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しらないところで  作者: 南 紅夏
春休み編

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30/163

理想の関係

 丘の上の屋敷に戻り、ゲートだらけの部屋を出る。すると二人のメイドがすっと現れ、空き箱と魚入りの箱を回収して素早く階下に降りていった。

 クレアは

「あとでケーキを持って行くから、部屋で待っていてくれ」

 と言うと、ケーキ入りの箱を抱えてエスカレーターを降りて行った。


 エルフだらけのレビ一族の住む3階エリアはうかつに喋ると筒抜けな気がして、俺たち3人は無言のままエスカレーターに向かった。

 途中妙な視線を感じて、右側…吹き抜けの向こう側の通路を見た。


 ちょうど俺たちの部屋の真上あたりの部屋だろうか。そのドアが僅かに開いていて、隙間から目が光って見える。

 ホラーにも見える絵面にびくっとして立ち止まると、ユリカも気付いたらしく

「え、怖っ何?」

 と言って俺の後ろに隠れた。

 一呼吸遅れてシュートも

「えっ…」

 と言って立ち止まった。


 そーっと開いたドアから出てきたのは、レビだった。

「…怖いです、それ」

 本当に心臓に悪い。シュートがレビに苦情を入れた。

「…すまない、ソータが無事だったか心配で」

 どうやら、彼なりに心配してくれていたらしい。


「もうちょっと情報欲しかったですよ。あの言い方だと、何に警戒していいのか分かんなくて困ったんですから」

 俺が文句を言うと、レビは目を閉じて、難しい事でも考えているかのように眉間にしわを寄せた。

「…私と同じ顔の男が、100%の確率で抱きついてくる…とか言えば良かったか?」

「多分、はあっ?てなったとは思いますけど、まだそう言ってくれた方が良かったです」

「あいつに会ったことのない者に、説明するのは難しい…あいつは何というか、ずっと兄が大好きでべったりだった。今もずっと子供のままみたいなやつで…」


 シュートもユリカも、顔をさっと背けた。

 知ってるぞ、このパターン。

 俺だけ笑っちゃいけないヤツだ。




 部屋に戻ると、獣人のメイドが紅茶をセットしていて、クレアがケーキ皿を用意しているところだった。

「ソータだけ指定があって、この新作とやらだ。シュートとユリカは好きなのを選んでくれ」

「え、いいんですか?私は、このクランベリーっぽい赤いやつ」

「俺は、このチョコので」

 クレアは手際よくケーキを皿に載せると、ケーキの周りに果物のソースでさらりと模様を描いて出した。

 ユリカの皿にはラズベリーのような赤紫の、俺とシュートの皿にはオレンジ色のソースで。


「わ。おしゃれだ~!」

 ユリカの嬉しそうな声で、クレアの口元もほころんだ。


 俺に出された新作というケーキには、見覚えのある小さな柑橘が、くし形にカットされた状態で2つ載っていた。

「これ…ロゥロゥの実、ですか?」

「ああ、そうだ。…娘が好きな果物だ。紅茶に入れても香りが良い」

 そう言うと、クレアは俺たち3人の顔を順に見て

「3人共、今日は荷運びを手伝ってもらってありがとう。

 …それとソータ、今日は本当にすまなかった。あの子に付き合ってくれてありがとう」

 そう言った彼女は、今まで見せたことのない優しい笑顔だった。


「こちらこそ、色々案内してもらってありがとうございました。せっかくのお休みの日だったのにすみません」

 ユリカが素早く礼を言った。

 俺やシュートはこういう時、言葉選びに悩むのでいつもちょっと返答が遅れる。

 ユリカの言葉に乗っかる形で

「ありがとうございました」

 と二人して礼を言った。




 なんだかとても悔しいが、トルテの作ったケーキはすごく美味しかった。

 この、ロゥロゥの実のコンポートが絶妙なアクセントで、レアチーズのようなさっぱりしたケーキに良く合う。

「美味い…悔しいが美味い…」

 絞り出すように言うと、ユリカが

「それはトルテを直接褒めてあげないとね~、お父さん?」

 と揶揄ってきた。シュートも

「うん、おいしい。重くないな、このチョコ。実はお宅の息子さん、めっちゃ優秀なんじゃない?」

 と言って、笑っていた。


「さて、今日は何時戻り?もう今日はちょっとゲーム諦めて、読書したい。街歩き中の、皆の話がところどころ分かんなくてさ、これは多分この本の差かなって。聞くより読めって事だろ?って思ってさ」

 ユリカが本を見ながら言ったので、俺は本の山の一番上から『アステリア、巫女姫の歴史』を取って、手渡した。

「ああー、そうかも。最初はこれ、読む前にシュートの解説聞いて」


「でも、春休みの間にがっつりゲームの日も下さい…」

 ふにゃっと半泣きのような顔で、ユリカが訴えると

「…実は宿題の日も欲しいけどね」

 とシュートが現実を突き付けてきた。

「それなー!!」

 俺とユリカが、同時に叫んでいた。




 シュートがユリカに『アステリア、巫女姫の歴史』に関しての情報を、年表を開きながら共有した。気になった項目も、昨日うちの母親から聞いた話も絡めて解説していた。

 一通り説明が終わったころ、先ほどの獣人のメイドさんが皿を片付けに来て、紅茶も入れ替えてくれた。


 トルテの店にいた獣人は栗毛色の丸耳の人だったが、この人は淡いグレーの毛色で、犬かオオカミを思わせる耳の、きりっとした面差しだった。ハルカの映像で見た、育ての母と系統が似ている。


「えーっと、お名前聞いて良いですか?」

 ユリカが話しかけると、

「ヴェルデです。地球の言葉で、緑って意味だそうですよ」

 と笑顔で答えてくれた。確かに、綺麗な緑色の目が印象的な人だった。


 あれ?よくよく見ると、この人何か見覚えがある気がしてきた。

 ハルカが見せてくれた、小さい頃ここの中庭で一緒に遊んでいた子に、色合いがとても似ている気がする。

「えーっとヴェルデさん、ひょっとして、小さい頃ハルカさんとよく遊んでたりとかしました?」

「ええ、そうですよ。私と、もう一人。今トルテさんの店で働いてる人間の子、ブランと二人、この家で育った孤児なんです。よく3人で遊んでいました。クレア様は、私達二人を育ててくれた、お母さんみたいな人なんです」

 顔かたちは随分変わっていて、面影はまるでない。ただ色だけの情報だったが合っていた。


「ヴェルデさん、答えられる範囲でいいんですけど…クレアさんの旦那さんって、湊太と似てたんですか?」

 少し声を落として、ユリカが俺を親指で指差しながら尋ねた。

「うーん、お顔は全然似てませんね。エルフ族の人たちは気…?匂い、みたいに言いますけど、匂いもそこまで?でも、何でしょう…纏ってる空気感というか、雰囲気というんでしょうか?目と、鼻に頼らずに得られる情報…気配ですかね?存在感というのか…そういうのが、非常に似てます」

 何か懐かしいものを見るような顔で、ヴェルデと名乗ったメイドさんは俺の顔を見た。


「ああ…そういう感じなんですね。…私たちには感じ取れない類のものなんですね。…ありがとうございました」

「どういたしまして…あ、ソータ様はケーキの感想、出来れば直接トルテ様に言ってあげて下さいね」

 と言い残すと、ヴェルデは笑顔で部屋を出て行った。

「直接…じゃないと、ダメかなあ…」

 俺は、彼女の出て言ったドアに向かってため息をついた。




 それぞれが本を読み進めていると、シュートが

「ちょっとトイレ」

 と言って席を立った。

 ドアの閉まる音がしたところで、ユリカがとても小さな声で

「ねぇねぇぽるぽるさんや?」

 と言ってきた。『ぽるぽると』が俺のゲーム用のハンドルネームだ。

 俺も調子を合わせて

「なんですか、黒百合さん」

 とハンドルネームで返す。


「ザクギリさん、絶対クレアさん好きですよね?」

「そうっすね、俺でなきゃ見逃しちゃってますね」

 シュートのハンドルネームは『ザクギリキャベツ』だ。

 ユリカも、シュートの様子に気付いていたようだ。


「私の見立てですけど、ザクギリさん、自覚なさそうですよ?」

「は?」

 大きな声が出そうになって、一瞬息をのんで

「はあぁぁぁ~?」

 と小さい声で返した。


 シュートが出てくる気配を感じ

「後で電話する」

 と言って、ユリカは読書に戻った。そして戻ってきたシュートの顔を見ると

「この話、絶対ノアの箱舟でしょ?」

 と本を指差しながら、何食わぬ顔で言った。




 火曜、水曜、木曜はシュートの習い事があるため、それぞれ宿題に充てることになった。

 昼前後で時間が合えば、自宅からゲームにログインする約束で、今日はお開きになった。

 まあ、俺は勝手にゲームもするし、アステリアにも行くけどね?


 夕食後、自分の部屋に向かって歩いている途中で、スマホが鳴った。やはりユリカからだった。

「はいはい」

 とりあえず出て、急いで部屋に向かう。

『今大丈夫?』

「大丈夫、例の件だろ?」

 部屋に到着すると、何となく鍵を閉めた。


『さっきシュート、変な事言ってたじゃん?羨ましいって思ったのに、良く分かってないような言い方』

「ああ、言ってた。あいつなら羨ましいとか、思っても言いそうにないのに、言ったから変だな、とは思った」

 話しながら、俺は部屋の左側に置いてある、ローソファに転がった。

『昨日の子覚えてる?ソフィアの案内お願いした、なのはって子』

「あのギャルっぽい子?シュートと一緒に帰ってったよな?」

『あの後、色々踏み込んで聞いたらしいんだ、好きな子いないのか、とか。そしたら、誰か人の事好きになるとか、付き合うとか、そういうの考えるだけでしんどいって言ってたって』

「えー…?クレアさんの事、絶対好きだと思ってた。だから俺、旦那さんの件とか抱き着かれた事とか、話せなくて黙ってたのに…」


『だから、無自覚なんじゃないかって思ったの。自分で気づいてない』

「…んな事ある?」

『じゃあ、本人に聞いてみる?』

「聞いて…どうすんの」

「可能であれば、自分の気持ちに気付いて欲しい」

 一瞬考えてみる。そうなる事の、ユリカにとってのメリットが分からない。


「面白がってんだったら、俺も怒るよ?聞いて、自覚させて、そこからどうすんだよ?…気づいてないなら、俺はこのままのが良いと思う。クレアさんは、もう人間と一緒になっちゃダメだ」

『面白がってないよ!ただね、なのはがすごく心配してたんだ。なんか、シュートが消えちゃいそうな、どっか行っちゃいそうな気がしたって。帰りにあいつ、お惣菜買って帰ってたんだって、親が家にいるって言いながら』

「ああ…」

 あれだ、時々言ってる「母親の妙なマイブーム」。今は、体にいいものだのなんだのと言って、自然派素材、減塩、糖質制限だのに凝っているって言ってた。とにかく、味が薄すぎて美味しくないと。

『私のわがままかもしれないけどさ。何か家に居づらいような問題抱えてて、シュートがどっか行っちゃうのは嫌なんだよ』


 ―――大丈夫、あいつがどこか行くならアステリアだから!

 と言いたくなったが、ユリカにとって必要なシュートは、こっちにいて、ゲームが一緒に出来る状態のシュートなのだ。


「家の問題だったら、俺たちが踏み込むことじゃなくない?」

『だからだよ、推しでいいの。周りが嫌な事だらけでも、推しの存在一つで頑張れるって言うか、輝く世界ってあるじゃない?』


 言いたいことは…分からなくもない。だけど、シュートが推し活で元気になるような姿も想像つかなかった。

 だけど、本当に気付いてないなら、俺というか、俺に対するクレアさんの行動で、本人が知らないままに傷ついてしまうのも怖い。

 そのせいで、アステリアにも居場所がなくなってしまったら。


「ちょっと、この件は待って。俺の方から言ってみる。…いや、違うな。俺が言うよりユリカのが良いのかもしれない」




 この時俺が思い出していたのは、中学3年になってすぐの、修学旅行の事だった。

 宿で部屋に男子だけが集まると、大体誰が好きだのタイプだの、そういう話になるのは定番だ。

 この時も、当然のようにそういうイベントはあった。俺とシュートは一緒の4人部屋だったのだが、言いたくなさそうなシュートに対して、残りの二人がぐいぐい来ていた。その時は嫌そうに、でも答えてくれたシュートの回答が、まあまあ衝撃的だったのだ。


 シュートの理想のタイプが、とあるアニメのキャラクターだったのだが、どこが良いかと聞くと

「仕事できるのに、私生活がずぼらで雑な所が良い」

 と言ったのだ。

 でも、そういう人が居たら決して付き合いたいわけではなく、彼女の部下の名もないキャラクターを挙げて、

「ああいう、仕事の時だけ地味に支える程度のポジションが理想」

 と言われて、全員が面食らったのだ。


 その時一人はそのアニメを知っていて、「だからシュート、髪伸ばしてるのか!」と妙に納得していたのだが、俺は見たことがなかったので、帰ってから急いで配信サービスで見た。

 確かにその部下キャラは、シュートと全く同じ、肩まで伸ばした髪形をしていた。




 シュートのこの一連の話をユリカに言うつもりもないが、言ったところで理解してもらえるとも思えない。

 とにかくこの手の話になると、シュートは難し過ぎるのだ。

 何も知らない状態のユリカの方が、しれっと話せるような気がした。

 何にしても、金曜に集まるまでどうにも出来ない。この話は一旦保留になった。


これだけの情報で、この「理想の人」キャラ分かる人いますかね?

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