謎の警戒アラート
「世界樹」の間、湊太目線で進みます。
昨夜は夕食後、こっそり読書に来た。
栞の挟まっていた場所を2か所だけ読んで、そのまま帰った。
読んでいて思ったが、アステリアは住んでいい場所とダメな場所の線引きが厳し過ぎる。
まあ「住まわせてもらっている」ならば、家主のいう事を聞かなければならないのは仕方ない事なのかもしれないが…。
洪水の間の仮住まいも許されず、他の星に追い出すのはちょっと行き過ぎに思えた。
あと気になったのは、移民船の船長だ。
きっとこの人、名前はノアに違いない。この類似はきっとシュートも気付いてる。俺じゃなくても、何人もの先人が指摘したはずだから、ここはもう放置でいいだろう。
そして今朝は俺を除く家族全員、朝海の卒業式に出かけたので、家には俺一人だ。
昼には帰ってくるだろうから、午前中どうするかを考える。
世界樹…あ、『星の塔樹』か。あそこには行ってみたい。
遠くから見たサイズ感が「あれ」なのだ、真下、柵のすぐ外まで行けたら、もっと凄いだろう。
うーん、行くにはやはり案内人が欲しいよな。
大牙さんは、今日から週末までは普通に仕事だと言っていた。
誰に頼もうか、としばらく悩んだ後、今日はなぜかレビに話をしてみよう、という気になった。
家に一人だが、念のため部屋の鍵を掛ける。
ゲートをくぐり、ラムダを装着して
「レビさんに連絡を」
と告げた。
レビは呼び出しに応じるなり
『ソータか、何か気付いたか?』
と、いきなり本の感想を求められてしまった。…うーん、まだ何もない…。
「いや、まだなんですけど…ちょっと今日は昼から『星の塔樹』に行ってみたくて、誰か案内お願いできる人っていませんか?」
『星の塔樹か…あ、今日だったら、丁度クレアがオフだ。街にも行くはずだ。彼女に頼むといい』
「クレアさん…ですか」
ううーん…非常に頼みにくい…
ちょっと口ごもってしまった。
『彼女だと不満か?』
「いえ、とんでもない!彼女にお願いしてみます」
『あ…そうか…そうだったな。うーん…すまないが、自分の身は自分で守ってくれ』
「え!?」
通信が切れた。
何だろう、今の反応は。
先日の酔っ払いクレアの件を知っている…?そうとも取れる態度だった。
「グノメさん、クレアさんに連絡を」
今日はユリカもシュートもいる、大丈夫…のはずだ。
そして、クレアはすぐに呼びかけに応じた。
『ソータか、どうした?』
「あの、今日お昼から世界樹の下まで行ってみたいと思ってまして。クレアさんに案内をお願いしたいです」
この喋り方は、「あの時」のやつだ。普段は「ソータ様」呼びだったはずだ。ちょっとだけ、自分の中で勝手に緊張感が走った。
『丁度いい、昼から焼き菓子を運ぶところだったから、手伝ってくれるならこちらも助かる!』
そしてなんだか、クレアの背後がバタバタと騒がしい。
「あ、すみません、お忙しい時に。また昼に来た時に連絡します」
『いや、問題ない…あー…うーん…すまないが、自分の身は自分で守ってくれ。本当に申し訳ない』
「えええ!?」
なんだ、この天丼。レビと同じこと言ってた。
俺が危ないのはクレアのせいじゃないのか。
シュートもユリカも危ないのか、俺一人危ないのかも良く分からない。
「なに…?街って危険なの…?」
楽しみだった世界樹行きが、急に不安になってきた。
多分…ドラゴンに襲われるような案件ではない。ドラゴン相手だったら、自分で何とかなるレベルじゃないはずだ。守れるはずがない。
自分で何とか対処できるレベルの何か。…全く分からない。
とりあえず考えても分からないことは置いておこう。後で直接クレアに聞けばいい。
時間を確認すると、まだ両親たちが戻ってくるまで余裕があった。
本の続きを読もうかとも思ったが、昨日の読書で気になった点を調べてみることにした。
「グノメさん、アンバーゲートの作り方って分かる?」
『素材を、順番を間違えないように正六角形に並べれば完成です。通電性の良いもので間をつなぐと、使いやすいものになります』
うーん…ちょっと欲しかった情報と違うな。
「じゃあ、原料の石について教えて」
『回答不能』
初めて、グノメさんに拒否られた。ちょっとショックだった。
「どこで採れるとか」
『回答不能』
食い気味に拒否られた。
「じゃあ、ドラゴンがワープする技術ってどんなのか分かる?」
『まずはドラゴンスキーさんの公式動画で、ご確認ください』
そう言ってグノメが見せてくれた映像には、黒いドラゴンが映っていた。
「お、レア?ナイトブラックメタリックだ…」
世界樹から勢いよく飛びだした黒いドラゴンの先に、光の輪が浮かびあがった。
そのまま、黒いドラゴンは光の輪に突っ込み、消えた。
もう一度、スロー動画が流れる。光の輪の部分がアップになっている親切動画だ。
「六角形…」
その光の輪の形は、ゲートと同じ六角形だった。
『ドラゴンが移動のために出す光輪は、ドラゴンの解剖が不可能なので、正確な発生器官、発生方法等は不明なままです』
「ドラゴンは解剖、禁止されてるの?」
『ドラゴンは人が入ってはいけない場所で生まれ、死んでいくので、遺体の回収に向かえば即殺されます』
怖すぎる。やっぱり、俺たちの思う常識とは違い過ぎる。
住んでいい場所、ダメな場所、プラス入ってはいけない場所があったことを思い出した。
「え、じゃああれだ、ハルカさんたちが世話してる…アンカードラゴン?あれは?」
『アンカードラゴンは、名前以外公式データに載っていません。生態は飼育員のみで情報共有されています』
「えー?俺たちハルカさんの映像で、姿見ちゃったけど…」
先日のハルカ劇場で、ずんぐりしたドラゴンの映像を見せて貰った。
『あれは、加工済みデータです。スタードラゴン以外の一部の竜種は、録画されると自動的に修正が入るシステムになっています』
修正が入るということは、こちらのサーバーなのかクラウド的なものを経由しなければ、そのままの姿を撮影可能、という事だろうか。
「じゃあ、地球のカメラとかガジェットとか、こっちのネットワークと無関係の非接続な機材を利用した場合、撮影は可能?」
『その場合は可能と推測されますが、その行為が星の逆鱗に触れた場合、命の保証はできません』
即、滅、かー!
思った以上に厄介だ。
こちらでスマホ撮影はなるべく使わないようにしよう、と固く誓った。これはシュートとユリカにも言っておくべき内容だ。
昼は親が買ってきた弁当でさっさと済ませ、二人の到着を待った。
今更だが、アステリアで「街に来ていく服」が良く分からない。とりあえず今日はラムダと同じような色の、濃い青のデニムを穿いた。
今まで向こうではサンダルを履いていたが、今日はサンダルは違う気がする。玄関からそっと自分の部屋へ、履きなれたスニーカーを持って上がった。
自分の身を守るには、まず逃げる、だ。
絶対サンダルよりスニーカーの方が逃げに向いている!
服で悩んでいる間に、ユリカとシュートがやってきた。
早めに「今日は世界樹行くぜ!」とメッセージを送っておいたので、二人も準備万端のようだ。
「昨日、ソフィアとお買い物の時に、向こう用の靴買っといたんだ」
ユリカがにこにことカバンから靴を出すと、シュートも
「俺も、さっき駅で買ってきた」
と靴屋の派手な袋を持ち上げて見せた。
ゲートを通り、クレアに
「3人揃いました」
と連絡すると、
『3人共、一階に降りて来てもらえるか?荷物を運ぶのを手伝ってほしいんだ』
と言われた。先程の会話を思い出し
「ああ、お菓子運ぶんでしたね。行きます」
と答えると、シュートとユリカを連れて部屋を後にした。
一階に降りると、一番手前の一か所だけ右手のドアが開いていた。
「あそこ…かな?」
ユリカが俺とシュートの顔を見ながら、不安そうに聞く。
そっと中を見ると、部屋の中心に大きなテーブルがあり、横に広くて高さの低い木箱が6つほど並んでいた。それを取り囲むようにメイド衣装の女性が3人と執事のような男性が一人、そして肩に白い大きな付け襟のようなものを付けた、群青色のワンピース姿のクレアがいた。
「ああ、来たか」
クレアが気付いて振り返った。
「すまないがこれを一緒に運んでほしい。配達が終わったら街を案内しよう」
メイド服の三人のうち二人は人間で、一人は若かったが、もう一人は祖母の月湖より年上に見えた。そしてもう一人は獣人…だろうか。初めて見た。犬のような鼻をしている。
執事のような男性は、エルフだった。
執事は俺と目が合うと、ふっと表情を緩めて
「ああ…こちらがソータ様ですね。…本当だ、ジーク様と同じでいらっしゃる」
と言った。
ユリカとシュートが俺の方を不思議そうに見てきたので、
「後で…説明するから」
と小さい声で伝えた。
「では、男性は2つ、女性は1つずつでお願いしますね」
執事が手で指し示した箱の中身は、クッキーやタルト、フィナンシェなどの焼き菓子だった。
「わ、かわいい!」
ユリカが小さく声を上げると、
「優しく運んでくださいね」
とおばあさんメイドが大きな布を被せて、箱を一つユリカに預けた。
他のメイドは俺とシュート用に箱を2段に重ね、その上にやはり布を被せる。
クレアは最後の一つに自分で布を掛けると、その上に一つ小さな紙袋を乗せ
「さ、行くか」
と言って箱を抱えた。
メイドに見送られ、俺たちはエスカレーターに乗った。
一番先頭は執事だ。すぐ後ろにクレアが続く。
「クレアさん、いつもと雰囲気違いますね」
シュートが声をかけると
「完全にオフだからな。今日はメイドではない、ただの菓子職人だ」
清々しい表情でクレアは答えた。
2階まで上がると、そのまま執事は円を描くように進み、3階行きのエスカレーターに乗った。
俺たちもそれについて登って行く。
「3階、はじめてだ」
俺が呟くと
「覚えていないか…小さい頃は、しょっちゅう登っていたのだがな」
とクレアが笑った。
それよりも、街に出る前に聞いておかなければならない事があった。
「あの、クレアさん。さっき言ってた身を守れ、ってどういう事ですか?街が危険なんですか?危険なのは全員ですか?俺だけですか?」
俺の質問に、振り返ったクレアの目が一瞬泳いだ。
「…いや、危険ではないのだ。街に危険な場所はない。ただ、店にいる人間が、ソータに何をするか分からないんだ…」
「お店?このお菓子を運ぶ先だけが危険って事ですか?俺だけですか?」
「危険とは違うのだが…すまない、私が頼める義理ではないことは重々承知だが…少しだけでいい、あいつの好きにさせてやってくれると助かるのだが…」
どういう事か分からない。
とりあえずシュートやユリカには危険がないことが分かって、安心した。
でも、何というか、ちょっとクレアが辛そうな表情をしたのが気になった。
「どういう事?湊太、なんか昔そのお店で粗相でもしたの?」
クレアの表情を見て聞きづらくなったのは俺だけではなかったらしい。ユリカはシュートに話を振った。
「いや、わかんない。ちょっとこれ以外にも色々わかんない」
シュートもふるふると首を振り、二人して俺の顔を見てきた。
「俺も分かんねーよ…」
3階に着き、吹き抜けの右側通路をひたすら奥に進む。ちょうど真ん中あたりの部屋の前で、執事が立ち止まった。
扉には、六角形の線だけ描かれたシンプルなプレートが飾られていた。
扉を執事が開けてくれたので、俺たちは木箱を抱えたまま、クレアに付いて部屋に入った。
執事は
「では、私はここで失礼します。楽しんでいらしてください」
と言って扉を閉めた。
俺たちの談話室より幾分狭い、左右に別部屋もない完全なワンルーム。この部屋の床には何も置かれていない。あの、定番にも思えていた応接セットもないのだ。
ただ、両壁には3つずつ、計6個のアンバーゲート…しかも、恐らく大牙さんでも屈まずに通れるサイズの大きなものが並んでいた。
「すっげ…」
思わず声が出てしまった。何というか、壮観だ。
右側の壁の一番奥、窓際のゲートの前でクレアが止まった。
「これは、病院行きのゲートだ。これが一番近い」
そう言って一瞬彼女が目を細めると、ゲートの角6か所がパリッと静電気のように一瞬青く光り、六角形の輪の中に無機質な白い部屋を浮かび上がらせた。




