農園の管理小屋にて
昼間の由梨香の「進路相談」の件で、大牙には引っかかる点が色々あったようだ。
本人には聞きづらい事を確認したいのだ、という事を湊太は咄嗟に理解した。
―――まあ、あれは引っかかるよなぁ…
大人から見れば、あまりにも可愛げのない子に見えただろうな、と湊太は思う。逆にあまりの由梨香らしさに「あっぱれ!」と言いたくなったのも事実だ。
気を利かせたのか、アーシャは
「少しだけ、仮眠をとるわね」
と言って、奥の部屋へ移動した。
ハルカも、
「ドラゴンたちの様子見てくるね」
と言って、外に出て行った。
「うーん、そこまで気を使ってもらうような話でもないんだけど」
二人の気遣いに、大牙は少し困った顔をした。
「逆に…ハルカさん、こんな夜に一人で外とか出て大丈夫なんですか?」
「周りは不審者は入ってこれない森だし、街より安全だよ。そもそも今日は夜勤って言ってたから、ま、本来の仕事だろうから」
湊太の心配をよそに、大牙は軽く笑って頬杖をついた。
『人が入ってはいけない場所』の森に囲まれている、という事だそうだ。それは確かに安全だ。
それにしても、ドラゴンの世話に夜勤があるのか、大変だな…
そんなことを考えながら湊太はマグカップのお茶を一口飲んだ。そして、中身がほうじ茶だったことに若干驚いた。
「こういう事言うと青臭いとか、夢見すぎとか言う奴いるんだけどさ。俺はユリカのあの感じはちょっと心配だ。何も見つけてないって言って、探してる湊太の方がまだ安心して見れる」
「効率厨なトコありますからね、あいつ」
大牙の言葉に、湊太もため息をついた。
稼げるなら何でもよくて、稼いだ金はすべて趣味に突っ込むという考え方は、悪くもない気もするのだが。世の中のオタなんてみんなそんなもんじゃない?とも思ってしまう。
「ユリカは、そんなにゲーム好きなの?」
「生活もゲーム中心ですよ、あいつは。
実際俺は、ユリカとは小6の冬に10日くらい同じ塾に通ってただけの仲なんです。学校も一回も一緒だったこともない。ただ、ゲームのチーム組んでみて、勝てるチームだったから今まで続いてるんです」
「…ごめん、ちょっと理解できない。そこから3年間、家行き来する仲って事?」
大牙は前髪を掻き上げるようにして、額に手を当てた。困ったような顔で、若干眉間にしわを寄せている。
「まあみんなウチに来るばっかですけどね?シュートのところは元々親がそこまでゲームさせるの好きじゃないみたいだし、ユリカのところは…あそこマンションの回線で、あいつのところアホみたいに機器多いらしくて、ネットゲームだと全然ラグくて」
「機器が多くてネットが重すぎるって事?」
「ゲーム機4台くらい下手したら稼働してることあるし、当然スマホとPCと、あとCSも複数チューナーで常時なんかガンガン録画回ってるって言ってましたし。あの感じだとアメリカンプロレスも撮ってるんじゃないですか?」
「ああ…」
大牙は意識を飛ばすかのように、一瞬遠い目をした。
「そんなに好きなら、ゲーム方面に進む、とかないのかな」
「プロゲーマーとかですか?あいつ、収入が不安定に見える職種には動かない気がしますね」
「作る方とか」
「そっちは…どうだろう」
同じ学校だったことがない分、湊太はゲームをしている由梨香以外をほとんど知らない。日常的な部分をまるで知らないのだ。クリエイティブな方面に向いているのかどうか、なんて全く情報がない。
「ちなみに、3人がハマってるゲームって何?聞いたところで、俺が知ってるかどうかはアレなんだけどね」
「ランディングファイターオンラインってヤツです。年末に学生向け大会あって、俺たち実はU-16部門で準優勝してるんですよ」
湊太はそう言いながら、ちょっと照れ臭そうに笑った。
「すごいじゃん。てゆーかかなりガチなんだな?ランディングファイターってあれか、何かエイリアンみたいなの倒すやつ」
「あ、そうです、それです」
「…昔やったことあるな。ゲーム上手い友人がいて、そいつに無茶苦茶ポイント差つけられた記憶しかないわ…あれから一回もやってない」
ちょっと悔しそうな顔をしながら、大牙は目を伏せた。
「湊太にも聞いとくけど、湊太はゲーム関連に進む気はないの?」
「ゲーム自体は好きだし楽しいけど、プロゲーマーとして通じるかっていうと微妙なんですよね。俺に、突出したものがあるとも思えなくて。プロだと他のゲームも出来なきゃなんないと思うんですけど、そこに関しては多分中の中くらいなんじゃないかな」
「客観的な通じるか通じないかじゃなくて、やりたいか、やりたくないかで言ったら?」
「うーん…やってみたい気持ち2割、違うなって気持ち8割です」
「了解。…どう転ぶか分かんないけど、俺の知り合いにユリカの件は相談してみるつもり。彼女の考え方は間違いじゃないとは思うけど、俺は面白くない。ゲーム中心も良いけど、働くことももう少し楽しむ方向で考えて欲しいと思ってさ」
「…」
―――大牙さんとユリカ…似てるよ、おせっかいの焼き方が。相手のためよりも、自分がイヤだからって理由なところも含めて。
好きな仕事じゃなくても、稼げればいい。大牙は由梨香のその考え方が気に入らないのだろう。由梨香がそれでいいなら、湊太は放っておけば良いと思っていたのだが。
「先に謝っとくよ。俺の案にユリカが乗った場合…それ次第では、3人の関係が今まで通りじゃいられなくなるかもしれない」
「どの道、高校3年間が終わるまでだとは思ってたので、それは…もう仕方ないです。遅かれ早かれって事で」
「…達観してるなあ」
妙にあきらめのいい湊太の態度に、大牙は感心したような、呆れたような声を出した。
「でも、高校卒業…せめて受験前までは全力で楽しんで欲しいね、俺としては」
ガチャリと扉が開き、ハルカが戻ってきた。
「うふふ~、なんかあの子たち、こっちに興味津々だったよ~!メチャクチャそわそわしてる」
ハルカはにまにまと笑いながら報告する。
そして湊太としては、ここに来てからずっとドラゴンの事が気になって仕方がない。
「ハルカさん、ドラゴン見たいです!明日、明るい時間にここ来ていいですか?」
「いいけど、ソータくん一人だとゲートが開かないんだなあ。さっき通った農園行きゲートって、若干管理が厳しくて。時間合わせてくれたら迎えに行くよ?」
「いいんですか!?是非っ!お願いします!」
「え、俺も見たい!良い?」
なぜかワクワク顔で大牙も便乗してきた。
「だったら、明日朝早いよ、5時半にゲートの部屋前集合。6時には朝ごはんあげなきゃだから!」
グノメさんが時間を表示してくれる。
「日本時間で8時半…余裕です」
「ガジェット、何か貸せるのないか聞いとくよ。もしくは、ここで外して行くかだね。明日は汚れてもいい服で。出来れば、上は白とか明るめの服でお願い。見え方にクセがある子たちだから、暗い色がもそもそ動くと警戒されちゃうの」
「了解です」
「了解」
湊太と、なぜかとても嬉しそうな大牙が元気に返事をした。
「ガジェット…外す…」
そこで、はっと湊太は顔を上げた。
「さっきのノブナガちゃんの件なんですけど…お互いラムダとかガジェット類外すとかじゃダメですか?翻訳が出来なかったら、聞いたって意味通じないんじゃないかって」
湊太は、秀人の一件の後からずっと、この件について引っかかっていた。
先程の会話中に、外せば解決ではないかとふと思いついたのだったが
「…残念…逆に何らかのガジェットに頼り切ってくれてれば良かったんだけどね。ラムダだったら、壁の向こうの音までは拾わない」
と、ハルカはとても苦々しい顔をした。
「…え?じゃあ?ん?どういう事だ…?」
だったら、聞こえたところで内容が分からないはずだ。湊太は意味が分からず困惑した。
「丁度私たちの真下の部屋がソータくんの部屋なんだよ。で、ちょっと前まではコーサクおじさんと、ツキコさん、ユーコもか。親子3人で使ってた。
ノブナガはね、ずーっと下の部屋の会話が普通に聞こえてたの。生まれてからずっとね。誰かこっちの人が部屋に行って会話すると、こっちの言葉とラムダで翻訳された日本語も、同時通訳状態で…だから、日本語に限るけど、分かるし、喋れるの。私なんかよりずっとね」
ハルカが、色々と納得のいっていない表情で説明してくれたが、正直湊太はもっと納得いかない。
「まじですかー!!」
盗み聞きでバイリンガルになったとか、ズル過ぎる。
「今までは内容がそこまで面白くなかったのか、難しかったのか、あの子は何も言わなかったから聞こえてることも知らなかった。
ソータくんたちが来てから内容が面白くなったのか、聞いた内容を急に話すようになって…。問題は、ここ最近斜め下のタイガのとこまで聞こえるようになったって事。まあ、ヒロおじさんの声は聞こえないそうだけど…」
ハルカが申し訳なさそうに言う。プライバシー云々の問題も言いたいところだが、聞いたことを他所でまんま口にされるとか、湊太にとって恐怖でしかない。
「どこまで離れればOKか、試していくしかないな。それで離れた部屋に引っ越すかな」
大牙も真面目な顔に戻っている。
湊太も引っ越しとなったところで、荷物がないので問題なさそうだな、と考える。
「俺たちなんか、まだ靴くらいしか持ちこんでないから、引っ越し簡単ですけどね」
「…ゲートのあのギミックの取り外しと取り付けくらいか」
「あー、そうですね…大牙さんとこは、なんかゲートが壁に埋め込まれてなかったですか?」
「まあ、それもなんとかなるっしょ」
2階の住人同士の会話が引っ越しする方向に傾いたとき、3階の住人が別案を出す。
「いっそ私たちが引っ越すか、だよね。いっちばん奥の部屋とか空いてるし。私的にはゲート部屋までの距離は大差ないし。奥にも階段あるから、食堂が少し遠くなるくらいかな~」
「東屋まで呼びだした場合、レビが遠いんじゃない?」
大牙にとって、レビは呼びだす前提の扱いである。しかしその妻は気にも留めず笑い飛ばす。
「いいよー、むしろ運動させとけ!…いや、違うわ。鳥小屋裏だから逆に全然近くなっちゃうわ」
皆で笑った後、少し真面目な顔になり、ハルカが口を開いた。
「あとは10歳の子に言って聞くか分からないけど…聞こえたことを何でも口にしないってのを、私たちがちゃんと理解できるように説明する…って事かな」
母親らしい意見に、大牙も同意した。
「だね、今後も友達の内緒話とかも聞こえちゃうだろうし。それをうっかり漏らして嫌われるようなことになっても辛いだろうから、得た情報の扱いを教えていくのが一番かな」
「いや…やっぱ俺は、見えないところから普通に聞かれてるとか怖いです…もう、いっそ目の前で聞いてくれれば諦めもつきますけど」
大人二人には悪いが、湊太としては聞き耳を立てられるのはやはり気分の良いものではない。聞かれる前提で対策を進めるのは拒否したかった。
「考えようによっては耳が良すぎるのも個性の一つだから、否定ばっかじゃなくて上手く扱えるようになった方が面白いと思うけどなあ…スパイになるとか」
「スパイ…もうそんな何人もいらないよ」
ハルカは、大牙の前向きな意見を複雑な笑顔で拒否した。
その言葉に湊太は一瞬ぎょっとなり、大牙の顔色を確認してみる。
どうやら彼も知らない話らしく、何とも言い難い怪訝な表情をしていた。
「スパイ…って、いるんですか?あの家に?」
湊太はハルカの方に向き直って、少し小声で聞いてみた。
「いるんだ、これが。最近はほとんど活動してないみたいだけどね。雇い主はシモーネ」
噂に聞く、レビに厳しいレビの祖母の名前が出た。
「おーう。俺は何も聞かなかったことにしよう」
大牙はそう言って笑うと、マグカップに残ったお茶を飲み干した。




