パティスリーの店長は
ゲートを通ると、本当に白く、そして狭い部屋だった。
床だけが木目調だったが、それもやはり白い。
窓のない、箱のような部屋。照明が暗めだったので良かったが、これで照明が強かったらさぞかし眩しかったことだろう。
クレアが左に進んでいく。彼女が向かった左側の真っ白い壁に、よく見るとドアのようなものがあった。
「丘の上から配達です」
ドアに向かってクレアがそう声を掛けると、扉がこちらに向かって開かれた。
「クレア様、ご苦労様です」
黒に近い深緑のベレー帽に水色のシャツ、帽子と似た色のスラックスのようなものを穿いた男性が、とてもにこやかな笑顔で扉を開けてくれていた。警備員…だろうか。
「ご苦労様です。こちらの紙袋を」
クレアもメイドの時のような外向きの笑顔で返す。
両手で抱えた木箱の上から、男性は紙袋を受け取ると
「ありがとうございます。いつもすみません」
と、とても嬉しそうに答えて、すぐに紙袋の中身を確認する。
「今日はフロランタンですか!ナッツ好きなんで嬉しいです」
男性はホクホク顔で、クレアを通してくれた。俺たちも、彼女の後ろについて部屋を出る。
「あ、この3人も今後こちらを通ることが増えると思いますので」
クレアが、首だけ振り返りながら警備員の男性に告げた。
警備員は画面を開きながら俺たち3人の顔を確認する。
「了解いたしました。…グラーティア家の方々ですね、でしたら問題ございません。共有しておきます」
「ありがとうございます」
にこりとユリカが笑顔で返した。
部屋を出ると、左がすぐ外へ出られそうな扉だったが、クレアは右へと向かった。
「あちらは目的地とは反対方向になるので、病院の中を抜けるぞ」
「はい」
3人が同時に返事をした。
病院へのゲートをくぐってから、俺たちは言葉少なのままだった。
初めてくる場所で、目から入ってくる情報が多すぎて、何となく喋る余裕がなかった。
廊下では何人か、病院の関係者と思しき人物とはすれ違ったが、患者と思われるような人には会わないまま、入り口の大きな扉に辿り着いた。
扉は2重になっていたが、どちらもクレアが前に立つと外側に開いた。
難なく外に辿り着くと、病院の前は左右に大きく弧を描いて広がる大通りだった。
そして、通りの向こう…目の、大通りの円の中心に、あの世界樹があった。
「星の塔樹、だ…」
シュートが息をのむように呟き、大木を見上げたが、
「そんなところに立っていると邪魔だぞ?」
とクレアに諭され、慌てて彼女の後を追った。
「街はこの星の塔樹を中心に、まずこの大通りが木の周りをぐるりと1周回っている。駅や役所類や病院、学校などの公共性の高いものがこの通りに集まっている」
歩きながら、クレアが説明してくれた。
「各建物の間から、星の塔樹を中心に放射状に道が伸びていて、通りにはそれぞれ似たようなものが集約されている。今から向かうのは、飲食店の通りだ」
「はあー、道路、凱旋門みたいだな…」
シュートが呟いた。
「ブルジョアめ!」
ユリカが半笑いで吐き捨てるように言った。
そういやシュート、去年か一昨年だったか、家族でフランス行ってたな。お土産のチョコがとても美味しかったのでよく覚えている。
病院を出て左手に進むと、通りを挟んだすぐ隣は、かなり人の出入りが激しい建物だった。
歩いている人たちは、皆着ている衣服もバラバラで、俺たちと同じようなパンツにTシャツのような格好の人もいた。男性でも、ローブのような長いものを着ている人もかなりいる。かなり厚着の人、薄着の人と様々だ。
流行りとかもあるのかもしれないが、みな思い思いの格好で、特に俺たちを珍しそうに見る人もいなかった。
クレアは、人混みを避けて『星の塔樹』側に少し寄りつつ進む。
「今過ぎた通りは、食料品の通りだ。加工していない素材のマーケットになる。帰りにちょっと寄らせてくれ。
そして、この左の建物は駅だ。各主要都市と、星団内の主だった星、あとはこの首都アリア内にも30くらいだったか?各エリアに移動できるゲートがある。
アステリア内で、うちにあるゲート以外は、ほぼすべてこの駅と行き来するゲートと思っておけば、間違いない」
なるほど、どこに行くにしても手近なゲートを通ればこの駅に来て、この駅から行きたい場所に移動すればいいのか。
これはこれで、なかなか効率的な気がする。
「ゲート通るのに通行料とか掛からないんですか?」
ユリカが尋ねた。いい質問!確かにそれは重要な問題だ。
「通行料?そんなものは掛からない。移動に金がかかっていたら、住む場所で損する者が出て来てしまうだろう?」
…はあー…そういう考え方なんだ…。
「まあ、駅とゲートの保守料として、駅に入る際には毎回100ルルダほどの入場料がかかる、それだけだ」
「100ルルダってどれくらい?」
グノメさんに聞くと、
『100ルルダは、今の日本円で換算しますと、50円くらいです』
と言われた。うん、それはとても安い。
「他の星に行く時だけ、駅の入場料に加えて身元保証金が必要になる。帰ってきたら購入品などの課税金確認があって、課税分や他の未払い分を差し引かれて、残りは自動的に返却される。
他の星での運用は知らないが、アステリアでは大体そんな感じだ」
駅の次は工芸品・民芸品の多い道を挟んで、役場だそうだ。そして役場を過ぎたところで、クレアが左手に曲がった。
「この先のパティスリーが、私の生家だ」
通り全体から、美味しそうないい匂いが漂ってくる。レストラン、惣菜店、パン屋など、まさに「飲食店通り」だった。
何軒か先に進むと、オレンジかレモンの輪切りのイラストのあしらわれた看板の下がった、洋菓子店が見えてきた。
「ユリカ、すまない。私の分の箱も持てるか?」
クレアが、何か少し緊張したような声を出した。
「はい?全然軽いですし、行けますよ?」
「ではすまない、頼む」
クレアは、ユリカの持っていた箱の上に自分が持っていた箱を重ねると、なぜか俺の持っていた2箱をすべて奪い取った。大きく息を吸い、目を閉じると、クレアは何か覚悟したような顔で
「ソータ、すまないが最後に入ってくれ」
と言い残して、店に入って行った。
自動で開いた扉に、クレア、ユリカ、シュートの順で入り、俺は外で入るのを待った。
ガラス越しに見えるのは、おしゃれで広々とした店内。入り口から右側の店頭には、獣人と人間の店員さんが2名並んでいた。オレンジの輪切りのイラストがあしらわれた、可愛らしい制服を着ている。
店の左手はカフェになっているらしく、座って談笑している女性たちが見えた。
「…良かった、トルテは奥か?…二人とも、箱をこちらに」
クレアの話し声がした。
中からちらりと目配せされたので、俺もゆっくり店内に入る。
何が起こるのだろう、といつでも逃げれるように身構えながら。
でも、「危険なわけではない」とも、「好きにさせてやってくれ」とも言っていたけど、どういう事だろう。ここに来ても、まだ意味が分からない。
「クレア様、お待ちしてました。店長~?クレア様来ましたよ~!」
獣人が奥に向かって声をかけると、
「あ、母さん、待ってたよ~!丁度焼き菓子切らしちゃって」
何か間延びした、のんびりした声がした。
そして、奥から出てきたのは、美形のエルフ…レビだった。いや、ものすごく似ているが、表情が全然柔らかい。ポニーテールに髪をまとめた、見た目レビの、でも明らかに別人だ。
レビのそっくりさんが入ってきた時、3人は丁度木箱を手近な台の上に置いたところだった。
「レビ…?え、違…え?お母さん…?」
ユリカが言葉を出しかけて、はっとクレアの顔を見た。
レビそっくりな、でもレビよりのんびりした感じのエルフは、俺の顔を見ると急に急ぎ足になり、なぜかまっすぐに俺に向かってきた。
「あ…この子…?この子だ、母さんが言ってた子!」
…目が、何だか怖い。
多分、レビやクレアが「身を守れ」と言っていたのは、この人の事だ。頭の中で、逃げた方が良い、と警報のような叫び声が響いている。
何かやばい。俺は、店の出口の位置を確認し、そちらに向かって、少し後ずさった。
「わああー、父さんと同じだー!」
急にびっくりするぐらいの大声で叫ばれて、俺は一瞬固まってしまった。
その大声で、店全体がしんっとなった。
気が付くと俺は、レビそっくりの男にぎゅっと抱きしめられていた。
「いやあ、笑った笑った」
ユリカが涙を流しながら大笑いしていた。店の裏側の、スタッフの休憩室である。
「うん…ソータ、これは私も予想…いや、半分くらいは予想していたが、すまなかった…」
クレアは、謝りつつも目を逸らす。俺と目を合わせようとしない。
俺はというと、椅子に座っているが、レビそっくりの男がべったり背中にくっついた、まるでバックハグ状態だ。しかも、彼はめそめそと泣いている。
ユリカによると、この男が大声で叫んだ時、カフェコーナーのお客さんが何人も立ち上がって様子を見に来たそうだ。
お客さんはこの店長のファンも多かったらしく、皆きゃあきゃあ言いながら写真を撮っていたらしい。
この時点で、俺は頭の中が真っ白で、まったく記憶がない。
ひとしきり写真撮影が終わったところで、ぐずぐず泣きはじめた店長を、カウンターの女の子たちが叱り飛ばしながら裏まで引きずって行ったのだ。…俺ごとね!
「私もグノメさんに写真撮らせたから、後でゆっくり見てね!」
と言うと、ユリカはまたプークスクスと笑いだした。
「いや。でも、レビさんに似すぎてて」
シュートは笑いをこらえてもいるが、色々と面食らっているようだ。
「そりゃ、…レビとは遺伝子近すぎるもん。…叔父さんだけど。あ、叔父さんって言ったら怒られるんだけどね」
トルテ、というこの男は、レビの甥っ子らしい。めそめそ泣きながらも、そう教えてくれた。
そこで急にユリカの顔色が変わった。
「…ちょっと待って?ちょっと…人物関係が分からない。グノメさん、レビ周りの家系図出して」
『お断りします』
「なんですと!」
俺のグノメに続き、ユリカのグノメも拒絶モードだ。
ん…?グノメの拒絶?
同時に脳裏に浮かんだ、レビを叔父と呼んだ、もう一人のエルフ。
脳にちょっと血が回りすぎた感じで、ざわりと眩暈がする。
気付いてしまった。これは、絶対グノメが答えてくれない案件だ。
「父さん、気が乱れてるよ~」
ぐずぐず言いながら、トルテが俺から離れた。
そして、部屋の片隅から、紙とペンを持ってきた。
「誰が父さんだ!」
反論してみるが、この男はまったく気にしない。やはり、変な所がレビに似ている…気がする。
ぐすぐすと鼻水をすすりながら、トルテが書いてくれた関係図は、複雑怪奇な家系図だった。
レビ父と、前妻(人間・死亡)の間に、ジーク(人間・死亡)。
レビ母と、前夫(人間・死亡)の間に、クレア(エルフ)。
そして、ジークとクレアの子がトルテ、となっていた。
「再婚同士でね、生まれたのがレビ。で、連れ子同士が結婚して、生まれたのが俺。年齢も近いんだ~」
ぽやぽやと説明すると、トルテはまた俺の背中に戻ってきた。
家系図要らなかった、最後の口頭説明が、一番わかりやすかった。
しばらく黙って家系図の翻訳画面を見ていたシュートが、重々しく口を開いた。
「…もう一人、いますよね?姉か妹が」
トルテは何も答えない。クレアはゆっくりと目を伏せ、
「…そうだ、娘がもう一人いる。トルテの妹だ。二人は…会っただろう?」
と言うと、シュートと俺を見て少し寂しそうに笑った。
「…はい…会いました」
シュートは俯きながら、静かに答えた。
「妹はーいるけどねー、多分言っちゃダメなんだ」
トルテが自分の隣に何か名前を書こうとすると、グノメが画面をふっと消してしまった。
「あ、グノメさん嫌がっちゃった?ふふっ、面白いよね。家族なのに言っちゃダメなんて」
トルテは紙を持ち上げると、紙を見つめたまま少し目を細めた。
紙は端から炎を上げ、あっという間に灰になって、彼の手の平に落ちた。




