手強い少女たち
翌土曜日は、昨日同様、先にゲームをしてからアステリアに移動する流れになった。
対人戦でも、由梨香の近接戦トレーニングをしてみたが、問題なく動けている。
「普通に近接いけるじゃんか」
と秀人が言うと、由梨香は
「天才ですから」
としれっと答える。
「逆に湊太は近接特化、俺が近接と中距離だから、本気のオールラウンダーはユリカだけになっちゃったな」
と、秀人は若干悔しそうに言った。
「でも、あの湊太のやる両手剣のパリィは無理だったわ。あれ出来たら超かっこいいのに」
対人戦の場合、盾などの防具がないゲームなので、弾丸が当たったらライフが単純に削れていく。
うまく回避するしかないのだが、両手剣だけ唯一、剣の腹を使って弾丸を打ち返すことが可能なのだ。
「このゲームでわざわざ剣装備選ぶ奴がそもそもレアだしね。慣れたら使いやすいけど、多分時間かかるよ」
湊太は、簡単に真似されてたまるかと言わんばかりの表情だ。
「まあタメもモーションも長いから、サポートなしじゃ狙い撃ちされやすいわけだし。当たれば銃よりダメージでかいから、俺は好きなんだけどね。皆さんあっての剣装備です」
湊太はその場で深々とお辞儀をした。
3時過ぎた頃、アステリアに向かった。
ゲートをくぐると、すぐに秀人が
「ユリカの進路相談、悪いけど湊太行ってくれる?」
と頼んできた。
「…俺はいいけど?ユリカが問題なければ」
湊太が返すと、秀人に
「すみません、昨日も読めなかったんで、時間もあんまないし、本読ませてください!」
と血の涙でも流しそうな顔で言われたので、湊太も由梨香も秀人の申し出をあたたかく了承した。
「昨日は世界樹周りの地図見て終わったもんなあ」
クレアに案内された道と、まだ通っていない道を確認したくて、昨日はみんなで地図を見てタイムオーバーだったのだ。
『星の塔樹』から等間隔で放射線状に伸びた道は、6本だった。
何となく放射状と言うと2のべき乗で増えていく想像をしていたので、道は8本くらいだろうと勝手に思っていたのだ。わざわざ一回3等分する方が面倒な気がする。
でもある意味アステリアらしいのか、という話で全員納得した。
軽い気持ちで湊太が
「ゲート使わないで、星の塔樹まで歩くと何時間くらいかかる?」
と聞くと、
『永遠につきません』
とグノメに返されたのもまあまあ衝撃だった。
『人が入ってはいけないエリアが間にあります。ゲート使用か、どうしてもというのであれば、許可を得たシュシュリューという鳥に乗って森を越すことをお勧めします。
街中でシュシュリューの騎乗は禁止されていますので、森を抜けたら安全な場所に繋いで行ってください。街外れからは徒歩で1時間掛からないくらいです。途中で小規模の駅に出会えば、そこからは秒です』
歩いていくと、入ってはいけないエリアに入ったが最後、消し炭か素粒子分解されるそうだ。ドラゴンには会いたいが、その方法はちょっと遠慮したい。
「フィールド歩いたら即死って、なかなかのクソゲーだね」
と由梨香はがっかりしていた。
「今後も街へはゲート使用で!」ということで、話はまとまったのだった。
時間を見て、湊太が立ち上がった。
「じゃ、そろそろ大牙さんとこ行ってくる」
「いってらー」
秀人は顔も上げずに二人に手を振った。もう既にどっぷり本の世界に入っているようだった。
廊下に出たところで、ばったりと大牙と会った。
「あ、ちょっと早かったですか?」
と由梨香が言うと
「丁度昼食を終えて戻って来たとこ。大丈夫だよ、ちょっとレビに捕まって長引いちゃっただけだから…」
と、なぜか疲れたような声で大牙は答えた。
大牙の部屋に入ったところで、
「まずは湊太、先に謝っとく、ゴメン」
といきなり大牙に手を合わせられてしまった。
「え?なんかありましたっけ?謝られるようなこと…」
湊太が不思議そうな顔をすると、
「…まあ、とりあえず座ろうか」
と言われ、いつも通り湊太は一番扉に近い席に座った。
大牙はやはり壁際で、その向かいの席を由梨香に勧めた。
「もうね、今になっても時々ここの人の違いに驚くこと多くてさ…レビの娘のノブナガちゃん、あの子の事なんだけど」
「はいはい?」
湊太は、耳をピコピコと動かしていた可愛らしいエルフの少女を思い出す。
「異常に耳がいい。エルフはもともと俺たちよりかなり耳が良いけど、あの子だけ飛びぬけてる。ここの家って防音はほどほどしっかりしてて、よっぽど大声でも出さない限りエルフでも聞こえないようになってるらしいんだけど…彼女には、興味が向いたものだけしっかり届いちゃうらしいんだ」
「興味が向いたもの、とは」
由梨香が合の手を入れる。
「前も見たと思うけど、まず身近な人間、ハルカさんの声が聞こえてただろ?
それと、今恋愛とかに興味が出てきたお年頃で、そうなるとまず風属性の人間に興味がめちゃくちゃ湧くらしい。さっき初めて知ったんだけど、風属性ってフェロモン的なものらしいんだよ。人を惹きつけるとか、何らかのカリスマとかが持ってることが多いらしい」
「うわ、詐欺師とかに持たれたら厄介ですね」
とのんびりと由梨香が返した後、はたと止まって
「え、大牙さんとか私もですか?」
今更のように驚いていた。
「そう。…場の空気を変えるとか、支配するとか、そういう説明は聞いてたんだけどね…」
―――じゃあ、大牙さんモテるの、もうしょうがないって事か。
などと湊太が考えていると、
「それと湊太、ハルカさんが水と木のタイプだそうだ。なので、湊太も彼女のアンテナに引っかかる。この前の進路相談は全部聞かれたと思ってて間違いない…」
「…おぅ…俺もですか…え…そんな聞かれてまずい話しましたっけ?」
湊太も前回の進路相談を思い返してみる。多分変な話はしてない…と思う。
「いや、多分してなかったと思うけど…これからの話も、下手したら筒抜けかも。ユリカにもそこは先に謝っとくよ」
「まあ、大牙さんが悪いわけじゃないですし。私もそんな変な話はしないと思うけど…」
由梨香が難しい顔をしたので、湊太は
「グノメさん、何らかの妨害音とか出せない?」
と聞いてみる。
『部屋のコンシェルジュに、上階との壁面内にノイズを出すように提案してみます。少しはカバーできるかと。その代わり、他のエルフから苦情が出る可能性があります』
「わ、そんな事できるの?でも他のエルフに迷惑掛かるってのは…」
湊太はちらりと大牙の表情を伺う。大牙はにやっと笑って
「みんな仕事に戻ったからOK。上の階はレビとノブナガちゃんしかエルフ居ないはずだ」
と言った。やはりみんなレビの扱いがひどい。
「ならよし!やっちゃってくださいグノメさん」
グノメに頼まれ、全員のスマホ内から音楽データを提供した。
その中から部屋コンシェルジュが判断して、壁面内にランダムに流すという「ちょっとイラっとする」作戦が採用された。音量も上げたり下げたり、ほんの数小節でブツ切ったり、何曲か混ぜて流すなど、絶妙な嫌がらせである。
「そうか、部屋の照明調整するくらいしか考えてなかったけど、部屋のコンシェルジュって色々出来るんだな」
と言うと、大牙も安心したように笑った。
「じゃあ、本題に入ろうか」
ようやく、進路相談が始まった。
「で、ユリカの場合は、進路は何が悩みなの?」
「私、特になりたいものもやりたい事もないんですけど、とりあえず稼げる職種につきたいんです」
「…なる…ほど?」
なるほどと言いながら、大牙は全然わかっていない顔だ。
「でも、時間的に趣味とか削られるのは嫌なんです。で、大学も仕事と直で結びつかないのも行くだけ無駄だと思ってます。
医学部だったら医者になる、とか、大牙さんは研究職ですよね?そういうのなら分かるんですけど、もう就職したら何の役に立つの?みたいな学部に行くのは無駄だと思うんです」
「…お…おお…?無駄って事はないと思うけど…」
大牙が、由梨香の言葉にたじたじだ。
「中学校の先生で、数学好きで数学極めたら、仕事は教師しか選択肢なかったって言う人いたんです。半分冗談かもですけど。でも、そのまま社会に出たら、使えない学部って多いと思うんです」
「…まあ大学出て社会人になった時には、ほとんどの人は必ず再度の『学び』って必要になるよ?大なり小なり」
大牙が、やんわりと諭す。
「うちの母の場合なんですけどね、大学出て、大手商社入って、配属は受付嬢だったんです。そこ、学歴要りませんよね?で弟生まれた頃に会社潰れて、再就職先探すときに、選べる仕事がない。何のスキルもなかったんですよ」
「…」
大牙が、ものすごく困った顔で湊太を見てきた。湊太もふるふると首を振るしかできない。
「えーと、やりたい事は、今の段階でないって事でOK?」
「そうです」
「で、大学には行きたいけど、仕事で直接役に立たない学部には行きたくない、と」
「合ってます」
「先々、稼げることが最重要」
「はい」
「…つまり、学部・学科選びに悩んでいる、って事で良いのかな」
ユリカが大きく頷いた。
「だったら、さっきユリカが自分でも言ってた医学部、薬学部とか、教育学部、工学部。法学部も直接的かなあ。農とかは、中のジャンルが幅広いからそれぞれ万能型だと思うけど。あと、どこ行っても英語とか、語学強いと重宝されるとかあるけど…今ぱっと思いつくのはそんなところ?逆に言ったら、どんな学部からでも教育には行けるよね?」
「〇〇は怪しいですよ、将来AIにとって代わられる職種で進路アドバイザーの人が挙げてました」
「うわー、そういう事学校で言われるの?まじかぁ…」
大牙がなぜか痛々しい表情をした。
「あと、医学部も6年とか親に負担掛けたくないんで。4年でモノになる感じで」
「ぶっちゃけ、いきなり稼げるとかなら女子アナとか?」
「それはちょっと考えましたが、あんな芸能人並みにプライバシー追っかけられるのはちょっと…あと、中学、高校教師とかもないです。夕方も部活に時間取られるとか、とんだブラックじゃないですか」
かなり困った顔をしつつも、大牙はなるべく丁寧に話を聞いている。
「趣味に時間を使いたいって言ってたよね?趣味って…」
「今のところ、ゲームです!」
「うーん、なるほどね…親に負担掛けたくないなら、バイトして今のうちに少しでも稼いどくのもありだけど」
「バイトは、したいのは山々なんですけど…私、湊太みたいに地頭良いタイプじゃないんです。塾も高くて親に負担掛けたくないから、家勉でなんとか成績キープしてる感じなので」
湊太は急にお鉢が回されて、びくっとなった。
「え?俺別に地頭よくないけど」
「嘘つけ。授業聞いただけで大抵すぐ頭に入るって、同じ学校の子から聞いてるよ、まんべんなく全教科成績良いって」
由梨香にじとっと睨まれてしまった。
「う…ん、いや、情報網怖いな…大牙さんて、何か学生時代バイトしてたんですか?」
これ以上変な話になる前に、湊太は話題を大牙に振った。
「俺はもっぱら引っ越し業者の手伝い。力使うのは俺からしたらトレーニングも兼ねてて、一石二鳥だったから」
「そうか…バイト…バイトなあ。こっちでバイトしても日本円に換金が難しいんだっけか…」
湊太の脳裏に、トルテの洋菓子店が一瞬思い浮かんだ。
「こっちでバイトの当てがあるの?」
大牙が興味津々で聞いてきた。
「クレアさんの息子さんの洋菓子店なんですけどね。唐突にバイトにおいでってメッセージ入ってたんで」
「唐突に…?それ、湊太の進路相談聞かれてたせい、とかじゃないよな…」
大牙が眉間にしわを寄せている。思わず由梨香と湊太が顔を見合わせた。
「え…いや…ないとも言い切れない…」
湊太が不安そうな顔をした。
「まあ確証もないし、今は考えないでおこう。
とりあえずユリカは、なりたいものはなくても、行きたい企業から考えてみて。特にないなら、ホントに初任給が良いところ、とかそういう視点でいいよ。それから、その企業の採用がどんな学部や学科からが多いかってのを調べてみるといい」
「…なるほど!それなら、探せる気がします、ありがとうございます!」
しかし、提案しておきながら、今度は何か大牙の方が納得のいっていない表情だ。
「でもなあ、ユリカの場合ちょっとそれじゃ違う気がする…ごめん、少し時間貰える?何とか、こう…将来に夢というか、何か希望というか、持って欲しいんだよね…」
「夢と言うなら、将来好きな人が出来た時に、それがどんなに稼げないヤツでも『私が養うから問題ない』って言えるくらい稼げる人になりたいです」
「…うん…そっかあ…」
堂々と宣言した由梨香に対し、全てを放棄したようなアルカイックスマイルで、大牙は何もない空間を見上げていた。
思った以上に、夢のない話。




