内臓を増やして備蓄する妖精
つるーんとした、AI変換済みドラゴンの動画見終わったところから。
今朝撮られていたドラゴンの映像を一通り見終わったところで、何から話したもんかな、と湊太はほんの少しの間思案した。
「とりあえず、ドラゴンの飼育員は人手不足で、歓迎される…と思う」
今朝見聞きした情報のうち、問題なさそうな内容を3人に共有した。取り扱いが難しそうな『アンバーストーン』の件などは、ここでは一応伏せる。
「水と木のタイプ、風タイプはドラゴンと相性良いって言ってた。何タイプか知らないけど、うちの母ちゃんはドラゴンに近づかない方が良い…らしい」
「ええ~!?じゃあ、ユリカはOKじゃん。俺はどうだろう…」
秀人がそわそわしている。
ソフィアが不思議そうな顔で首を傾げる。
「ねえ、タイプってなぁに?」
「おーっと、そこからか」
そう言いつつも、秀人が丁寧にソフィアに説明する。
いつ聞いても、秀人の説明は無駄がなくわかりやすい。感心しながら横で聞いていると、ソフィアのグノメがいきなり通知画面をポップアップさせた。
『レビからの通話です』
一瞬怪訝な表情をし、みんなの顔を見回した後、ソフィアはレビからの呼びかけに応答した。
「ハロー?」
『ああソフィア、こちらに来ていてよかった。シルビアが少しなら話せる状態だそうだ。一旦部屋に戻ってくれ』
「部屋に…?」
『湊太達も今一緒か。連れていくか、一人で会うかはソフィアの判断に任せる』
「…分かった、戻るね」
通話を切った後、ソフィアは何もない中空を見上げて逡巡した。そして視線を下ろすと、隣に座る由梨香の手を取り、じっと目を見た。
「ちょっと緊張する、ユリカついてきてくれる?」
「うえっ、私?」
由梨香もあたふたしつつ、湊太と秀人をきょろきょろと見回す。
「二人も一緒じゃダメ?私ひとり他人のご家族様の再会に立ち会うとか、ちょっと荷が重すぎる!」
「いや、再会って言うよりほぼ初対面だよ。感動の再会とかじゃなくて、なんか写真で見たことあるだけの、伝説上の生き物に会うって言うかさ?」
「えーん、ますますそんな状況一人で見とくのなんか辛い~!」
「わかったよ、二人も来ていいよ」
ぷーっと頬を膨らませながらソフィアが同意した。
「いや、俺たちの意見は聞かんのかい」
湊太はがっくりと肩を落とした。
「俺は本を読みたかった…」
秀人は歩きながら猫背を更に丸めて、しょんぼりしている。
「俺は…今日は道具屋通りに行きたかった…」
湊太も、悔しそうにぼやく。
ドラゴンの飼育員のバイトをするなら、ラムダ以外のウェアラブルなガジェットを探してみたいと思ったところだった。先日見た『星の塔樹』周りの地図に、ゲートのある病院から前回行った方角と反対側に、道具屋通りがあったのだ。グノメの説明だと、かっぱ橋と秋葉原が混じったような専門店通りらしく、家電やジャンクなパーツ類、工具類など職人の遊び心あふれた品が並ぶという、かなりときめく場所のようだった。
「うわー、それ私も行きたいよ…」
ソフィアにがっつり腕を取られながら、由梨香も嘆いた。
一旦外に出て、右に曲がる。屋敷の建物の端まで行くと、すぐ隣はソフィアの一家が使っているという白くて真四角の建物だ。
その建物のちょうど真ん中あたりに目立たないが白い扉があった。
「保護色が過ぎるな」
光を反射して、白い建物はかなり目に痛い。湊太は目を細めながら扉を見つめた。真っ白い取っ手のついた、片開きの普通の扉のようだ。
ソフィアが扉を引いて開けると、中は山小屋風のペンションのような、落ち着いた木目の部屋だった。湊太達の部屋の談話室のように真ん中にソファがあり、真正面の壁には暖炉のようなものもある。しかし部屋は吹き抜けになっていて、暖炉の真上には手すりのようなものが見えて廊下になっている事が伺える。煙突がない以上、本当に薪を燃やすことは不可能のようだ。
ソフィアは右側の壁沿いにある階段を指差しながら
「私達の部屋は、ここの2階にあるの。左側が私たちの部屋で、右の屋敷側が…多分、知り合いのお医者さんの部屋」
確証が持てないのか、口ごもる。
「うーんと…ひょっとして、院長先生って人じゃね?…あー、名前忘れた」
湊太はがーっと頭を搔く。
祖父の耕作の『死んで異世界転移』作戦を手伝った人だ。酔っぱらった「先生」が名前を言っていたが、思い出せない。
「ラルフ・シューマン?」
「ああそう、ラルフだ。苗字は知らんけど」
「あー…やっぱりか…でもなんで、ソータが知ってるの」
腑に落ちた顔と、腑に落ちない顔がくるくる変わり、ソフィアの表情が忙しい。
その時、暖炉の左側にある扉が向こう側からノックされ、全員が静まり返った。
「あのドア…何しても開かなかったの」
再び由梨香の腕にぎゅっと巻き付いたソフィアに代わり、
「どうぞ」
と由梨香がドアに向かって返事をした。
音もたてずに扉が開き、現れたのは白衣を着たエルフの女性だった。
「はじめまして、シルビアの担当医のサブリナです。えーっと…ソフィアは…?」
由梨香の陰に隠れていたソフィアが、おそるおそる顔を出す。
「私です」
「では、こちらへ。皆さんも一緒にどうぞ」
開いた扉を押さえたまま、サブリナと名乗った女医は全員を隣室へ招き入れた。すれ違いざま、小さな声で
「ホントに…ジークだ」
ととても嬉しそうに、そして少し寂しそうに呟いたのが湊太には気がかりではあったが。
隣の向こうは、部屋ではなく広い廊下だった。右側には等間隔に扉が並んでいて、病室が並んでいるような雰囲気だ。サブリナの先導で突き当りまで歩くと、また扉があった。
「この先が、処置室です。今はほぼシルビア専用ですね」
「こんなところに…病院が?」
ソフィアが、かすれるようなか細い声で呟いた。
扉の先は、2階までの吹き抜けの大きな部屋だった。大きな円筒形の水槽のような構造物と、ベッドのようなカプセル、通常のベッドなどが並び、奥には「手術室」と書かれた小部屋もある。
中では立っているレビと、一目で「ソフィアの身内」と分かる、座っているその人が、なんだか口論していた。しかし、見た目が祖母というには若すぎる。
「だからー!軽めで良いからせめてダンベル持って来てって言ってんの~!」
「無理だと言ってるだろう!そして私が良いと言ったところで、医師団が良いと言うわけがないだろう?」
珍しくあのレビが声を荒げている。
「レビ、もういいわよ。面倒なの押し付けてごめんね?」
このサブリナと言うエルフも、やはりほどほど口が悪い。
「サブリナが、私の事面倒って言った~!」
「うるさいわねぇ、もう。ソフィア連れて来たわよ」
サブリナはべりっと由梨香からソフィアを引きはがし、シルビアの目の前に押し出した。
「似てる…めっちゃ似てる」
秀人が少々呆れたように呟く。由梨香は、ずっと握られていた腕をさすりながら湊太達のところまで後退してきた。
「それよりも、おばあちゃんとは思えない若さなんだけど。ソフィアが大人になったって感じ?」
孫と祖母は、対面したままお互い無言だ。
「…あの時の、妖精さんだ…」
ソフィアの口から、謎の言葉がこぼれた。
「ん?何て?」
由梨香が思わず聞き返すと、シルビアは「ああ…」と言いながら湊太達の方を見た。
「ソフィアの友達?あ…そっちの子はコーサクのお孫さんだね?見覚えあるよ、その深い青のラムダ。目元がよく似てる」
シルビアが椅子から立ち上がろうとしたところを、素早くサブリナが押さえつけた。
「もうちょっと座ってて!」
「はぁい…そうそう、妖精さんの話ね?
10年ちょっと前だったかな?私が何度目かの内臓の修復が終わった時に地球に無断で出かけて、家族みんなでご飯食べたことがあったんだけどね。ソフィアからしたら母親のドッペルゲンガーみたいなのが急に一人増えてるわけで、固まっちゃって。見た目が35歳のまま止まっちゃってたから、おばあちゃんとも言いだしづらくて、思わず妖精さんだよ~って自己紹介しちゃったの」
―――困った人だな!?
「そこで、まだ出来立て?の馴染んでない内臓にいきなり通常食行っちゃったもんだから、ちょっと悲惨な事態になっちゃってね、強制送還されたってワケさっ」
―――かなり迷惑な人だな!?
「あなたも医者なんだから、どうなるかくらい分かってたでしょ!?あの時だって、そもそも完全に修復終わってなかったんだから!胃腸くっつけただけ!」
サブリナが呆れたようにシルビアを睨む。
「あー分かる、患者には言っちゃうよね~!でも、いざその立場になってみて?離乳食みたいなのから慣らせって無理じゃん?口は激辛食べたがってたの!」
―――相当ダメな人だな!?
「もう、その後も色々あって、どの道結局地球には戻れないから今は色々ここで実験してるのよ。あ、今はもうご飯は普通に食べれるからね?…多分」
「食べれません!」
サブリナはぴしゃりと叱った。
レビが椅子を持って来て、シルビアの隣に置いた。そこに座るよう促され、ソフィアは素直に従う。
「実験…って?」
「ものすごーくざっくり言うと、この星だと癌化しやすい複製エラーを起こした細胞が発生しにくくて、発生したところで免疫細胞が退治もしなければ癌化もしなくて、普通に消えていくのよ。つまり、元々癌が発生しない星なのよね。でも、大きな傷を受けてこちらで治療を受けた場合、無限に増殖しちゃうその特性を利用して、わざとエラー起こした細胞で修復を早める治療法があるんだけど、地球に戻ると当然再生した部位が爆発的に癌化しちゃうのよ。なので、どれくらいで癌化するか…とか、そういうのを調べていた…というか…」
「癌化!?」
みるみる顔色の変わる孫の顔を見て、シルビアは途中から言葉を濁した。
少し離れた壁際の椅子から様子を見ていたレビと湊太達は、顔を突き合わせてひそひそ話だ。
「癌作りに地球に行ってたって事?キャラが強すぎる」
湊太が言うと、由梨香も眉を顰める。
「で、癌作ってはこっちに戻って治療するの?どんなマッチポンプよ」
「癌…こちらにはないので良く分からないが、危険な病気らしいな?わざわざ罹りに行く意味が分からない…」
レビも難しい顔をしてあごに手を当てる。
「でも、癌化する細胞利用して治療とか、ちょっと発想が違い過ぎて。これは地球じゃ応用できないヤツだよな…?」
秀人は少し発展的な事を考えてみたようだが、訝しげだ。
「はい、誤解生む言い方止めてね?修復後、2か月から半年くらい時間をかけて正常な細胞と置き換えるってのをやれば、ちゃんと地球でも生活できるようになるの!あなたがいつも我慢出来ないから何度も冷凍されるんでしょうが!」
わがまま患者に手を焼いて良そうなサブリナに、湊太は同情を禁じ得ない。
「ま、どの道死亡扱いになってるから戻れないんだけどね?何度かクラウディアのフリして地球戻ってウロウロしたけど、もう見た目年齢が越されちゃったから無理なんだよね~」
シルビアは、あははと豪快に笑う。
「幹細胞で複製した臓器もまあまあストックあるし、エルフの骨髄移植とか色々実験中で、もうキメラ状態。遊び放題よ。地球じゃ応用出来ないことが多いのが残念なんだけどね。ラルフやクラウディアが、今後何かに生かしてくれればいいと思ってる」
「痛くないの?そんな危ない事ばっかり…」
ソフィアが顔をしかめる。明らかに、やめて欲しいといった表情だ。
「痛いよ?でも、本当は30年前に死んでたとこだったじゃん?ここで見たことのない治療法も見せて貰えて、色々実験もさせて貰えてる。地球の再生医療も、その間に飛躍的に進歩した。それを目の当たりに出来ただけでも僥倖だよ。で、ちゃんと孫に会えたし、結果オーライ。悪くない人生だよ」
そう言ったシルビアの目の光は強く、「私のやることに口出しするな」と言っているように見えた。
「細胞のコピーエラーを安全に起こさせるには、エルフたちのウィルス操作が必須なんだ。私達には出来ないし、出来たとして癌化しちゃうから地球では無理なのよ。可能であれば、地球で治せなかった患者をこちらで治せるように出来たらいいなって思ってる。…まあ、今のままじゃ無理だけどね」
ああ、ここにもレビと同じく、地球の星団加入を強く望む人がいたのか、と湊太は行間を読み取った。
「地球側で、星団加盟を必要としてる人がいるのは予想外だったな…」
秀人もシルビアの言わんとするところに気付いたらしい。誰に言うわけでもなく独り言のように呟き、考え込むように目を伏せた。
シルビアさん、コールドスリープを繰り返し、今は40くらい?エルフの細胞取り込んで、実質老化は止まってます。




