森に隠された巫女
湊太が部屋に戻ると、秀人は本を閉じて、完全に画面だけに集中していた。
「ただいまー。あれ、本は休憩?」
「おう、おかえりー。…いや、ちょっと読んでると色々と気になることが出て来て…調べもの中」
最初に読んでいた本を、秀人は湊太の目の前に差し出す。グノメが
『アステリア、巫女姫の歴史』
と読み上げ、
『そちらの本は、アステリア図書館・惑星間連盟総合図書館どちらにも収蔵されています。テキストデータから直接翻訳が可能です』
と教えてくれた。秀人の言った通り、本自体が必要なさそうだ。
「で、レビさんの置いてった本が29回改訂版。どっちの図書館も最新版は、31回改訂版。レビさんの置いてった旧版には、今の…一昨日会ったアステリア様の記述がない」
秀人はもうこの本の、付箋のような栞のあったところはすべて読んでしまったらしい。
「で、図書館収蔵の最新版、編纂者見てみ?」
「編纂者…?」
呟くと、グノメがどっと何名もの名前を連ねて表示してくれた。
最後にあったのが、『レーヴェリヒ・シュラーツェン=グラーティア』だった。
「…レビさんだ…」
「そうなんだよ、でも、この旧版の中に彼の名前はない」
「なんだ、レビさん仕事してるじゃん」
「うーん、まあ、そこは今どうでもいいな」
昨日の話で、レビは何もしてないと言われていたのに、ちゃんと本の編纂とかやっていた。
しかし、秀人にまでそれを「どうでもいい」と一蹴されてしまうと、湊太もさすがに不憫に感じてしまった。
「後でちゃんと読んでみると分かると思うけど、アステリア様ってのは、最初にレビさんも言ってたけど『巫女』なんだよ。どの人も、星と『対話』してるんだ。星の話を聞き、住人に伝え、住人の声を聞いて、星に伝える、場合によっては説得や交渉もする」
「あれ?一昨日の子は『憑依』してなかった?」
「そうなんだよ。あれは巫女じゃなくてどっちかいうとイタコだよな?口寄せって言うの?完全に星が乗り移ってる感じ。
で、ここでレビさんが書き足したと思われる、最新版の追記項目の一部だ。…湊太に共有して」
秀人から共有されたのは、年表だった。
「ほぼ30年で1年分ほど地球と差が出るらしいけど、まあちょっと読み替えがめんどいからそこは置いといて。
54年前に『今の本当のアステリア様』イリスが就任されていて、36年前に名前不明の『代理のアステリア様』が一時的に任されてる。他の記事類も確認したけど、その後本物のアステリア様が戻ったって記述はどこにもなかった」
「どゆこと、どゆこと?あの子、代理なの?本物って今何してるの?」
「それが、ここの本にはないんだなぁ。そこで、図書館で一般の本の検索だよ。すると、面白い本が出てきた。これなら、湊太にもさらっと読めると思うから、読んでみ?…軽い読み物だよ」
本をよく読むやつの「軽い読み物」は、信用してはならない。
しかし、秀人から共有されたデータは、挿絵の多い、絵本のような童話だった。
「…本当に軽い読み物だ」
湊太は、一番大きなソファに移動してその『童話』を読みはじめた。
『森に隠された巫女』
アリアの街の片隅で、とても可愛らしい女の子が生まれました。
その子が生まれた瞬間、お母さんは星の声を聞きました。
「その子が、次の巫女になるのです」
と。
お父さんは、普通の人間だったので、星の声は聞こえませんでした。
お母さんは、生まれたばかりの娘が、いつ家を出てあの大きな木に連れていかれるのだろうと思うと、悲しくなってしまいました。
お母さんは、星の声の事をお父さんには黙っていることにしました。
その女の子は、イリスと名付けられました。
しかし、その翌日から、色々な人がイリスのおうちにやってくるようになりました。
「未来の巫女様に感謝を」
と、みんながたくさんの貢ぎ物を持ってやってくるのです。
新しい巫女姫の誕生を知らせる星の声が、じつは世界中のエルフたちにも聞こえていたからなのです。
だから、お母さんがせっかく黙っていたのに、すぐにお父さんにも知られてしまいました。
そのときの巫女様はお年を召していて、早く次の巫女が決まらないかと、みんな不安になっていました。だってこの星は、巫女様がいないと、人が住めなくなってしまうのですもの。
みんなが巫女姫の誕生を喜び、祝いました。
イリスはすくすくと大きくなり、学校にも行きましたが、みんながあまりに特別扱いするので、なかなかお友達が出来ませんでした。
そのころ、お父さんは、「イリスに好きな人が出来て、巫女様になるのを嫌がったらどうしよう」と怖くなっていました。星のみんなも自分も、この星にいられなくなることを恐れたのです。
イリスが学校を卒業すると、すぐにお父さんは森の中にイリスを隠しました。
森の中の、まるで『星の塔樹』と同じような大きな『うろ』のある大木に、イリスを一人で住まわせて、誰にも会わないようにしたのです。
人が入ってもいいけど、住んではいけない森です。
しかし、イリスは巫女姫だから、星は文句を言いませんでした。
何年かたった頃、いたずら好きな少年が、この大きな『うろ』のある木を見つけました。
木登りが得意だった少年は、するすると木をよじ登り、『うろ』の中に入りました。
そこにきれいなエルフがいたので、少年はびっくりしてしまいました。
「きみはなぜ、こんなところにいるの?一人なの?」
「ええ、一人よ。でも、もうここへきてはダメよ」
イリスは、すぐに少年を帰しました。
しかし少年は、翌日もやってきました。
「一人じゃ寂しいだろ?ぼくが面白い話をしてあげるよ」
少年は、学校であった面白い話を、いっしょうけんめいイリスに話しました。
イリスは、楽しそうに聞いていましたが
「ありがとう、とても楽しかったわ。でも、もうここへ来てはダメよ」
そう言って、少年を帰しました。
それから、ほぼ毎日少年は遊びに来るようになりました。
イリスは
「もう来てはダメよ」
と必ず言って帰しましたが、それでも少年はやってきました。
気付くと、イリスは少年が来るのを楽しみに待つようになっていました。
それはイリスにとって、はじめてのお友達だったのです。
何年かたち、少年はすっかり青年になっていました。
そして、ある日突然、イリスのところに来なくなってしまいました。
イリスは何年も待ちましたが、やはり青年は来ません。
青年が来なくなって5年が過ぎた頃、イリスは初めて悲しくなって泣きました。
その次の春、久しぶりに青年がやってきました。
りっぱな、お役人の着る制服を着ていました。
青年は、跪いて、イリスに小さな花束をわたしました。
「ぼくと結婚してください」
イリスは、嬉しくて泣きました。
しかし、その途端、イリスの頭に星の声が響きました。
「イリス、今すぐに『星の塔樹』へ。あなたが今から巫女です」
ついに、イリスが呼ばれてしまいました。
星の声は絶対です。イリスは、青年に返事をすることも出来ないまま、突然あらわれた使いの者たちに連れて行かれてしまいました。
青年はその時はじめて、イリスが巫女姫だったことを知ったのです。
イリスが塔につくと、前の巫女様が待っていました。
すっかり年寄りで、今にも倒れそうなおばあさんでした。
「ごめんなさい、あなたにもう少し幸せな時間をあげたかった。でも、間に合わなかった。もう、私には時間がないの。ごめんなさい」
前の巫女様は、イリスに泣きながらあやまりました。そして、静かに塔を去って行きました。
巫女様になったイリスは、星のすみずみを虫や動物の目を借りて見守りました。
そして、青年もの様子も時々見ていました。
青年は、あれから誰とも結婚せず、ずっと一人でした。
毎日、仕事の後に必ず『星の塔樹』のそばに来て、いくつもある木の『うろ』を見上げているのも知っていました。
そして、毎日一人帰る姿を見ると、イリスの胸は押しつぶされそうでした。
それから、17年の月日が流れました。
ある日突然、星が
「少しの間だけ、お休みをあげます。前の巫女が、あなたのために探した子が、16歳になりました。少しの間、その子があなたの留守を預かります」
他のエルフには聞こえない声で、そう言いました。
『星の塔樹』を囲む柵が開き、かわりの巫女姫を招き入れました。
一人でイリスのもとへやってきた、幼い顔の『かわりの巫女姫』は言いました。
「私が生まれる前に、前の巫女様にお願いされました。私にはあなたほどの力はありませんが、あなたの大切な人がこの世界にいる間、私がここを守ります」
その瞬間、イリスをとどめていた、見えない鎖のようなものが消えました。
『かわりの巫女姫』に、イリスから何かが移るのがわかりました。
一瞬、『かわりの巫女姫』は苦しそうな顔をしましたが、次に目を開いたとき、『かわりの巫女姫』はさっきまでと全然違う表情をしていました。
「行きなさい、イリスよ。あなたを邪魔するものは、私が許しません」
『かわりの巫女姫』は、星を体に乗り移らせて、イリスを送り出しました。
「ありがとうございます」
イリスは、感謝の言葉を伝えると、塔をかけ下りました。
夕暮れの塔の下で、青年が今日も『うろ』を見上げていました。
すると突然、彼の目の前の柵が消え失せて、イリスが目の前に現れました。
「あの時のお返事、今からでも間に合いますか?」
イリスがほほ笑むと、青年は
「もちろん。おかえり、イリス」
と言いながら、涙を流しました。
それから二人は、幸せにくらしました。
「…ええ話や…」
湊太がずびずびと鼻水をすすっていると、
「いや、泣いてる場合じゃないだろ。ここかから情報色々読み取れるだろ?」
冷たく秀人にあしらわれてしまった。
「読み取れると言われても…動物や虫の目の視覚情報共有出来るってのがファンタジーかな、って思ったくらい?これって子供向けの創作じゃないの?もしくは巫女姫布教用か何かのプロパガンダ?」
「プロパガンダ…ああ、面白い事言うな。そういう見方もあるか…。
本来は途中交代が許されない巫女様が、代理になってる理由説明を、いい話に仕立てて宣伝する。いい手だな。
うーん、後で関連本の作者たち調べてみるかな。政府の回し者ってやつかもしれない」
秀人に感心されると、正直ちょっと恐縮してしまう。
まあ、なにかヒントになったのなら何よりだ。
秀人はすぐにハッとした顔をして、話を元に戻した。
「実は、これと似た話、イリス様主人公のお話は何冊も出てる。
さっきのは子供向けだけど、大人向けのもっとラブストーリー多めなのとか、父親が完全に悪者になってる話とか、学校の話がもっと膨らませてあったりとか、サイドストーリーがっつり盛りのもあったけど、大筋はみんな一緒なんだよ」
「じゃあ、定番話なんだ…」
膝に頬杖を突き、湊太は画面を睨む。
「図書館で検索して。イリス、巫女」
ぱっと、100を超える書籍が出てきた。
先程の本のタイトル『森に隠された巫女』で検索すると、30を超すデータがあった。
「…ほんとだ、めっちゃ多い」
「あと、視覚情報の話はファンタジーじゃないらしい。星そのものには目も耳も口もない。そこを補うのがこの星にいる生き物らしい。昆虫類なら、視覚情報どころか全身操って、情報収集出来るらしい」
「え、この星こわっ。プライバシーも何も関係なく、覗き放題ってこと?」
「多分可能だけど…その視覚情報を使った『巫女探偵』シリーズも超絶人気だね。どんな殺人事件も、必ず巫女様がお見通しさ!って」
「うわ、ずっるー。絶対犯人すぐ見えちゃうじゃん。推理必要ないじゃんかよ」
「いや、あえて虫に違う視覚情報を見せるトリックとかあって、色々とそこは面白…って、今はそこはいい!」
自分から楽しそうに話し始めておいて、秀人は突然ぶった切った。
でも、ちょっと気になる『巫女探偵』シリーズ。普通にドラマ化して欲しい。
「気づいた点というか確認したい点を、一部書き出すと…」
秀人は、円卓から一人掛けソファに移動して来つつ、まとめデータを共有してきた。
もうがっつりグノメさんを活用できるようになっている。
1.基本的に、巫女になる本人の個人情報はザル
2.逆に、巫女の家族に関しては、ほぼ情報が出てこない。
3.『アステリア様』はこの星では普遍の大人気コンテンツ
4.レビの姪は、もうすぐ巫女様ではなくなる
5.イリス様は、ハーフエルフ
6.イリス様は、この家の出身じゃない
「細かいこと言うとまだまだあるんだけどね。とりあえずこれだけ。
1から3は、他のものも色々流し読みしたけど、ほぼそんな感じ。理由は、巫女様になると、この星の税金から多額の報奨金がその実家に支払われるかららしい」
―――本人じゃなくて、家族に、なんだ。身請け金みたいなものか?
急に生々しい話になった。
湊太は少し、もやっとしたものが心に引っかかった。
「まあ…全アステリア人のために一生を捧げる仕事なら、報奨金は…ないよりは良心的、だよな?でも個人情報の扱いが…」
「巫女は、なった瞬間からこの星の共有財産になる。だから、みんなのものって事みたい」
「うわあ…」
それは、プライバシーなんてなくなるワケだ。
そしてそれは、湊太の感覚では生贄にも思えた。
逆に、多額の報奨金を得る家族に関しては、公的には情報がほぼ伏せられる。
さっきの物語通りに星が大声で叫べば、エルフ全員には知られてしまうのだろうけど。
「で、4だ。イリス様の旦那さん、おそらく今は80歳前後じゃないかと思う」
「あ、もう一回年表見せて。…そうか、54年前に就任で、その時プロポーズしたって事は、働き始めて、奥さん養えるってくらいになった年齢…20~25歳くらい?ちょっとこの星の結婚とか就職事情が分からんけど」
「青年の消えた5年の空白期間が何を意味するのか。遠くの大学…高等教育学校だっけ。それに行ってたのか、それとも大学のあとに就職の研修とかに行ってた時間なのか。本によるというか、これも作者によって味付けが違って、解釈がバラバラなんだよな。
これでまた年齢の読みは変わるとは思うけど、大きく外れてはいないと思う」
「じゃあ、もしその旦那さんが亡くなったりしたら、イリス様再就任?で、あの子は…この家に帰ってくるの…か?」
16で巫女になった少女は、人には長いがエルフには短い任期を終えると、その後何をするのだろう、何になるのだろう。再就職を考えるのだろうか。
「あと5。これは最初に書かれてる、父親がエルフじゃない。
それと6。他のどの過去の巫女も書き出しが全部『丘の上のお屋敷で』とか、とにかく『丘の上』がついてるんだ。つまりこの家出身。
この人だけ、生まれが『アリアの街の片隅』になってる」
「あ、確かに」
考察が楽しいらしく、秀人が生き生きしている。
「シュート、すげー楽しそう」
「まじで、これが仕事になるならしたいレベルで楽しいわ。湊太もだけど、夕湖さんに感謝だな」
働いてない扱いのレビの助手って、仕事としては成り立たない気もするが。
そこにはあえて突っ込まず、湊太は聞く姿勢を貫く。
「…あと、巫女関係なく、全体的に人間とエルフの恋物語ってのがすんごい多いの。先に死ぬ人間の葛藤と、残されるエルフの悲哀みたいな構造?これも、ここではかなりのテンプレだね」
ちらり、と湊太の頭にクレアの事がよぎった。
―――父親も旦那さんも、俺と同じ『気』の持ち主と言っていた。彼女自身もハーフエルフで、早くに亡くなった旦那さん…彼女もだけど、恐らく彼女の母親も、同じストーリーを持つ人だ。
それにしても、短時間でえらく読み漁ったものである。秀人がどれだけの文献にあたったのか分からないが、特殊能力の域だ。検索の鬼かもしれない。
そして、ハーフエルフと言うと湊太としてはちょっと気になっていることがある。
「なんかさ、ハーフエルフって差別するというか、見下すもの、みたいな話のが地球には多いじゃん?」
「うん、多いよな。ここではそういう差別はないみたいだ。…うーん、ここまで来ると逆に怪しいな。ハーフエルフが異様に推奨されてるような、わざとらしいくらい?…それこそプロパガンダに思えてきたぞ」
湊太の言葉を受けて、また秀人の考察スイッチが入った。
思考の海に沈み切る前に、慌てて湊太は声を掛ける。
「あ、そうだ。俺、明日からこっちに何日か住んでみようと思うんだけど。本気でちょっと世界樹の下とか行ってみたいし」
「なにそれ、超ときめく」
ものすごい勢いで秀人が顔を上げた。
やっぱり食いつくネタだったか、一瞬で現実に連れ戻せた。
「うわあ、いいなあ。俺もそうしたいな…出来るかな」
「親の許可取れれば可能じゃない?ただ、連絡付かなくなるから厳しいかもだけど」
「…そこだよなぁ…」
秀人は両手で頬杖をつくと、面倒くさそうに目を閉じた。
全星団にて、「巫女探偵」シーズン16、大好評放送中!




