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しらないところで  作者: 南 紅夏
高校入学編

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宇宙の旅へご招待

「眠い…」

「本当にすみません。それより…なんか服が可愛いですね?」

 大あくびをするレビに、秀人は謝りつつ服を褒めた。

 レビは全身真っ白、ふわふわのファーが縁についているケープのようなものを肩に掛けていて、ファーの円柱形の帽子もかぶっている。ケープの下はまるでワンピースのようなロングコートという出で立ちだった


 ―――白いメーテルの服だ。


 深夜とも早朝ともつかない時間、暗闇の中そこだけ明るい東屋で、男3人が座っていた。秀人とレビ、そして3人目は前に一度会ったことのある、地球出身という管理官だ。

「管理官さんも、こんな時間にすみません」

「マイケルです。どうせ退屈な夜勤だったので、全然構いませんよ」


 秀人が最初にアステリアに来た時、諸々の登録が終わった段階で、画面の端に『確認担当管理官:カイトス・ペリテ:ユーディコ』と表示されていた。後から調べて、湊太の言う「ちっさいおっさん」はカイトス・ペリテが名前で、ユーディコが星の名前だということは分かっていた。

 このマイケルと名乗った管理官と最初に会ったのは、由梨香の登録時だった。由梨香の画面には、地球出身のこの人の事はどんな風に表示されていたのだろう、と秀人は考えていた。





 秀人はつい先程、湊太とともに部屋のゲートを外して外に運び、明かりの灯る東屋の先の大木の枝に、六角形のフレームを引っ掛けたところだった。

 以前大牙がやっていたように、シリコンの鍋つかみのようなもので絶縁しつつ、湊太はゲートを運んでいた。

 そして秀人はカラーボックス用の布製のインボックスを運んでいた。中には由梨香の靴と暗黒龍、最初に借りていたサンダルと、真新しいピンクのラムダが入っている。


 屋外にゲートを置いた場合は放置厳禁、見張りが必要だという。しかし理屈では、この屋敷周りに通常の方法で人が入ってくることは不可能なはずだ。誰がどうやって、これを盗っていく危険があるというのだろうか。


 引っ掛けたばかりのゲートに、湊太は

「大牙さんが俺たち分も注文してくれたみたい」

 と言って、部屋から持ち出したペンライトのようなものを向けた。すぐに暗闇でもわかる白いもやがゲートの中に掛かり、湊太の部屋の弱いダウンライトが見えた。


「えー?ランチは?」

 帰る気満々の湊太に、昼食抜きで来た秀人は抗議した。

「楽しみにしとけ、今俺の一押しのパンが来るから」

 湊太はニッと笑うとその場で靴を脱ぎ、ラムダとペンライトと鍋つかみを布製ボックスに預けると、秀人の肩を借りつつよじ登るようにゲートをくぐって一旦地球に戻って行った。


 秀人は湊太に借りたダウンのロングコートの上から分厚いブランケットを肩に巻き付け、木の下に座り込んだ。寒いながらも静かな暗闇の中、画面を出して本を読むというそれなりに幸せな時間を過ごすつもりだったが、目の前に広がるこの星の夜空に圧倒されてしまった。立ち上がって、木の下から出て満天の星空を見上げ、月のような衛星が2つあるのを白い息を吐きながら眺めていると

『風邪をひくぞ、東屋から見張っていれば大丈夫だ』

 とすぐ後からやってきたレビに呼ばれて、明るく照らし出された東屋に移動したのだった。

 そして間もなく管理官も飛んできて、今に至るといった感じだ。




 東屋に戻ってすぐに、知らないエルフの…厚いコートのせいでメイドのお仕着せを着ているのか分からないが、メイドなのだろうか。クレアとはずいぶん違う雰囲気の女性が、お茶とコッペパンに似た長いパンのサンドを持って来てくれた。

「こんな時間に軽食まで用意してもらってすみません、ありがとうございます」

 何だか謝ってばかりだな、と思いつつも秀人は見知らぬエルフ女性に礼を言った。

「私は毎日この時間に起きるから大丈夫。パンは昨夜焼いたやつだけど、湊太に頼まれたから別で焼いておいたんだよ。残り物じゃないからね」

 少し恥ずかしそうにそう言うと、なぜか彼女は椅子の一つを引いて、自分も座った。


「…パトリシア、パンを焼く時間じゃないのか」

 レビがエルフ女性に声を掛けた。相変わらず感情の読めない言い方だ。注意しているようでもなく、揶揄っている感じでもない、淡々とした喋り方だった。

「まだだよ、もうちょっとしたら仕込み。…あ、皆さん温かいうちに食べて」

 特にレビの言葉を気にすることもなく、パトリシアと呼ばれた女性は皆にパンを勧めた。

「じゃあ、お言葉に甘えて」


 彼女は湊太とは顔見知りで、どうやら彼女が用意してくれたこのサンドが湊太の言っていた「一押しのパン」らしい。

 3人で食べるには少し多い総菜パンの一つを、秀人は分厚めのブランケットから腕を伸ばして手に取った。

「いただきます」

 ほんのり温かさの残るパンは、表面はサクッとしていて中はしっとりふんわりしていた。何の肉だろうか、挟んである燻製のようなものも柔らかく、ソースと合わさって旨味が強い。添え物の葉物野菜とトマトのような果菜類とで水分が過不足なく補われて、喉が詰まるようなパサつき感も全くない。とにかく

「美味しい…パン自体がまたいい。今まで食べたサンドの中で一番かも」

 少し感動してしまった。食べ物がおいしいというのは幸せな事だな、と秀人は改めて感じていた。そして秀人の感想を聞き、レビとマイケルもパンに手を伸ばした。

「こちらに来るといつもお茶やお菓子がおいしくて。パンを頂くのは初めてですが、これも本当に美味しいですね」

 マイケルも嬉しそうにパンを食べている。レビは微妙な顔をしつつ

「…この時間に食べるのは、罪悪感があるのだが…」

 などと、ダイエット中のOLのようなことを言いながらも、しっかりと食べていた。


「ご馳走様でした」

 多いと思っていたパンも、するりと3人の胃袋に収まった。

 それを確認すると、パトリシアは満足そうに笑みを浮かべ

「じゃ、戻って朝のパンの準備するよ」

 と言って立ち上がり、円盤に乗って屋敷の方へ戻って行った。


「すまない、あいつはパンの感想を聞きたい性質なのだ」

 レビは食後の紅茶を飲みながら、二人に謝った。

「いや、でも本当に美味かったです」

「私も、この時間はお腹がすくので有難かったです。感想くらいお安い御用です」


 秀人はこの状態でグノメに時間を聞くのが何となく憚られ、スマホを出して地球の時間を確認した。バスで来るなら、丁度由梨香たちが湊太の家に到着する頃だ。

「マイケルさん、地球人…なんですよね?」

「ええ、そうです」

 口と胃が満たされたところで、秀人は管理官に質問を投げてみた。将来こちらに移り住みたいと考えている秀人にとって、彼のような存在はとても参考になる。


「えっと…どうしてこっちに移住しようと思ったんですか?あ、答えたくなかったらいいんですけど」

「妻と子が…とある事件に巻き込まれて亡くなりましてね。誰も居なくなった家に帰りたくなくなったんです」

 びっくりするほど重い話を、とても穏やかにマイケルは語った。秀人はあまりの予想外の内容に、一瞬息が止まってしまった。

「…すみません、俺なんかが簡単に聞いて良い話じゃなかったです…」

「いえ、もう大丈夫なので。こちらに来ることでようやく心の平静を取り戻せたのです。地球から離れたおかげで、私は自分を殺さずに済みました」

 大牙と大差ない身長の、大男と言っても過言ではないマイケルが、穏やかに話しながらも重い言葉を織り込んでくる。


「こちらに来る…伝手というか、どうやってこの星へのルートを確保したんですか?」

 少し話題の方向性を変えてみた。地球にある6つのどのゲートと、この人はどういった経緯で繋がっているのだろう。

「地球での前職にも守秘義務がありましてね。それは辞めた後でももちろん有効なのです。私の口からその件について話すことは出来ません」


 誰も知らない遥か遠くの星まで来て、なお守ろうとする「守秘義務」とは。

 彼は「入れ替わった人間」と前にレビが言っていた。つまり、この星もしくはこの星団内の誰かが彼の代わりに地球に移り住み、彼の元の職場で働いているということになる。そして前職の守秘義務に絡むということは、その職場がここと繋がりがあるという事が推察された。

 おそらく、大牙の職場のような緩い環境ではないのだろう、と秀人は考えた。今はとりあえず、これだけの情報でも十分だ。

「そうですか…でも、ありがとうございました」

 これ以上聞いてはいけない気配を感じ、秀人は質問を打ち切った。


「あなたも、こちらへの移住を考えているのですね?」

 マイケルが、穏やかに問いかけて来た。

「あなたはまだお若い。突然子供が消えて悲しまない親はいませんよ」

 先程の彼の話を聞くと、反論はしたくない。でも

「俺は…親から早く離れたいんです」

 上手く表情が作れないまま、秀人はそれだけ伝えた。

「そうですか。…事情は人それぞれですからね。あなたの未来が輝かしいものであることを祈っておりますよ」

 この人の言葉は、重みが違う。何か泣きたいような気持ちを押さえながら

「ありがとうございます」

 と秀人は返した。


『ゲートの起動を確認』

 秀人のグノメが伝えて来た。

「では、移動しますか」

 マイケルが立ち上がり、秀人もつられて立ち上がった。

 半分寝たような顔をしたレビもふらふらと席を立ち、3人は明るく光る東屋を後にした。






「なんか…映画とかに出てくる、昔の学校の校舎みたい」

 湊太の家の前で、なのはは初めて訪れる丘の上の家の佇まいを呆然と眺めていた。

「それと…なんかデカくね?」

「デカいよねぇ」

 由梨香はニコニコしながらインターホンを鳴らした。

『はあーい』

 応えたのは女性の声だったが、どたばたと階段を降りてくる音がした後、ドアを開けたのは湊太だった。

「いらっしゃーい、上がって上がって。…ユリカ、説明はした?」

「いや、なーんにも」


 何かそわそわしている湊太と、変に余裕のある由梨香の対比に、なのはは二人が何か企んでいる事を察した。

「…ははーん?」

 なのはが指を顎に当てて二人の様子を眺める。どうこう言いつつとても気の合っている二人に見えて、にやけてしまう。

 二人が広い玄関に入り、後ろでドアが閉まった時、真っすぐ長い廊下の途中のドアが開いて湊太の母が顔を出した。

「いらっしゃーい。二人ともゆっくりして行ってね」

「あ、お邪魔しまーす」

 女子二人、ぺこりと頭を下げて靴を脱いだ。


 湊太を先頭に階段を上る。

「何この階段、めっちゃ広いな!?…シュートはもう来てるっしょ?」

「うん、いる…ような、いないような?」

 なのはの問いかけに、湊太は何とも曖昧な返事をした。でも、玄関には確かに秀人の見慣れた靴があったのだ。


 途中「あさみのへや」と書かれた扉の前を通り過ぎ、由梨香が

「今日、朝海ちゃんは?」

 と尋ねた。

「友達の家行ってる」

「…いつもだね?」

「まあ、その方が助かるけど」

 由梨香と湊太の会話には、付き合い始め特有の初々しさが全くない。甘さの欠片もないのが、なのはには面白くない。

 そして、一番奥にある湊太の部屋に着いた。


「ひっろ!…ん?なんか見たことのあるようなレイアウトの部屋だな!?」

 なのはがそう言った途端、湊太は急に笑い出した。

「シュートと同じような事言ってる」

「あと、机3つとパソコン3つはおかしいけど!?」

「正面のパソは私のだ」

 由梨香は笑顔で宣言したが、他人の家に自分のパソコンが設置されているという状況がおかしい。そこを何とも思っていない由梨香が、なのはには不思議だった。


「嫁が引っ越してくる準備万端って事ですかぁ!?」

「とりあえずそーゆー話は置いといて」

 なのはの発言を雑に受け流すと、由梨香は湊太を見た。湊太は軽く頷いて

「うん、早くしないとシュートが凍えちゃうな」

 と言いながら、湊太は左手の押し入れを開けた。

 押し入れ…と思いきや、そこは別の小部屋だった。湊太は中に入るとダウンジャケットを3枚掴んで出て来て、一枚ずつ二人に渡した。

「よくこんなに何枚もダウンあったな?…あ、これ湊太のだ」

 そう言いながら、由梨香は迷わず袖を通す。


「なになに、どゆこと?」

 思いのほか可愛らしいピンクのダウンジャケットを渡され、意味が分からずなのははきょろきょろした。

「あ、なのはに渡した奴はうちのかーちゃんが若い頃に来てたやつな。要るなら持って帰っても良いよ」

「すっげー、全然答えになってねー!」

 湊太の答えを聞き、なのはは絶望的に叫んだ。


 そして湊太は

「これ、父ちゃんのだけど」

 と言いながらダウンを羽織った。

「ねえ、何なの?シュートどこだよ。ちょっと意味分から…」

「いいから、なのはも早く着て。シュートが風邪ひいちゃうから」

 なのはは質問も許されず、由梨香にニットの上からコートを着せられてしまった。


「なんかさ、毎回説明めんどいよな。もうなのはが最後でいいかなって思ってる」

 湊太はそう言いつつ、右端の机の引き出しを開け、ダウンの袖でカサカサと引き出しの縁をこすり始めた。

「あ、ユリカ鍵お願い。じゃ、俺から先に行くな。向こう暗いから足元気を付けて」

「おっけー」

 由梨香が部屋のドアの鍵を掛けた。それを確認すると、湊太はひょいっと引き出しに飛び込んだ。


「た…タイムマシン?」

 なのはは思わず机の下を覗き込んだ。

「湊太…消え…た?」


「さ、私達も行くよ。ほら見て、向こうは夜だけど、シュートがスマホで足元照らしてくれてる」

 由梨香に言われるがままに、なのはは引き出しを覗き込んだ。

「原っぱ…?まじか、シュートいるじゃーん!?」

「さ、行こうぜ、宇宙の旅へご招待だ」

 由梨香がエスコートするように右手を差し出した。


「訳わかんねーって!」

 文句を言いつつもなのはは由梨香の手に自分の手を重ねてしまった。

「…お手かな?」

「犬じゃなーい!何となく手出されたからのせちゃったけど!?湊太どこに行ったんだよ、これ何のマジック?」

「うーん、確かにこれは説明めんどいわ。もうとりあえず飛び込んで。向こうで説明するから。みんな風邪ひいちゃうでしょ」

「知らねーよ!何にも分からん、暗闇に飛び込めとか怖いわ!」


 由梨香に少し焦りの色が見え始めているが、引き出しの中がどうなっているのか全く理解できていないなのはは「はいそうですか」と飛び込むことも出来ない。由梨香はふーっとため息をつき、なのはの目をまっすぐに見つめた。

「…分かった。向こうにはエルフがいます。美形です。ちょこっと魔法っぽい事も…出来るような出来ないような」

「エルフ…?」

 意味が分からないまま少しだけ心が揺れ、もう一度なのはは引き出しに目を向ける。少し見える景色がぼやけてきている。

「おっと、いかんいかん」

 由梨香が湊太のダウンジャケットの袖で引き出しの縁をシャカシャカと擦ると、再び景色がはっきりと映った。


 すると、しゃがみこんで、こちらを見上げている女の子が見えた。

「ソフィア⁉」

 春休み中に出会った、趣味の近いオタクのドイツ人の姿がそこにあった。

 そのままソフィアは少しの間手を振って見せた後、手の平を上に向け手招きすると、横へ避けた。


「…さあ、どーする?向こう行って説明聞きますか?ちなみに、向こう行ったらソフィアとはラクぅに会話できるからね。まぁ、バーチャルな世界とでもとりあえず思っといて」

「あ…なんだ、バーチャルなの…か…?」

 なのはがだんだん混乱して来ているように見え、由梨香はにまっと笑った。


「もういい、分かった。みんなが風邪ひいちゃうからね。私だけ行ってシュートの事情聴いてくるから。湊太とソフィアと一緒に聞いてくるから。なのははここで待ってて」

「え、ちょっとそれは待って。ウチ何しにここ来たんだよ」






 漸くなのはが飛び込んできた。

 分かっていた事だが、枝の上でゲートが真っ赤に点滅を始めた。

「え?なにこれ、うわ寒っ!」

 ソフィアが箱から出したサンダルをなのはに履かせると、手を引いてゲートの下から避けさせた。


「待ったな…最長記録かな」

 と秀人が呟いた。

「まあ、ユリカの最短記録が異常だよな」

 湊太が応じつつ、箱から由梨香の靴と暗黒龍を取り出した。


「わー、ほんとにソフィアだ!」

 なのはは笑顔とも泣き顔とも言えない顔で、ソフィアに抱き着いた。

 そしてなのはがゲートの下から避けるとすぐに由梨香が飛び込んできたので、湊太が駆け寄り靴を足元に置き、暗黒龍を肩に乗せた。


「何それ何それ!?ユリカの肩のヤツ何!?目光ってるー!」

 ソフィアが由梨香の肩の暗黒龍を見て、ゲラゲラと笑った。由梨香はふふんと胸を張り

「この間街行って買ったんだ」

 とドヤ顔で暗黒龍を指差していた。

 目の前でソフィアと由梨香の会話を聞いていたなのはが、泣きそうな顔になっていた。

「えちょっと待って、何でそこ普通に会話してるの?ソフィアが何言ってるか分かんない」


 秀人がそんななのはの顔を見ながら、箱からピンクのラムダを掴むとソフィアに手渡した。

「ソフィア、なのはが何言ってるか分からないって」

「あ、そっか。グノメ、外部音声を日本語に…なのは、分かる?」

「…え、分かる!」

 ソフィアは「よし」と頷くと、すぐにラムダをなのはの耳に掛けて

「言語設定ヨロ」

 と湊太の方を振り返った。


 なのははソフィアにつられて湊太の方を見たが、その時初めて湊太達の後ろに見知らぬ人が二人立っていることに気付いた。

「え誰?てか、白いメーテルいるじゃんかー!」


 秀人は自分と同じ感想を持ったなのはの言葉に、つい吹き出してしまった。

 振り向くと、白いメーテルは眠すぎたのか、立ったまま寝ているように見えた。周りにふよふよと、光る何かを漂わせながら。


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