街へ繰り出そう
その日は、部屋登録をして帰ることにした。
日本時間で17時半、戻るには丁度いい時間とも言えた。
「まあ、湊太と一緒にしか来ないと思うから、外の個室貰っても良いんだけどね。…うーん、逆に泊まるとかもないと思うから、やっぱこっちにしとくか」
うんうんと唸りながら、由梨香が部屋を決めた。
「グノメさん、この部屋にする!部屋登録ってどうすればいいの?」
『今この場で、この部屋の権限を持つのが湊太様だけです。湊太様が了承すれば、登録完了です』
由梨香のグノメがそう告げると、湊太の目の前に「シライシユリカの部屋登録:許可しますか?」と現れた。
「『様』やめてよ…え、口頭でいいの?イエスで」
様呼びは、ぞわぞわするのでやめてもらいたい。
『ツチダの部屋にシライシユリカが登録されました』
続いて、秀人のグノメがしゃべり始めた。
『秀人様の部屋登録が未完了です。この部屋への登録をお勧めします』
「じゃあ、俺もここで。それと、俺も『様』呼びやめて…」
再び湊太の目の前に部屋登録のディスプレイが現れたので、
「イエス!」
と元気に答えた。
その後、ゲートを通って地球に戻った。
湊太の助言を聞き、秀人は呪文のように
「前に飛ぶ、前に飛ぶ…」
と言いながらトランポリンで跳ね、今回は無事に一人で戻れた。
秀人の様子を見ていた由梨香は、
「ああ、そっか。角度が違うからか…」
と言いながら人差し指をひらひら動かしていたが、難なく跳ねて戻ってきた。
戻ってから、新しいPCで一試合でもしたい、と由梨香が言ったので、30分だけ戦った。
高性能PCとつよつよ回線で無双する由梨香は、とりあえず「最強」だった。
明日も二人が来ることになったが、目的はゲームなのか、アステリアなのだろうか。
由梨香は
「どっちも!」
と言い、秀人には
「どっちもだけど、俺的にはアステリア比重多めで」
と言われてしまった。
「明日はアステリアで何するか、考えとこうぜ」
などと話していると、由梨香の母がパート帰りのその足で迎えに来てくれた。
「…しばらく、ソフィアは来ないかもね…」
帰り際に、静かに由梨香がつぶやいた。
そうかもしれないな、と湊太も思った。
翌日曜日。
湊太達3人は、いつもより少し早くアステリアに降り立った。
言われてみれば確かにそうだったのだが、秀人はトランポリン使用の入国は初めてで、いきなり着地に失敗していた。
トランポリンのフレーム部分に落ちて来て、転んだのだ。
先に飛び込んでいた由梨香があきれている。
「なんで転がった?」
「いや…またちょっと考えすぎた…」
そして、今日は入るなり部屋の違和感が半端ない。
部屋のゲートに近い方の円卓の上に、何故か大量の本が置いてあった。
「え、何この本?読んでもいいのかな。…うっは、やっぱ読めねー」
秀人がすぐに手に取って開いてみたが、当然読める字ではない。
それぞれがラムダを装着すると、それぞれの目の前に、勢いよくディスプレイがパパっと立ち上がった。
『湊太に、大牙からのメッセージをお預かりしています』
『秀人に、レビからのメッセージが届いています』
『由梨香に、ソフィアからのメッセージが届いています』
どれもそれなりに気になる個別メッセージだったが、ソフィアの名前があったことに驚き、湊太も秀人もものすごい勢いで由梨香の方を振り返った。
「…来ない…と思ってたのに」
由梨香もかなり怪訝な顔つきだ。二人の顔を交互に見ると、覚悟したように
「ソフィアからのメッセージ、開封して」
と言った。
『ユリカ!約束だよ、街に行こう!回廊の奥のホールで待ってるよ。そっち行くからホールのドア開けて!』
「!?」
3人が顔を見合わせた。
「回廊んとこの広間で、今現在待ってるって事?」
秀人が目を見開いて、見えるはずもないがホールの方角を見る。
『要返信メッセージです。どうしますか?』
と由梨香の目の前にディスプレイが現れる。
『無視・開封通知だけ送る・メッセージを送る・通信する、などの選択肢があります』
「うーわー、どうしようもないじゃん!そりゃ、街には行ってみたかったけど!」
由梨香が頭を抱えて座り込んだ。えらく懐かれたものである。
「…今からドア開けに行くって伝えて」
グノメに指示を出しながら、由梨香は部屋を飛び出していった。
「ん…と…。え?まあ、レビさんの開いてみるわ」
気を取り直して、秀人がメッセージを開封する。
『趣味に付き合わせて申し訳ないが、こちらの伝承にまつわる本などを置いておく。読んでみて、地球に似た話がないか、似た話があったら教えて欲しい。
趣旨としては、地球にこの星のエルフたちの末裔がいないか、足跡を辿り、可能であれば探したいのだ』
「…?」
湊太は、ぽかんとした顔で秀人を見た。秀人は口に手を当てて、難しい顔をしている。
「グノメさん、今のもう一回聞かせて」
難しい顔のまま、秀人がメッセージをもう1度聞く。
「…言いたいことと、やりたいことは大体わかった。でもなあ、俺めっちゃ偏ってるじゃん?世界の童話とか寓話とか、別に網羅してないし。なんか北欧とかヨーロッパの人、捕まえた方が早くない?」
「確かに」
地球に、今もエルフの末裔がいるかもしれない。レビはそれを探したいという事なのだろうか。
そして、地球とアステリアに似た昔話があったら、それが手掛かりになるのか。
秀人は何かわかっているようだが、湊太には全く分からない。
「ふー。こりゃ、俺もこっちに住みたいなら、お勉強して役に立てって事なのかな。…グノメさん、レビさんに連絡を…。
ああ、レビさん、メッセージ聞きました。これ、日本人の俺より、北欧の人とか適任者いるんじゃないかと思うんですけど。少なくともまだソフィアのが近い」
『だから、あえてヒデトなんだ。そちらの方はもう既に前任者が調査済みだ。思った結果が得られなかった、だから切り口を変えたいんだ』
―――前任者?家督と共に引き継いだ調査って事?じゃあ、それって趣味じゃなくて当主の仕事じゃないの?
レビの言葉が引っかかったが、秀人とレビの会話だ。湊太はそのまま傍観者を決め込む事にした。
「じゃあ、俺の視点で、でいいって事なんですね?」
『そういう事だ。このために、地球でわざわざ文献を当たってもらう必要はない。興味が出て、調べたいなら全然やってもらって構わないがね。ああ、絶対読んで欲しいところは印をつけてる。あと、3人共。ソータやユリカにも読んで欲しいところもだ』
「えっ?俺も?」
他人事と思って聞いていた湊太は、急に名前が出て慌てて本の山を見た。よく見ると、色の違う栞があちこちに挟まれている。
『本当は、一応ソフィアにも見て欲しかったのだが、当分来ないんじゃないかと皆が…』
「ただいまー!ソフィア連れてきた!」
『!??』
由梨香の声が部屋に響くと、画面の向こうで、レビが今までに見たことにないような面白い表情をしていた。
「…今から、二人でお出かけすることになりました…」
由梨香が、何とも言えない半笑いのような顔で言った。
レビとの通信を終えて、秀人も女子二人を見ている。昨日の件のせいで、ソフィアにどう声をかければいいのか困っているように見えた。
ソフィアの手にはコートが掛かっていて、かなり上機嫌でニコニコしている。本当に、昨日の今日とは思えない。
「それは、さっき聞いてた。どうやって行くの?下の町まで結構距離ありそうじゃん。この家のどこかにゲートあるんだよな?ハルカさんが言ってたやつ」
どういう計画なのか分からず、湊太は由梨香の顔を見る。
昨日のハルカ劇場で、この家と病院を結ぶ使用許可が必要なゲートがあると言っていた。
小遣い云々はグノメに聞けばわかると思うが、見知らぬ街だ、案内人は絶対に確保したいところだ。
「違う。池袋行きたいって」
「…は?」
秀人が目をぱちくりさせて、湊太の方を見た。
「え?日本?なんで池袋?」
―――今からゲート使って、俺の部屋経由池袋ですかー!???
「なんか、薄い本…買いたいんだって」
「まじですかー!!!」
由梨香の疲れ切ったため息に、湊太は思わず叫んでしまった。
―――ソフィア、そっち系!?
湊太に海外のオタク事情なんか分からない。少なくとも、学校などの身の回りにいる薄い本好き系で、こんなロックな雰囲気の子は知らない。
しかし、格安航空券もびっくりの渡航方法だ。静電気お布施すれば海外旅行に秒で行ける、こういう使い方は想定してなかった。超絶お手軽な、バリバリの不法入国だ。
「え、あ、ちょっと…ちょっと待って?ちょっと話通してくる!」
湊太はとりあえず下敷きで静電気を起こす。
「私も池袋なんて知らんわ。…まじかー!うあー…今から捕まるかな。助っ人用意してくる」
湊太がゲートに飛び込んだが、あまりにも慌てていたのでラムダを外し忘れていた。
深い青のラムダがぽたっと落ちて、由梨香の足元に転がってきた。
「もう湊太慌てすぎ!…まあ、しょうがないか」
湊太のラムダを拾うと、自分のラムダと共に暖炉の上に戻し、由梨香もゲートに飛び込んだ。
「トランポリン、ちょっとやってみたかったんだ~!私のもここに置かせてもらうね。どうせ戻ってくるのココだし」
そう言いながら、ソフィアは自分の白いラムダを外そうとしている。
「待てソフィア!…そのごっついブーツ、脱いでから行け」
話が通じなくなる前に、秀人は辛うじて言いたいことを1つだけ言えた。
地球に戻ると、取り急ぎ湊太は部屋から母に電話を掛けた。
なぜか夕湖は慌てもせず、てきぱきと指示をしてきた。
『話は聞いてる。今、朝海いないから、ユリカちゃんとソフィア連れて降りて来て。駅まで送る』
―――どこから何を聞いた。
会話途中で、由梨香が引き出しから飛び出してきた。
そして戻ってくるなり、慌てて誰かに電話をかけている。
「…あ、『なのは』?今ヒマ?ちょっと急で悪いんだけど、池袋行きたいって子がいてさ。私全然案内できないから」
由梨香に続いてソフィアも湊太の部屋に飛び込んできた。
ソフィアは今日は靴を脱いで抱えている。秀人が止めてくれたことを察して、湊太は心の中で秀人に最大限の感謝を叫んだ。
「うん、ありがとう。じゃあ、駅で待ち合わせね。こっちも今から向かうから」
由梨香が電話を切った。
「ナビゲット」
ほっとした表情で、由梨香はとても大きなため息をついた。
そのまま二人を連れて階段を降りると、玄関先で夕湖が靴を履いた状態で待っていた。
「じゃ、車で二人、駅まで送ってくるね。それと、ソフィアは初めましてだね。これ持ってって」
夕湖がソフィアに交通系カードを手渡していた。
そして、既に夕湖のスマホは翻訳アプリが起動中だ。
画面にドイツ語と思しき文字が、つらつらと表示されて行き、それを覗き込んでソフィアが「ヤー」とか「オーケィ」と言いながら頷いていた。
「これで電車乗れるから。使い方は由梨香ちゃんに聞いて」
「…そっか、これから会話が翻訳アプリ頼みかー!」
夕湖のスマホを見て、由梨香が絶望的に叫んだ。
「ここから片道1時間強かかるから、あんまり遊ぶ時間ないかもだけど。…戻り時間合わせるよ、湊太も6時には戻ってきて。だから部屋にはカギはちゃんとかけといて」
「わ、わかった」
日々、人生何が起きるか分からない。
今日も何だか由梨香に悪い事したな、と思いながら湊太は部屋に戻り、言われた通りに鍵を掛けると、下敷きを手にゲートを起動した。
湊太達の住んでる場所は、神奈川。うっすら鎌倉から藤沢あたりを想定してます。




