入学式の朝
高校の入学式の朝は、快晴とも言い難い、薄曇りだった。
結局春休み後半は、残った宿題や買い揃えるものなどでバタバタしたまま終わり、秀人や由梨香が来る日はないままにこの日を迎えてしまった。
行きの電車の中、吊革に捕まりながら、湊太は目の前に座る由梨香の愚痴のような話を聞いていた。
「去年までは中学から上がってくる子と、高校からの子でクラス別れてたらしいけど、今年からごちゃ混ぜになるらしいんだよね」
生徒数が減り、あわせて教師の数も減っているこのご時世だ。同じ学年に進度の違うクラスが2パターン存在してしまうと、教師の負担が大きくなり過ぎるのは自明の理だった。
「だから、私とシュートとか湊太とかが、同じクラスになる可能性が出て来たんだよ。これは喜ぶトコなのか、中高一貫のメリットが無くなっちゃったって悲しむトコなのか、何とも言い難いわ…」
コメントしづらい事を振られて湊太が黙っていると、由梨香の隣に座る見慣れない女子…いや、見たことはあるのだが。ナチュラルメイクでまるで別人の「宮原なのは」が口を開いた。
「つまり、私と湊太くんが一緒になる可能性もあるって事じゃん?楽しみ!」
一本先の電車で行ってしまった秀人が恨めしい。
少し離れた席で、3人の母親はすでに談笑中だ。何にしても由梨香の母のコミュ力がすごい。初対面の夕湖となのはの母をナチュラルに会話に引き込んで、今後の学校行事の話など楽しそうに話している。
湊太の背中側では、中学に入学の妹・朝海も、一緒に合格した塾の友達ときゃいきゃいはしゃいでいる。それにしても、朝海が由梨香と同じ制服を着ているのは違和感が凄い。
周囲も、違う学校のものだが同じような新品の制服を着た学生とその親が多い。既に着慣れた感のある由梨香やなのはが、妙に落ち着いて見える。
高校の方の女子の会話は、部活関連に内容が移行していた。
「部活は例のeスポーツ部?同好会?だよね?湊太くんも入るんっしょ?」
「湊太で良いよ。一応そのつもりだけど、兼部OKって聞いたから、ちょっと考え中。宮原さんは?」
なのはに話を振られ、湊太も話を合わせる。
「なのはでいいよ~。私はバイトしようかと思って。帰宅部かな」
「バイトかぁ…」
湊太の脳裏に、アステリアの恐竜のようなドラゴンたちが浮かんだ。今のところ、あれより面白そうなバイトが地球にあるとは思えない。
「私もバイトはしたいけど、ゲーム時間と勉強時間削れないから難しいよ…」
由梨香が難しい顔でため息をついた。そういえばそんな事、大牙さんのとこでも言ってたな、と思いつつ
「部活でゲームするなら、家でのゲーム削るしかなくない?」
と現実的な提案をしてみた。
「…部活もね、アプデの5人チームの話があるからとりあえずは入るけどさ。チーム作ってみて弱いなら、メリットないから辞めるかも。今んとこ湊太とシュート以上のメンバーはいないと思うし。うー…他のゲームで遊ぶにはいいかもだけど」
由梨香に認められて、素直に嬉しい。湊太は思わずニヤけてしまった。
しかし目の前では、由梨香の言葉でなのはが何か言いかけたように口を開けたまま、かなり驚いた顔をして固まっていた。
「どした?」
湊太が声をかけると、
「いや!なんでも?何でもないし…」
と、なのははふるふると首を振った。
学校につくと、親はそのまま体育館に通され、朝海たち中学生は奥の別校舎へ誘導されていった。
高校生たちは掲示板に張り出されているクラス表を確認すると、ばらばらと校舎へ移動して行っていた。
しかし人が多すぎて掲示板が見えない。
「ここは混雑します、各教室前にもクラス表張ってありますので、中で見てくださいー」
何人か教師らしき人が叫んでいたので、湊太は諦めて由梨香たちの案内で教室へ向かった。
「湊太って苗字なんだっけ?聞いてなかったよね」
「神木だよ、神様の神に、簡単な方の植物の木」
「よっしゃ探すぜー!」
質問に答えると、なのはは気合いの入った笑みで端のクラスから確認を始めた。
1組から順にぱぱっと目を通しては素早く移動していく。
「…あ、シュート3組だ」
「ホントだ」
3組に湊太の名前はなかった。秀人と別れて残念、と思いつつちらりと教室を覗くと、所在なさげに座っている秀人の姿が見えた。
「見て見てユリカ、同じクラスだよっ!あ、湊太も一緒だ」
「え?そんなに固まるかー?…うわ、ほんとだ一緒だ。湊太?4組だよ」
由梨香の嬉しそうに弾む声に引き寄せられ、クラスのメンバーを確認しようと湊太が4組のドアに近づくと、くるりとなのはが3組にUターンした。そして後ろのドアから
「シュートー!隣だよー!合同授業一緒だよっ」
と元気に中に向かって叫んでいた。
「うおーい、多分シュート固まるからやめろって」
そう言いつつ追いかけて覗き込んだら、首だけこちらを向いて、何とも恨めしそうに見ている秀人と目が合い、湊太は手を顔の前に立てて小さく「ゴメン」のポーズを取った。
戻って、改めてメンバーを確認する。
知った名前が他にいないか上から順に見ていくと、とある女子の名前が目に留まった。
―――最悪だ。
見たくない名前を見つけてしまった。
辻井早紀、2週間だけ付き合った…事になっている子だ。
「あれ、湊太じゃん」
後ろから声を掛けられ振り返ると、小学生時代の同級生の早瀬蓮だった。小学生時代に秀人と同様、同じ塾に通っていたのだが、中学受験で合格して先を越された、附属中からの持ち上がり組の一人だ。記憶よりかなり背が伸びているが、まだ湊太より小さい。
「…なんだ、蓮か」
「なんだって何だよ。髪の色ですぐわかったわ。俺も同じクラス、よろしくな。…それと」
蓮は、湊太に近づくと小声で
「アキュビューちゃんも同じだな」
と半笑いで囁いた。
「…何でお前が知ってんだよ」
湊太が睨むと
「え、西小のヤツは全員知ってるだろ?LINE回ってたし。あと第一の奴らもかなり?」
「…マジか…」
いきなり胃が痛くなりそうなことを言われた。そう言えば由梨香も知っていた事を思い出すと、軽く眩暈がした。
そこに、なのはが微妙な表情で間に入ってきた。
「うわ、蓮も一緒かよ。なに?湊太と同小だっけ」
「なのはもユリカも一緒かよ。こりゃ波乱の予感だな」
「え、何でよ」
訝しげになのはに睨まれ、蓮はキョロキョロと周りを確認する。そして辻井早紀の名前を指して
「アキュビューちゃん」
と呟いた。それを聞いた途端、なのはは目を見開き、周りを見回して
「どれ?どの子よ?うわ、ユリカどこ行った!」
と急にテンションを上げつつ口を押さえた。
「まだ来てないみたいだな…あ、来た。美奈の隣の」
蓮の目配せでなのはが廊下の奥の方を確認した。
「あの子か…なるほどね。確かにまあまあだわ」
なのはは手短に値踏みすると、全クラスの確認を終えて反対側から戻ってくる由梨香を見つけて、ダッシュで捕まえに行った。
4クラスが附属中からの持ち上がりで、2クラスが外部からの入学組なので、アウェイ感がかなりある。湊太には、美奈isダレ?状態だ。
「早紀の隣にいるのが美奈、お前の噂広めた張本人」
蓮がこそっと教えてくれたが、見ず知らずの女子にそんな仕打ちをされる謂れがなくて、ただ途方に暮れた。
「そんな事される意味が分かんないんだけど。俺、何か悪い事したのか?」
「そうか、分かんないか」
蓮は腕組みしつつ溜息をついた。
「だって初めて見る子だわ。全然知らん子じゃん」
「まあ、ユリカが一方的にライバル視されてて、向こうが意地悪と言うか、マウント取りに行った感じ?私の友達がアンタの男友達と付き合い始めましたーって」
湊太は思わず顔を顰めてしまった。
早紀と美奈は、まだ1組のクラス表あたりで止まったままだ。
「え…なに、ユリカそんな敵が多いの?」
「まぁ、目立つからな。モテるし」
「モテるタイプか?黙ってりゃ可愛いのは分かるけど、あいつだいぶ見た目より中身男っぽいぞ?」
「そこが良いんじゃないの?趣味の話とか合うからさ、みんな話しやすいんだよ」
「はぁ…そんなもんか」
わざと、胡乱な目で返す。
「で、お前はユリカと付き合ってないんだよな?」
蓮は、表情も変えずにさらりと質問してきた。
「ないよ。うわ、俺とシュート、ずっとそれ誰かに質問され続ける感じか?」
「あのゲームの大会、配信かなりのヤツら見てたからな。でもみんな、シュートじゃなくてお前だって思ってるよ」
「…何で!?」
ギョッとした顔で蓮を見ると、蓮はニヤリと少し意地悪い笑みを浮かべた。
「さぁね。…じゃあ、俺がユリカに付き合ってって言っても、お前的には問題ないんだよな?」
そんなの、ただの友人の湊太が口出しする問題じゃない。正直、自分でもよく分からないが少しイヤな気分だった。だが、なるべく顔に出さないように気を付ける。
「それは…俺がどうこう言う問題じゃないだろ」
「…なぁんてね。実は既に一回告って、フられてる」
「…おおう…それは…俺からは何も言えねぇよ…」
湊太は苦笑いするしかなかった。若干ほっとしたような気持ちだったのは事実なのだが…。
なのはから話を聞いて戻ってきた由梨香と、クラス表を辿りつつ進んできた早紀が、湊太達のそばに来たのはほぼ同時だった。
「おはよ、湊太」
「…おはよ。同じクラスみたいだぜ?」
自然に声を掛けられ、湊太も普通に早紀に挨拶を返した。
「はじめましてー!早紀の友達の美奈子でーす、美奈って呼んでね。よろしく」
噂を広めた張本人が、何食わぬ顔で挨拶してきた。じろじろ見られて、品定めされているような嫌な感じだ。彼女が由梨香に嫌がらせのつもりで言った事で、余計な噂を広げられて迷惑でしかない。湊太にとっては敵認定してしまいたいところだが、ぐっとこらえて
「よろしく」
と一言だけ、作り笑顔で返した。
その時、予鈴が鳴った。
「はい、一年生は教室確認してさっさと入る!」
若めの男性教諭が叫びながら廊下を進んできた。廊下で談笑していた新入生も、慌てて教室に入っていく。
「美奈は6組だよ。急げ―」
なのはが棒読みで美奈を追い払うと
「ユリカ、湊太、教室入ろ―ぜ―」
と両手で二人の腕を取って教室に引っ張って行った。
教室に入ってみると、教室の黒板には「入学おめでとう」と大きく書かれていて、その下に入学式の式次第が書かれていた。
席は単純に50音順だった。
湊太は廊下側の前から6番目だ。まあ、いつもどの学校でも、大体最初は右端の列だ。たまに2列目の事もあったが、右端の事がほとんどなので「やっぱりな」と言ったところだ。
「隣だね」
由梨香がにしし、と笑いながら、すぐ隣の席に座った。
「同じ学校自体はじめてだから、なんか変な感じ」
「確かに。…よろしくな、センパイ」
由梨香に相槌を打った後、周りの視線がちらちらとこちらに向いていることに気付いた。
「センパイ呼びヤメロ」
楽しそうに由梨香は湊太と会話しているが、周囲はやはり湊太達を気にしている感じだ。
こっちを見ているのは、大体制服が着慣れた感じの…恐らく持ち上がり組だ。
「ユリカ、お前何やったんだよ。すっげー見られてる気がするんだけど」
「今更私の顔なんて珍しくないっしょ。湊太じゃないの?みんなが気になってるのは…あの大会の配信見てた人多いらしいから、湊太の顔はみんな知ってんじゃない?」
由梨香のその一言に、湊太はまるで納得したようなフリだけして、少しふざけて返した。
「珍獣的な?」
「…そうかもね」
由梨香は、ふふっと笑った。
しかし蓮の言っていた事の方が引っかかっていた。実はそっちの方が正解な気もするのだが。
『でもみんな、シュートじゃなくてお前だって思ってるよ』
こちらをチラチラ伺う視線を、気にしないふりをしつつ逆に観察してみる。
―――やっぱり、俺とユリカがセットで見られてるよ。
早紀との件を美奈と言う子にわざわざ当てこすられて、注目されていないはずがない。由梨香も分かっていて、わざと惚けているように感じる。
何とも言い難い居心地の悪さを感じながら、湊太はチャイムが鳴るのをただじっと待った。




