秀人の家の事情
「さて、どこから話そうかな」
女子3人が真ん中の長椅子に並んで腰掛け、左右の一人掛けソファに湊太と秀人が座っている。中央になのは、湊太側に由梨香、秀人側にソフィアが座っている。
「一通りざっとユリカにしたのと同じ説明するから、質問はその後で」
「お願いします!」
気合いの入った表情で、なのはが体ごと秀人の方を向いた。その隣で、由梨香が暗黒龍に撮影を命じていた。
「今後、また人呼ぶたびにシュートがこれだと大変だから。実は私の時の質疑応答からは音声だけ撮ってあるんだよ」
「いつの間に?」
湊太が驚いた顔で隣の由梨香を見た。そんな指示や仕草をしていた記憶がないので、秀人も驚いて由梨香の目を見る。そもそも来たばかりだったのに、グノメを使いこなしていたことがびっくりだ。
「あの時メモが欲しい、って私が言ったら、グノメさんが録音してくれたんだよ。話の腰折らないように、こっそり小声で録音しましょうかって聞いてきて」
爪で暗黒龍をつつきながら、由梨香が答えた。なるほど、独り言をグノメが拾ったパターンだったらしい。
「じゃあ、30年前の誘拐事件の話から」
秀人は、湊太の祖父の話を軸に話を進めた。
レビの妻・ハルカ、ソフィアの祖母の事もわずかに触れる。由梨香の時と違うのは、大牙の上司の存在を省いたくらいだ。秀人自身、本人に会ったことがないので、大牙が居ないと話すネタとして弱かったというのもある。
そして秀人が一通り話し終わったところで、由梨香が
「暗黒龍、初日の質疑応答流して」
と指示した。
暗黒龍から3週間前の音声が流れ始めた。誘拐犯ララカリブス関連の質問、そして地球とアステリアの関係に話が進み、途中から大牙の声が入り始めた。
「ああ、この人大牙さんって言って、私たちのチュートリアル手伝ってくれてたイケメン兄さん」
由梨香がそう説明したところで、
「うう…」
とソフィアが両手で顔を覆って、俯いた。
『大牙さんは、こっちに移住する予定なんですか?』
「はいストップぅ!」
秀人からの質問の声が流れたところで、由梨香が再生を止めた。
この後、湊太が大牙の彼女の話を持ち出したことを、秀人ははっきり覚えている。既にソフィアは落ち込んでいるが、止めたのは賢明な判断だと思った。
「はい、では、なのはから質問あったらどーぞ」
「いや…質問…色々ありすぎて…理解追い付かなくて吐きそうなんだけど」
なのはは両拳でこめかみをぐりぐりと押さえた。
「…とりあえず、ソフィアがどうしてこんなになってんのか教えて」
その途端、湊太と秀人、由梨香が揃って目を見開いてなのはの方を見た。
「…え、何?ダメだった?今の質問」
なのははソファに体を倒して3人の顔芸をきょろきょろと見返した。
「えー…ソフィア?ちょっとごめん、この間のドラゴンの映像流すね。見たくなかったら見なくていいから。暗黒龍、湊太と大牙さんの農園のお手伝い動画見せて。大牙さんの梨汁ブシャーのとこだけで良いから」
「ドラゴン?梨汁ブシャー??」
巫女とドラゴンの話をするのを忘れていた事に、秀人は気付いた。それを知らない人間からしたら、由梨香の発言はかなり意味不明だろう。
「あー、ドラゴンの話が抜けてたな。この星、ドラゴンが支配者の星なんだよ。あとで本のデータ送るからそっちで読んで。宮原、本は嫌いじゃないよな?」
「…嫌いじゃないけど…ドラゴン???」
なのははずっと顔を顰めっぱなしだ。
そんな事は気にも留めず、一仕事終えた秀人は後を由梨香に任せてソファにゆったりともたれ掛かった。声が掛かるまで傍観の構えだ。
この家の共有データから動画を引っ張り出し、暗黒龍が先日の大牙の画像を流した。
「ドラゴン?なにこれデカっ!…うわ、バチくそイケメンじゃん。これが大牙さん?」
「はい、暗黒龍もう止めていいよ。実はさっきの質疑応答の音声、続き部分で湊太が大牙さんに彼女がいる事バラしちゃいます」
「あっ…」
全てを察したらしく、なのはは顔を覆っているソフィアを見た。
「ゴメンナサイ…」
そしてしょんぼりと、湊太が謝った。
「あ、それとさっきのソフィアの質問、レビとクレアさんの関係。ついでに説明しとくと、姉弟です」
「なんで?姉がメイドで弟当主ってどんな差別よ!?」
由梨香の説明で、落ち込んでいたはずのソフィアが急に顔を上げた。
「それについては俺から説明するよ」
湊太が手を上げた。
「レビの両親は再婚同士で、クレアさんは母親の方の連れ子になる。で、レビの父親の方の連れ子のジークさんと結婚した」
「え?え?ややこしいな?クレアさんって、さっきレビさん連れてったエルフの綺麗なお姉さんでしょ?」
なのはが両手を頭にやり、髪をぐしゃっと握った。
そしてソフィアは更に怒り始めた。
「連れ子が虐げられてるの!?」
「勘違いして欲しくないんだけど、この家は執事もメイドも基本家族がやってる。農園も医者もメイドも、等しく仕事してるって感覚で、上も下もないんだ」
「…そっか、ごめん。私の感覚がここの人たちと違ってたんだね」
湊太の説明で、ソフィアがしゅんと謝った。
違う価値観をすぐに認めることが出来る感性は、得難い才能だと秀人は思う。そして、メイドも家族がやっているという状況は、秀人にも若干理解が難しい。まあ、メイドがいるような生活自体、したことはないのだけれど。
「でも、この家でのクレアさんの本当の仕事は子供の世話係、それと息子のトルテに譲ったけど、元はパティシエだ」
「え、そうなの?子供の世話係?」
本当の仕事がメイドではないなんて秀人も知らなかった話で、驚いて聞き返してしまった。でもマサムネを送り迎えしている姿を思い出すと、確かにそうだったと気付く。あれがこの家での彼女の仕事だったのだ。そしてクレアがお母さんがわり、と緑の目の獣人が言っていたことも思い出した。
「そっか、それで送り迎えは…ヴェルデさんもそんな事言ってたな」
「ジークさんが亡くなって、子供も出て行って。外から来た人間って言う負い目があるんじゃないかってアーシャさん…レビのひいおばあさんが言ってた。勝手に肩身の狭い思いをして、休みなく働こうとしてるように見えるって」
「なんか…切ないな」
湊太の説明を聞いて、ソフィアが落ち込んだ。
「いや…まだ状況理解できてないんだけど、なんでウチこんなトコにいるんだ…?シュートの話聞きに来ただけのはずだったのに」
なのはが、また頭を抱えて髪をぐしゃっと握った。
「ごめん、言いだしたの俺。色々巻き込んじゃったし、話するのはここが一番場所も広いし、今後も便利かなーって思って」
軽く笑って湊太が答えた。
「いや、湊太の部屋もかなり広かったけどね!?」
「広さはあるけど、ソファも一つだしパソコン机の椅子しかないし…あと、朝海がいた場合、かなり落ち着かない…」
「一般のマンション住みのご家庭全てに謝れ!」
贅沢な言い訳をする湊太に、なのはがキレつつ突っ込んだ。
「あと、これ」
湊太は腕を捲って見せた。そこには、黒い防刃スリーブが巻かれていた。
「実はこれ、ここの軍の人から貰った。なのはにも渡した以上、知っといてもらった方がいいかなって」
なのはは一瞬ハッとした顔になって、何かを言いかけた。そして目を閉じて少しだけ考え事をしているようだった。
「…今日それ必要なくね?」
散々悩んだ顔をして、最後に返した言葉はそれだった。
「そう思うだろー?これ着けて来いって軍の人に言われちゃって。後で稽古つけて貰いに行ってくるからさ」
「稽古!?」
急にソフィアが目を輝かせた。
「…行きたいの?」
由梨香がソフィアの顔をなのは越しに覗き込んだ。
「ちょっと興味ある、こっちの格闘技」
「…土曜だから、予定なかったら大牙さん行ってるかも」
湊太のその言葉で、ソフィアは再びがっくりと項垂れてしまった。
「なのは、他に質問は?」
由梨香が未だ難しい顔のままの友人に問いかけた。
なのはは腕組みをしたまま
「いっぱいある…けど、ちょっと考えさせて」
と言って、大きく息を吐いた。
「じゃあ…そろそろ聞いて良いかな、シュートの話」
どこまで湊太は根回ししていたのだろうか。由梨香がそう言った途端、ソフィアが
「私、席外そうか?」
と立ち上がった。
「いや、ここまで手伝って貰っといて、今更帰れとは言わないよ。…大した話じゃないし」
秀人はソフィアに座るように勧めた。
「うちの父親が、健康診断で高血圧って言われてから、薄味になったってのは何日か前にも言ったよな?」
秀人の話に、湊太と由梨香がうんうんと頷く。
「それはもうかなり前の話で、薄くてもそれなりに食べれてた。俺や兄貴は普通に醤油だの胡椒だの勝手にかけて調整してて」
そこで由梨香が不思議そうに首を傾げたが、特に何も言わなかったので、秀人は話を進めた。
「丁度2年前からかな、自然派、無添加だの言い出したのは。それから、うちの食卓から調味料が消えた」
「…その…2年前って、何があったの?何きっかけでそうなった?」
質問したのは、なのはだった。本来彼女はこの話を聞くために来ていたのだ。
「父親の単身赴任。今は海外勤務。父親が家から居なくなると、あの人不安定になるんだ」
「じゃあ、今もお父さん居ないの?」
「うん。3年の予定だから後1年は帰ってこないと思う。正月とか一時帰省はするけどね。最初はメールとか電話とかもたまにあったけど、時差もあるからさ。わざわざ連絡もなくなって。そうなると何か猜疑心でも生まれるのかな。どんどん変な方向に行っちゃう。小学生の頃も同じような事一度あったから、ああまたかって感じで」
そこまで話すと、秀人はソファの背もたれに縋り、上を向いて大きくため息をついた。
「働きにも出てないから、基本会話が俺たち兄弟とだけだからさ。外に出てくれれば変わると思うんだけど、変なプライドあって。家と自然派食品の店行くだけの狭い世界で、八方塞がり。
その前の小学生の時は風水に凝ってたな。あれはあれで家の中変なアイテム増えて困ったけど、害はなかったし…」
再び首を起こすと、秀人は自嘲気味に笑った。
「ま、こんな感じだよ。他人様に攻撃が行ったのが今回の問題で、俺も兄貴もその点に関しては許してない」
話し終わる頃には、秀人の眉間にしわが寄っていた。自分の母親が夕湖に向かって発言した内容を、秀人も兄も許していないのだ。
部屋のドアがノックされて、ヴェルデとパトリシアが入ってきた。
「ソフィア様は朝食の時間だと伺いましたので、簡単ですが朝食をお持ちしました。足りないようでしたら下の食堂に来ていただければ、まだ色々ございますので」
メイドの二人を見て声にならない声を上げながら、なのはが口を押さえた。獣人とエルフのメイドだ、色々言いたい事は分かる。
ヴェルデは全員分のお茶を入れ、クレアが作ったと思われる焼き菓子類の並んだトレイをテーブルに置いた。そして
「あらあら」
と言って由梨香たちの部屋の方へ移動した。
パトリシアはやはりメイドだったのかな、と秀人がぼんやり考えていると、メイド服を着たエルフは先ほど秀人に出されたのと似た感じのサンドをソフィアの前に置くと、湊太のソファの後ろに立った。
「うわ、美味しそう」
ソフィアが嬉しそうに顔の前で指を組んだ。
ヴェルデはどこからかハンガーラックを抱えて戻ってきて、みんなが脱いで円卓の椅子に乱雑に掛けていたコート類をてきぱきと掛けていった。しかしパトリシアは手伝いもせず、湊太の陰からじっとソフィアを見ていた。
「ヴェルデさん、ありがとうございます。あー、パトリシアさん、ソフィアとは初対面?」
「…うん」
湊太が背後霊のように立っているパトリシアに声をかけると、彼女は恥ずかしそうに頷いた。
「じゃあ…ソフィア、食べて食べて」
「はーい、いただきます」
湊太の勧めでソフィアがパンにかぶりついた。
「わー、美味しいね。これ、中のお肉もおいしいけど、パンだけでも美味しい」
「…だってさ」
湊太が椅子の後ろを振り返ると、パトリシアは口元をにまにまと緩ませながら
「じゃあ…みんな分も少しあるから」
と言ってカートに戻り、スライスしたハード系パンの上に色々な具材をのせた、いわゆるブルスケッタのようなものを運んできた。具材違いが何種類かがきれいに並べてあり、華やかな皿だった。
「わ、綺麗」
なのはが皿を見て、思わず声を上げた。
この時点で、パトリシアの目は完全に由梨香となのはにロックオンされていた。
「…なるほどね」
初めて食べる人の感想が欲しいのだろう、と気付き、思わず秀人は笑ってしまった。
「ユリカとなのはも食べてみて。…俺も、いただきます」
湊太はそう言いながらブルスケッタを一つ手に取った。
「うん、美味しい。俺はもう少しこれ、胡椒効いてても良いかも。…パン自体はさすが」
「胡椒?分かった!」
「あーでも、マサムネとかも食べるんだったらこれくらいのが良いのかな」
そう言いつつ、湊太はちらりと由梨香たちに目配せした。勘のいい女性陣は、軽く頷き、次々にパンに手を伸ばす。
「…美味しい。ほんとだ、パンがもう美味しい」
「パンのカリカリ感がいいね、具材とも合ってる」
由梨香となのはが何とか感想を絞り出すと
「もう…パトリシアったら。ごめんなさいね、皆さん」
とヴェルデが謝って、引きずるようにパトリシアを連れて出て行った。
由梨香、録音してた?
14話目の「坊やだからさ」の由梨香の発言をご参照ください。




