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しらないところで  作者: 南 紅夏
春休み編

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魔王の来訪

「ユリカ、先に帰っててくれる?俺ちょっと大牙さんに話があって」


 大した話ではないのだが、ここ最近の心理的な変化を話したかったので、湊太は由梨香を先に帰そうとしたのだが

「私には聞かれたくない話?」

 と特に責めるわけでもなく、普通に聞かれたので

「いや、別に聞かれても良いんだけど、ちょっとこっぱずかしいというか…」

 と深く考えずに返してしまった。

 途端、由梨香の口角がやや上がったのが見え、湊太は正直「ああ、失敗した」と思ってしまったのだが、もう遅かった。


「なんだよー、私と大牙さん二人きりはダメなのに、私とシュート二人はいいのかよ~!」

 などとごね始めたので

「えー、もう良いよ、居ても」

 と諦めて同席を認めた。


「ん?何かやりたい事でも見つかった?」

 大牙がほっとしたように湊太の目を見た。

「いや、まだなんですけどね。昨日、親と妹の無茶振りで、カフェっぽいランチ作ることになって。まあまあ自分でも納得の出来で、ちょっと楽しかったんです」

「へぇ~!湊太、料理するのか」

 大牙は意外そうな表情だ。湊太はさらに続ける。


「まだ手順とか悪くて、全然なんですけどね。みんなが喜んでくれたのが嬉しくて」

「そう、美味しかったんですよ~!こんな感じ」

 由梨香が嬉しそうにスマホの写真を大牙に見せた。

「ホントだ、これは…すごいな、これで美味いなら言うことなしじゃん…じゃあ、方向性はこっち?」

「いや、そう言うのじゃ全然なくて。料理の道に進みたいとかじゃなくて、手の届く範囲の人が喜んでくれればそれでいいかなって。先々家族が出来た時には振舞えるとかなってたらいいな、とは思いましたけど」

「そうなのか…」

「そういう、周りの人が喜ぶようなことが出来れば良いなって思っただけなんです。具体的に何って言うのじゃなくて」


 そこまで聞くと、大牙は下を向いて、ぐっと目頭を押さえた。

「湊太はホントに良いヤツだよな。さっきまでちょっと荒んだ気持ちになってたから…なんて言うか、心が洗われる…」

「…それ、私のせいですか?」

 由梨香が分かりやすい作り笑顔で、遺憾の意を示した。




 湊太と由梨香は、礼を言って大牙の部屋を出た。

 出る際には「盗聴防止」の解除をグノメさんにお願いして、今後のこの機能の使用ルールも決めておいた。基本ルールは「レビとノブナガ以外のエルフがいる場合は使わない」そして「誰か他のエルフが3階に入った際は解除する」である。


「大牙さん、めっちゃ困ってたじゃん」

 帰る道すがら湊太は苦言を呈してみたが、由梨香はどこ吹く風といった様子だ。

「そう?これといって希望がないこと以外、至極まっとうな事言ってたつもりなんだけど」


 自室の前まで戻り、湊太が扉を少し開いたところで、中から話し声が聞こえてきた。

「…?」

 由梨香と湊太はお互い顔を見合わせたが、この状態で立ち聞きもおかしいので、そのまま扉を開く。


「ノブ…ナガちゃん?」

 部屋の中を確認すると、由梨香が少し震える声でその名を口にした。

 そこには、つい先ほど要注意人物として認識された、ノブナガがいた。


 最初に見た時は、本当に天使かと思うくらいの愛らしい少女だったのに。

 今はなぜか窓際に追い詰められている秀人と、うっすら笑顔で振り返ってこっちを見ているノブナガ嬢の表情の差に、湊太の頭の奥で「第六天魔王」の二つ名がちらつく。


「どうした…どういう状況?」

 湊太が辛うじて声を絞り出すと

「ちょっと私、ザクギリさんとお話したかったんだ」

 と天使の笑顔のまま、ノブナガが返答した。


「ザクギリさん」…その呼び名をここで使ったのは一度きりだ。

 話の内容を思い出し、湊太と由梨香の顔色が変わった。


「もう、言いたい事は言ったから、帰るね。…ぽるぽるさん?あんまり意地悪な音とか出しちゃイヤだよ?」

 そう言うと、小さな魔王はふわふわと踊るように軽やかな足取りで、部屋を出て行った。

「グノメさん…領域展開。期限は俺たちが部屋を出るまで」

 ノブナガが帰った瞬間、湊太は先程ルールを決めたばかりの「盗聴防止」機能の発動命令を、容赦なく下した。




「…シュート、大丈夫?そんな部屋の端っこまで追い詰められて…何言われたの」

 由梨香が右手の一人掛けソファに座りながら問い質すと、秀人はよろよろと窓際を離れ、左手の一人掛けソファに体を預けた。湊太は唯一残った大きなソファに、一人で座る。


「いや…クレアさんの事、好きなんだろうって言って追い詰められた…」

 湊太はちらりと由梨香の顔を確認すると、スンッとしたポーカーフェイスだった。湊太もそれに倣って平静を装いながら質問する。

「なんでノブナガちゃんがそんな事言いに来たの?」

「…分かんない…分かんないけど、協力するって言って」

「…ほぅ?」

 由梨香の口角が僅かに上がるのを見て、湊太は若干のイヤな予感に唇を噛み締めた。


「いや…誰か好きとか、そういうの考えた事も…考えたくもなくて。協力するって言われたって、別に恋愛する気もないって言い返したら、嘘だって言って追い詰められた…」


 遠慮ない幼女、怖い。


「ノブナガ嬢、何考えてるんだ…」

 湊太がぼそっと呟くと

「それより?恋愛する気ないって、シュートの方がどういう事って思ってるんだけど?」

 由梨香は秀人の方に引っかかったようだ。

「女嫌いってわけでもないよね?普通に私とかも話してるし」

「多分…実際あんまり好きじゃないって言うか、苦手かも。ユリカは女って感じじゃないから平気なんだけど」


「うおーい!それはそれで傷つくんですけど!?いちおうフェロモン出まくりの風タイプのハズなんですけど!?」

 切れ味鋭く由梨香がツッコんだ。

「風タイプってそうなんだ?…ああ、宮原も、ユリカはモテるって言ってたもんな」

 秀人は力の抜けたような表情で、弱弱しく笑った。由梨香はその笑顔を見て、真顔に戻る。

「なのはとも普通に喋れるんでしょ?」

「まああいつは近所で幼稚園から一緒だったし。久々に会ってギャルメイクだったから、女というよりもう珍獣の(たぐい)だったというか」

「シュートもほどほど口悪いな」

 湊太がそう言って笑うと、つられて由梨香も、秀人も笑った。


「ごめんねシュート、多分こんな事になったの私のせいだ」

 前に来た時にここで秀人の話をしたこと、さっき大牙から聞いたばかりの「ノブナガが極端に耳が良い」という情報を話し、由梨香が謝った。


 秀人は由梨香の話を黙って聞いていたが

「俺、クレアさんの事好きって見えてたんだ…」

 と呟いた。

「…違ったの?」

 湊太が聞く。

「いや…逆に、湊太にもそう見えてたんだよな?」

 秀人に聞き返され、湊太は頷いた。


「そっか…二人ともがそう思うんだったら、そうなのかも知れない」

 まるで他人事のような言い方をしながら、秀人は卓上の本の山に目を向けた。

「でも、レビの両親がどっちも一度人間と結婚してて死に別れて、再婚はエルフって事はそういう事だろ?わざわざクレアさんがまた短命の種の人間とっていうのは、やめといたほうがいいってのは分かりきってる。俺がどう思ったとしても、今後どうなることもないよ」


「シュートは、それでいいの?」

 なぜか、そう聞く由梨香の方が辛そうな顔だった。

「良く分かんない。でも、それでいいと思う」


 湊太は、いつかの修学旅行の夜の、秀人の発言を思い出す。多分こいつには、プライベートには踏み込まず、見ているだけくらいの距離の方が丁度いいのかもしれない、という気がした。




 その日の夜、10時半を過ぎたころ湊太は再びアステリアに向かった。

 夕方、帰る直前に大牙から「夜に一回話したい」と秘匿通信が入っていたのだ。


「大牙さん、来ました」

 と連絡すると、

『廊下に出て、待っといて』

 と言われたので、扉の外へ出た。

 時計を表示すると、こちらでは夜の8時くらいだった。

 この時間だとエルフも何人も部屋にいるだろうし、当然ノブナガもいる。他のエルフに迷惑が掛かるので「領域展開」できない。つまり、部屋では話せない。なかなか厄介だ。


 奥の部屋から大牙が出て来て、湊太の方へ歩いてきた。

 シーッと指を立てた後、手招きされたので、大牙の後をついて歩く。そのまま二人は3階に向かった。


 3階に上がり吹き抜けの右側をまっすぐ進む。先に、人影が見えた。


 ―――ハルカさんだ。


 ハルカの後ろの扉には、あの六角形の絵のパネルがあった。


 ―――ゲートの部屋?


 無言のまま、ハルカが扉を開く。

 やはり、両側に3つずつ、計6つのゲートがあった。

 湊太が使ったことがあるのは、右側1番奥のゲートだけだ。しかしハルカが向かったのは、左手の一番奥のゲートだった。


 エルフではない普通の人間ばかりの状況で、ハルカがゲートの枠を袖でこすって静電気を起こす。

 少し時間がかかったがぼんやりとゲートの向こうが見えはじめ、薄暗い空間に木目の壁のようなものがはっきりと見えたところで、ハルカがゲートをくぐった。

 ハルカが横にはけてゲート前から消えたのを確認すると、大牙は湊太の方を見て頷き、ゲートを指差した。

 湊太は大牙に頷き返してゲートを通ると、着いた先は奥行きが2mもない、狭く横に長い部屋だった。そして目の前の木目の壁には、また別の一回り小さいゲートがあった。


 驚いている場合ではない。湊太もハルカがはけた方に移動すると、すぐに大牙もやってきた。

「ごめんねぇ、ノブナガのせいで皆に迷惑かけちゃって」

 ハルカに謝られながら、彼女について隣の部屋へ移動する。扉の先には広めの、ペンションを思わせるような部屋があった。

 蠟燭のようなオレンジ色の薄暗い照明の中、部屋の真ん中には10人くらい座れそうなダイニングテーブルが見えた。その向こう、左の奥の壁際に、ボックス型に配置されたソファがあった。


「あら…あら!ほんとだわ、ジークかと思っちゃった」

 ソファの方から声がした。声と、顔に見覚えがある。ハルカ劇場で見た、確か…レビのひいおばあさんの…

「レビのひいおばあさんのアーシャさんだ、ハルカさんの説明の映像で見ただろ?」

 大牙の補足で、やはり、と確信した。アーシャはソファから立ち上がり、

「はじめまして」

 と微笑んだ。


「はじめまして、湊太です」

「あらぁ…これは、クレアじゃなくても抱きしめたくなっちゃうわね」

 アーシャは優しい目で湊太をじっと見ている。しかし「ひいおばあさん」と言われても、見た目からはまるで年齢が読めない。

 そして、ここはどこだろう。そう思いながらも、湊太の中には既に答えが一つだけあった。

「えーっと…ここは?」

「俺も初めて来たんだけどね、ハルカさんの『職場』だ」

 大牙も、少し窓の外を気にするように答えた。


 ―――やっぱり、ドラゴンの牧場!


「…ふふ、ドラゴンたちがそわそわし始めた…二人とも、どっちもドラゴンには気になるタイプですものね」

 アーシャが笑う。

「ま、そこのテーブル、どこでもいいから座って。お茶でも淹れるよ」

 ハルカが、ぱたぱたと右側の扉の奥に消える。

 大牙がテーブルの端の席に座ったので、湊太はその向かいの席に座った。


「ノブナガちゃん、湊太の部屋に行ったんだろ?」

「来ました…って言うか、帰ったらいました。…もう、そこまで知られちゃってるんですね」

 ノブナガが湊太の部屋に来た、ということも、既に大牙や他のみんなに知られているのだ。

「子供って何でも話しちゃうからね…」

 大牙が苦々しい表情をしつつ、目を閉じた。


「本当に、みんなに迷惑かけちゃって…ごめんなさい」

 ハルカがみんなにマグカップを配りながら、申し訳なさそうに謝った。

「あの子、クレアが大好きなのよ。あの子に限らず、あの家で最近育った子供はみんな。クレアは乳母って言うか…第二のお母さんみたいな存在だから…ノブナガなりに、彼女に幸せになって欲しいのはそうなんだろうけど」


「耳が良すぎるってのも問題なんだけどね」

 そう言うと、大牙が一口お茶を飲む。

「年齢が上がると聴力は落ち着くこともあるみたいだから、そこに期待してるんだけどね…個人差ありすぎて、一概に言えないんだってさ」

 ハルカは、辛そうにため息をついた。

「ま、でも自分の部屋が落ち着かないのも嫌だよね。話も碌に出来ないってのも。何か考えるから、少し待ってもらえるかな」

 もうここはハルカに任せるしかない。湊太は

「わかりました、お願いします」

 と返事をした。


「じゃあ、本題。ユリカの事なんだけど」

「はい」

 大牙の言葉に、湊太は姿勢を正した。


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