遥かなる物語 前編
しばらく、朝6時の予約投稿で更新します。
アステリアは、単一国家だ。
大きくシエル、ルーナ、ブリナの3つの行政区で区切られていて、これは「州」みたいなものだろうか。
アステリア様の3人の娘の名前から頂いた、土地の名前だ。
シエルの南端、世界樹の周囲を囲む町が、首都アリアだ。
アステリアは、『星』によって、明確に人が住める場所、住めない場所が明示されている。
住める場所とは、『住むことが許された場所』だ。見ての通り、世界樹を囲むようにぎっしり街が広がっているのは、そこが数少ない『住むことが許された場所』の一つだからだ。
しかし世界樹の半径約10kmくらいのエリアは高層建築は禁止、工場類も許可されていない。よって、樹の周辺は「低層建築限定の居住区」なのだ。
そして世界樹の足元…枝葉の広がるエリアは、建築は一切認められていない。幹の周囲は柵で囲まれていて警備員も立っており、一般人は立ち入り禁止。柵の外は公園になっている。
その世界樹に近い周囲には、公共の施設などが集まっている。例えば駅、学校、病院、警察、役所などだ。アステリアも所属している「星団」と呼ばれる星々の連盟、「惑星間連盟」の出張所…入国管理官などの詰め所もこのあたりにある。
この世界樹のお膝元にある『アリア総合病院』は、最初のアステリア様『アステリア・グラーティア』の縁者が経営している。当代の院長はランディ・シュラーツェン、現グラーティア家当主・レビの祖父だ。
そして、病院と隣接するように孤児院が並んでいる。
グラーティア家の基金で運営している、乳児院と孤児院だ。
私の最初の幼い頃の記憶は、この乳児院から始まっている。
5歳になった私を引き取って育ての母となったのは、この乳児院の保育士の一人、サロメだ。
当然血も繋がっていなければ、似てもいない。地球の人間から見れば、恐らく獣人と言われる種別の人だ。
しかし私は、乳児院にいる頃から彼女の事を「お母さん」と呼んでいた。彼女は慈善活動で何人も引き取って育てるような人ではなかった。未婚のまま、なぜか私一人だけを引き取り、育ててくれた。
この星の学校制度は、まず幼少期に簡単な読み書きを習う『基礎塾』があり、こちらは行く行かないは親の判断で、強制ではない自由塾だ。
そして義務教育と言えるのは、まず最初に入る『初等教育学校』だ。こちらはどの種族でも「10歳になるまでに入学」すればよい。真面目に通えば5年ほどで卒業できるが、本人のやる気や種族による成長速度の違いも考慮されていて、10年までは通える。
卒業までは苦手な所を戻っての学習も可能なので、あえてゆっくり通う子もいる。
次の『中等教育学校』は原則「20歳になるまでに入学」して、卒業は自由。こちらも真面目に通えば5年だ。
その上に専門的な知識を学ぶ『高等教育学校』がある。名前のせいでややこしいかもしれないが、これは地球で言うところの大学にあたる。中等教育さえ終わっていれば、入学は年齢問わず自由だ。
私は同じ地球出身のコーサクおじさんからのアドバイスで、5歳から基礎塾へ通い、7歳から初等教育学校に通った。
おじさんは、学校が休みの日でも仕事が忙しい母の代わりに時々遊んでくれて、色々な所へ連れて行ってくれた。
おじさんが良く連れて行ってくれたのは、『グラーティアのお屋敷』だ。
『アリア総合病院』の中に、警備員さんがいる特別な部屋があり、そこには許可された人しか使えないゲートがある。コーサクおじさんは許可を持っていて、そのゲートを通るとレビのお屋敷に着く。
本当は家を建てちゃダメな所。
でも、星の全てを任された『最初のアステリア様』のおうち。
初めて行ったときは、物語で聞く巫女姫様のお城にドキドキしたのを覚えている。
そしてそのお屋敷に遊びに行くと、必ずいる、不愛想で美人なエルフのおじさん。お姫様みたいにきれいなのに、ムスッとしたおじさん。
それがレビの最初の印象だった。
他の人がぱたぱたとお仕事をしている。
お屋敷の中では色々な人が働いていて、お昼前の1階などはとても賑やかだった。
私とコーサクおじさんが遊びに行くと、必ずレビの部屋に通されて、いつもクレアがとてもおいしいお菓子を持ってきてくれた。
レビは、コーサクおじさんが持ってきた図面をしばらく興味深く見ていたかと思うと、また急に本に戻る。
とにかく、レビはずっとのんびり本を読んでいる。
その頃は、お勉強してるのか、レビはえらいなって思っていた。
レビの部屋を出ると、普段は中庭で遊ぶことが多かった。
お屋敷には私とほぼ同い年の孤児が二人いたので、一緒によく遊んだ。
ヒロおじさんが私よりも小さい女の子を連れて来ていたときは、四人でかくれんぼもした。
ユーコが来ているときは、地球のお話を聞いたり、故郷の言葉、日本語を教えて貰った。ユーコが「教えて」と言ったので、私は逆にこちらの言葉を教えてあげたりもした。
種まきや収穫の季節には、大きな広い農園も見せて貰った。
丘の上の、住んではダメだけど『人が入ってもいいエリア』はお野菜を育てていて、全部グラーティア家の土地だった。みんなが色々育てていた。エルフが何かすると、土の色が変わったりするのを見ているのも楽しかった。
「わあ、ドラゴンだ!」
中等教育学校に入ったころ、シュシュリューという大きくて走るのが得意な白い鳥に乗って、いつもより深い山奥にある農園に連れて行ってもらった。コーサクおじさんと、珍しくレビも一緒だ。
その農園はドラゴン専用で、レビのひいおじいさんと、ひいおばあさん、その他何人かの人間とエルフがドラゴンのお世話をしていた。
初めて、間近で見るドラゴンだった。遠くで飛んでいるドラゴンは何度も見たことはあったが、歩いて、寛いでいるドラゴンは初めて見た。
「…でも、いっつも世界樹の周りを飛んでる子と違うよね、この子たち。なんだかずんぐりしてて可愛い。…この子たち飛べるの?」
「この子たちはアンカードラゴンって言って、飛べない種類なんだ。それより、ハルカはこの子たちと仲良くできるかな?ドラゴンは好き嫌いが激しくて、気難しいんだよ」
レビのひいおじいさんのイーデンは物知りで、ドラゴンの事を何でも教えてくれた。
お話ししながら、アンカードラゴンの好物だという巨大な洋ナシのような形の木の実を手渡してくれた。
「え、この実知ってる。確かそのまま食べたらダメなやつ。毒があるんでしょ?こんなの食べたら…」
「ふふ、この子たちはこの木の実が大好物でね。体の中に毒を分解する酵素ってのを持ってるから、死んだりしないんだよ」
「そうなんだ!」
図鑑では見たことがあるけど、街のお店では見たことのない毒の実。初めて見る実物をまじまじと眺めていると、両手いっぱいのサイズの木の実に、急に影が落ちた。
「わ!」
いつの間に近づいてきたのか、大きなドラゴンが、私と私の手の上の木の実を覗き込んでいた。びっくりしながらイーデンの顔を見ると、頷いて、笑顔であごをドラゴンの方へ振った。
―――私があげても良いんだ!
「はい、どうぞ」
両手をぐっと高く上げると、ドラゴンは木の実のくびれ部分をくわえて、ひょいっと空中へ放り投げた。そのまま一気に口を閉じ、一口でばくっと食べてしまった。
投げてから、食べるまで体感0.3秒。
とにかく一瞬だった。勢いあまって果汁が飛び散り、服と顔にばしゃっと掛った。
気のせいかドラゴンが、にやりと笑ったように見えた。
―――あ、こいつ。わざとやったな!
イーデンの奥さんのアーシャが
「あらあら大変!早くシャワー浴びて!」
と慌ててタオルで顔を拭いてくれていたが、私は笑いが止まらなかった。
ドラゴンってイタズラするんだ!と思って、なんだかとても楽しかった。
イーデンは
「ハルカはドラゴンと仲良くなれる素質があるな。気が向いたら、将来うちの農園で働いてみたらどうかな?」
と、とても満足そうだった。
さっきまで近くで様子を見ていたレビは、毒の果汁が飛んだあたりで、ものすごく遠くに避難していた。
中等教育を終えた後、私はイーデンのドラゴン農園で働きはじめた。
その時になって初めて知ったのだが、イーデンはドラゴン研究の第一人者で、高等教育学校の教授でもあった。私は学生資格も貰えた上、農園でドラゴンのお世話をしながら、専門的なドラゴンの知識も叩き込まれた。
あの時のいたずらドラゴン、シルワヌスとはとても仲良くなれた。
お屋敷や農園で働く人たちは、レビのお屋敷に住んでいる人も多い。でも私は実家から通っていた。
農園はとても遠いけど、アリア高等教育学校のイーデン教授の部屋にナイショの農園直通のゲートがあったので、実際の通勤はとても楽だった。
毎日がとても充実していた。
ある休みの日、コーサクおじさんに誘われて、久々にレビのお屋敷に行った。
彼は、やはり本を読んでいた。
何だろう、とてももやもやする。
私が子供の頃も、大人になった今も、この人は未だに本ばかり読んでいる。
本は勉強に必要だ。それは分かる。でも、仕事とか、生活に生かす知恵をつけるためではないの?
この人はインプットばかりで、いつアウトプットするのだろう。
この人ずっと、何してるの?
星と人とドラゴンを結び付けた、伝説のお姫様のお家で。
この人のせいで、この家が潰れてしまう。
いくらエルフが長生きだとしても、イーデンも、アーシャも先に死んでしまう。そして最後にここに残るのはこの人だ。
イーデンたちの研究も、頑張りも、この何もしない人一人が残ったって無駄になってしまう。
OK一旦落ち着こう。
決めつけは良くない。私が知らないだけで、私が見ていないときに、何か働いているのかもしれない。ちゃんと本で得た知識をアウトプットして、活躍しているのかもしれない。
「今日はお休みの日だから、読書してるの?」
モヤモヤを押さえながら、笑顔で聞いてみた。
「ん?今日は休みの日なのか?」
この人は、日付の感覚、休みの日や平日という概念すら消失していた。
その日、何を言ったか覚えていないが、私はレビに怒鳴り散らして帰った。
コーサクおじさんは帰りに送ってくれながら、ちょっと困ったように笑っていた。
お医者さんと農園とがグラーティア家の主な収入源だけど、レビはどちらにも向いていなかったそうだ。でも、外で他に仕事を見つける気もなく、ただ興味の向くものを知るべく、本を読む。
初代アステリア様の御威光があって、代々のアステリア様に選ばれる方も多い血筋なので、『グラーティア家当主』は一般人とアステリア様との交渉窓口になることも多いらしい。
「色々と、そういう仕事も…めったに来ないけど、しているんだよ」
とコーサクおじさんはフォローしていたけど。
「まあ、めったに来ないんだけどね」
―――コーサクおじさん、2回言った。
怒りだけが澱のように心の底に溜まった状態で、その日は家に戻った。
とりあえず、夕飯の準備を手伝いながら、このモヤモヤを母にぶつける。
「良くないね」
と母は言った。
「ね、駄目でしょう?働いてないのよ、ずっと!」
「いや違う、良くないのはハルカ、あなたの方」
「え?」
私、間違ってた?あの人は間違ってなくて、私が悪かったの?
そりゃあ、いきなり怒鳴ったのは悪かったかも…だけど。
何だか悲しくなって、泣きそうな顔で母を見ると
「腹が立つってのは、気になる、興味があるって事。しかも、聞くだけだとかなりダメ男。普通だと嫌いになりそうなトコだけど、ずっと気にしてる。ホントに嫌いなら、関係ない人なんだし、ほっとけば良いのに。あんたは遺伝的にも環境的にもダメ男に惹かれそうだから、良くないって言ったの」
「え?え?」
母が何を言い出したのか、まったく理解できなかった。
「働き始めたし、もうハルカは大人だ。そろそろ話そうか、本当の母親の話。私は全部の人となりを理解しているわけではない。ほぼ状況から推察されたものだけど…ごはん食べてから、ね」
夕食を食べ終え、バクテリア液に皿を漬け込む。これで汚れの分解が終わったら、水で流して片付けるのだ。
漬け込みだけ終えると、ホットミルクを淹れたカップをもって、母と二人でリビングへと移動した。
ソファに腰かけると、ちょっと悲しそうな顔をして、サロメは「本当の母親」の話をしてくれた。
それは当然、私が地球から誘拐された日の話だった。
顔はいい。金はある。家もある。ただ働かない。
…あれ?あんまり問題ない気もする。




