いい女のフリすんな
「コンピューター室の使用許可貰わないと、入部届にサインしません」
由梨香がそう宣言したので、部長である彰斗は教師に交渉するため、慌てて部室を飛び出していった。
秀人は、オカ研の残していった遺産の本に興味津々で、気になった本を片っ端から引っ張り出している。
「ごめんね、部を立ち上げるのでいっぱいいっぱいで、色々手が回ってなくて」
和美は人数分の紙コップを並べると、コンビニ袋からジュースとスナック袋を取り出した。
「部を立ち上げるのに最低3人必要、で、予算取るためには実績が必要。私とあっきーの考えでは、一番手っ取り早いのはユリカちゃん入れる事だったんだよね」
「年末の…あれ、ですか」
湊太は納得したようにふーっと息を吐いた。
「そうそう、でも、やっぱり実績としてカウントしてもらえなくてさ。先生たちeスポーツっつってもピンと来てなくて。文化部なのか運動部扱いなのか、から話しなきゃいけない始末だよ。
来週弱小文化部同士で、大きな部が取った後の残り僅かな部費を奪い合うガチバトルがあるけど、やっぱ厳しいよね、どう考えても」
「ゲーミングパソコン1台も買えないよな。きっと」
ソファにもたれ掛かり、湊太は腕を組んだ。
「コンピューター室のパソコンって、スペックどんなもん?」
由梨香に尋ねてみる。
「去年総入れ替えしてたから、新しいは新しいけど…CPUはセレロン、メモリはOSの要件ギリ、グラフィックカードとかは当然オンボード」
「…デスヨネー」
和美は、壁際の本棚に目をやる。
「可能なら、この本棚とっぱらって、人数分のデスクも欲しいよね」
「あー、理想的!てかそうしないと場所がない」
載せるパソコンもないのに、由梨香が同意した。
「いや、ソファどけようぜ」
湊太があきれ顔で言うと
「え、ソファはダメ」
「絶対ダメ」
と、由梨香と和美の女子二人に一蹴されてしまった。
「…ところで、なのはちゃんは入らないの?」
和美がなのはに話を振った。
「いや、ユリカとか強すぎて、一回やったらけちょんけちょんにやられちゃって。ガチで試合するんだったら、足引っ張るだけだから無理っすよ」
「そっかぁ…可能なら、校内で練習試合できるくらい人数欲しいんだよね」
「うわー、いいなそれ」
和美のアイディアに由梨香は大はしゃぎだ。
「3人はFPSメインだよね?私は、実はメインが格ゲーなんだよ」
「え、意外!まじすか!普通に俺たちも格ゲーとか、あとは森作ったりもしますけど」
意外過ぎて、湊太は思わず和美の顔をじっと見た。大人しそうに見えるのに、分からないものだ。
「それより、入試組の男子二人、この学校どう?楽しめそう?」
和美が部活の話から、急に世間話に舵を切った。なのはに気を使ったようだ。
「いきなりクラス委員する羽目になって、ちょっと困ってます」
湊太が由梨香をちらりと見つつ言うと
「うわ、まじか」
と本を見ていた秀人が、視線を外さずにふふっと笑った。
「そう!それよ。何であんな恐ろしい事になっちゃったわけ?」
なのはが急に叫んだ。
「ユリカが委員長になったまではいいさ。湊太を副委員に指名したのも、まあ…とりあえず良しとしましょうよ。でもなに、あの残り二人は。なんであの使い魔二人は手挙げたのさ?」
「使い魔?あの二人?」
秀人が顔を上げた。
「ユリカに告ってフラれた男と、湊太の元カノ」
「う…え?」
なのはの発言で秀人が本を閉じ、湊太の顔を見た。
「辻井、同じクラス?」
「…そう。いや、元カノじゃないし。付き合ってない」
「えーなになに、超面白そう。ちょっとお姉さんに最初から話してみ??」
和美が殊の外食いついてきた。
「ウチが聞いた限りのことで話しますよ?違ってたら当事者の皆さんで訂正お願いしまーす」
なのはが前置きすると、説明を始めた。
「中二の秋の話です。辻井早紀って子が、湊太に付き合ってって言ってきた。噂によるとその子、先に別の先輩と付き合ってたらしいけど、先輩から告白された割に2週間でフラれたらしい。理由は超束縛系だったから」
秀人が、黙ってうなずいた。
「で、その先輩の部活の後輩が湊太で、3年の引退直後で、湊太はその時部長?だった」
「うん」
今度は湊太が頷く。
「部長になったばっかの秋の新人戦、湊太が超活躍して超目立ってたらしいから、その先輩への当てつけのように、付き合ってって言ってきた」
「…よく知ってるな」
秀人が呆れたように呟いた。
「湊太は断ったけど、それで逆に火がついちゃったみたいで、それから結構何度も告ってきた。あんまり熱心なのでみんなが何か同情的になって、付き合ってあげたらー?みたいになってきて、仕方なく付き合うことになった」
「だから、一緒に帰るくらいならいいけど、それ以上の事はしないって言ったんだよ」
「一緒に帰るって言っても、部活あったわけでしょ?向こう帰宅部って言ってたじゃん。絶対時間合わないよね?そこで、伝説の発言が飛び出します!『私と部活どっちが大事なの!?』」
秀人はぶっと一瞬噴き出して、目を反らした。和美は口を手で押さえて、両足をバタバタさせている。
「何それ、超おもろい」
「で、湊太も無理ってなった」
「…見て来たみたいに言うなあ」
湊太は上目遣いになのはを見た。
「それよりも、その後が大変だったんだよ。プチストーカー化してて、湊太が帰るとき必ずどっか道中にいてさ」
秀人が補足した。
「おおう、それは知らない情報だわ」
なのはが嬉しそうに秀人に話の先を促す。
「俺は家が反対方向だから助けようがなくて。西小エリアの奴が交代で湊太について帰るって言う」
「湊太くん、お姫様だな!」
和美が楽しそうに両手を握りしめて上下させていた。
「3年の夏休みに湊太が黙って第一小エリアに引っ越したから、それで撒けたというか、一応…終わったんだよな」
「…うん。さっきも挨拶普通にしたし、もう大丈夫だと思うよ」
「いや、あれ違うでしょ。私はもう気にしてません、ちゃんと割り切ってるいい女ですって演技して、実際は未練タラタラな感じだったじゃん」
なのはが力説した。
「…そう…なの?」
寝耳に水、みたいな表情をしている湊太に、なのはが畳みかけた。
「じゃなきゃ、こんなアウェーで委員に手なんか挙げないって!最初からずっと横目でちらちらユリカ見てたし。もう対抗心バチバチじゃん」
今度はなのはは由梨香の方を向いた。
「ユリカも、分かっててわざと副委員に湊太指名したでしょ」
「いやー、あれだけ敵意向けられるとね。私としては、軽くジャブのつもりだったんだけど。委員に挙手は意外だったわ~」
「…蓮もな」
湊太がため息をついた。
「蓮って…早瀬蓮か?塾一緒だった」
秀人が顔を上げた。
「うん、ユリカにフラれたって、さっき自分で言ってたよ」
「なんかね、ユリカ好きって奴は必ずウチに一回探り入れにくんのよ。蓮にも散々相談されたんだけどね…先生からご指名の委員長断っといて、ユリカが委員長になったら委員に手挙げたんだよ?あいつも全然諦めてないわ。てか、もうクラス中に知れ渡ったでしょ、あんなの」
「うん、じゃあ、そこ付き合っちゃえ」
和美が裏ピースの指先を湊太と由梨香に向け、さらりと笑顔で言った。湊太の顔から血の気がさっと引いた。
「え…いや…」
「ぶわー!和美先輩良いっすね!ウチが言いたくても言えなかったことをさらっと」
なのはがきゃいきゃい声をあげた。
秀人も
「一番解決に近い方法だと思うぜ?昔言った俺の野望にも近づくし」
と真顔で言った。
「え、シュートの野望ってなによ」
なのはが満面の笑顔のまま、くるりと秀人の方を向いた。
「シュート、黙れ。…どいつもこいつも無茶苦茶だ…」
湊太は頭を抱えた。
3人でゲームを始めたばかりの頃、秀人が言った夢。
もう、とうに忘れているものだと思っていた。
誰かを好きになりそうにない由梨香と、女性自体が苦手で誰も好きになりたくない秀人。この2人の間に、自分の感情など持ちこんだら終わると思ったのは何時だったろう。今のまま、壊さないよう、湊太なりにバランスを取っていたつもりだった。踏ん張っていた足元が崩れていくようで、どう立っていればいいのか分からなくなる。…まあ、今は座っているのだけれど。
「この際、二人の気持ちとかどーでもよろしい。他が邪魔くさいなら、そういうポーズ見せときゃ余計な虫が寄ってこないって言ってるの。聞いた限りまあまあ周りがヤバいわ。身を守るための『契約』みたいなもんだよ」
和美から笑顔が消えていた。真面目に心配している顔だった。
「私的にはアリな話だと思うけど」
由梨香が思いもよらない発言をした。
「湊太がホントに好きな人がいたとか、今いなくても今後出てきた場合、その『契約』のせいでダメになったり、迷惑かけるのは嫌なんです」
その言葉を聞いた後から、湊太には記憶がなかった。
どうやって学校を出たのか分からないまま、気付いたら駅の前にいた。
「えーっと…俺、帰ります」
ふらふらと湊太は立ち上がり、部室の入り口に向かって歩いて行った。
「え、え、急に?湊太、カバンカバン!」
由梨香が慌てて声をかけると、
「ああ…」
と言いながら、湊太はソファに戻って足元のカバンを持ち上げた。
「お先でーす…」
心ここにあらずといった空気のまま、そのまま振り返りもせず出ていく湊太を、4人は微動だにせず見送った。
「…私…なんかダメな事言った…?」
珍しく、由梨香の顔色が変わっている。
「…うまく言えないけど…」
秀人が、額に拳を当てて、軽く頭を振った。
「ユリカが自分で自分を騙して語るのは勝手だ。でも、湊太の気持ちをそっちに決めつけて喋るのは、ユリカだけはやっちゃダメだ…あー。やっぱうまく言えないな」
普段から静かな秀人が珍しく怒っているように見えて、なのはは驚いてぽかんと口を開けた。初めて見る幼馴染の知らない横顔を、息を殺しながらじっと見つめた。
「よく…分かんない。シュートが何言ってるのか」
明らかに、由梨香の顔には動揺が見える。
秀人は湊太の消えた扉をちらりと見ると、大きくため息を一つついた。
「ひとつだけ。俺に言う必要はないから考えて。…もし、今湊太の後を辻井が追っかけてて、一緒に帰ろうとか言ってたらどうする?二人が一緒に帰ってたら、ユリカはその二人を見たい?」
「…」
一瞬、由梨香が苦虫を嚙みつぶしたような顔をした。
「湊太には、理解あるいい女みたいなフリするな。いつも通り、わがまま言えばいいんだよ。…行って。すぐ追っかけろ」
「…うん」
由梨香が泣きそうな顔でリュックを体の前に抱えると、慌てて部室を後にした。
「ゴメン、私余計な事言っちゃったかな」
和美が申し訳なさそうな顔で謝った。
「いや、もうだいぶ前から限界が来てたんですよ。どんどん変な方向に意固地になって行ってたし…きっかけくれて良かったと思います」
秀人がいつものように、力なく笑った。
「シュート、前に湊太の気持ちは知らないって言ってたじゃん」
「本人が言わないことは、俺は知らないのと同じだろ」
秀人は、和美が注いでくれていた炭酸をぐっと飲み干した。しかしなのはは納得いかない。
「あんたたち二人に対して、ユリカは恋愛感情1ミリもないって言ってたじゃん」
「ユリカはそういう風に見せてたから、そうなんだよ。あの二人は、俺たち3人が長く友人関係でいるために必要と思ったのか、その辺の理由は分からない。でも、懸命に自分騙して感情に蓋して、そういう演技してたんだ。俺はそれに乗っかっただけだよ。あいつらの会話聞いてたら、我慢比べみたいで聞いてて面白かったり…キツいのもあったけど。…湊太の方が先に蓋が壊れちゃったな」
困ったような、でも少し安心したような顔で秀人が目を伏せた。
「さっきの…シュートの野望の話って何っだったんだよ」
少しの沈黙の後、なのはがまた一つ質問をした。
「ああ…昔、ユリカが言ってたんだ。親がゲームきっかけで結婚して、今でも時々ゲーム仲間が家に集まって遊んでるって。そーゆーのいいなって思ってさ。二人が結婚したら俺が遊びに行くから、今と同じようにずっとゲームしようぜって言ったんだよ」
「…へえ、なんかいいね、そういうの。素敵じゃん」
和美が笑顔になり、身を乗り出した。
「あー。ユリカ、そんな事言ってたな。親の関係が理想って。ただ一個だけ許せないことがあって、お母さんの方がゲームお父さんより格段に強いらしいんだわ。ユリカは尊敬できる相手じゃないとイヤで、自分よりゲーム強い相手じゃないとダメだって言ってたわ」
なのはは両肘をつき、両手で顔を覆った。
「湊太ゲーム強いんだよね?ユリカより強いと良いんだけど」
「うー!俺も余計な事言ったな。ちょっとさっきは我慢できなかった…俺が追っかけたほうが良かったか?でも…いや、ユリカなら対処しきれる、か…?」
秀人まで顔を両手で覆いつつ、俯いた。
「対処?」
和美となのはが同時に秀人の方を振り返った。
「対処って…何の」
なのはが訳が分からない、という顔で秀人の顔をじっと見た。
「いや…俺の予想だけど、多分まだ終わってない。湊太を一人にしたらダメだ」
「はぁ?」
意味不明な秀人の発言に、なのはが眉根を寄せた。
直後、ばんっと勢いよくドアが開いた。
「コンピューター室、条件付きで使用許可ゲットだぜ!…え。あれ?二人足りない。…何この空気」
元気よく帰ってきた部長は、部室の中を見渡すと、首を傾げた。
ヒロイン爆誕。




