道具屋通り その1
ソフィアをシルビアの元に残し、レビと湊太達は白い建物を出た。
「こちらの方が近い」
レビは、湊太達が来た扉とは反対の奥側から出ようとしてたので、湊太たちもついて行く。
「この建物、医療棟だったんですね?」
秀人が聞くと、レビは小さく頷いた。
「街の勤務医に任せ難い患者をここで見ている。ほぼシルビアの専門棟だ。もう一人、寝たきりの患者もいるが…」
建物を出ると、少し離れたところ、真正面にあの巨大な白い鳥のいる厩舎…なのだろうか。鳥小屋があった。離れているので確認できないが、ここから見ただけでも10羽近くいそうだ。
「サブリナさん、一人で大変ですね」
「一人ではない。何人か交代で見ている。彼女は一応主治医だ。前は兄のジークが見ていたのだが…」
相変わらず表情の読みにくい無表情でレビが応えた。
「若いが、おばあさまの従妹だ。ああ見えて強い」
鳥小屋の目の前まで進むと、屋敷のアーチ状の窓の下に2段ほどのステップがあるところがあった。レビが目の前に立つと、窓は足元から動いて外側に開いた。窓に擬態した扉だったらしい。
「ん…?あれ、ここ…」
湊太は、中に入りきょろきょろと周りを見渡す。扉の先は、屋敷の動く階段、エスカレーターの下だった。
そして昼前のせいか、あたりには美味しそうな匂いも漂っている。
「はー、ここに出るのかぁ…これは分かんないわ」
由梨香も振り返りつつ、窓に擬態した扉と他の窓を見比べながら、ため息を漏らした。
「この扉から外には出れるが、医療棟の裏口は医療関係者しか通れないからな?」
レビが3人に忠告すると
「大丈夫、まず行くことはありません!」
と湊太が高らかに宣言した。
結局この日はそのまま地球に戻り、ゲームをして解散となった。
「恐らく、春休み中にあっちにいけるのは、明日の月曜多分最後の日になる…と思う」
家に帰る直前、火・水・木と塾のある秀人が、とても悲しそうな顔でそう告げた。
時差の都合で、その後は当面あちらに行けない日に入りそうだ。
「街に行けるとしたら、明日が最後って事ね?本読むだけなら、あっちが夜中でもこそっと行って読めばいいわけだし」
「…それもそうか!夜中に行くの非常識かなって思ってたけど、別に部屋の中だけだったら迷惑かけるわけじゃないし、いいのか!」
由梨香の発言に、目から鱗と言った顔で秀人が喜びの声を上げた。
「じゃあ、明日は街中散策デーで!」
湊太が満面の笑顔で言うと、
「了解!」
と二人も元気に同意した。
翌日は、予定通り街へ出るために、ゲートのある3階の部屋に向かった。
「動く階段」の上りに向かおうとしたところで、グノメから
『今日はどちらに行かれますか?』
と急に話しかけられた。
「街に行くつもりだけど」
と返すと
『ならば一言、クレアに連絡してください』
と提案されたので、3人で「なぜに?」と顔を見合わせた。
「グノメさん、なんでクレアさんに連絡必要なの?」
由梨香がグノメに質問した。
『クレアである必要はありません。この家の3階にあるゲートに関しては、新規で家族登録したものは、当面の間ゲートを開ける権限がないのです』
「湊太は?新規じゃないはずだけど」
『ヒト族に分類される子供は12歳まで、星団内のどのゲートであっても一人で通ることが出来ません。12歳を越した時、はじめて一人でゲートの使用が可能になります。
この家の3階にあるゲートはすべて特殊なので、審査に通るまで起動ができません。12歳になった段階で家族に対してでも素行調査を行います。そこで問題なしと判断された時はじめて、一部ですがゲートの単独使用が可能になります。
12歳を過ぎた時、ソータはここにいなかった。つまり今3人共がほぼ同時に審査に入っているのです』
「…そうなんだ…私も素行調査されてるんだ…」
セキュリティの事を考えると、正しいのかもしれないが、素行調査されているというのは若干気になる。レビの父親がパリピでしょっちゅうここに人を呼んでパーティ開いていた、という話を大牙がしていたが、セキュリティ上どうなの?とそっちの方が引っかかる。色々思い返し、湊太はむうっと口を尖らせた。
『一番街に行く頻度が高いのがクレアなので、スケジュール的にも同行できる可能性が高いと踏んで、提案しました』
「優秀過ぎて腹立つわ」
『お褒めにあずかり光栄です』
―――ユリカのグノメ、俺のより気が強いというか、ちょいちょい口が悪い気がする。持ち主に似た?
湊太は心の中で思ったが、決して口には出さない。
「…今、なんか言いたそうな目してなかった?」
由梨香に睨まれ、湊太は
「別に?」
と目を逸らした。
「クレアさんへの連絡は誰が…あー、俺ね?」
二人にまっすぐ見られて、湊太が諦めてグノメにクレアへの連絡を頼む。
別にクレアが嫌いなわけではないのだが、何となく苦手だ。朴訥としていて、誰に媚を売るわけでもなく、裏表もない。美人だし、決して悪い人ではないのだが、抱き着かれて以来距離感が掴みにくくて、どうしていいのか分からないままだ。
「クレアさんすみません、今から街に行くゲートを使いたいんですけど」
『今から…?5分ほど待って貰えるか?ゲートの部屋の前で待っていてくれ』
そう言われ、吹き抜けの右側の通路をひたすら中央辺りまで歩き進む。
六角形の絵のプレートのドアを見つけ、そこで3人立ち止まった。
「でもゲートの権限とか、そんなの誰も教えてくれなかったよな?」
秀人が難しい顔をしつつ腕を組むと、
『皆様の会話から私たちは状況を把握しておりますので、人からの説明が足りていない部分を、必要に応じて私たちがサポートするのです』
秀人のグノメが答えた。
『人からの説明を優先し、出過ぎた真似はしないよう心がけております』
「…心がける、か」
AIの言葉とは思えない物言いに、秀人は小さく笑った。
ほどなく吹き抜けの向こうの一番端の部屋の扉が開き、クレアが現れた。引っ越しがまだのはずなので、レビの部屋のはずだ。
クレアに手を引かれ、一緒に現れたのはマサムネだ。
「おはよう。丁度良かった、今からマサムネを『基礎塾』に連れて行くところだったのだ」
「おはようございます」
マサムネは、湊太達3人に丁寧に朝の挨拶をした。
「おはようございます」
3人も笑顔でマサムネとクレアに返した。
「こっちこそ急にすみません。グノメからしばらく俺たちだけではゲート通れないって聞いて…」
湊太がそう言うと、一瞬クレアはぽかんとした顔をした。
「ああ…そうか、そうだったな。すっかり忘れていた。では、帰りも時間を合わせた方が良いな」
「助かります」
マサムネが昼で『基礎塾』が終わるとの事だったので、その迎えの時間に合わせることにした。
一番右奥のゲートに向かい、クレアがゲートを起動する。5人が順にゲートを抜けると、病院の真っ白い部屋だった。
「丘の上から配達です」
部屋の出口のドアに向かい、クレアが声を掛けた。
今日のクレアは何も持っていない。前回は焼き菓子の詰まった木箱を持っていたので『配達』だと思ったのだが、どうやら合言葉のようなものらしい。
今回も、制服のようなものを着用した警備員が、笑顔でドアを開けてくれた。
「クレア様、ご苦労様です」
前回の人とは違う、もっとガタイの良い人だった。
「ご苦労様です」
クレアも笑顔で返し、廊下へと進んだ。
地図で見ていたので、湊太達も予想していたが
「今日はこっちだ」
と言って、クレアは前回と反対の左手すぐの扉から外へ出た。
そこは、小ぢんまりとした患者用の公園だ。芝生の上を歩き、警備員の立っている扉から外の通りへ出ると、左手に曲がる。
少し進み、右側の塀の扉の前で立ち止まると、クレアがまっすぐ前を指差した。
「この先が道具屋通りだ。12時過ぎにマサムネを迎えに来るから、病院の公園で待ち合わせしよう。少々遅れても構わないから、ゆっくり見てくるといい」
「道具屋通り、いいなぁ。僕も行きたいな…」
はじめてマサムネがちゃんと喋るのを聞いた気がする。湊太がマサムネの顔を見ると、由梨香と秀人も同時にその少年の方を振り返っていた。
「驚いた…マサムネはそういうのが好きなのか?」
クレアも意外だったらしく、屈みこんでマサムネと目線を合わせて尋ねた。一瞬ためらった後、マサムネはうんうんと2回頷いた。
「ハルカに連絡を。…ハルカ?仕事中すまない。マサムネが道具屋通りに行きたいというのだが、基礎塾を休ませても構わないだろうか…了解だ。では昼には戻る」
「即断即決すぎません!?」
秀人が声を上げた。
「ユリカ、すまないが少しの間マサムネを頼む。基礎塾に休むと言ってくる」
「え…あ…はい」
マサムネの手を由梨香に握らせると、クレアは右側の塀の扉の前に立った。
「フッ軽すぎ…」
湊太がクレアの背中を見ながら呟くと
「私はそういうの嫌いじゃないな」
と由梨香は楽しそうににやけていた。
「マサムネ、ユリカだよ、よろしくね。マサムネはどんなのが見たいの?」
しゃがみこみつつ由梨香が訊くと
「コーサクおじさんが作ってる、魔法の道具みたいなのが見たい」
「まほ…っ」
秀人が絶句しつつ、湊太の方を見た。由梨香も湊太の方を見たので、つられてマサムネも湊太の顔を見る。
「…こっち見んな」
見られても、湊太には何も分からない。
「この人は、湊太。コーサクおじさんは、湊太のおじいちゃんなの」
由梨香の紹介を受けて、マサムネはキラキラした顔で湊太を見た。
「ソータも、何か作るの?」
「うーん…道具は…作らないなぁ」
何て紹介しやがる、と思いつつ湊太が答えると
「そうなんだ…」
と、明らかにがっかりした顔をされてしまった。
しょんぼりされて湊太は心が痛かったが、由梨香も想定外だったらしく
「いや…なんか二人とも、ゴメン」
と気まずそうに謝られてしまった。
「あ、こっちはシュートね。マサムネのお父さんと一緒で、本とか読むの好きなんだよ」
「本は…読むだけじゃダメなんだよ?ちゃんと役に立てないと」
マサムネの言葉の端々に、ハルカの影がちらつき、秀人は微妙な表情だ。徐々に話してくれるようになっているのは嬉しかったのだが…。
「うーん、お父さん、役に立ててると思うよ?本も書いてるし」
由梨香は「何で私がフォローしてるんだろう」という顔だ。
「え?パパはいつも読んでるだけだよ、書いてないよ?」
不満そうにマサムネが頬をふくらませた。
「遅くなってすまない。塾の先生と話をしてきた。マサムネは進度が早いくらいなので、少々休んでも問題ないそうだ」
扉から出てきたクレアは、少し嬉しそうだ。
「しんど…?」
マサムネが首を傾げると、
「マサムネがお勉強をちゃんとやっていて、お利口だから今日くらい休んでも構わない、という事だ」
クレアはそう言ってマサムネの頭を撫でた。
道具屋通りに出ると、店と店先に並んだ露店のような店とで、妙な活気にあふれていた。
反対側の食品通りも活気があるのに変わりはないのだが、こちらの方がかなり賑やかだ。
「なんか…すごいな」
秀人が左右を見渡して息を吐いた。
音を出す機械、動いている機械などがあり、各店が目にも耳にも賑やかなのだ。
道具類を扱っているらしき店では、商品を使ってのパフォーマンスも行っており、全ブースが実演販売状態だった。
「最近の流行はこれ、女の子に大人気の動物型ガジェットだよ~!」
その言葉にふらふらと吸い寄せられ、マサムネが歩き出した。手を握っていたクレアも、引っ張られて慌てて後を追う。
「シュシュリューと、猫だ…ドラゴンみたいなのもある」
マサムネがかじりついて見ている店には、ぬいぐるみのような鳥と、金属の工芸品のような小さなドラゴンなど、いずれも動物を模してはいるが、素材とテイストがまるでバラバラのアイテムが並んでいる。
唯一共通しているのはサイズ感だ。どれも10cm以下ぐらいの小さいサイズで統一されている。
「ぬいぐるみにチップ入れただけ?」
ぽそりと由梨香が言うと
「何をおっしゃるお嬢さん、見てみな?」
と、肩に黒い溶け猫のようなガジェット乗せた店員が、白い鳥のぬいぐるみを由梨香の肩に乗せた。
「ん?」
「ほれ、ちょっと動いてみな?」
くるりとその場で一回転してみたが、鳥は落ちない。
「え?何これ、すごい!」
体を斜めにしても、ちゃんとくっついている。
「だろ?服に穴もあけないし、ジャイロセンサーとオートバランサーと、摩擦をうまく利用してんのさ!」
店員は実に饒舌だ。由梨香がくるくる動くので、他の客も集まって来て、店からはいいサクラ状態だ。
「値段が5倍くらいするけど、こんなのもあるぜー!」
店員は由梨香の反対の肩に、もう少しリアルな鳥を乗せた。
「え、わー!なんだこれ」
由梨香が体を傾けると、リアルな方の鳥は羽を小さくばたつかせた。
「え、ちょっと私から動きが見えにくい!誰かほかの人につけてよ~!」
「はいよ」
由梨香の方の鳥は外さず、店員は別の鳥を目の前にいたマサムネの頭の上に載せた。
「え?僕の頭に乗ってるの?」
マサムネが首を動かすと、鳥はバランスを取るようにバタバタと羽を動かした。
「リアル!可愛い!」
由梨香は大喜びだ。マサムネはドラゴンの方に興味津々だ。
「こっちのドラゴンは?動く?」
「これは動かすと、あっちこっち関節部分が髪とかに引っかかって不評だったんだよ~」
店員が困ったように笑うと、いつの間にか集まっていたギャラリーがどっと笑った。
「お兄さん、動く方の鳥ちょうだい!」
誰かの声を皮切りに、動物型のガジェットは次々と売れて行った。
「面白い店があるなあ…」
鳥を乗せたまま動けないマネキン状態の由梨香とマサムネを残し、秀人と湊太は簡単に周囲の店を見回ってきた。
何に使うのか分からないようなジャンクパーツの店や、大き目の店構えの調理家電専門店、照明器具の専門店など様々だ。
色々と見回って最初の店に戻ると、
「いやあ、お陰様でびっくりするほど売れちゃったよ。今日は観光客多かったせいもあるけどね」
店員がホクホク顔で由梨香の肩から鳥を外しているところだった。
「いっぱい売れたから、動かない方だったら君たち一つずつ持って行ってもいいよ」
「え、いいんですか?わあ…どれにしよう」
由梨香は動けなかった不満そうな顔から、ぱあっと笑顔になった。
「ところで、目立たないガジェット売ってるトコ知りません?」
湊太が横から店員に聞くと、店員は
「ええ?こんなん目立ってなんぼでしょ?」
と納得いかない顔だ。
「動物の世話するバイトに行くことになっちゃって」
と説明すると
「ははーん、農場系だね?だったら、10軒ぐらい先かな?『木こりの森』って店があるよ。あそこは農機具専門店だから、置いてあるはずだよ」
「ありがとうございます、行ってみます」
「…兄ちゃん、気を付けなよ?農場はほとんど『入ってはいけない森』に囲まれてるから、興味本位でうろついちゃダメだぜ?ちゃんとグノメの言う事聞いて。うっかりガジェット取られたり壊されたりしたら、本気で命とりだからな?」
調子の良い店員だと思っていたが、心配までしてくれる親切な人だった。
「…気を付けます」
湊太は神妙な面持ちで頷いた。
「これにする!」
由梨香とマサムネが、どちらも金属的なドラゴン型のガジェットを選んだ。由梨香は黒、マサムネは白だ。
「ええ?鳥の方が可愛いのに…良いよ、二人とも持って行きな!」
と、なぜか店員ががっかりしていた。
「ありがとう!」
由梨香は笑顔で肩に黒いドラゴンを載せると、ふっと真顔になり、伏目がちに顔の前に手の平を広げてポーズを取った。
「我が肩に宿りし暗黒龍よ…」
「やめろー!」
「…いや、やるとは思ったけどね?」
湊太と秀人はゲラゲラと笑い転げた。
「ありがとう。ほら、マサムネもちゃんとお礼を言うのだぞ?」
クレアに促され、マサムネは胸に手を当てる。
「ありがとうございました」
「いいって事よ。学校で怒られなければつけてって、皆に宣伝してくれよ」
ガジェット屋の店員は、にこにこと笑って見送ってくれた。




