部活見学に行こう
「部活紹介、まあまあ面白かったな」
放課後、部活見学に向かいながら秀人が言った。
「面白かったけど、クラスの女子があっき―先輩でざわついてて、全部持ってかれたわ」
湊太がため息交じりで苦笑すると、秀人もうんうんと頷いた。
「ウチのクラスもまあまあざわついてたな。和美先輩の腕すげえなって思ったわ」
「腕?」
「あっき―先輩にメイクしてたぞ、昼休み中」
「まじか!え?俺たちが行った時、もうあの顔だったっけ?」
昼休み中を思い返すが、彰斗があの画面の中とイコールだったか、湊太の記憶もあいまいだ。
「和美先輩なんかが足りないって言って誰かに借りに行ってたから、多分俺たちが帰った後に仕上げたんじゃない?」
「うっわあ、騙されたー!…いやいや、これで見学来た女子たちががっかりして帰ったらどうすんの」
「まあでも、あの短時間であれだけ仕上がるなら、多分元は悪くないんだって。しばらくメイクで来てもらうしか…」
雑談している間に、二人は武道館の下まで来ていた。建物からうっすらと琴の音色が聞こえてくる。
「…で、湊太はやっぱり剣道部?」
「うん。明日詳しく話すけど、向こうで軍の人とちょっとだけ手合わせしたんだよ。棒モノなら全部避けれたんだ。やっぱ小さい頃からやってたのが無駄じゃなかったって思うと、嬉しかったってのもあるけど」
階段をゆっくりと登りながら、バルトの攻撃を思い出す。手元を見れば動きの予測は出来たし、反射的に避ける事は出来た。
「勘が鈍るのは怖いなって思ったんだ…でも」
面がない普段着の状態だと、目線がはっきりと見えるという別要素もあった。こちらも読めるが、向こうにも読まれるという事だ。その上こちらは丸腰だ。そうなると、剣道だけではカバーできない「何か」が必要になりそうな気がする。
「剣道だけでもダメな気がするんだけどね」
「別に湊太はバトル物の世界に行ったわけじゃないだろ?それを最優先にするものおかしいと思うけど」
「まあ、そう言われると確かにそうなんだよな」
階段を上って行くと、だんだんと琴の音色が大きくなってきた。2階に着くと、目の前の扉には『剣道部・華道部・筝曲部はこちら』と手書きの紙が貼られていた。
扉を開けると、防具フル装備の4人が等間隔に並んで、こちらを向いて正座…いや、つま先が立っている、跪居の姿勢で座っていた。それを見て、思わず湊太はびくっと後ずさってしまった。
「ようこそいらっしゃいませ」
フルアーマー剣道具の一人がそう言うと、4人綺麗に揃って頭を下げた。
「怖い怖い怖い!」
その4人の姿を見た秀人が、叫んで湊太の後ろに隠れた。
「あれー、湊太だ!」
端に座っていた防具姿の男が一人、そう叫ぶと面を外した。
「うわ、井口先輩かぁ、お久しぶりで…す…」
湊太は反射的に挨拶をした後、だんだんとイヤそうな顔と声に変わっていった。
「なんだ、井口の知り合いか?」
横の男が声を出した。井口は右起で立ち上がりながら
「中学の後輩っす。例の『コインロッカーの幽霊』の」
と気になる単語をぶっこんで来た。
「ああー!この子があの…幽霊ちゃんフった子か!」
―――なんか、すごい話になってないか!?
「辻井、そんな二つ名になってるの?」
秀人がぼそっと言ったが、もう二つ名が二つどころではない、大量発生中だ。2週間要素に加えて、コインロッカー要素まで追加されている。やはりあのコインロッカーに隠れる姿は、大人数に目撃されているらしい。
「えーっと、帰りまーす」
湊太は靴を脱ぐこともなく、そのまま扉に向かってUターンした。
「まてまてまて、今4人しかいないんだよ。このままだと団体戦厳しいんだって。湊太が入ってくれればめっちゃ助かるんだけどなあ!?」
「知りませんよ、先輩があいつフらなきゃこんな事になってないんでしょうが。そもそも告ったのあんただろうが。正直もんのすっごく迷惑してるんです」
小手を付けた手で器用に腕を掴まれ、湊太は振りほどこうとしつつも文句も言いたくて、つい逃げることが疎かになってしまった。
「え?俺フってないよ?フラれたの俺なんだけど」
「…おう?」
井口からの意外な言葉を聞き、湊太の足は完全に止まってしまった。
「聞いてないの?…じゃあ、詳しく聞きたければこちらにサインを」
どこかで見た手口だ、『入部届』と書かれた紙が挟まれたバインダーが目の前に差し出されたが、湊太は無言でそのバインダーを叩き落した。
「シュート次行くぞ、次!ってあれ?シュート?」
後ろにいたと思っていた秀人がいつの間にか消えていた。
「あ、お連れさんこっちだよー!」
奥の畳の間から、女生徒が湊太に向かって手を上げている。
「ってシュート、何してんのー!?」
気付くと、秀人は畳の間で花を活けていた。
「…意外に楽しい…」
「入学式のお花譲って貰えましたー!今が一番花の種類が豊富だよ~!ぜひ活けてみてくださーい」
一人が、窓から外に向かって客引きをしている。湊太も靴を脱いで、剣道部の跪居している3人の横を抜けて奥の畳敷きのエリアに向かった。井口は、防具と小手のせいで苦労しながらバインダーを拾い上げていた。
華道部、化学部と文芸部の見学を終えて、湊太達は1-4の教室へ戻っていた。部室に近づけないので仕方がなく集合場所をこの教室にしていたのだ。放課後の教室には他に誰もおらず、湊太は自分の席、秀人はその隣の由梨香の席に座りぼんやりしていると
「お疲れー!」
由梨香が手を振りつつ、戻ってきた。なのはと、なぜか美奈子も一緒だった。
「お疲れー。見学者どうだった?」
湊太が訊くと、
「女子だけでも20人近く来たよ。男もまあまあ多かったけど」
由梨香が答えながら、湊太の前の席に座った。
「で、なんでこの3人組よ」
湊太が首を傾げると、美奈子が何とも言い難い表情で口をへの字に曲げた。
「…部活見学、早紀を誘ったの。どこか見てみないかって。そしたら、どこにも入らないって言って、一人で帰っちゃったんだ。…で、駅行ってみたら、やっぱりいて」
「慌ててパソコン室に飛び込んできた、と」
なのはが続けた。
「とりあえず、こっちも見学行く先々でその話出てたぞ。新称号『コインロッカーの幽霊』獲得してた」
秀人が肘をついたまま、疲れた声で情報を共有した。
「あ、そうだ。例の…早紀と付き合ってた先輩が、ここの剣道部にいたんだ。でも、フったのは俺じゃない、フラれたんだって言ってて」
何か知っていそうな美奈子がいるので、湊太は剣道部での話を振ってみた。
「俺たちは全然逆だと思ってたから。実際どうなのか、何か知ってる?」
「先輩から付き合ってって言われて、そんな事言われたのが初めてで嬉しかったから付き合い始めたけど、すぐにやっぱりあんたがいいってなったんだって」
美奈子は、じっと湊太の目を見ながら静かに話した。
「じゃあ、先輩がフったって噂はどっから出たんだ」
秀人が美奈子の方を見上げると、
「知らない。少なくとも早紀が言うわけはない」
と返された。
「…そりゃそうだよな」
秀人も、ため息をつきながら目線を前に戻した。
「あー…でも、あの先輩なら負け惜しみ、当てつけで適当なウソ言いそうだ」
そう言いながら、湊太は机に突っ伏した。
「ねえ、それよりも…こんな状態3年間続けるつもり?あんたたちも、早紀も…」
湊太が突っ伏した机を、美奈子はばんっと軽く叩いた。湊太は驚くでもなく、ぼんやりと顔を上げた。
由梨香は壁にすがりながら、腕を組んでなのはを見る。
「こんだけ目撃者いるとなあ…そろそろ教師の耳にも入りそうだよね」
「時間の問題っしょ。もう来週あたりには問題になってそうじゃん。…さて、そろそろ帰りますかぁ」
伸びをした後、思い出したようになのははぱっと湊太の方を見た。
「そうだ、ユリカに誘われたけど、明日湊太ん家お邪魔するぜぃ!よろしくね~」
「おーう、ウチに来るなら動きやすい服で来ることを推奨するぜぃ!」
笑顔で答える湊太を、秀人と美奈子が驚愕の表情で見ていた。
「あ、準備があるからシュート、早めに来てもらえる?ランチは用意するからさ」
湊太の発言を受け、美奈子は今度は勢いよく秀人の方を振り返った。
秀人はしばらく放心したようにびっくり顔のままだったが、大きなため息をついて
「わかった」
と一言で返した。
「あと来週1週間だけ、俺達で色々やってみるよ。それでどうにもならなかったら、その後は誰か大人に相談するつもりだから」
湊太は席から立ちながら、美奈子に向かってそう伝えた。
「そんな…そんなの、親にも伝わって多分大事になっちゃう。出来れば、その前に…やめさせたい」
「うん、分かってる。でも前にも言ったけど、美奈は危ない事すんなよ」
そう言って釘を刺したのは由梨香だった。
「ルーチン化してるな」
湊太の右腕にしがみつきながら、由梨香が呟いた。
なのはと秀人に隠されつつコインロッカー前を抜け、改札を通る。そして、無言で動き出した早紀が後ろをついてくる。
「もはや様式美だね」
なのはも、口元をゆがめて笑った。
「で、明日の件。宮原が来るのは聞いてなかったんだけど」
電車が動き出した後、秀人が由梨香と湊太の顔を交互に見ながら問いただした。
「シュートの話聞くのに、なのはは外せないでしょ」
昨日あんなに驚いていた由梨香も、今日はすでになのはを連れて行くことに大賛成の様子だ。
「なんだよー、ウチが行っちゃダメなのかよー!」
吊革に捕まったまま、なのはは不満顔の秀人にどかどかと体当たりした。
「うわ、やめろ。わかったって、うちの親がホントにご迷惑をお掛けしました!明日ちゃんと説明します!」
最寄り駅で降りて、バスに乗る早紀を見届けるまでの「お約束」を終え、秀人たちと別れて、湊太達は自転車置き場に向かった。
何となく話したくて、由梨香と二人、自転車には乗らずに押しながら歩く。
「シュート、めっちゃ驚いてたね」
由梨香はとても満足そうに笑った。
「そりゃあなあ…あ、そうだ。明日なるべく厚めのコート持って来てって言い忘れてた」
「え?なんで?」
「…向こう、日の出前。あれで今夏らしいけど」
「うあー、そっかあ!でも今更なあ。このコートじゃダメかな」
自分の肩を見下ろしながら、由梨香が眉根を寄せた。風は防げる素材だが、決して分厚くはないトレンチコートだ。
「俺のコートで良かったら貸すけど」
「うん、借りる。彼女が彼氏の服借りるとか、萌えパターンじゃね?」
ぱっと笑顔になって、自称彼女は湊太の顔を見た。
―――コイツは人の気も知らないで、こういう事平気でネタにするんだよな…。
「…あれは、シャツとかじゃないの?」
湊太は何だか悔しい気分のまま、今日も小さな反撃はしておく。
「…じゃあ、違うか」
湊太は残念そうに口を尖らす由梨香を見て、これでも楽しいと思ってしまう自分が少し悔しかった。
「ただいまー」
ぜーぜーと肩で息をしつつ家に戻ると、湊太は玄関先ですぐに時計アプリで時間を確認した。
向こうは朝の9時だ。すぐに2階に上がろうとしたところで
「おかえり。こらー、先にお弁当箱出せー!」
とリビングのドアを開けて叫ぶ夕湖に止められた。
「あ、はーい。ご馳走様でしたっ」
湊太は慌てて弁当箱をカバンから出すとキッチンに走り、シンクの中の桶に漬けた。
「ちょっと向こう行ってくる」
「…それより気付いてると思うけど、昨日朝海がずっと湊太の部屋漁ってたんだよ。パソコン、さっさとあげた方が良いんじゃないの?なんか危険な気がしてしょうがないんだよね」
「えー、あいつに渡すのヤバいって」
湊太はあくまで朝海にパソコンを渡すのは反対だ。
夕湖はうーんと唸りながら腕を組み、湊太をまっすぐ見据えた。
「考えてみて?向こうにあんたたちが行ってる間に入られる方がヤバいって。
一旦預けてくれたら、時間制限つけて朝海に渡すけど。それならいい?」
「…うー…それなら…」
湊太はしぶしぶと夕湖の提案を受け入れた。
「じゃあ、悪いけど今日中に下におろしといて。もうちょっとで朝海迎えに行くから」
「あ、あいつ塾か。くそ、下で待っとけばよかったな」
何とか息が整ったところだったが、無駄に体力を消費したことが悔やまれる。
「ディスプレイもないから、どの道すぐ使えないんだけどね。あの子その辺分かってないからさ。でもここに本体が置いてあれば、とりあえず湊太の部屋への侵入は防げるから」
「分かった」
向こうへ行っている間、あの向こう見ずな妹にピッキングでもされたら本当に困る。
不本意ながら、湊太は夕湖の提案を受け入れた。
やっと次から星に行けるぞー!




