そのころ、電車にて
そのころのユリカ。
ユリカの目線でどうぞ。
「クラウディアったら、クレカ持たせたからそれで好きに支払って~!って言うのよ。医者のくせに時々アホなのよ、あの子。渡航歴なしで海外でいきなりクレカなんか使ったら、不正使用疑われるとか分かんないもんかねー」
湊太の母・夕湖が、「やれやれ」といった顔で、大きな黒いワンボックスを運転しながら話す。
聞く限りでは、ソフィアの母のクラウディアは、かなりさっぱり、というかアバウトな人のようだ。
「なので、先ほどクラウディアから送金させました!で、通知があった金額分、日本円で別途お財布用意してまーす。そっちから使ってね。
由梨香ちゃんと、そのお友達分も、そこから少々多めにSuicaとか入金しちゃって。手間賃よ手間賃。向こうでスイーツとかもどんどん食べて!そっから出しちゃって良いから。
あ、あと、お店でソフィアの顔見たら免税云々言われるかもしんないけど、テキトーに無視して普通に払って」
―――夕湖さん、不法入国者の扱いに慣れていらっしゃる!
昨日、「街に行こう」なんて誘ったのは確かに自分だけど、昨日の今日だよ?こんな事になるなんて。
…想像つくわけないじゃん!!
「今日呼んだお友達って、由梨香ちゃんの近所の子?」
「近所ってほどではないですけど、小学校同じだったので…あ、シュートの家のが近いかもです」
「…なるほど、駅近なのね。じゃ帰り、みんな一緒に送るよ」
「ありがとうございます」
…あああ、アステリア行きたかった。新しいパソでゲームもやりたかった。
ドラゴンも…乗れなくてもいい、ちょっとでもいいから見たかった。
ちらりとソフィアを見ると、楽しそうに街並みを眺めている。
小さな声で、何度も「オセアーン」とか言ってる。
海がそんなに珍しい?昨日の失恋女子、どこに消えたんだよ!
「帰りは、さっきも言ったけど6時までに駅に戻ってくれればOK。一応連絡先渡しとくから、何かあったら連絡してね。あ、帰りは特に連絡とかは要らないよ、ソフィアのコートにエアタグ仕込んでるから。位置見てテキトーに迎えに行くから」
そう言っている間に、駅に車が到着した。
車を降りる際、
「由梨香ちゃん、本当にごめんね。変なことになっちゃって」
と言って、夕湖からお財布代わりのポーチを一つ渡された。
「ソフィアんちのお金だ、遠慮なく使えー!せっかくだから、由梨香ちゃんも楽しんで!」
「…はい。お預かりします」
駅には、既になのはが到着していた。
「ユリカ~!ヒマしてたから嬉しい!え?外人さん?」
「えっと、ドイツ人。ソフィア・バーンスタイン。ちょっと友達の家に遊びに来てた子なんだけどね」
さて、お互いどうやって紹介したものか。
宮原なのはは、小学生から今までずっと学校が同じの、まあまあの腐れ縁だ。
私からするとかなりディープめなオタだが、見た目はいわゆるステレオタイプのオタ女じゃない。
メイクばっちり、服もどちらかというとギャル寄りの、偽装した隠れオタである。
そして周りにBL好きとかは少なからずいるが、今回彼女に声を掛けたのには訳がある。
「ソフィア…あー…She is my friend Nanoha.(彼女は私の友達のなのはです)」
「ナノハ?Nice to meet you!(はじめまして)」
英語でも通じるっしょ、と打ち合わせなしでソフィアに振ってみたら、ソフィアもちゃんと返してくれた。
…あ、これ、お互い英語の勉強になっていいんじゃない?翻訳アプリも良いけど、これはちょっとありかも?
「まず電車乗るか。なのは、Suica残高平気?ソフィアのお母さんから交通費も預かってるから、チャージ多めにしていいよって言われてて」
「うわまじ助かる!ありがてぇ~!」
預かったポーチを開けて、ちょっと白目をむきそうになった。
7万円と、小銭少々。
多い、多いよ!怖い、こんな金額預けられると色々怖い。
いや、爆買い外国人の買い物と思えば、こんなもんじゃないはずだ。
航空券代掛かってない分、子供の趣味に回せたという事になるのか。
あとで私となのはのSuicaに、2千円ずつチャージさせてもらおう。
改札を通ろうとして、ふと気づく。
私もなのはもモバイルSuicaにしていて、ソフィアの見本になれない。
夕湖から受け取っていたカードと、改札の読み取り部分を交互に指差した後、
「タッチ&ゴー!」
と叫びながら改札の奥を指す。何とか分かって貰えて、3人無事に改札を通った。
近くにいた駅員さんが、なぜかとても微笑ましい顔で見送ってくれた。
そして電車に乗って3分くらいで、既に諦めて翻訳アプリが再稼働していた。
簡単なことは英語の方が早いけど、複雑な単語が出てくると、もう翻訳アプリの方が早かった。
ああ、ラムダ欲しい。グノメさんがどんなに優秀か分かった。
そして、英語とアプリ、ごちゃごちゃの会話が始まった。
「ねね、ユリカ、なんで私だったの?薄い本買うんだったら、アイナもリリコもいたじゃん?」
「これがね、ソフィアとなのはが性癖近そうだって思ったんだよねー」
私がそう言った途端、なのははキラキラした目でソフィアを見た。
「えソフィア、触手ヌルヌル系スキーなの!?」
それからしばらく二人、翻訳アプリで謎の趣味会話を続けていた。
えー、もう私、要らなくない?正直帰りた~い!
車窓からぼんやり外を眺めていると、急になのはから話が振られた。
「そういやユリカ、さっき送ってきてくれた人、ユリカのママじゃなかったよね?」
「あ?うん。友達のお母さん。ソフィアはそこの知り合いって言うか」
「She is Sota’s moter.(彼女はソータのお母さん)」
「え、ソータって、この前のゲームの大会一緒に出てた人だよね?え、何どういう事?どういう関係?やっぱユリカの彼氏なん?親公認?」
「That's wrong!違うって…」
と言いながら視線を車内に戻すと、なのはもソフィアも興味津々で私を見ている。
何?怖いんですけど…
「前、美奈が謎のマウント取りに来たじゃん、『私の友達とソータって子が付き合うことになったんだけど、ソータくんってユリカと仲いいんだよね?』みたいなこと言って。めっちゃニヤニヤしながら」
美奈は、クラスのいわゆる一軍女子ってやつだ。身バレも何も考えずに、写真が盛れたらほいほいSNSに写真上げちゃう系で、私とは決定的に合わない。
うっかり一言が将来の就職に関わる可能性を考えると、デジタルタトゥーを自ら刻むようなヤツには、なるべく関わりたくない。
「あー…あったね、そんな事」
その話を聞いた直後、数日間だけ湊太がゲームにログインして来なかった。あの時、もう一緒にゲームできなくなるのかな、と寂しくなった記憶がある。
秀人は何も言わなかったし、1週間くらいですぐ湊太も戻ってきたので、私も何も聞かなかった。
『その話を詳しく教えてください』
ソフィアから差し出されたスマホには、そんな翻訳文が出ていた。
ソフィアの目が実に楽しそうだ。口元もはわはわと変な動きをしている。
ちくしょう、昨日の失恋話をほじくり返してやりたい。
「…私は知らないよ。結局、前もなのはが詳細聞いてきたんじゃん?」
「ウチが聞いた話だと、まー相手、モテ系女子だったらしいよ?あざと系?だけど、なんか束縛かなりきつかったらしくて、帰りは必ず一緒に帰りたいだの、帰ったら必ず顔見たい、ビデオ通話強制だの。
えーとその子、その前に1コ上の先輩とも付き合ってたらしいんだけどね、先輩の方から告って付き合い始めたのに、2週間で先輩の方が『ゴメン無理』ってなったって」
「ああ、んな事言ってたねー」
束縛系女子、という話は聞いていた。
そして湊太も2週間で別れたらしいという話も。
「で、その直後が秋の新人戦だよ。その先輩が引退した後の試合で、その部が優勝したんだって。そこで、目立って活躍してたから?部長だったから?なんか当てつけみたいにそのソータくんに付き合ってって言ったらしいよ」
目線は車窓の外に向けて、あまり興味なさそうな顔で聞いていたつもりだったのに。明らかにイヤな顔をしてしまったのが、自分でもわかった。…うん、湊太、災難だったね…。
「あんまりにも自分に興味持ってもらえなくて、逆に火がついちゃったみたい。熱烈アピール見てたら、周りのみんなが付き合ってあげたら~?みたいになったらしくて。なんか断ったら悪者みたいな感じになって、仕方なくって雰囲気だったらしいよ」
「あー…めんどくさいヤツだわ…」
今はすっかり険がとれて優しい雰囲気になっているが、一時期かなり湊太が荒れてるな、と思った時期があった。
その時は反抗期だな、お年頃だね、なんて思っていたが、その時期と荒れ始めた時期が丁度重なっている事に今更ながら気づく。まあ、年齢的にも反抗期には違いなかったのだろうけれど。
結局あの後1年近く荒れていた気がする。今の家に引っ越して、みんなで湊太の家に集まるようになった頃には、今の穏やかな湊太に戻っていたと思う。
「しまいにゃ、部活行こうとしてる彼氏の手掴んで、一緒に帰ろって言いだして。『私と部活どっちが大事なの!?』って叫んだってのが、もう伝説として語り継がれてる。…って、第一中の友達が言ってた」
ぶばっと、口から何かを吹いてしまった。
ごめん湊太、笑っちゃ悪いけど。まじでご愁傷様。乙でした!
なのはから差し出されたスマホを見ながら、ソフィアもものすごくイヤそうな表情をしていた。
今にもオーマイガーとか言いそうな顔だ。ドイツで言うのかは知らんけど。
「毎回2週間しか持たないから、陰で『二週間ちゃん』とか『レンズちゃん』とか呼ばれてるという噂」
「コンタクトかよ」
普通に突っ込んでしまった。それにしても、どこでも陰口ってのは容赦ない。
私も心の中で2ウィークちゃんと呼ばせてもらおう。まあ、会う事もないだろうけど。
「…あ、ソータくんって高校ウチくるんだよね?どんな子よ」
「Sota is very cute!(ソータはかわいいよ)」
なぜかソフィアが素早く答える。
そりゃ欧米人から見たら、日本人は幼く見えるよね。それはしょうがない。
身長も湊太はソフィアより低かったし。
「キュート?え、カワイイ系?楽しみー!ふふ、アイナとリリコの創作の被害者になりそう」
BL好き女子二人が、リアル校内男子でも勝手にカップリングして脳内でハアハアしているのは知ってる。何なら本人達にも言っちゃう兵たちだ。そこに湊太巻き込まれちゃうのか…。うん、ごめん、気持ち悪い。
「そういやソフィア…How old are you?(何歳ですか)」
「17」
急に思い出したように、なのはが聞いた。そういや私も年齢聞いてなかったな。思ったより年上だった。
「え、来年卒業?え、まって、ドイツって秋始まりだっけ?良く分かんない。もうすぐ受験?」
「??」
ソフィアが不思議そうな顔をしている。
『今、私は11年生です』
『ギムナジウムは卒業試験が難しい』
『卒業したら、大学はいつでも入れる』
『ギムナジウムからすぐに大学に行く人は少ない』
ソフィアの差し出したスマホには、分からないことが書かれていた。
それよりもソフィアの言葉に、なのはが過剰反応していた。
「それ!ギムナジウム!結構出てくるんだよ!ドイツの中高一貫の…8年?9年制だっけ?の学校!ユリカ、検索してみ?もう、何か妄想膨らむから!」
何だかなのはが興奮している。
BL好きには「古典」だの「聖典」だの、必修科目だとか訳がわからないことを言い始めた。
「帰ってゆっくり検索するよ。それより…大学受験ってないの?」
聞くと、ギムナジウムで卒業試験的なものがあり、それに合格すれば大学はまあまあ簡単に、好きな時に入れるらしい。
結局良く分からなくて検索してしまった。ドイツでは大学は勉強するところで、一度入ると遊ぶ暇などないらしい。日本の「受験が戦争、受かれば大学は遊ぶ」という考えとは全然違う。
…まて、ドイツの大学は無料…だと…?
『しばらく遊んでから入る人もいる。入学前に働いたり、旅に出る人も多い』
ちょっと翻訳だと細かいことが聞きづらい。今度、アステリアでゆっくり聞こう。
それにしても、なのはが異様に興奮して色々聞いていたが
「制服ってどんなの!?」
の質問に
『制服はありません』
『みんな好きな服を着ています』
とソフィアから回答が出されると、激しく落胆していた。
しばらく「えー、まじか?」とか、「制服ないとか、うそじゃん」とぶつぶつ呟いていたかと思うと、いきなり顔を上げて
「あ、そうだ。二週間ちゃんもウチ来るって聞いたわ」
と、なぜかさっきの話に戻してきた。
電車が川に差し掛かり、急にガタンガタン、とノイズが大きくなる。
「あ…そうなんだ…」
それだけ返すと、私は眼下に広がる川を眺めた。
なんだか、余計なフラグが立った気がする。
中学から持ち上がる私たちと、高校からの一般入試で入った子が同じクラスになる事はない。
でもフラグって、結構簡単に立つし、大体すぐに回収されるよね。
ああ、めんどくさい。
とりあえず今は、深く考えないことにした。
仕事の方が忙しくなってきたので、更新滞るかもしれません。
別室でサイドストーリー入れていきますので、そちらもご確認いただければ。




