進路相談で、根深い恨みの一端を知る
湊太がトランポリンで一跳ねしてアステリアの部屋に降り立つと、秀人がゲートから遠い方の円卓に移動して、既に読書を始めていた。
「おう、おかえりー。思ったより早かったな」
奥のテーブルに、一冊だけ持って行ったようだ。
秀人は空中の画面を見ているが、片手でその本を開いて押さえている。
「どういう状況?」
ラムダを耳にかけながら、秀人の様子を伺う。
「グノメさんに翻訳お願いしたら、『図書館アーカイブにテキストデータがあるので、そちらから直訳します』って言われて、なんだよ本いらないじゃんってなって。
でも、挿絵が本のが雰囲気あっていいから、ページ合わせて見てる」
「なるほどー。…面白い?」
「うん、いきなり面白いわ。これ、全員必修科目のやつだから、後で読んで…それより、大牙さんは」
「あ、そうだった。グノメさん、大牙さんのメッセージは?」
ソフィアの件で、また色々と飛んでいる。湊太はようやく大牙のメッセージを開くことが出来た。
そして大牙のメッセージだけ、テキストデータだった。グノメが読み上げてくれる。
『今日は特に予定がないから、進路相談いつでもおいで、だそうです』
「わ!行ってこよ!グノメさん、大牙さんに連絡!…あ、大牙さん、今から良いですか?…はい、じゃ今から行きます!」
通話を切り、きょろきょろと周りを見回す湊太に、秀人は
「いや、探しても手土産ねーよ」
と声をかける。
「…うわ、なんで分かったの。しゃーない、手ぶらだけど行ってきまーす!」
「…忙しいなあ」
バタバタと出て行く湊太を見送ると、秀人はまた画面のテキストデータに目を落とした。
「で、俺に進路相談とは…コーヒーでいい?インスタントだけど」
安定のいい形のマグカップを2つ持ってくると、大牙は一昨日と同じ一番左の壁際の席に回る。湊太も、何となく前回と同じ、入り口に近いソファに座った。
「ありがとうございます」
湊太はマグカップを受け取ると、一口飲んでみた。ここでは今まで紅茶しか飲んでいなかったので、何だか新鮮だ。何から話すかな、と少し迷う。
「えっと…うち、別に稼業とか無くて、父もサラリーマンで。俺本人も特に今のところ、なりたいモノもやりたい事もないっていうか。でも、2学期に入ったら文系理系選択しないといけないって入学説明会で言われて。
何も決めきれてないうちに…なんか可能性というか、選択肢を半分に削っちゃうみたいで怖くて」
「文理選択、え?入学前にそういう話ってもうしちゃうんだっけ?うわ、全然覚えてないわ」
大牙ががしがしと頭をかく。
「んー…。でも確かに2学期じゃ、半年ちょいってトコか。特に希望がないと焦るよな」
「大牙さんとこは、家が格闘一家じゃないですか。家業みたいなのあるのに、なんで別の道に行ったのかなって。そういうの、いつ、どういう風に決めたのかって思って」
「…なるほど、それで俺に相談なのか…。参考事例として聞きたいって事ね」
「はい」
「でも、あんまり参考にならないと思うよ。中学生になる前に、もう方向性決めてたから」
「え、早っ」
そこで、大牙はちょっと眉間にしわを寄せつつ、少し上を向いた。
「いや…うーん、でも、がっかりする話だと思うよ。今考えると、かなり下らない理由だし」
「いえ、できればそれでも聞きたいです!」
「分かった。あと…ちょっとバカ氷牙が絡む話だから、無意識のうちに怖い顔するかもしれないけど。あくまでアホ氷河に怒ってるだけだから、そこは気にしないで聞いて」
今の短い会話の一文に、バカとアホを詰め込んできた。よほど根深い確執と見える。
大牙が小学生の頃、母親がインフルエンザに罹った。
同じ女子プロレス団体の構成員たちが次々に罹患している最中の事だった。順番のように母親もウィルスを貰ってきた。
初めて熱で弱って動けない母親を見て。
今まで家庭内でも最強だと信じていた母親のぐったりする姿を見て。
「うわあん、死んじゃやだー!」
と末っ子大牙は泣きついて離れなかった。
マスクをして隔離部屋に食事を運ぶ姉に、何度も出ていけと怒られた。
でも、当時の大牙は聞かなかった。
そして3日ほど後、大牙も発熱する。
過去にない体のだるさと重さ、頭の痛さで、思うように動けない。
布団でうなされていると、ウザ氷牙が現れて
「バッカじゃないの?その上貧弱。よっわ、ダッサ。俺なんかお前の貧弱ウィルスなんかにやられないもんねー」
と言って、日に何回も隔離部屋へやって来て、目の前で人を小ばかにした謎のダンスを踊っては去って行く、を繰り返した。
その2日後。
ダメ氷牙、発熱。
「…その時のざまあみろって気持ち!」
見たことのない悪い笑顔で大牙が続ける。
仕返しに、クソ氷河の部屋に行って、うなされているのを見下して、ふふんって笑って部屋を出る、を繰り返してやった。
その冬、人生初の学級閉鎖発生。
「実はウィルスって最強じゃね?」
この時、大牙の中の「最強ランキング」1位が、母からウィルスに書き換わった。
その後、中学生になった時に、図書館でウィルス関連の書籍を見つける。
謎の宇宙生物のような生態のウィルスに、ときめいてしまった。
最強の菌やウィルスを探してやろう。可能ならば作ってやる。そして、いつか、必要になった時に…。
「…という、反抗期時点の若干危険な思想から、研究の道に入ったんだけど…あれ?」
大牙の話が色々と想像の斜め上で、湊太はぽかんとした顔をしていたらしい。
「え、大牙さんってウィルスの研究してたんですか?」
「…言ってなかったっけ?…あー、そういや言った記憶ないな」
夕湖からは、学者、としか聞いていなかった。本人からは何も聞いた記憶がない。
その時、何かが、頭の中で引っかかった。あの時、ネットで検索したエルフの記述が浮かんだ。
―――病気の精霊。
「あ、あのエルフの検索!病気にさせるとか。ここで勉強って、それ関連ですか!?」
「お、いいカンしてるね~!そう、エルフは見えちゃうんだ、そして判断がつく。安全か危険か、何に使えるとかね。やろうと思えば、気に入らない人間に菌やウィルス植え付けるとか出来るんだって。
本気で羨ましいんだよ。エルフの血飲んでそれが出来るようになるってなら、やっちゃいたいレベルで」
「いや…大牙さん、まじで怖いっす」
「大丈夫、くそダル氷牙以外に攻撃する気は全くないから」
大牙も、まあまあの変人だった。
由梨香の「兄ちゃんディスる以外完璧」という言葉を思い出す。
その一点に対するヘイトは、殊の外重く根が深かった。
「まあ、このように、俺の場合はどす黒い怒りが根っこにあって。格闘一家っつっても、家の道場継げるのは、どの道一人だけなわけだし。
脳筋一家で育った俺が、自分なりの最強を求めた結果がコレって事だよ」
落ち着いた、物静かな学者。…と思ってたのに、事実は全然違っていた。聞いてみなければ分からないものである。
「でも、子供の頃仲悪くて、大人になったら普通とか仲良くなったとかよく聞くじゃないですか。そういうのは…」
「ないね!だから仕事は全力でやってる」
―――この人、殺人ウィルス作る気満々だ。
話題を変えよう、そうしよう。
湊太はもう一人気になっていた、美人の次男の話を振る。
「あの、じゃあ、もう一人お兄さんの…風牙さんは何で音楽の道に?」
「あー、風牙兄ね。あの人は良く分からん。俺が言うのもあれだけど、かなりの不思議ちゃんだからなあ。なんか凄いんだけど、俺たちみたいな普通の人間には理解が難しい。
目の前で1度見る…?聞く…?と、ギター持たせたらビタっと弾けちゃうんだ。それがあの人の場合、耳で聞いて覚えてるのか、指の動きを目で見て覚えたのかも良く分からない。
だけど、うーん、記号がダメなんだ。アルファベット苦手で、ギターの音をコードに直すと分かんなくなっちゃう。今の音、Fに変えてみて、とか言われたらもうダメ。だからアレンジが利かない。出来るのは誰かが弾いた音の完コピだけ。昔、ドレミは分かる?大丈夫?って言ったら、それぐらいは分かるって怒られたけどね。
歌も声いいし、上手いんだけど。歌詞に何か理解できない言葉あったら、それもダメ。フリーズしちゃう」
美人兄、アホなのか天才なのか分からない。天才型の変人だ。
「…なかなか、扱い難しい人ですね…」
「ドラムは『なんか気が合う』って言ってたよ。でもドラムセットも種類あるじゃん?俺も良く知らないんだけどさ。バスとかスネアとか言われたらアウトだから、名前つけて覚えてるみたい。ドラムだったら、ライブの雰囲気でアレンジも出来るらしい。
仲間が上手い事誘導して、良いとこ見つけてくれたんだろうな。…結局、音楽の道に風牙兄本人が行きたくて行ったのか、俺たちにも分かんないんだ」
コーヒーを口にすると、大牙はマグカップを机に戻し
「ごめんね、あんまり参考にならなかっただろ」
と、少し申し訳なさそうに笑った。
「いえ、なんか自分に足りないものが多いって事だけは分かりました」
大牙のように、怒りが発端とはいえ、極めたいものとの出会いもなければ、次男のような特殊な才能もない。
「焦る事ないと思うよ。…同級生の話だけど、やっぱり進路決まってなくて、とりあえず得意だからって理系取ってたヤツがいて。いざ行きたい大学決まった時には、そこ必須の受験科目取ってなくて、慌てて教科書買って、独学で間に合わせたって事もあったし。
まあ、特殊事例かも知んないけど、取り返せない事なんてないと思うよ」
「…それは、結局やりたい事見つけた人じゃないですか。俺、半年どころかあと2年、大学受験前ですら、やりたい事見つけてる気がしないです…」
活躍してるプロ野球の選手だって、みんな小さい頃から目標を決めて頑張ってきた人たちだ。もちろん、頑張ってダメだった人もいるだろうし、遅くから始めて成功した人もいる。
今、何のスタートラインにも立ってない自分は、このままでは何者にもなれない。
「一度、こっちの街や、例のドラゴンの牧場とかも出歩いてみるといい。本当は、可能だったら普通に海外とか行ってみろって言いたいけどね。普段と違うもの見ると、自分の中の世界が驚くほど広がるよ」
「大牙さん、色々海外とか行ったんですか?」
「…偉そうなこと言ってすんません。実はパスポートも取ったことない。最初の日本脱出が、まさかの地球外」
大牙は楽しそうに笑う。だいぶこの人の性格が分かってきた。思ったより根っこは普通の人かもしれない。
「あ、軍の演習で地球行ったな。あれが初海外だ」
ココにもいた、不法渡航者。そしてやっぱり、普通じゃないかもしれない。
「まあ、冗談は置いといて。俺の周りで海外行った人間は、やっぱりちょっと視野が広がったって人多かったよ。せっかく究極の異文化に浸れる環境なんだ、充分堪能すると良いんじゃない?半年しかない、けど、考えようによっては半年もあるんだ」
「そう…ですね、まずこっちでも色んなもの見て回ります」
大牙の目の前に、時計が二つ表示された。
「春休みの間、他のみんなは難しいかもしれないけど、湊太ならしばらくこっちで寝泊まりしてみても良いんじゃない?世界樹も足元まで行ってみるといい」
「…確かに!世界樹、いいですね」
良いかもしれない。宿題だけこっちに持ち込んで、ちゃんとやるならば文句も出ない気がする。
「明日ぐらいがちょうどアステリアと日本の昼間が同じくらいだ。そこから1週間くらいが限界かな。時差が広がると、戻った時辛いから」
「ありがとうございます、ちょっと親に相談してみます」
「…さて、じゃあ解決にはまだ遠いけど、湊太は一旦はこれでOKかな。次はユリカの話聞いてみるか」
「えー…あーっと…その、ユリカはですねぇ…」
池袋にソフィアと行った事を話すと、大牙が頭を抱えた。
「うわー!もう?また…迷惑かけたなあ…」
「いや、大牙さんこれは関係なくないですか?ソフィアの性癖の問題で」
「うーん、実はね、ソフィアが来てすぐの頃に、池袋連れてけって頼まれたんだよ」
「!!」
大牙の話によると、ソフィアは大牙が日本人と知ると、かなり早いうちに池袋行きを頼んできたらしい。
でも、大牙の使うゲートは大阪に通じている事と、池袋の案内が出来ないので断ったらしい。
「サンシャインくらいしか行った事ないもん、水族館とナンジャタウンくらいしか案内できないって。正直、乙女ロードとか知らんし」
大牙が眉間にしわを寄せ、ため息をついた。
―――片思いの相手に性癖の開示って、なんの縛りだよ!ソフィア強すぎる。
「そのうち湊太が来ることも聞いてたし、ユリカも連れてくるだろうってのも聞いてた。だから多分そういうのは女子のが詳しいんじゃないって言っちゃったんだ…まじでいくら謝っても足りないな」
「あいつ、今日はアステリアとゲームと、半々どっちも遊びたいって言ってたのに、多分全部ソフィアに取られて終わりですねー…」
湊太も遠い目になった。
「…そっか、3人はゲーム仲間って言ってたっけ」
大牙はコーヒーをすすると、大きなため息をつきながら目を閉じた。
「明日から地球は普通に月曜だろ?一応仕事の日だから、次の土曜まで待ってもらう事になるなあ」
スマホを取り出しながら、大牙はとても辛そうに眉間を押さえた。
兄弟喧嘩は、行き過ぎるとバイオテロに発展。




