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しらないところで  作者: 南 紅夏
春休み編

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ヒト族の食事風景

前回、農園の朝食準備の続きからです。

「じゃ、タイガはテーブルクロス敷いてカトラリー並べて。ソータくんはこのパン温めて。隣のキッチンにオーブンあるから」

 サラダを盛り付けながらハルカがてきぱきと指示を出す。


 大牙がばさっとテーブルクロスを卓上に広げると、ヴェルデがドリンクの入ったポットを数種類卓上に並べ、もう一人のエルフが何種類かの総菜を皿に盛り付け、アーシャが運ぶ。

 湊太も慌ててパンの入った籠を持って隣のキッチンに移動した。


 キッチンには、湊太の知っているトースターと言うようなものはなかった。

 しかし、業務用かと思うような大きなオーブンがあった。


 ―――こんなの使った事ねぇ~!!!


「グノメさん、オーブンの使い方分かんないんだけど。パン温めたい」

 困ったときはグノメさんに相談だ。

『籠の中のパン全て、オーブンに並べてください。温めの指示はこちらで出します』


 皆の手際の良さを考えると、自分のせいで全員を待たせそうで焦る。

 かなり数の多いパンを全て並べ終えると、

「OK、グノメさんお願いします!」

 と叫ぶ。

 そこから10秒経ったかどうかの時間で、あたりにパンの良い匂いが漂い始めた。

 そういや今朝2回目の朝ごはんだな、なんて今更思い出したが、労働のお陰かほどほど空腹である。

 もう一点。アステリアでお茶は何度もしているが、食事はこれが初めてだ。…幼い頃は知らないが。記憶がないからもう今回が初めてでいい。どんな料理が出てくるか、楽しみである。


『焼けました、全て籠に戻して運んでください』

 グノメの声でハッと我に返り、トングで籠にパンを盛っていく。

 キッチンを出ると、こちらもセッティングが終わったところのようだった。


「ありがと、パンはテーブルの端に置いて。各自好きなパン取って席に戻るシステムだよ」

 ハルカがテーブルの端を指差す。見ると、10人掛けのテーブルの席右側に6人分食事の準備がされていて、左側にはジュースのポットや余ったサラダなどがビュッフェコーナーのように置かれている。


 ―――6人分?メイドさん分も入ってる?


 考えると不思議な状況だ。

 メイドと一緒に食事というのは、湊太の常識の中では無い話だ。まあ、メイドのいる環境で育ったわけではないただの庶民に、その辺のルールなど知る由もないのだが。


 湊太があえて作られていたと思われる空きスペースにカゴを置くと、各自カートの上から平皿を取って、思い思いにパンを載せて行っていた。

 湊太も皆に倣って皿を取り、形の違うパンを2種類ほど載せて、空いていた大牙の隣の一番端の席に座った。


「本日のドリンクの説明です。オレンジと、グレープジュース、ベリーの炭酸割、ミルクの4種類です」

 テーブルのど真ん中に向かい合わせで座ったメイド二人のうち、大牙の隣のエルフがそう説明した。すると大牙の向かいに座っていたアーシャが

「では、私はオレンジで」

 とグラスを出すと、彼女の隣のヴェルデが受け取り、ポットからオレンジジュースを注いで返す。湊太の向かいのハルカが

「私はベリーの炭酸割で」

 と言いながらグラスを差し出す。

「お二人は何になさいますか?」

 エルフメイドがと大牙と湊太に聞いてきた。

「ミルクで」

 大牙が答えながらグラスを渡し、エルフが受け取る。

 湊太も今の流れで大体ここのやり方が分かってきた。

「ベリーの炭酸割で」

 大牙のグラスが返って来た時点で、湊太もジュースをお願いした。




「いただきます」

 大牙と湊太は合掌し、アステリアの住人たちは片手を握りしめ、もう片手はそれを包むようにして食前の挨拶をした。

「作法とか、どうすればいいんですかね?」

 湊太が大牙に聞くと、

「適当だよ、朝昼は特に。夜は少し格式上がるけど…農園はまた独特だな?」

 と、大牙も周りを見回す。ハルカもサラダを食べつつ大牙の疑問に答える。

「でしょ、メイドさんが一緒に食べるってのココだけだよ。運びに来て、もう一回下げに来るとか手間もいいところだから、持って来たついでに一緒に食べちゃうの」

「なるほど!」

 無駄を省いて、このような食事になっているらしい。


「一応メイドの仕事の間はけじめとして主従を分けてはいるけど、ここのみんなは家族ですからね。メイドもドラゴンの世話も、みんな一緒。『仕事』よ」

 とアーシャが笑う。

「それと、農園は特別。朝昼晩、全て楽しくおしゃべりしながら食事が基本」


 卓上に並んだ食事は、見た目から「なんだこれ?」と手が出しづらくなるような不思議な外見のものはない。

 サラダ、肉料理、自分で持ってきたパンの皿と、カップスープといった内容だ。


 湊太はまずサラダを食べてみた。生野菜と温野菜が彩りよく並んでいる。葉物は新鮮で、ドレッシングも酢の効いたものだが甘さよりも出汁というか、旨味が強くて食べやすい。バジルのような香草の香りもするのだが、強いわけではなく爽やかに香る程度だ。

 メインの皿には小さめの豚肉に見えるステーキと、ハムとソーセージ類が並ぶ。

「うちではこんな豪勢な朝ごはんないから、ちょっと感動です」

「ホテルの朝食って感じだよな」

 湊太の発言を受け、大牙もうんうんと頷く。


 どちらかというと薄味の肉料理だったが、卓上にマスタードやソースなどの調味料が並んでいるので、お好みでどうぞという事なのだろう。


 そして、パンがまた美味だった。

「…なにこれ、メチャクチャおいしいです」

「な、俺も基本朝ごはんは米派だけど、ここのパンはいくらでも入るんだよ」

 大牙の言う通り、いくらでも入りそうだ。多すぎに見えたパンの山が、足りなさそうな気すらしてくる。


「お口にあったようで良かった。ね、パトリシア?」

 アーシャが斜め前のエルフメイドに目線を送ると、彼女はちょっと照れた顔をした後、一言だけ

「うん…」

 と言った。




 食後、テーブルはすっかり片付き、ヴェルデが紅茶を淹れている。

 パトリシアと呼ばれたメイドが、恐らくクレアが作ったものであろう焼き菓子の乗った皿をテーブルの真ん中に置いた。


「クレアさんもメイドのお仕事してますよね?パティシエとどっちが本職なんですか?」

 湊太の質問に、大牙以外全員が何とも微妙な顔をした。

「クレアは…ちょっと違うのよ」

 アーシャが少し困った顔をする。

「彼女の本職は、うちでは『子供の世話』が正しいかしら。パティシエは、今は趣味というかお手伝い?息子のトルテに店を譲った時から、メインじゃなくなってるのよ…あの子は気を使い過ぎなの。外から来た人間で、旦那のジークも亡くなった今、勝手に肩身の狭い思いして、ずっと休みなく働こうとしてるのよ」


「じゃあ、メイドさんしてるのは、仕事の隙間働くためって事ですか?」

「そう。ノブナガとマサムネの面倒見てくれてるだけでもう十分なんだけどね。じっとしてられないというか」

 ハルカも少し困った顔をする。

「お優しい方なんです」

 ヴェルデが悲しそうな顔で呟いた。


「レビのせいもあるんじゃない?ハルカの前で言うのもなんだけど、姉と嫁が必死でレビ分カバーしようとしてるようにも見えるよね」

 さっきは照れて言葉少なだったパトリシアが、急に饒舌に言い放った。

「えー?私は全然レビ分なんて気負ってないけど?」

 ハルカは軽く笑う。

「レビには『学校の送り迎えくらいはお前がしろよ』とは思うけど、クレアが全部やってくれるから…いや、クレア本人がやらないと気が済まないってのもあるけど…まあ、何にしてもみんな結局レビに甘いって事になっちゃうね」

 と言いながら、ハルカは余ったパンを細かく手でちぎり始めた。

「何にしても、グラーティア家の産業で今この農園が、一番人手不足なのは間違いないんだけどね」

 そう言いつつ、パトリシアもハルカと同様パンをちぎり始めた。


「パン、どうするんですか?」

 元々絶対に食べきれないだろうという量のパンだった。いくら美味しくてもやはり残ってしまっていた。

「森の入れるところギリのとこまで行って、撒くんだよ。この辺の野生の動物用に」

「ええー…何かもったいないな」

 ハルカの言葉に、大牙が軽く眉をひそめた。


「運が良ければ、変わったドラゴンが現れるかもよ?」

 アーシャがそう言った瞬間、大牙と湊太も黙々とパンをちぎり始めた。




 メイド二人が帰り、湊太達はパン撒きに出ることにした。

 湊太と大牙は、風呂敷のように大きな布で包んだパンくずをそれぞれ持つ。湊太の持った布には小鳥用と思われる細かいパンくず、大牙の方は若干大きめの小動物用と思われるパンくずだ。

 ハルカの先導で小屋を出ると、先程向かった倉庫側と反対の左手に向かう。シルワヌスが先程現れた森の方角だ。遠巻きに、小さなアンカードラゴンたちは湊太達の動きを眺めている。


 歩きながら湊太はハルカに質問を投げかけた。

「パトリシアさんってどういう人なんですか?パンは彼女が作ってるっぽかったですけど」

「彼女はね、レビのお父さんのいとこなのよ。パンは趣味で作り始めて、あまりに出来が良かったからパン担当になったの。で、彼女はみんなが食べて、満足したか確認したいから、朝食時間のみメイドもやってる。あんまりクレアの事言えないよね」

 ハルカはやれやれ、と言った顔で話す。


「ちなみに彼女のお兄さんのローランドは、家の執事長やってる」

 その時湊太の脳裏には、初めて街に出た日に会ったエルフの執事の顔が浮かんだ。多分あの人の事だろう。


「それより疑問に思った事あるんだけど」

 真面目な顔で大牙が切り出した。

「スタードラゴン以外のドラゴンの種類は非公開で、撮影・録画しても検閲・加工処理されることまでは理解した。その非公開のドラゴンの中で、グラーティア家がここの『アンカードラゴン』のみ世話してる意味が分からない。それとも俺が知らないだけで、他の場所で、他のドラゴン世話してるの?」

「…確かに!」

 言われてみれば、その疑問はごもっともだ。確かに何か特別な意味があるとしか思えない。湊太もハルカの返答を待つ。


「二人がこの農園で働くんだったらすぐ教えてあげても良いんだけどね~!…教えなーい」

 急にハルカの表情が変わった。

「そんなに人手不足ですか」

 湊太が尋ねると

「交代で二人ずつ必ず誰かがいるルールにしてるからね。今みたいな夏場は特に大変、森の果物が減るから。秋になると少し楽なんだけどね」

 と、ため息をついた。

「…こんな涼しいのに、今ここ夏だったんですか…」

 湊太には、そっちの方が衝撃だった。


『この先、侵入禁止エリアです』

 グノメが急に画面まで立ち上げて、警告を発した。そこでハルカが二人を手で止まるよう制した。

「ここで良いよ、ソータくんの方のパンくずは、ここで適当にぶわーっと撒いちゃって」

 サンタのように肩に担いでいた布を、湊太はその場で派手に広げた。パンくずは地面に落ち、土の上や、短い草の間に入り込んで見えなくなったものもある。


「運が良ければ、これでたまに大物がやってくるんだけどね。まあ、ホントにたまになんだけど」

 少し待ったが、何もくる気配がない。やや遠くまで散ったパンくずの辺りには、オウムサイズくらいの小鳥、というには大きい見慣れない鳥がやってきて、ついばみはじめていた。


「うーん、残念。じゃあ、タイガの袋の方も撒い…」

 ハルカが言いかけたところで、森の奥からのそのそと大きな竜が歩いてくるのが見えた。先ほど見た、一番大きなアンカードラゴンだ。

「あれ…シルワヌス?アンカードラゴンってパン食べるんですか?」

 湊太が尋ねると

「食べない…」

 と答えつつ、ハルカの目はシルワヌスをじっと追い続けている。その視線は真剣そのもので、得体の知れない緊張感が漂っていた。


 ハルカは腕のブレスレットをそっと口の近くまで持ち上げると

「アーシャへ連絡。…シルワヌスが多分吐く」

 と、シルワヌスから目線を外すことなく小声で告げた。


 シルワヌスはしばらくハルカをじっと見ていたが、急に踵を返したかと思うと、侵入禁止エリアに向かってどすどすと―――実際にほとんど音はしないが、歩き始めた。そして20m程度離れたところで立ち止まると、いきなりぐぽっと音を立てて、吐いた。


「あんにゃろ、またあんな中途半端なところに!!」

 ハルカは急に焦り始め、

「アーシャ、侵入禁止エリア!」

 とブレスレットに向かって小さく叫んだ。

『了解』

 返答があり、すぐに建物の裏の方から白い鳥に乗ったアーシャが現れた。


 シルワヌス本人は、吐くだけ吐いたらすっきりしたのか、また大きな体をゆっくり動かしながら森の中に消えていった。

「…毛玉…じゃないよな」

 大牙が呟くと、湊太がぷっと噴き出した。

「そもそも毛が…ないですよね」


 アーシャの乗った鳥は湊太達の横を通り過ぎ、ハルカが指さす方へまっすぐ進んでいく。

「そのへん」

 ハルカがブレスレットでアーシャに指示を出すと、

『あった、大物よ』

 と返ってきた。


 侵入禁止エリアなので手伝うことも、どうすることも出来ず、湊太達はただ見ている。

 アーシャは鳥の上に乗ったまま、投網のような物を投げて吐瀉物を拾い上げた。


「あれ、何ですか?」

 湊太が聞くと、ハルカはとても悔しそうに

「もう、シルワヌスのヤツわざとやったとしか思えない。このタイミングで!」

 と一頻り怒った後、ものすごく大きなため息を一つつき、諦めたように口を開いた。


「あれが…星によっては国家予算の半年分にもなる、我が家のトップオブ収入源。アンバーゲートの原料だよ」


イメージ的には、ピッコロ大魔王が卵産む感じ。

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