木箱にお土産を詰めて
トルテが鼻歌交じりで、空になった焼き菓子の木箱にケーキを並べている。
「これがおじい様用、これはひいおばあ様用、こっちがレビ用ね。マサムネはこれでー」
彼の中では、どのケーキが誰用か、決まっているのだろうか。
クレアが
「どうせ思い通りにはならないのだから、バランスよく詰めてくれればそれでいい」
とあきれ顔だ。
「あ、父さんのはこれねー、最新の自信作!感想聞かせてね」
「だから父さんじゃないって」
そして空き箱のうち2つに、めいっぱいケーキが詰められた。
「昔からね、母さんは繊細な飾りつけが苦手でさ。ケーキはボクが作って、焼き菓子系は母さんが作ってたの。お屋敷とココと、オーブンも2つずつあるから効率的なんだよ~、分担作業も出来るし」
トルテは、泣きはらした顔でにこにことケーキの数を確認すると、
「お屋敷のみんなによろしくねぇ」
と言いながら、また俺に抱きつこうとしてきた。
何となくこの人の飛びついてくるパターンが読めてきたので、今回は申し訳ないけど躱させていただいた。
身を躱した瞬間、俺とトルテの間にクレアが素早く入り込んできて、トルテの手を軽く叩いた。
「もう、気はすんだだろう?今後はちゃんと本人の許可を取ってからにしなさい」
え?ちょっと待って、俺、今後もそんな許可出しませんけど!?
「私も、本人の許可を取れとタイガに怒られたのだ」
うおーい、何をぶっこんで来てるんですか、この親子!
痛い、ユリカとシュートの視線がめっちゃ痛い!
お店の獣人の子が
「面白かったので、またいつでも来てくださいね~!私も写真いっぱい撮りましたし」
と若干黒い笑顔で写真を見せてくれた。
ほとんど俺の顔は写ってなかったが、
「すぐ消して―!」
と思わず叫んでしまった。
「塔の下まで行くなら、ケーキは後で取りにくれば良いんじゃないですか?こちらでお預かりしておきますので」
人間の店員さんがそう提案してくれたので、お土産のケーキは一旦預けて、俺たちは洋菓子店を後にした。
円形の大通りまで戻る道を4人で進む。
店を出たところから、もうずっと『星の塔樹』は目の前に見えている。
大通りを突っ切ると、芝生のある公園だ。
公園にはあちこちにベンチが置いてあり、ベンチの向きも大通りを向いている物、木の方を向いている物、向かい合わせに置いてあるものがあり、置き方に規則性が見えない。
芝生の上にシートを敷いて寝転がっている人もいれば、ボール遊びをしている親子までいて、その様子は地球と何ら変わらない光景に見えた。
「うわぁ…ものすごい適温だぁ…」
ユリカが大きく空気を吸い込みながら言った。
「うん、いい風だね」
俺も木漏れ日の下で答えた。
「ところで、ソータはユリカと付き合っているわけではないのか?」
いきなりクレアが何の脈絡もなく質問してきて、俺とユリカは同時に吹いた。
「は、はあ?なんでそんな話になるんです!?」
ユリカがびっくりした顔でクレアに問うと、
「いや、抱き着くなら本人に確認を取れとタイガに言われたのだが、よくよく考えたら彼女がいるならそっちにも許可を取るべきではないかと気付いてしまったのだ」
と、真顔で返されてしまった。
気付いてしまったと言われても…色々ずれてる気がする。
一瞬ユリカはとても情けない顔をしたかと思うと
「私の許可はいりません、なんなら、私に権限があるって言うなら許可しますよ」
と答えた。
「…売られてしまった」
ちょっと悲しい。しょんぼりしたまま、目の前にあるベンチに座る。ちょうど星の塔樹側に向いているベンチだった。
奥の方の木の足元に、例の「柵」が見えた。
「私は、柵のそばまで歩いてくる」
クレアはそのまま歩いていく。
その後ろ姿を見送っていると、両側にユリカとシュートが座ってきた。
「説明をどうぞ」
静かな圧をユリカから感じる。
「…どれから話せばいいんでしょうか…」
とぼけているつもりはないが、本当にどれから話せばいいのか分からなかった。
「えーっと、念のため。クレアさんとレビがきょうだいってのは、俺もさっき初めて知ったから」
「じゃあ、まずクレアさんの、亡くなった旦那さんの事」
「…俺と、おんなじ火と、水と、木のレアタイプで、10年くらい前に亡くなったらしい。医者だったって聞いた」
「うえ?10年も前なのに?あんなになる?」
ユリカもやはり懐疑的に叫んだ。ああ、やっぱりそう思うよね。
「エルフは、寿命が長くて時間間隔が違い過ぎて、10年は俺たちの1年程度らしい。だから、『時間が癒してくれる』っていうのも、メチャクチャ長く掛かるらしい…」
「あー…それで、ああいう感じなのか」
ユリカが、何か納得したような声を出した。
「じゃあ、クレアさんも、さっきのトルテも、全然まだ悲しいままって事か」
「俺は別に自分の父親嫌いでもないけどさ、あんな抱き着くほど好きって事はないな」
先程のトルテの事を思い出したのか、シュートは少し笑いながら言った。
「レビもそうだけど、まだどこか子供なんだろうか。時々、下手したら俺たちより年下かって思う時あるよな」
「10倍の寿命なら、単純に10分の1で換算したら、レビは6歳だよ」
ユリカが笑った。
「なら、まだまだ父親大好きかなあ…」
シュートも、木を見上げながら呟いた。
トルテは、ほぼレビと変わらない年齢だと言っていた。
その理屈で言うと、5歳で亡くした父親と同じ気の持ち主に6歳で出会って、抱き着くのは仕方がない、ということになってしまう。
「いや、俺の立場は?じゃあ仕方ないね、とは言えないって」
「…で?クレアさんにも抱き着かれたんか?」
ものすごく嬉しそうな、野次馬根性丸出しの顔で、ユリカが聞いてきた。
「…ハイ…」
もう、黙ってても仕方ないので素直に答えた。
「なんだろう、羨ましいと思ってしまったこの気持ち」
シュートが珍しい事を言った。思ってても、口に出さないタイプだと思っていたのに。
「どだった?ええ匂いしたんかー?あー?」
どこのおっさんだ、と思うユリカの口調に
「…酒臭かった」
エルフの耳を警戒して、とても小さな声で返してやった。
その後3人で、柵の近くまで歩いてみた。
幹が、想像以上に太い。あちらこちらに衛兵のような人が立っているので、まるでセキュリティの厳しい円筒形の巨大なオフィスビルのようだった。
そこから塔樹を見上げてみたが、太い枝があちらこちらに伸び、葉も生い茂っていて、物語にあったような洞など見えそうにない。
「洞は見えないな」
同じことを考えていたのか、シュートが呟いた。
「やっぱり、あの童話はかなり創作入ってんだな」
と言うと、ユリカに
「ん?何の童話?」
と言われたので、その場で図書館データを共有した。
ユリカはちょっとの間静かに読んでいたかと思うと
「グノメさん、これいつの代の話?今?」
俺たちではなく、グノメさんに質問を始めた。そして
「…代理?」
と上を指差しながら、一言だけ発した。
ケーキと空いた木箱を受け取りに、トルテの店に戻った。
一時間も経っていないのに、もう泣きそうな顔で抱き着こうとする彼を、店員二人が押さえてくれた。
でも、6歳の子、とか言われると、邪険にもしづらい。思わず
「泣かないんだったら、ちょっとならいいですよ」
と言ってしまった。
すぐにものすごい勢いで抱き着かれた挙句
「背中ぽんぽんってして?」
と言われてしまった。ちくしょう、調子に乗りやがって!
後からユリカに聞いた話だと、さっきから居たお客さんが、俺が店に入った瞬間から画面を起動して待っていたらしい。
ああ、店員二人がニヤニヤして動画撮ってたのも見えてたよ、もう絶対に許可なんかしない。
三度大通りに出て、今度は病院方面への戻りの道を歩く。
俺とシュートとで空の木箱とケーキ入り木箱を重ねたものを3つずつ持ち、クレアとユリカの後をついて歩いた。
駅を過ぎると右手に折れ、市場のような通りに入った。
通りに入るとすぐにクレアがそれぞれの空の木箱を一つずつ取って、
「ソータ、今持っている木箱を2つともユリカに渡してくれ」
と言ったので、ユリカに預ける。そして、俺は空の木箱二つを持たされた。
クレアは魚ばかり次々に購入して、どんどんと俺の持つ木箱に載せていく。
結構な量だ、ケーキと違ってさすがに重い。
「あれ、野菜や肉はいいんですか?」
ちょっと意地悪に笑いながらシュートが言うと
「野菜や肉は農園があるし、卸している側だからいいんだ」
とクレアが答えた。つくづく、レビの家は強いと思う。
木箱がいっぱいになると、クレアは大通りには戻らず、横道に入って行った。
「ここからなら、病院の裏から入った方が近い」
両側が壁になっている道を少し進むと、左手に警備員の立っている扉があった。
警備員は、クレアの顔を見ると
「ご苦労様です」
と言って扉を開けてくれた。
中は芝生と、木々の植えられている公園のような場所だった。
患者らしい人と、付き添いのような人が何組か寛いでいるのが見えた。
真正面に大きな出入り口と、そこに続く石畳が見えたが、クレアは左側に逸れて歩く。
その先には、小さな扉があった。
クレアがそのドアの前に立つと、中から先程のナッツ好きの警備員がドアを開けてくれた。
先程の白い部屋に入ると
「クレアさん、帰る前に一つ、質問良いですか?」
とシュートが言った。
「私で答えられることなら」
このタイミングでの質問。
屋敷では聞けないことと察したらしく、クレアも少し険しい顔をした。
「…ひどいことを聞くかもしれません」
と、シュートは前置きした。
「なぜ、寿命の差が分かってて、人間と結婚するエルフが多いのでしょうか。質問はレビに聞け、と夕湖さんに言われたのですが、この質問を彼にするのはちょっと残酷すぎる気がして」
クレアは少し驚いた顔をして、その後、とても柔らかい表情になった。
「…ありがとう、あんな弟に気を使ってくれて。だが、あいつは、多分頭では理解しているが、まだ本当の意味で分かってないんだ、この先に起こることを」
急に、何てことをクレアに聞くのだろうと思ったが、シュートはシュートなりに考えたのだろう。
あのトルテの姿を見た後で、「6歳」のレビには聞けないと思ったのだ。
この先、あの明るいハルカが居なくなる未来が来る現実を、突きつけるような質問を。
「レビの場合は、彼の祖母のシモーネが押し付けたようなものだ。…あれは、いつまでも同じ場所にいる孫に、時間の有限さを…失うという事を分からせるつもりで勧めたのだと思う。…ひどい事をする。
…でも、ハルカには本当に感謝している。あそこにはノブナガが居てくれる。レビが一人残される事はない。人間の母からエルフが生まれるのは、かなり稀な事なんだ。ノブナガの存在は奇跡に近いんだよ」
パリッと、六角形のゲートの角が光った。
丘の上の屋敷の、あのゲートの並ぶ部屋が浮かび上がった。
「…私の場合は…ソータには言ったかな。私の父とジークが、同じ気の持ち主だった。そのせいで、小さい頃からずっと気になっていて、学校でもずっと目で追っていた。
もちろん、先立たれることは分かっていた。でもどうしようもなく惹かれたのだよ。
言わないまま終わる未来を、私は選びたくなかっただけだ」
酔っていないクレアは、ちゃんと自分の足で立っていて。
泣き叫ぶこともなく、俺たちの不躾な質問にも正面から向き合ってくれる、大人の女性だった。
背中ぽんぽん?しましたけど何か?




