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しらないところで  作者: 南 紅夏
春休み編

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農園は人手不足

 大牙の持っていた大きめパンくずもそのあたりに撒き、アーシャの乗った鳥と共に小屋の方へと戻る。

 アーシャの手にぶら下がった投網からは、胃液だろうか。ぽたぽたと粘液状のものが糸を引きつつ落ちている。


「この粘液、ちょっと貰ってもいいかな?」

 いつになく、強い目で大牙がアーシャに尋ねた。

「…?いいけど…ああ、あなたの本職の方ね」

 アーシャが興味深そうな顔で大牙の顔を見て、軽く微笑んだ。

「粘液の中、何か雑菌とかウィルス類見えます?」

「ええ、多分珍しいものだと思うわよ。普段周りで見ないものがかなりいる…残念ながら、危険な奴はいないわね」

 アーシャの言葉を受け、鳥が倉庫のそばの水場で立ち止まった時、大牙は素早くガラス管を取り出し、粘液を掬い取った。


「ほんとは糞も採取したい」

「あちこち落ちてると思うけど…」

 そう答えるハルカの声は、少し不機嫌に聞こえる。

「ハルカさん、なんか怒ってます?」

 湊太が訊くと

「私が二人にナイショにしようとしてたの分かってて、あいつわざわざ10年に一度くらいの大物を目の前で吐いたのよ。よっぽど二人の事気に入ってるんだよ。あの知恵の回り方が腹立つ~!」

 と、一人おかんむりだ。

 そしてアーシャから網ごと「アンバーストーン」を受け取ると、水場でバシャバシャと付着物を洗い流し始めた。


「そろそろ時差の都合もあるからまた一旦地球に戻るけど、向こうの休みの日だけでよければ、また手伝うよ。な?湊太」

 大牙が笑って提案した。湊太も、洋菓子屋のバイトも気にはなっていたが、同じ働くならドラゴンの方が良い。

「やりたいです、是非!」

「それは、ホントに助かるわ」

 ハルカの表情が、ぱっと明るくなった。


「…でも、何でそんな人手不足なんですか」

 湊太の質問に、ハルカが急に眉根を寄せ、不満げな表情になった。

「見ての通り、二人一組で夜勤と日勤をローテしてるのよ。

 他に正規で働いてるのはアーシャの旦那さんのイーデンと、イーデンの甥っ子のマティアス、あとレビの父親の計5人だけ。半年くらい前までイーデンの教え子が何人か交代で来てくれてたんだけどね…石盗もうとした学生とか、仔ドラゴンを攫おうとした奴もいて、今一旦受け入れ停止してるのよ…あ、これ拭いてもらえる?」


 湊太はタオルを渡され、そこに洗ったばかりのストーンを載せられた。ハンドボール位のサイズだろうか。真っ白い石は、大きさのわりにとても軽い。

「え?あ、はい。ん…?軽いですね…いやいや、石盗むとかドラゴン攫うって、大丈夫だったんですか?」

「石の方は、サイズが大きくてゲート通らなくてさ。グノメからすぐ通知来たから、何人かですぐに行って取り押さえたのよ。ドラゴンの方は…」

 ハルカが、ふいっと空を見上げた。

「『ナイトブラックメタリック』が飛んできた、って言ったら分かるかな。裏に絶対誰かいるはずだから、黒幕調べたかったけど、一瞬で消されちゃったから…調査は難航しちゃたんだよね…」


 ―――学生一人、消されちゃってる!!


 湊太は一瞬、超高級な白い球を取り落としそうになったところをぐっと堪えた。そして、そりゃここに来るゲートの管理が厳しいわけだ、とも納得した。


「そういや、レビの両親の話って聞かないな。一度も見た事ない」

 大牙がそう言いながら、でも目線は何となく足元を探すように動かしている。

「レビの両親は、今更だけど新婚旅行中。二人とも再婚だったから、お母さんの方もクレアと一緒に洋菓子店やってて、しばらく手が離せなくて。トルテが店継いで、さあって頃にはジークの体調が思わしくなくなって。だから諸々落ち着いた今になっちゃったけど、旅に出てて居ないの。戻るまであと何年かかるか分かんないもんなぁ…」


 網を洗い終わると、ハルカは倉庫の壁にそれを広げながら引っ掛けて干す。

 言われてみれば、レビの両親だけ今まで全然話題に上っていなかった気がする。なるほど、ずっと不在だったらしい。時間の流れ方が違うにしても、新婚旅行が年単位とか、長期不在も甚だしい。

「今は執事のローランドとかメイドの子含め、家の人間に交代で手伝いに来てもらってるけど、ずっとこのままって訳にもいかないしね…」

 湊太は話を聞きながら、タオルでぽんぽんとストーン表面の水を吸い取っていく。


「もう、毒食らわば皿までってとこね。近日中に石のテストやると思うから、二人とも来れたら来て」

 ハルカがやけっぱちのように叫んでいる間に、小屋の方でバタバタと人の気配がし始めた。

「石、石見せてくれ~!久々の石~!」

 飛び出してきたのは、ハルカの映像で見たことのある人…イーデンだった。やはり近くで見ても年齢不詳、レビに口ひげをつけただけのように見える顔だ。


 イーデンはまっすぐ湊太の前に来ると、

「これは…困ったね。現存のどのゲートも通りそうにないな。直接宇宙輸送案件だ」

 と言いながら、湊太からタオルごと石を受け取ると、なぜかそれをほいっと大牙に渡した。

「???」

 大牙と湊太がぽかんとしていると、イーデンは何故かそのまま湊太を抱きしめた。

「ジーク…」


 もうやだ、この流れ。

 そう思っていると、鳥を戻してきたらしいアーシャが帰って来て

「あらやだ、私は我慢したのに」

 と不満げに笑った。




「ごめんごめん、あまりにジークに似ていたので」

 笑いながら、そして涙も流しながらイーデンに謝られてしまった。

 今は室内に戻り、ソファに座りつつの談話である。

「もう、何かだいぶ慣れてきました…」

 湊太はかなり諦め顔で返した。


「え、このパターンもう何人目?」

 にやにやとハルカに聞かれ、湊太は順に思い返してみる。

「クレアさん、トルテ、イーデンさんで3人ですね」

 湊太のげんなりした顔を見て、大牙が苦笑しつつ

「次抱きついてきそうなの誰だと思います?湊太は誰を警戒すればいいですか?」

 とアーシャに尋ねた。

「シモーネよねえ。口には出さなかったけど、ジークめちゃくちゃ可愛がってたもの」

「タイプ的に農園に欲しかったのに、母親の病気をエサに、病院に取られちゃったもんなあ」

「言い方!」

 ハルカは悪気なくひどい物言いをする義理の曽祖父を叱ったが、当の本人は何とも思っていないようだった。


 性格キツ目という噂の、シモーネ。それだけで怖いのに。

「頑張って逃げろ」

 うっすら死んだような目で大牙に言われ、湊太は空を仰ぎつつ目を伏せた。


「あとは、アステリア様が『抜けた』後の、あの子かな」

 アーシャが、少し寂し気にふっと笑った。

 ドラゴンに乗って現れた少女のような面差しの巫女と、手書きの家系図を燃やした洋菓子屋のエルフの顔が、湊太の脳裏に浮かんだ。

「トルテの妹の…?」

「そう」

 特権と、問答無用で身内を取られる不条理さの狭間で成り立つこの家の特殊さを、改めて思い知らされる。

 母と兄に抱き着かれているのだ。あの子なら、もう、抱き着かれてもしょうがないな。そんな気に湊太はなっていた。




 イーデンが石を片付けに行ったところで、ようやく大牙と湊太が恐竜図鑑を手にした。

「似てる!ってやつには、栞挟んであるよ」

 ハルカに言われて栞部分を開くと、『鳥盤類・装盾(そうじゅん)類』の分類だった。

「あ~!ノドサウルス、確かに近いな」

 大牙が声を上げた。

「でも、背中のトゲの大きさと配置は、このガーゴイレオサウルスが近い気がしますね…顔はノドサウルスかなあ」

 湊太もページをめくりつつ、似た恐竜を探す。久々に開く図鑑はとても面白い。

「ねー、私はこの翼竜会いたーい」

「いや、聞いてないし…え?ティラノって毛が生えてんの?羽毛?しかもモヒカンじゃん。昔見た図鑑にはそんなんなかったぞ?」

 ハルカのボケに、更に横道にそれた大牙が乗っかり、ただの図鑑鑑賞会になっていた。

 確かに、湊太が持っていた図鑑のティラノサウルスにも、毛など生えていなかった。そっと図鑑の発行日を確認すると、最近改定されたばかりの新しいものだということが分かった。

「それより、実の孫よりもハルカさんに新しい図鑑プレゼントしてるとか、これはこれでショックなんですけど…」

「興味ががっつり向いてるから、プレゼントしやすいだけだと思うよ?逆に私、最近は恐竜の本しか貰ってないからね」




『夕湖から音声通信です』

 図鑑干渉が盛り上がっていた時、グノメから通知が来た。

「え?なに?母ちゃん?」

『そろそろお昼だけどどうすんの?』

 こちらではさっき朝食を食べたところで、感覚が麻痺していた。

「グノメさん、時計」

 画面がぱぱっと表示される。日本はもうすぐ11時50分にになるところだった。

「分かった、一回帰る」

 そう返答して通信を切った後、夕湖が一体どこから通信をしてきたのか疑問に思ったのだが…


「ソータくん、今日はノブナガ、午後も学校だからしばらくいないと思うよ」

 ハルカがにまっと笑って教えてくれたことで、夕湖の通信場所の件は一旦忘れてしまった。

「ありがとうございます」

 安心したように湊太が肩の力を抜くと、倉庫から戻ってティータイム中のイーデンが

「ああ、耳が良すぎる件か。あれはあれでギフテッドだと思うけどねぇ。聞かれる方は、学生ぐらいの年だと特にイヤだよねぇ」

 と肩をすくめた。

「一番奥の部屋に私たちが移ろうと思うんだけど、問題ないかな?」

 ハルカがイーデンとアーシャの顔を交互に見ながら昨夜の案を話すと

「ああ…元叔母様の部屋か…まあ、今の家長はレビだ。レビが良いと言えば構わないよ」

 とやんわり許可をくれたようだった。

「じゃ、近々引っ越すから、シュートくんとユリカちゃんにも安心してって伝えといて。あと、石のテストの日決まったら伝言入れとくから。都合合えばおいで」

「はい!絶対来ます!」

 石のテスト、とやらが何をするのか分からないが、ワープの実験をするのだろうと予想し、また違う「わくわく」が湊太の心を捉えてしまった。




「ええー⁉ドラゴン見てきたの?いいなあ…」

 由梨香がとても羨ましそうに、そして悔しそうに湊太の目を見た。

 秀人も、PCの電源を入れようとしていた手を止めて、湊太の方を振り返った。

「今日はどっちから?ノブナガ嬢の事もあるし、行きたいのに…色々難しいんだけど」

「今日は午後まで学校あるらしいから、しばらく不在だって」

 不安そうな秀人に、そのうち一番遠い部屋に引っ越してくれるらしいことも伝える。


「なんか、基本午前のが学校でいないことが多いらしいよ?」

 結局、午後から交代勤務のイーデンがそのまま残ることになり、早めにハルカは帰ることになった。大牙と3人で戻る際、歩きながらそんな話を聞いたのだ。

「なら、先に行った方が良いじゃん!」

 由梨香がばっと立ち上がった。

「…でも、今行ってもドラゴン見れないもんなあ…」

「あ、アーシャさんが動画撮ったから見てって言ってたな」

 再びしょんぼりした由梨香にそう伝えると

「見たい見たい!」

 と二人が元気に食いついたので、今日は先にアステリアに行くことにした。




『ソフィアからのメッセージが届いています』

 移動するなり、由梨香のグノメがそう告げた。

「うー…また、なんだか下に来てそうな気がする…」

 とぼやきつつ由梨香がメッセージを開封すると

『遊びに来たよ~!ロビーで待ってるから、迎えに来て~!』

 と、予想通りの結果だった。

「まあ、私も色々聞きたいことあったから、丁度いいや…行ってくる」

 由梨香は、もう慣れた感じでゆっくりと部屋を出て行った。


「動画…大牙さんのが多分面白いと思うんだけど、ソフィアに見せて大丈夫かな…?」

「うーん…勝手に押しかけてくるんだし、そこは…我慢してもらうしか…」

 湊太と秀人がぼんやりと会話しつつ、それぞれ一人用のソファに座った。


 由梨香が戻ってくるまでの間、秀人は読みかけの本を開き、湊太はグノメと会話しつつ、動画タイトルを眺めていた。

「家族なら、このフォルダ内の動画は閲覧自由って事?」

『グラーティア家に登録されている者全てが閲覧可能です』

「ドラゴン絡みの映像って、今日撮ったもの以外何かある?」

『ハルカの梨汁の映像、マティアスとローランドの同じく梨汁動画くらいですね。あとは屋敷の監視カメラ映像で撮れていたスタードラゴン関連が少々』


 話している間に、由梨香がソフィアを連れて来た。

「ここの本も読みたいんだけどね!」

 とソフィアが言いつつ、女子二人で3人掛けソファを陣取った。

「じゃあ、今朝の映像流すよ?」

 面倒だったので、湊太はソフィアには特に何の説明もせず、いきなり動画を流した。

 内容としては、ハルカと湊太、大牙3人が横並びで木箱を運ぶシーンから始まり、湊太がドラゴンの背中を触ったりしているところまでだった。


 ―――やっぱり、ドラゴンの造形が違い過ぎて違和感!


 AIが置き換えているのだろうか。黄色くてつるんとしたドラゴンには違和感しかなかったが、とりあえず湊太は口には出さない。


 シルワヌスと大牙の梨汁合戦を見終わったところで、ソフィアは両手で顔を覆った。

「カッコよ…鼻血出そう…」

 心の声が漏れ出したようなソフィアの呟きに、未だに大牙を諦めきれていない気配を湊太は感じた。


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