ろに回って扉を閉めてくれた。
「レビ、もうちょっとだから。遅くにごめんな」
もう、湊太の口調は小さい子に対するそれだった。
一応年上だぞ、と秀人は突っ込みたくもなったが、このおネムの幼児のような雰囲気を見ていると仕方がない気もしていた。
数歩進んだところで、レビは半目のまま秀人が掴んでいた方の手を振り払うと、帽子をぎゅっと掴んで外した。
「あーそっか、屋内では帽子脱ぐのがマナーだっけ。こっちでもそうなのかな。えらいぞー」
「なにを言ってるんだ…」
湊太のレビに対する幼児扱いに、秀人は耐えきれなくなって肩を震わせた。
そのやり取りを見ていたなのはは、帽子の中から現れたレビの耳を見て目を見開いた。
「エルフっ…」
叫んだところで、由梨香とソフィアに「しーっ」と口の前に指を立てられ、なのはは慌てて口を両手で塞いだ。
その後、回廊を抜けるまでずっとなのはは落ち着かず、ちらちらと何度もレビの耳を見ていた。そして何かを訴えるように由梨香やソフィアの顔を交互に見るが
「部屋に着くまで我慢ね~」
と笑顔で由梨香に躱されていた。
「それより、レビどうしよ?部屋まで送ってった方がいいよな、これ」
湊太が一人でレビの手を引きつつ、困ったように呟いた。
そうこうしている間に居住区との境のホールに辿り着き、今度は両手が空いていた秀人が扉を開けた。
居住区の1階は少しざわついていて、コンソメのスープのような美味しそうな匂いが漂っていた。朝食の準備が始まっているのだろう、どことなく活気があり、人の動きが感じられる。
「あ…クレアさん」
秀人は思わず立ち止まった。ホールの左側、扉にほど近いピアノの前にクレアが立っていた。メイド服でもない、先日の街に行く時のような外出着でもない、部屋着と思しき若草色のシンプルなワンピース姿だった。
後ろから、なのはの声にならない声が聞こえた気がした。
「レビを…預かる。ここまで済まなかったな」
プライベートモードの話し方のクレアだった。姉として、弟を迎えに来たのだろう。一瞬嫁は?と思ったが、夜勤かも知れない、と思い当たって秀人は一人勝手に納得した。
「いえ、こちらこそ…お休みの時間なのにすみませんでした」
謝罪しつつ、湊太がレビをクレアに引き渡した。その時秀人には、湊太の目が泳いでいるように見えた。
エスカレーターと言うには仕組みの分からない動きをする「動く階段」に5人は乗った。
少し先をクレアとレビの姉弟が移動している。彼らはそのまま3階行きの階段に乗ったが、秀人たちは2階の吹き抜けのある通路に進み、自分たちの部屋に向かった。
「ここが私たちの部屋ね。実は私もまだ自分の部屋は見てないんだけど」
由梨香の言葉に秀人はハッとした。
「そういや俺も見てない…」
「ユリカもシュートも、何言ってんだか全く意味が分からない」
なのはが本気で眉間にしわを寄せていた。
部屋に入り、完全にドアが閉まった瞬間なのはが
「何この部屋…貴族の談話室か…」
と力の抜けたような声で呟いた。
湊太は左手の窓際に移動すると、向きを確認しながらゲートをさっさと取り付けた。そして由梨香から布製ボックスを受け取り、中からペンライト型のゲート起動用アイテムを出し、飾り暖炉の上に置いた。今は使用していない由梨香のラベンダー色のラムダが、その隣で寂し気に佇んでいた。
「もう、先に見とけよ。右手がユリカの部屋…のつもり。俺も見てないから分かんないけどさ、こっちと同じ作りならベッドが2つあると思うから、二人で使えばいいじゃん」
箱を足元に置きつつ湊太がそう言うと、右手の部屋に向かって歩き始めた。全員がその後をぞろぞろとついて歩く。
最初の壁を過ぎるとまずミニキッチン付きのダイニングルームがあり、次に洗面台とトイレ、バスルーム、ここまでは秀人も見たことがあった。そして突き当りが、由梨香たち用の予定の部屋だった。
扉を開くと、ふわりと照明が灯った。中は窓に向かって左右対称にベッド、机、クローゼットとソファが2組配置された部屋だった。そして間仕切りできるカーテンが窓際中央にタッセルでまとめられていた。
「ふわー、こんな感じなんだ!うちより全然広いな」
由梨香が中に入って、ため息を漏らした。
「どっち使うかは二人で話し合って決めて。まあ今日は先になのはのチュートリアルだな」
部屋を出て、湊太は談話室へ戻ろうとしていた。
「え、ちょっと待ってマジで意味わからん。これ、ユリカの部屋?」
「いや、だからユリカとなのは二人の部屋だって」
頭を抱えたなのはに、湊太はごく普通の会話の感じで返した。
「くわー、やっぱこっちのが部屋広いな~。それより、私も色々ワケわかんない事出て来たんだけど。クレアとレビってどういう関係?メイドと主人と思ってたんだけどなんか訳あり?」
ソフィアも女子部屋から出ると、誰にというわけではなく質問してきた。
「そっか、ソフィアはトルテの店に行ってなかったもんな…」
やたらと湊太に抱き着くクレアの息子の事を、秀人は思い出していた。
「まあ、なのはに基本の説明した後でまとめて話すよ」
秀人が最初にここに来てからまだ3週間だが、既に最初の驚きが薄れ、ここの非常識が当たり前になってきている自分に気付く。由梨香が来た時には、まだ新鮮な気持ちで説明できていたんだけどな、と思うと秀人は複雑な気持ちになった。
「こんな状態だと、どこか説明が抜けそうだな」
なのはに説明すべきことを頭の中で再構成しつつ、秀人は談話室へと向かった。




