遥かなる物語 後編
ララカリブスの地球人誘拐作戦。
実行犯は誰一人、その目的を知らされていなかった。
軍の上層部から指示された内容は、「老若男女、人種、なるべくバラバラに幅広く攫ってこい」だった。
1号機の乗組員、4人のうち1人は正規軍の諜報部員、残り3人は傭兵。ある意味失敗して捕まったり死んだりしても惜しくない布陣だったとも言える。
「他の3人はただの傭兵だったから何も記録を撮っていなかったみたいだけど、その1人の諜報部員は、軍の指示で活動の全記録を撮っていた。中央の星団図書館の、閲覧許可のいるアーカイブに収蔵されてるはず。当事者だから、ハルカが希望すれば見せて貰えると思うよ。…あまり、気分が良いものじゃないと思うけど」
そう前置きして、母は話し始めた。
夜空の下、光学迷彩で覆われた船が何度も行き来していた。
人気のない沿岸部上空を拠点に据えると、周囲の市街地、山間部と斥候を飛ばす。斥候と言っても人ではなく、羽虫サイズのドローンだ。
近所で隠れやすい場所、ここまで逃げやすいルート。人を攫うに適している場所をマッピングしていると、人気のない山間の川に架かる橋の真ん中で、一人歩く地球人を見つけた。
顔を隠すように、前かがみで、力なく歩いている。
情報収集の途中だったが、周囲に人はいない、これなら簡単だと判断した。
「あそこか…ちょっと行ってくる」
ドローンの位置を確認すると、諜報部員は船を飛び出した。
「!?」
月あかりも差さない暗い夜。諜報部員は闇に紛れて橋の欄干に身を潜めつつ、近づいて行った。そして、予想外の事態に驚いた。
地球人は、ふるえながら両腕を川の方へ伸ばしていた。その両手に見えたのは、赤子。
「ステルノカ?」
諜報部員は、思わず声を掛けていた。真っ黒のマントのようなものに身を包んだ、男とも女ともつかないその姿は、地球人から見ると恐ろしいものだったろう。びくっとして腕を引っ込め、振り返った地球人は、若い女だった。
言語データは星団のサーバーからコピーしてきたが、地球の言語は多すぎて全部は網羅できていない。自動翻訳の設定だったが、今話しかけた言葉が通じているのかも分からない状態。だが、諜報部員はなぜか声をかけた。
言語データが、周囲から集められる会話を解析し、少しずつアップデートされていく。
「ナイヨウによるが、協力できるかもしれない。事情を聞かせろ」
女はぽろぽろ涙をこぼしながら、その場に座り込んだ。ぎゅっと赤子を抱きしめながら。
子供を殺そうとしていたところを見られた後ろめたさだろうか。
寒空の下、見ず知らずの人間、それも黒い外套の顔も見えない相手に、女はぽつりぽつりと話し始めた。
「私…ダメなんです、一人が。誰か…男の人がいないと…」
「依存症か」
「…そうかも…そうかもしれません…」
目の周りを真っ赤にしたまま、無気力に呟く女。
「この子が出来て、彼氏に、妊娠した、どうしようって言ったんです。そうしたら、責任取るよって言ってくれて…」
また泣き出した。
「嬉しかった。この人のお嫁さんになれるんだって。でも…出産で入院したところから、まったく連絡取れなくなっちゃって…。うちの親…厳しくて、妊娠したなんて言えなかったし、黙って学校休学にしてたし、だから一人で産んで…」
寝ているのか、赤子は会話の邪魔をするわけでもなく、静かに母の腕の中にいた。
「一人で何とか働いて頑張ろうと思ったけど、また好きな人が出来て。でも子供いるって聞いたら、みんなすぐいなくなっちゃうんです。…今度の彼氏、ちょっと頼りないけど大好きで。またフられるの怖くて。だから、先に聞いたら、子供は嫌いだ、怖いって言われて…」
「あなたの生活に、この子供は邪魔と思っている、と言う事だな。とりあえずその現状は理解した。しかし私にはこの国のルールが分からない。こんな小さな子供が行方不明になっても、親は罪に問われないのか」
黒い外套から、淡々と感情のない言葉が出てくる。
「…やはり、外国の方ですか?…殺したら当然殺人罪です。だから行方不明だったら…って思ったんですけど…いずれバレますよね、こんなの。どうかしてました…」
話しながら冷静になったのか、女は静かに目を伏せた。
「フーン…では、攫われた、ならどうだ?」
「え…?」
俯いていた女が、ばっと顔を上げた。
「街中には監視カメラなどもあるのだろう?白昼堂々、誰が見てもあなたが被害者に見える状態で、私が攫う。安心しろ、私はもちろん捕まらない。見つかってあなたの手元に返されるような失敗はしない…これは取引だ。乗るか?」
「な、な、内臓とかですか?そういうの目当てですか?」
恐怖の目で、女は黒い外套の見えない目のあたりを見上げた。
「殺そうとしておいて今更何を言っているのだ?」
「…その通りです。ホント、何を言ってるんでしょうね、私」
初めて女は、少し笑った。
「念のために聞いておく、子供の名前は?」
「…はるか…女の子です。7か月になります」
翌日、とある駅前の大通りで、打ち合わせ通りに赤子が攫われた。
ベビーカーに乗っている子供がぐずって泣き、あやそうと母親がベルトを外して抱きかかえようとした瞬間、黒い影のような人物がぶつかってきて、赤子を掴んで逃げた。
「はるか、はるかー!!」
めいいっぱい女は叫んだ。これも、打ち合わせ通りだ。
誰かが、子供が攫われた、とか、そいつを捕まえろ、などと叫んでいた。
予定通りだったのだ。
子供が攫われた、悲劇の母親を演じる。
昨夜、「攫われた後は、涙の一つでも流せたら完璧だよ」と皮肉交じりに言われていた。
女の目からは静かに一すじの涙が流れていた。
全て、作戦通りだった。
「…ホントはね、中等教育の卒業後、すぐに話そうかとも思ってた」
話し終えた後、母は私と目を合わせなかった。
話したことを少し後悔しているようにも見えた。
「お母さん、話だいぶ端折ったでしょ。父親クズだけど、母親本人にもかなり問題ありって感じじゃない?」
これだけだと、生みの母がだめんずホイホイというにはまだ弱い。
「それと。…諜報部員って…お母さん?」
何だかそんな気がしてしまって、私はじっと母の目を見た。
びっくりした顔で、サロメはまっすぐ私を見つめている。
「…何を言い出した?」
「んー…なんか聞いてて、そんな気がしただけ。違ってたらゴメン」
「ふふ。…勘のいい子は嫌いじゃないよ?」
あっさり認めた。でも母は笑顔だった。
「なんだよー、正解じゃんか~!もう、なんか話の途中で絶対そうだって思ったもん」
私はソファに倒れこんだ。
「一応ね、内臓取るような話になったら守るって約束しちゃったんだよ」
すっかり冷めたホットミルクを口にしながら、サロメは笑った。
「…私は…子供が埋めない体になってたから。怒りもあったけど…ちょっと子供の方に同情してしまったってのもある」
「今度お母さんの話も聞かせてよ。嫌じゃなかったらだけど。…まずは実の母の、端折った部分。聞かせてもらいましょうか」
ハルカの実の父は、一応社会人だったらしい。口だけはきれいごとを並べるタイプ。ちょっと借金があるとかで、学生で仕送りとバイトで生活していた実の母のアパートに寄生していた。出産から戻ると、部屋の中の金目のものが無くなっていた。
産後2か月、体は戻りきっていなかったが、親にバレたくなかったのもあり、大学に復学。大学に託児所があったので、真面目に学校に通った。
バイトにも復帰したが、そこで1つ下の同じ大学の子と出会う。一部の成績が悲惨で可哀そうになり、教えているうちに付き合い始める。子供を見て逃げられる。
やはり同じ大学で、顔が好みだけど2回ダブってる先輩がバイト先に現れる。こちらも成績不振で、なかなか卒業しないので親から仕送りを打ち切られたらしい。家賃も浮くし、一緒に住む?と言いたかったが、子供が怖いと言われて捨てに行く。
↑ その時ココ
「だめじゃんー!!!!」
私は思わず叫んだ。
もう、色々と嫌だ。こんなの同じ轍踏むとか思われたくない。
「…ね、自分も大変なのに、変な男にすぐ同情するし。変なとこ責任感強くて人に頼るのは下手くそで。聞いてて正直殴りたくなったんだけどね」
そして問題の彼氏たち。
ごめん、レビのがましだったわ。
周りに楽しく稼がせて、一応迷惑かけずに趣味に没頭してるのまだ全然ましじゃん?
…って、何、何なの?あいつ貴族かよ!
今の星団全体を見ても、貧富の差こそあれ、身分制度なんてものはない。
けど、レビの趣味に没頭する優雅な生活は、まるでユーコが持ってきてくれた地球の本の中にあった、貴族のようじゃないか。
色々考えて、色々百面相してたらしい。
そんな私を見ながら、母は、にやにやと笑っていた。
「うーん、最初は冗談のつもりだったけど、意外とありだと思うよ?お金はあるんだし、立場だけは立派よ?ハルカがお尻叩けばいいじゃない、ちゃんとしなさいって」
良くない。
ああいう言葉は、一種の呪いだ。
さっきまでは、本当に、ただただ腹が立っていただけのはずなのに。
「レビが働かないなら、家を任せて、あなたが働けばいいのよ。お師匠のイーデンさんも、アステリア様のおうちもそれで安泰、万々歳じゃない。あなたは好きな仕事をして、そこには口を一切挟ませない。そのかわり、家はレビにしっかり守ってもらう。…考え方変えてみると、いいことずくめじゃない」
好きな仕事を続けられる。それは魅力的だ。
もし子供が生まれても、家業だから好きな時に戻れる。
何だかいっぺんに色々考えすぎて、頭の中がふわふわした。
もう、好きとかそうのはどうでもいいじゃん。
私的には、間違いなく好物件。
それから、レビを「物件」として観察するようになっていた。
その日、ほぼ同時刻、グラーティアのお屋敷の中で。
レビの祖母のシモーネが、レビが私に怒鳴られたことを耳にしていた。直後、
「ハルカをぜひ嫁に!」
などとと言いだしたらしい。
寿命が長く、比較的のんびりな気質の人が多いエルフたちだが、シモーネは比較的…いや、かなり気が短い方だ。普段のレビの生活に思うところがあったようだ。
何より、シモーネはやり手だ。思った事を形にするために、ありとあらゆる手を尽くす。
イーデンも怖い娘に乗せられ、「ドラゴンも扱えるハルカなら、レビも扱えるはず!任せても大丈夫!」なんて言い始める。
周りから、少しずつ固められていく。
気づくと、
「私とレビが結婚するのが、一番良いかもしれない」
になっていた。
本当に、ああいうのは良くない。




