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しらないところで  作者: 南 紅夏
高校入学編

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ミッション:プリンセスを守れ

 カバンの中でスマホが震える感覚があり、そこで湊太は白昼夢のような状態から意識が戻った。

 学校最寄り駅の、入り口を入ったすぐの所だった。


 ―――スマホ出さなきゃ…


 ぼんやりとしたまま、改札を通るためにスマホをカバンから探すが、なかなか見つからない。

 周りを見渡してベンチを見つけると、一度そこにカバンを置いて改めて中を探した。


 ―――ああ、そっか。外ポケットに入れたんだった…


 カバンの外ポケットからスマホを取り出すと、改めて改札に向かう。そこで、またスマホがぶるぶると震えた。

 画面を見て、一瞬で目が覚めた。今来たばかりのものは由梨香からだった。

 

『今どこ』

 通知で、それだけが表示されていた。


 今まで、由梨香が何を考えているのか大体分かっていた。さっきのクラス委員を決める時だってそうだ。何も言わなくても、どこか奥底で繋がっている感覚だったのだ。

 しかし、さっきの由梨香が何を言ったのか、どういうつもりで言ったのか。まるっきり頭で理解できずに、思考がシャットダウンしてしまった。


 分かっていた、と思っていたこと自体烏滸がましかったのかもしれない。

 こんなことで思考停止してしまった自分が恥ずかしくなってきた。

 どの道今の状態は高校の間まで。遅かれ早かれ…なんて大牙に言った事を思い出す。


 ―――大牙さん、俺カッコばっか付けて、全然何の覚悟も出来てなかったです。


 何となく既読をつけたくなくて、返信をせずに逃げるように改札に向かうと、

「湊太!」

 と真横から声を掛けられた。


 聞き覚えのある声。だが、今一番聞きたくない声だった。

 右側に視線を向けると、そこに辻井早紀が立っていた。






 今となっては笑い話になっていたのだが、中二の秋、湊太と家の方向が近いもの全員に

「帰り道、湊太を一人にするな」

 というミッションが下っていた事があった。


「湊太は危機感足りねーよ。どう考えてもやばいじゃん」

 同じ剣道部の副部長だった春樹というヤツが、以前住んでいたマンションの近くの家だったので、部活帰りに一緒に帰ることが多かったのだが…


 その日の体育の時間、女子が体育館、男子が外だった時に緊急ミーティングが行われた。

「先週の金曜日と今週、月、火、3日間、帰り道にいたんだよ。

 金曜はコンビニ前だったからそこまで気にならなかったんだけどさ。月、火はまさかの電柱の陰に立ってたんだぜ?あれはさすがに引くわ」

「え、まじか?俺全然気づかなかったけど」

 きょとんとする湊太の肩を、春樹は肘でごつんと押した。

「バッカお前、俺が先に見つけて間に入って、目が合わないようにブロックしたんだって!」


 それを聞いて、他の男子たちがざわつき始め、口々に謝ってきた。

「いや…湊太、マジでごめん。付き合ってあげたら~?とか簡単に言ってゴメン」

「そんなヤバいヤツとか思ってなくて、すまん。これ、先生に言っといたほうが良くね?」


「このヤバさを共感頂けたところで、相談がある。明日の木曜は湊太は塾だよな?シュートが一緒だし家と反対方向、帰りも車だしまあ心配ない。問題は今日、水曜日。俺は塾があって湊太を守れない。誰か部活のあるやつ、湊太と時間を合わせて帰って欲しいんだが」

「いや、そこまでしてもらわなくってもさぁ…」

 湊太が断わるのも聞かず、春樹の仕切りでシフトが組まれてしまった。そしてそれは3年の夏休み、湊太が引っ越すまで続いたのだ。






 ここにきて、湊太はたった2週間で「無理」と言って断ったあの2年の秋以降はじめて、一対一で早紀と対峙している事に気付いた。さっきだって、周りに由梨香や蓮がいたのだ。


「今帰り?」

 親し気に、にこやかに近づいてきたが、その笑顔がかえって怖い。


 一気に視界が開け、冷静になった。

 早紀が声を掛けてきた方向には、コインロッカーしかない。横に柱と、その陰に僅かな空間。

 状況を確認すると、恐ろしいことに気付いてしまった。


 ―――今こいつ、その柱の陰から出て来た?…ずっと、そこにいたの?


 このまま改札を抜けて逃げるか?

 電車がすぐ来なかったら?

 すぐ来たとして、同じ電車の車内で近くに来られてしまったら?


 一瞬で考えを巡らせ、今、改札を抜けるのは危険だと判断した。


「あ、悪い。忘れ物思い出した」


 湊太は素早く早紀から距離を取ると、学校の方へ取って返した。

 駅舎を出てすぐに左に曲がると、由梨香がまっすぐこっちに向かって走って来ている姿が目に飛び込んできた。気まずさで一瞬足が止まりかける。

「あー!湊太いた、良かった。電車乗ってたらどうしようかと…」

 由梨香が駆け寄りながらそこまで言うと、後ろから飛び出してきた早紀に気付いたようで、一瞬見たこともないような険しい表情をして言葉を止めた。しかし、すぐにいつもの余裕綽綽な表情に戻る。


 端的にこの状況を理解してもらうのは難しい。

「逃げるぞ」

 その一言だけ、湊太は由梨香に小さく囁いた。

「…待って」

 そのまま学校方向に戻ろうとする湊太を小声で止めると、由梨香はぱっと笑顔になり、湊太の腕を掴んだ。


「さっきはごめんね、変なこと言っちゃって。仲直りしよ。…お腹すいた、ご飯食べて帰ろうよ」

 若干演技臭い、普段使わないような「女子っぽい」喋り方だ。でも、由梨香の意図が今ははっきりと分かって、湊太は思い切りにやけてしまった。

「ははっ。俺もメチャクチャ腹減ってたわ。…何食う?あ、早紀、また明日な」

 早紀の表情など確認しない。そのまま背を向け、腕を組んで二人は駅前のショッピングモールへ向かった。


「…助かった、ありがと」

 腕を組んだまま、二人はエスカレーターに乗った。由梨香が腕にしがみついている感覚が、演技だと思うと何だか居心地が悪い。

「もう、離れても良いよ?」

「しっ。まだ付けられてるかもしれない。そのまま」

 冷静に返され、右腕は由梨香に預けたまま2階へ着いた。


「あ、懐かしい。ここ」

 中学受験の後、秀人と3人で来たフードコートだった。

「思い出した?」

 由梨香が演技ではなく、本当に嬉しそうに笑った。

「学校帰り、またここに湊太達と来るの楽しみにしてたんだよ」

「はい、遅くなってすみませんでした」

 笑いながら、湊太は謝った。


 まだ少し昼には早かったので席は空いているが、やはり同じ制服の学生が多い。

 二人はなるべくフロアが見渡せる、端の方の席を選んで座った。

「今日は奢らせて。ホント俺の認識が甘くて…助かった」

「じゃあ、今日だけゴチになります…あ、一緒に買いに行く」

 由梨香はなるべく側を離れないことを選択したらしい。ハンバーガーとドリンクを2つずつ注文し、ポテトだけはLサイズを1つ注文した。


「シュートに、怒られたんだ」

 ハンバーガーを食べ終わり、ポテトを口に運びながら、由梨香が目を合わせず話し始めた。話しながら、あまり首を動かさずに目線だけが周りを確認している。

「あいつが怒るとか、珍しいな。何で怒らせたの」

「え!?湊太がふらふら部室から出て行ったからでしょ!?」

「…あ。あー、そうか。あの時、なんかちょっと良く分かんなくなって。ごめん、あんまり記憶がない…かも。でも、シュートが怒ることだったっけ」

 コーラを飲みながら、湊太も何とか記憶を辿る。記憶はぼんやりしていたが、ただ秀人は自分のために怒ってくれたのだという事だけは分かった。


「いい女ぶるなって言われた」

 危うくコーラを吹き出しそうになって、湊太は思い切り咳込んだ。咳込みながら、大笑いしてしまった。

「あいつがそんなこと言う!?…ちょっと…考えられない…いや待って、へんなトコ入った、鼻痛い」

 笑いながら、少し記憶が戻ってきたような気がした。


「そうか、あれは…いい女ぶってたように…シュートには見えてたってわけか」

 肩で息をしながら、湊太はなんとか笑いを押さえた。

 秀人がそう言ったのなら、それは多分真実だ。湊太はその「いい女ぶった」演技に騙されて、記憶が飛ぶほどショックを受けたことになる。

 ホントにカッコ悪い。何でも分かった気になっていて、全然だった。


「あと、湊太にはいつも通りワガママ言えって言われた」

「…そんないつもワガママ言ってたっけ?時々無茶振りはされてる気もするけど」

「…!」

 なぜか由梨香は、ポテトをくわえたまま固まってしまった。

「…ユリカ?おーい、ユリカさーん?」

「うーん、私、だいぶ二人に甘えて来てたと思うんだよね。どっちも優しいからさ。随分わがまま言ってたと思うんだけど。湊太にはワガママとは思われてなかったのがちょっと驚き」

「はぁ?ワガママってのはうちの朝海みたいなのだろ。理不尽だし、ものの数分で言ってる事ひっくり返るし」

「ふははっ」

 由梨香は笑って、目を細めるとちらりと湊太の肩の上あたりで。目の動きを止めた。


「…いるね」

「…まじか」

「うーん。ちょっとシュートに電話させて」

 由梨香はペーパーで指先を拭くと、スマホを手にした。

「…あ、シュート?湊太捕まえたんだけどさ。なんかストーキングされてるんですけど…やっぱりって。なんだと、知ってて走らせたのか。…うん、今あの時のフードコートだよ。…あ、もうちょっと湊太と話させて。…なのはも一緒?うん、帰り合流しよ」


 電話を切ると、由梨香はふーっと息を吐いた

「全然終わってなかったね、ストーキング」

「ホント、終わったと思ってたんだよ…」

 湊太がしょんぼりとする。


「ワガママ言っていい?」

「…お?おう?」

「勝手だとは思いますけど。私は、あの子が湊太の傍にいるのは何だか嫌です、許せません」

「…おぅ。俺も嫌だけど」


「じゃあ誰なら許せるかと考えましたが、誰でもイヤなんだよな」

「うん、それは確かにワガママだな。…じゃあ…えーと例えば、ソフィアとかは」

「うわー…なんかリアルなトコ来たな。…ちょっと。ちょっとだけイヤだ」

「じゃあ、なのはは?」

「…あれ、なんでだ?あんまイヤじゃない」

「何でだよ」

 基準が意味不明過ぎて、湊太は笑ってしまった。


「じゃあ…クレアさんは」

 その質問をした途端、由梨香の百面相が始まった。眉間にしわを寄せてみたり、上を向いて見たり、唇を噛み締めてみたり。最後に肘をついて手の甲に額を載せると、下を向いたまま

「…ホントは嫌…」

 と絞り出すように言った。


 世界樹の下では「どうぞどうぞ」みたいな感じだったのに、実は嫌だったと聞くと、嬉し過ぎてニヤニヤが止められない。全部「いい女のフリ」をしていた、という事なのだろうか。

「分かった。今後は全部断る」

「…よろしい。とりあえず言いたい事は言った」

 由梨香はドリンクを片手に、椅子の背もたれにもたれ掛かった。


「え?言いたい事、今ので全部?」

 次の言葉を期待していただけに、何か不完全燃焼でもやっとする。湊太はじっと由梨香の目を見たが、ふいっと逸らされてしまった。

「そう。今の私にこれ以上求めないでください。今最善を考え中です」

「ロボなの?なに?最善って」


 湊太は、ポテトを一つ摘まみあげた。

「3年前か。ここで3人で食べたポテト、あれ、すっげー美味かった」

「うん。わかる」

「あの時から、俺の中でユリカとシュートは、ずっと特別なんだよ」

 そっちがそこで話を止めるなら、こっちから言ってやろうと言葉を選んで話し始めた。


「ふふ…学校の買い食い禁止破った仲間だしね。悪事の共有は変な仲間意識生むよね」

「茶化すなって。…もうじゃあこれ以上話さない!」

 わざと惚ける由梨香に、湊太も意地を張ってみる。

「それでいい、そうして。今聞いたら、判断間違えそうだから。とりあえず、和美先輩の案採用します。今、お互いの気持ちとかどうでもいいです。今から仮面夫婦を演じてください」

 こちらの気持ちも、結局聞いてもらえそうにない。

「なんだよそれ…おっと」


 由梨香と湊太のスマホが同時に鳴った。

「シュートだ…合流するって」

「うん、さっきまで向こうの端っこでなのはとランチしてたしね」

「え、まじでか。あー、俺から死角か」

 由梨香の視線を辿り、斜め後ろを見る。

「真後ろは見ないでね」

「…まだいるのかよ」

「いるよ、ずーっとこっち見てる」

「…そっか…どうしたもんかな。ずっと先送りにしてただけだしな。ちゃんと話した方が良いのかな」

「やめときなって。刺されたらどうすんの」

「そんな話になる?…あ」


 ついでに未読で放っていた親からのメッセージを開封すると、大牙の連絡先のリンクだった。

「大牙さんの連絡先、ユリカとシュートにも共有しといてくれって。転送する」

「…なんか変な感じ。大牙さんってリアルでいるんだ…」

 由梨香が変な事を言い始めた。

「何を言ってんの」

「どこか妖精さんっぽいんだよなー、あの人。現実離れしてるというか。外も中も、なんというか綺麗すぎる」

「…まあ、ちょっと分からんでもないけど」

 兄に対するどす黒い殺意を聞いた湊太としては、そこまで浮世離れした存在とは思えないのだが。


 そんな事を話している間に、秀人となのはがやってきた。

「ずっといるな、中学生時代思い出してかなり恐怖なんだけど…」

 そう言いながら、秀人は湊太の隣に座った。なのはも、由梨香の隣に座る。


「で、どういう話になった?言いたい事言えた?腹割って話せた?」

 なのはが、期待に満ち満ちた目で由梨香と湊太を交互に見る。

「腹は割ってない。当面割る気もない。とりあえずこの呑気なお姫様守るために、便宜上付き合うことにしました」

 由梨香は、にこりともせず、淡々と宣言した。

 明らかに落胆顔のなのはと、不満顔の秀人を気にする素振りも見せず、由梨香は続けた。

「つきましては、和美せ…和美ちゃんと、あっきー、なのはにも協力してもらいます。当然シュートもね。ついでに私の周りも一掃出来れば万々歳。まずは付き合いますって言って周知、それだけで引いてくれれば重畳」


「俺がお姫様かよ」

 湊太もがっかり顔だ。その後はっと目を見開き

「え、それで矛先が由梨香に向いたらどうすんだよ」

 と由梨香の顔を見た。

「それは、第一弾の周知でダメだった時に考えます。まずは校内、後は登下校、とにかく湊太を一人にしないようにする…移動教室、あと選択科目とかのフォーメーションも組み立てるとして。人数が欲しいな」

「中学生時代は、とにかく下校時だけだった。そこを重点的に守れば、校内で突られた事はなかったから」

 秀人が中学生時代の状況を補足した。

「了解、じゃあ校内は人目もあるし、大丈夫って事であえて泳がす。行き帰りだけきっちり守る、で行く」


「ゲームかよぉ」

 なのはが不満そうに叫ぶ。

「シミュレーション、実践できるのってなかなかないよね」

 由梨香が若干悪そうな顔で不敵に笑った。


「じゃ、作戦開始だな。防刃ベスト探してみるか」

 湊太が伸びをしながら呟いた。

「女性用もあるかな。とりあえずここの4人分は欲しいな」

 秀人もスマホを取り出して検索を始めた。


「…あんたら、3人共変だよ。ゲーム脳なの?やっぱちょっと理解不能だわ」

 なのはが、半ばあきれ顔で3人の顔を不安げに眺めていた。


由梨香は、難しい子だねぇ。

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