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しらないところで  作者: 南 紅夏
春休み編

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かえりみち

 夕方、17時過ぎに湊太と秀人は地球に戻っていた。

 明日からアステリアに短期留学なら、今日はさっさと帰って準備をしようと思っての早めの帰宅だったが


「ダメ」


 部屋に来た夕湖に、いきなり留学を却下されてしまった。


「え、なんで??」

「よく考えてみ?春休みよ?」

「…だから行けるじゃん?」

「もう、明日が朝海も卒業式。春休みに入るの。1週間とか向こう行ったら、ずっと部屋に鍵かけっぱなしになるよ?つまり、ヒデ君来ても、由梨香ちゃん来ても入れなくなるでしょ。んで、あんたが不在なのに二人が来るのも不自然でしょ」


 そうだ、もう世間の学生は全員春休みに入ってしまう。


「…ダメだね」

「分かってくれた?毎日家から朝海出すのにも限界があるんだから。今日ももうすぐソフィア迎えに行くの、朝海に見つかんないようにこの部屋まで連れてこなきゃなんないんだし」

「今、朝海は?」

「し…あ、お父さんが、通学用のカバン買ってあげるって言って連れ出してる」


 ―――あ、フツーに「慎ちゃん」って言おうとして、シュートの手前言い換えたな?


 一瞬突っ込みかけたが、湊太は拳で口を押えてやり過ごした。


「塾も週一回だから、朝海は基本家にいるのよ。まあ、あの子も昼間は友達と遊びに行くと思うから、湊太達も昼から集まる、ちょっと行く、くらいが丁度いいんだよ。もし行けたとしても、一泊くらいが限界でしょ」

「えー、あいつ春期講習行かせろよ~!」

「そんなお金ありません!」


 ごもっともだ。

 一見豪邸に住んでいて裕福そうに見えるが、ほどほど金があったのは祖父の耕作であって、うちじゃない。

 つい最近、「もうすぐ来るぜ、固定資産税ェ…」と夫婦して震えていたのを湊太は見ていた。


「由梨香ちゃんなんか、湊太達の受験終わるまで待っててくれたんじゃない。それなのにPC閉じ込めて、あんただけ出かけるとかひどいと思うよ?」

「うー…」


 何か反論したかったが、3年前の中学受験失敗を引き合いに出されそうで、もう何も言い返せない。レビから借りた本は、夜にちょこちょこ行って読み進めるしかなさそうだ。

 とりあえず短期宇宙留学は、お流れになった。




 由梨香たちがそろそろ駅に着きそうだ、というタイミングで、秀人を送っていくことになった。

 湊太もまたちょうどいい質問タイムだと思ったので、追いかけて後部座席に乗り込んだ。


「え、なに?湊太も質問があるの?」

 夕湖がバックミラーでちらりと湊太の顔を見た。


「いや、質問はシュートに譲る。あとから聞くのも2度手間だから、俺は黙って聞いとく」

 多分秀人は山のように質問があるはずだ。一緒に聞いておけば、同じ話を2度しなくて済む。


「早速いいですか?今のアステリア様って代理って聞きました。本物のアステリア様、イリス様って、丘の上の一族と違うんですか?レビたちの一家と関係ない人なんでしょうか?」


 車が動き出した途端、秀人が質問を始めた。

 10分ほどの行程だ、確かに時間が惜しい。


「あー、いきなりすごいトコ突いてきたね。レビの貸してくれる本にはそんな情報なかったと思うけど」

 そこまで言うと、夕湖は一瞬言いよどんだ。

「その件は…怖くて私も詳細聞けてないんだけど。レビのお父さんの姉か妹の子だと思う。

 つまり『イリス様』ってレビのいとこだよ」


「やっぱり関係者ですか…怖くて聞けないってどーゆー事です?」

「うーん、レビのおばあさんのシモーネさんって会った?」

「や…会ったことないです」


 湊太もうんうんと同意した。

 あれだけ広い屋敷なのに、まだレビ・クレア・ハルカと、子供二人にしか会ってない。

 ハルカの話に、結婚話を推し進めた当人として名前が出てきたくらいで、顔も知らない。

 あの時の話だと、「エルフにしては気が短い人」と言っていたと思う。


「シモーネさん、ちょっと厳しい人なんだよね。彼女には喧嘩して出て行っちゃった娘がいるらしくて、どうやらその人が『イリス様』のお母さん…らしいよ?あの人たち耳良いから、なんか聞きづらくってさ…あ、ハルカには会えた?今度彼女にでも聞いてみて」

「ハルカさんには会いました。その辺は彼女が一番聞きやすそうですね。了解です…次に、ハーフエルフが異様に推奨されてる気がするの、何ででしょう?」


 夕湖は「ふわあ」みたいな、なんとも変な感嘆詞を吐いた。


「…考えたこともなかった。言われてみれば確かに多いね。…そういうのは、レビに直接聞いた方が良いと思うよ?レビはそういうヒデ君の着眼点を知りたいみたいだから」


「なんか聞いて良い事とダメなことが線引き難しくて…」

「多分、レビは何聞いても答えてくれるハズだよ。同じ本を読んで、どんなところに疑問を持ったかとか、そういうのも含めて知りたいみたいだから…なんか、新しい切り口が欲しいみたい。ヒデくん的に聞きにくかったら、ハルカに聞いてみて?できれば屋敷の外で聞くのをおススメするよ…あ、しまった」


 話しているうちに、車は秀人のマンション前をうっかり通り過ぎてしまっていた。


「あ、いいっすよ、駅で降ろしてください。ちょっと買い物して帰りたかったんで、丁度いいです」


 駅前に着き、送迎スペースで湊太と秀人が車から降りていると、丁度由梨香たちが駅から出てくるところだった。


「え…なんだ、変な組み合わせだなあ」

 先に車を降りた湊太が、女子3人組を眺めて不思議そうな声を上げた。

 ぱっと見、外人、ギャル、普通の子という組み合わせだ。

 ソフィアは異常に大きな袋と、ぬいぐるみを抱えていた。


 向こうもこちらに気付いたらしく、由梨香が手を振っている。

「ソータ!シュート!」

 ソフィアが嬉しそうな声を上げると、こっちに向かって走りだした。


「シュート…?わ、マジでシュートだ。めっちゃ髪伸びてるじゃん、ウケるー!ひっさしぶりぃ~!」

 ギャルがシュートに近づいてきた。

「え、誰…うわ、宮原か。わかんねーよ、これ」

 どうやらギャルは秀人の知り合いだったらしい。ギャルがちらりちらりと湊太の方を見てくるが、秀人は紹介とかそういうのをするタイプではないので、何とも微妙な空気になった。


「由梨香ちゃんと、お友達の子も。今日はありがとね、ソフィア案内してくれて」

 夕湖が助手席の窓を開け、声を掛ける。

「宮原なのはでーす!春から一緒の高校よろしくでーす」

「なのはちゃんね、ありがとう。送っていくから、みんな乗って?」

「いや、いいっすよ、近いんで。こちらこそ色々奢って貰っちゃって。ソフィアのママにもよろしく言っといて下さい。さ、シュート、一緒に歩いて帰ろーぜー!」


「宮原なのは」と名乗った少女は秀人の腕をぐいっと掴む。

 去り際に、彼女は湊太をちらっと見て

「湊太クンも春からよろしくー!ユリカ、またね。ソフィア、ありがとー!」

 と言って手を振って行った。


「ナノハー、アリガトー!」

 大きな荷物を抱えたまま、ソフィアが名残惜しそうに叫んだ。




 湊太が助手席に移り、由梨香とソフィアを後部座席に乗せて、車は動き出した。

「ううー、明日って予定どうなってる?行っても大丈夫?」

 由梨香が、情けない顔で湊太に聞く。

「うん、俺はもうしばらく、何も断れない」

 湊太は遠い目で答えた。

 運転席では夕湖が小さく笑っていた。






「シュート買い物?ならちょっと勝手についてくわ。話しよ?」

 駅の商業ビルに歩いていく秀人に、なのはがくっついてきた。


「どうせ、誰と誰が付き合ってるか、とかそういう話だろ?」

 ため息交じりに、秀人がなのはを面倒臭そうに見た。


「うわ鋭い!…ユリカってどっちが好きなんだよ」

「なんで好き前提なんだよ…ご期待に沿えなくて悪いけど、俺らはそういうんじゃないよ。姉と弟たち?上官と部下?戦友?そんな感じ。なんだろう、ずっと小さいままの子供たちがわちゃわちゃしてるような関係なんだよ。とにかく、ユリカ本人はそういう感情1ミリもないと思う。

 …宮原たちの方が毎日学校で顔合わせてたんだし、よく知ってるだろ?」


 秀人は、ビルの中のスーパーに入った。

 カゴを取って、まっすぐ総菜コーナーへ向かう。

 特に追い払われたりもしなかったので、なのはもそのままついて行く。


「学校でもね、モテるんだよ、ユリカは。でも、誰に言われてもソッコー断るから、別の学校の子、ゲーム仲間のどっちかが好きなんじゃないかってみんな噂してたんだ。…そっか、違うんだ…本気であいつ、誰とも付き合わないつもりかな」

「別に、誰とも付き合わなくたっていいと思うけど。特に今好きな人いないだけじゃないの?」

「まあ…それはそうなんだけどさ。あんたたちはどうなんだよ、ユリカの事」

「俺たち…?湊太がどう思ってるかは知らないよ。俺は、誰か好きになるとか、付き合うとか、もうなんかちょっと考えるだけでしんどい…」

「…なんだよ、シュートもずっと一人でいるつもりの人?」

「さあ…地球以外でいい人でもいれば、考えても良いかもな」

「…なんだよそれ。絶対に誰とも付き合わない宣言じゃん」


 ぶーっと頬をふくらませたなのはに、秀人は昔と変わらない、力ない笑顔を見せた。

 秀人は総菜コーナーを2周回ると、味付けのしっかり濃そうな鳥肉のおかずと、酢の物をカゴに放り込む。

 そして他は何も見ずに、そのままレジに向かった。


「なに?今日お母さん居ないの?」

「…いるよ、多分」

「じゃあなんでお惣菜買うのさ?ケンカ中?」

「…まあ、そんなところ」


 ふっと真顔に戻った秀人の横顔を見て

「なんかシュート、どっかに消えちゃいそうだな」

 と、誰にも聞こえないような小声でなのはは呟いた。






 由梨香をマンションまで送り届け、黒のワンボックスカーは自宅へ戻ってきた。


「じゃあ、ちょっと朝海達迎えに行ってくるね。ソフィアをよろしく!」


 ソフィアと湊太を車から降ろすと、慌ただしく夕湖はまた車を動かした。

 湊太としては、あとはソフィアをゲートに押し込めば本日の予定は終わるはず…だったのだが、やはり翻訳アプリ頼みの会話はストレスが溜まる。少し話がしたかった。


 湊太がソフィアの荷物を持ち、自分の部屋に誘導する。その後ろを、ブーツを抱えたソフィアがついてくる。

 手がいっぱいなので、アプリも使えず終始無言だ。


 部屋に着き、机の引き出しからゲートを引っ張り出すと、荷物の大きさを比較してみる。

 袋が大きすぎて入るか不安だったが、ギリギリ通りそうだ。

 ゲートを起動させると、湊太が先に行って、荷物を受け取ることにした。

 コントのようなジェスチャーで伝えると、湊太はゲートに飛び込んだ。


 追いかけるように袋と、ぬいぐるみが放り込まれた。湊太はそれを受け取ると、本が山積み中の一番近い円卓をあきらめて、部屋の真ん中のソファに置いた。

 受け取りが完了したところでラムダを装着すると、ブーツを抱えたソフィアが飛び込んできた。


「楽しかった!めっちゃ楽しかった!」

 オレンジのラムダを装着すると、ソフィアは上機嫌で話し始めた。


「…そっか、なら良かったよ」

 昨日のことを思うと、本当に良かったと思う。カラ元気なのかもしれないけど。


「そしてちょっと、私は意思疎通的に不満が残る…」


 ソフィアは分かりやすく「不満」を顔に出した。


「まあ、そこはしゃーないというか…」

「で、今後は日本語を勉強したいと思いました!前からちょっと考えてはいたけど、今日改めて思った!」

「お…おう?良いんじゃない?」


 何かやりたいことを見つけて生き生きと語る姿は、湊太の目にはとてもまぶしく映る。

 宣言するとすっきりした顔をして、ソフィアは卓上に視線を動かした。


「で、ちょっと朝も気になってたんだけど、この本の山なに?」

「え?ああ、これ…」


 レビからの話をソフィアに伝え、ソフィアにも読んで欲しい事も伝えた。


「うーん、今からちょっと読むかな…いや、先に買った本読みたいし。んー…今戻ったらまだお昼前か。うわー、どうしよ」

 ソフィアが一人であーでもない、こうでもないと悩んでいる。

 湊太は、時差が8時間って言ってたっけ?と思いながらグノメにドイツ時間を表示してもらう。

 日本時間が18:32、ドイツは10:32と表示された。本気で昼にはまだ遠い。


「うん、今日は別棟(となり)に戻って今日買った本読む!お昼こっちで食べてもいいけど、ちょっとまだ…顔合わせづらいしね。あ、こっちだと晩御飯になっちゃうか。ますます無理だわ。

 せっかくだから今日買った本グノメさんに翻訳してもらうよ、んで帰って少し昼寝する!今朝4時起きだったからね」


 そう言った瞬間、ソフィアがものすごく眠そうな顔になった。

「うん…4時起きとか言っちゃうと、メチャクチャ眠くなってきた…帰る…」


 ブーツを履き、よろよろと荷物を抱えてドアへ向かうソフィアに

「大丈夫か?荷物持とうか?」

 と湊太が声をかけると、

「あははっ、ソータは優しいね。変な女に勘違いされそうだから、気を付けなよ~?」

 と返された。なんだか引っかかる言い方だ。


「また次の週末にでも遊びに来るよ。ユリカと、ナノハにもよろしくね」

 眠そうなのに、最後に気合いを入れてソフィアは振り返った。

 湊太は時間的な挨拶の正解が分からないまま

「おう、とりあえずおやすみ」

 と返して見送った。


「海外に行ってみろ、か…」

 大牙の言葉を思い出す。

 ソフィアは今日、日本を歩いてみて、視野が広がったのだろうか。

 今の湊太には、目標を見つけたソフィアが、ただただ羨ましかった。

次は湊太の読書タイムです。

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