居酒屋トーク
朝更新なのに居酒屋話ですみません…
駅からほど近い飲み屋街の、半個室のある居酒屋に大牙たち3人は入った。
混雑するはずの週末だが、退勤後すぐに飲みに来る客の第一波が帰った後の時間だったので、すんなりと席に通して貰えた。
「竜馬、あんま飲んでなかったよな。まあ飲め」
注文用のタブレットをスタンドから引き抜き、大牙はドリンクメニューを開いた。
「あそこで酔ったら俺どんな醜態晒すか分かんなかったもん。飲めるわけねーじゃん」
「まあ…そっか。今日はどこまで帰るの?実家泊まり?」
「…うん」
「なら遠慮なく飲めるな。二人とも生中でいい?」
「うん」
タブレットで生ビール3つと、枝豆と冷奴など酒のアテを適当に注文し、大牙は幼馴染二人が並ぶ向かいの席を見た。
「大牙が大阪に行く直前に、俺ちゃんと言ったよな?晴香さんと結婚前提で付き合い始めたって。あれ2年前だよ?なんで今更ダメージ受けてんの」
「…どっかで、まだ信じてなかったんだよぉ。そんなわけあるはずないって!ワンチャン航の妄想かもって!」
「なんでだよ」
航としては、とうの昔に勝利宣言をしていたのだ。とっくに勝負など終わっていたのに、何を今更と言う話なのだ。
「お前が腕骨折なんかしたから、距離縮まったんだろ?卑怯じゃんそんなの」
意味不明の言いがかりで竜馬は航を責めたが、彼はそれを涼しい顔で受け流した。
「卑怯ってなんだよ。そりゃ、彼女はそういうケガしたスポーツ選手のために勉強してたんだから。俺だって折りたくて折ったわけじゃないんだし。竜馬はそもそも柔道やめて、こっちの世界と違うところ行っちゃったじゃんか…それと」
一呼吸置くと、何かを思い出すように航はすっと目を伏せた。
「ダメかもって思ってても、気持ちを口にしたか、しなかったか。諦めずに相手にきちんと伝えた分、俺はお前より頑張った」
「ちくしょお…」
悔しそうに俯く竜馬を見ながら、航の「相手にきちんと伝える」という言葉が殊の外自分にも刺さっていることを悟られないよう、大牙はそっとタブレットのメニューに視線を落とした。
生ビールと、枝豆などがテーブルに届いた。
「航、改めておめでとう。晴香姉のことよろしく頼みます」
「おう。任しとけ」
大牙は乾杯をしながら航に祝福の言葉を伝えたが、竜馬はまだそれを言えるメンタル状態ではなかったらしく、不服そうな顔で黙ってジョッキを持ち上げただけだった。
「唐揚げ、茄子の煮びたし、ほっけの一夜干し、鶏のみぞれおろし…あと何か頼む?」
「唐揚げはいらねー、晴香さんのが一番うまい」
不貞腐れ顔で肘をついて、竜馬が吐き捨てるようにのたまった。
基本的に姉の晴香を好きな連中は、出会って最初に胃袋を掴まれている。母のようでもあり姉のようでもあり友人のようでもあるの存在なので、慕い方も人それぞれだ。
竜馬の場合小学校に上がる前から道場に通い始め、早いうちから下宿生と共に一緒に食事を摂るようになって、それから数年経った頃に晴香がキッチンに立ち始めたので、彼女の料理の腕の成長過程を一番近くで見ていた人間の一人と言える。そういう意味では、彼は大牙と非常に近いポジションにいるのだ。
思い返せば、それまでは下宿生の手伝いはあったものの、祖母一人が全員分の料理を準備していたのだ。それはそれで凄い事だと今更ながら大牙は思う。
「それより…この状況で大牙はなぜまだ食う。育ちざかりか」
遅れてきてあまり食べる暇がなかった航が、最初からいたはずの大牙の入力した注文リストの画面を見て苦笑した。
「俺も色々居心地悪くて、食ってるどころじゃなかったんだよ。ピンで会うやつはみんな美雨ちゃんどうするのかって聞いてくるし、ゴリさんはずっと生暖かーい目でこっち見てるし、後半は目の前で竜馬がずっとお面みたいな作り笑い貼り付けてるし」
「うん…それはごめん」
一言謝ると、竜馬はぐいっとジョッキをあおった。
「…で?じゃあ俺からも聞いてやろうか?お前は美雨ちゃんどうするんだ?」
航が、にやにやと余裕たっぷりで質問を被せてきた。
「だから…!」
大牙は壁にもたれ掛かり、航を軽く睨み返した。
「俺は…俺としては、随分前にプロポーズ的な事を言った…つもりだったけど、ひょっとして伝わってないって可能性と…ちゃんと言い直した方がいいって事に…つい先程気付きまして…」
「…はあ」
「…ほぉ?的な、じゃあそのものは言ってないって事だよな?」
呆れ顔の竜馬と、難しい顔をした航が大牙の顔をじっと見つめた。
「そういうのちゃんと言っとかないと、後から何かあるたびに『私ちゃんと言われてないし』みたいにぐちぐち文句言われるぞー?って、会社の先輩が言ってた」
どうやら姉にはきちんとプロポーズしたらしい航は、胸を張ってアドバイスをくれた。
「それと。今回なんでか彼女、あちこちに打ち身あるんだよ。その原因聞いたら、言えない、私がドジだったとしか言わねーの。それと、時々すんごい寂しそうな顔してぼーっとしてんの。ねえこれなんだと思う?」
大牙は思わず身を乗り出して二人に相談したが、不安な気持ちが声にも乗ってしまった。
「向こうでDV男と付き合ってる。ファイナルアンサー。あ、生おかわり」
にやにやしながら竜馬が嬉しそうに嫌がらせのような言葉を口にした。
「わあー!!聞きたくない聞きたくない!!」
叫びつつも、大牙はタブレットを連打し生ビールを3つ追加する。
「具体的にどこ?打ち身って」
心配そうな顔で航が質問してきた。
「だいぶ薄くなってたけど右腕外側にこう、まっすぐと、膝。あと脛にも何か所か。あとは今晩確認する」
「なんで。もう何日か一緒だったろ」
「真っ暗にしないと最近眠れなくなったって言って、やたら照明暗くしたがるんだよ。だから気付くのが遅れた」
「うーん」
航は自分の腕の外側を撫で、その後伸ばしたり曲げたりしながら状況を考えているようだった。
「かあー!!皆さんイチャイチャしながら寝る相手がいていいですねぇ!何聞いても惚気にしか聞こえんわ、クソが!大牙も振られちまえ」
「…随分荒れてらっしゃる」
航は新たに届いたビールを口にしながら、ただ毒を吐く竜馬を困った子を見る目で見ていた。
「お前こそグラビアだのモデルだの噂耐えねーじゃん。それこそ今更何言ってんだよ」
茄子の煮びたしに箸を伸ばしながら、大牙は目の前の幼馴染の顔色を伺う。
「そりゃ…据え膳は食うだろ。まあ付き合う事もあるけど、一時的だよ。別にあの子たちと結婚する気はねーし」
「うわ、サイテーだこいつ」
航は完全にあきれ顔で、隣の竜馬を避けるように体を離した。
「そういや、大牙は何で美雨ちゃんなの。俺からしたらかなり唐突というか…イメージでお似合いかな、とは思ってたけど、そうなるきっかけが良く分からなかった。入院中の美雨ちゃんに、付き合おうって大牙から言ったんだよな?」
「まあ、ビジュは間違いなくいいけど、だーいぶ変な子じゃん、美雨ちゃんって」
「竜馬、お前は一旦黙れ」
話の腰を折る竜馬を、航はとりあえず黙らせた。
「うーん…何だろう。最初は…ああ、俺高校から柔道は部活にも入らなかったじゃん?でも習慣でずっと家ではやってて、助っ人くらいは行ったけど定期的な試合も出なくなって…それでもあの頃は過去一調子よくて…力の持って行き場?使いどころが欲しかったんだろうな。そんな時に、ストーカーに狙われてるって聞いたときに、あ、これかなって。俺の使い道ここじゃねって。まあそうじゃなくてもさ?俺の周りの人間が知らないところで傷つくのは美雨ちゃんじゃなくてもイヤだったけどさ?」
「なんだよそれ、有り余った力のはけ口求めてたのかよ。別に好きでもなかったのか?」
少し目元がとろんとしてきた竜馬が責めるような口調で問う。
大牙が持ち上げた唐揚げに隣の唐揚げがくっついていたのを、航が箸で取って貰ってくれた。
「まあ、大牙は手の届く範囲の人間傷つくのやたら嫌うよな」
「多分、友達としてはもちろん大事な仲間だったけど、最初は好きとかそう言う恋愛感情じゃなかったと思う。ただ守る対象が出来て、なんか自分の価値が見いだせたというか…」
「あれだ。自分の存在意義的なやつ。そういう欲求満たすためだった?自己満かよ、嫌な男だな」
皮肉気に口元を歪めながら、竜馬が悪態をついた。
「…言い方悪いな。…可愛いな、とは思ってたけど、でも多分最初はそんなのだった…かもしれない。守らなきゃって思ったらどんどん愛着みたいなのは湧いて来てたけど…」
「じゃあ、実際好きになったのっていつだ?何きっかけ?」
まだまだ酔うには程遠い雰囲気の航が、興味津々で身を乗り出した。
「あー、それは明確に覚えてる。航も見てたよな。ストーカーがマンションの植え込みから出てきて…美雨ちゃんが俺をマンションに引っ張ってったやつ。この子、俺を守ろうとしたって思って、めちゃくちゃキュンとした」
「ああー。あの見事な路上一本背負いの時か」
「こんなデケー男逆に守ろうとしたんだぞ?めちゃくちゃすげーと思うじゃん」
「それは確かに」
その直後、美雨からアメリカに行くと言われたのだ。あの時の感情の振れ幅のひどさは、今思い出しても心の奥がぎゅうっと苦しくなる。
「別れちまえ。…生…いや、焼酎にする」
「荒れ方が雑だなー。もう自分で注文しろよ」
思うさま酔っぱらっている竜馬が何を言っても、大牙はもう気にならなくなっていた。焼酎のページを開くと、タブレットを竜馬に押し付けた。
「じゃあ、逆に美雨ちゃんは大牙のどこが良かったんだろうな」
「顔。それだけ。それ以外こいつにはなんもない。あと身長…は無駄にデカすぎるか。あと筋肉くらい」
「もう竜馬まじで黙れ」
毒しか吐かない駄々っ子状態の竜馬を、一瞥もせずに航は窘めた。
「え…俺の…どこだろ…」
そう言われると、自分の人間的に誇れる部分が何も思いつかない。そして美雨が自分のどこが好きなのかも、見当がつかなくて不安ばかりが大きくなっていった。
「あれだよ、あの頃美雨ちゃんおばあさん亡くなって?ストーカーに狙われて?寂しくて不安って時に大牙がするっと心の隙間に入り込んだんだよ。つまりタイミングだけ。大牙じゃなくても誰でも良かったんじゃねーの?」
箸の先をぐるぐると動かしながら紡ぐ酔っぱらいの言葉が、殊の外的を得ているように思えて、ぐさぐさと大牙の心を抉った。美雨に確かめたくてどうしようもない気持ちになり、大牙はジョッキを卓上に置いた。
「帰る…」
「待て大牙、ホッケ来たぞ?ほら食べてから帰ろうか!いや違う、美雨ちゃんに連絡して、帰り時間合わせて帰ろう、な?…あ、打ち身?って…ちょっと待て」
大牙を押しとどめた後、航はスマホを取り出して何か検索を始めた。
「これ、可能性はない?」
そこには、白血病の初期症状、あざ、と書かれていた。心の奥がざわりとして、不快な気持ちが全身を支配する。
「え?い、いや…ちょっと待って…やっぱ帰る」
「落ち着け、まず症状良く読んでみろって!ほかに当てはまってないか確認してみろ!」
慌てて腰を浮かせた大牙にスマホを押し付け、航は落ち着くように言い聞かせた。
「絶対俺の方が稼いでるし、顔だって圧倒的に…圧倒的に俺の方がいいのに…」
目の前では竜馬が机に突っ伏して、ぐずぐずと負け惜しみを並べていたが、今の大牙の耳には入らない。
感染症にかかりやすい、疲れやすい、動悸、息切れ、めまい、などの情報を見て、大牙はほっと胸をなで下ろした。
「…違う。美雨ちゃん風邪もひかないって言ってた。健康には自信があるって。さっきも元気に歩いてたし」
「じゃ、違うか。…良かった、ビビらせてゴメン」
ふと顔を上げると、目の前で竜馬がすーすーと寝息を立てていた。
「本気でめんどくさいな、こいつ」
航は顔をしかめ、握ったままの箸を竜馬の手から引き抜いた。
「しゃーない、俺が背負っていくわ」
軽く肩を回すと、大牙は諦めたように腕のストレッチを始めた。
次回は女子たちのトーク。




