ゴールデンウイークの実家にて その1
少し時間はさかのぼって金曜の昼前ごろ。
「大牙くん、ツキガミってゲーム知ってる?」
メイクをしながら部屋を飛び出してきた美雨が、突然そんな話題を振ってきた。
ラーメンが食べたいという彼女のリクエストに応えて、大牙はスマホでいくつか店をピックアップしていたところだった。
「竜馬が作ったやつだろ?初期にダウンロード数上げたいからって言われて始めて、人が足りないからって何度かイベント一緒に出たけど…次明日だっけ?今回からはいいって急に言われたんだよな」
もう毎月の事だったので、きっとまた竜馬に「チーム入ってよぉ~」と泣きつかれることを想定して大牙はノートPCを持ってきていたのだ。
正直美雨の前で一人でゲームをするのはイヤだったので、向こうから断ってくれて助かったと思っていたところだった。
「やってるんだ!やっとイベントの時間合うから、明日カナからみんなで一緒にやろうってメッセージ来て!」
美雨が満面の笑顔で、ぱちんっ、とアイシャドウのケースを閉じた。
「いっつも夜8時のイベントだと、私の方は朝8時でしょー?しかも平日ばっか、仕事前だし絶対無理だったから!私たち4人と大牙くんで丁度5人っ!」
「へえ、そういやカナちゃんって今何してるの」
大牙はつい最近佳苗の姉の早苗に出会ったが、本人の近況は聞けずじまいだったことが少し気になっていた。
途端、美雨が不思議そうな顔でこてんと首を傾けた。
「イラストレーター?絵師さんだよ。ツキガミのキャラ、全部カナが描いてる」
「…え?…マジか!?」
―――そんな話、あいつから一言も聞いてねぇ!
ツキガミについて竜馬との会話の記憶をほじくり返してみたが、一切そんな情報はなかった。
化粧品を部屋に戻して、スマホを手に美雨がリビングに戻ってきた。
「竜馬くんってそういうトコあるよね。…ひょっとして、ゲーム音楽も風牙さんたちが作ってるってのもご存知ないとか…?」
「ご存知ないですね…」
もうわざと言わなかったとしか思えず、大牙は顔を窓の方へ背けると曇り空に竜馬の顔を思い浮かべて思い切り睨んだ。
「うん、やっぱ竜馬くんってそういうトコあるよね」
美雨が困ったような顔で笑った。
「カナちゃんがそんな仕事してるのも知らなかったし、竜馬がそういう身近な人たち利用してるのも知らなかった」
「利用て」
美雨がの困り笑いがさらに深まった。
「じゃあ搾取?」
「違うよぉ、ちゃんと報酬貰ってるって言ってたよ。知り合い割引適用とかじゃなくて、ちょっと盛り気味ぐらいに貰えてるって」
「…竜馬の話はもうやめよ。推し神とか、カナちゃんから何か指示あった?今のうちに変えとかないとチーム組めなくなる」
「え?時間制限あるんだ。うわあ、なんかちょっとわくわくしてきたぁ!」
楽しそうな笑顔になった美雨が、大牙の隣へちょこんと座って佳苗からのメッセージを読み始めた。
「ん-っと、他言無用、イシュ・チェルでお願いって書いてある」
「イシュ・チェルね。…そうだ、美雨ちゃんパソコンは?」
ノートパソコンを開きながらソファとローテーブルの間の床に座り込み、大牙はさっさとツキガミを起動した。
「さすがに持って帰ってきてないよ。でも、あら不思議。私の部屋に新品のパソコンがなぜか一台置いてあったんだよね」
「郷子さんすげーな。新品…設定は?」
郷子は姪の美雨可愛さに先回りして色々買い過ぎる人だが、それが無駄にならないのが凄いところでもある。
「まだ箱から出してもいないよぉ。じゃ、今からさくっと設定してくるね」
美雨はいそいそと立ち上がり、自分の部屋へ向かった。その後ろを子犬のようにロボ太がついていく。
友達リストには記号のような出鱈目な文字羅列の竜馬と、竜馬曰く「裏方の人間」という彼の会社関連の誰だか知らない人たち3人が入っているだけだ。
ここに美雨の名前が入ると思うと、付き合いでやっていただけのゲームが急に色鮮やかに見えてくるから不思議だ。
「更新始まったから時間掛かりそう」
自分の部屋から戻ってきた美雨は、すぐに外出できるよう着替えも済ませていた。
「そっか。じゃ、友達申請出すから、ID教えて。カナちゃんと、五月と里菜子のも」
「うん!…あれ?」
大牙のパソコンを覗き込み、美雨がすっと画面を指さした。
「これ、カナじゃん」
「…は?え?これ?『ほぼカナブン』?カナ…ブン…ああー!!」
大牙は叫びながら机に突っ伏した。
竜馬から誘わて一緒にやっていたメンバーの一人が佳苗だった。
「え、ちょっと待って。竜馬は全然違う名前で呼んでた気がする。なんとか先生って…え?ほか…この二人は?」
「ううん、これは知らない人。じゃ、このフード被ってるアイコンが竜馬くん?意味不明文字列の」
「そう…竜馬。あとで一回投げとくかぁ…」
「車借りるのにそんな事しちゃダメだって!」
「車は借りる。ガソリンも満タンで返す。でも投げる」
「あははは」
美雨は楽しそうに笑って、その後ふっと寂しげな目をした。
「美雨ちゃん?」
「あ…っごめん、私はね、んーと…」
美雨はスマホに打ち込んで、メッセージとして送ってきた。そこには「blessed-rain_dec」と書かれていた。
「blessed_rain…恵みの雨?」
「うん、でも私の場合は実りの雨。そっちでも『みう』になるでしょ?」
「確かに…でも」
美しい雨でも実りの雨でも、目の前で微笑む女性には似合っている気がして、大牙はそのまま黙ってしまった。
「なんだよー、何で黙っちゃったの」
「ううん、どっちでも似合うなって思って。でも、やっぱり今の美雨ちゃんがいい」
「え…ええっ?」
美雨は照れたような笑顔で、俯きながら髪を耳に掛けた。
「…!」
思わず大牙は、その美雨の右腕をつかんだ。自分でもびっくりするぐらい反射的に掴みに行ってしまった。
するりと落ちたブラウスの袖から見えた美雨の腕に、消えかけだが手首から肘に向かってまっすぐ伸びた大きな痣があったのだ。
「美雨ちゃん、これどうしたの」
「あっ…」
美雨は一瞬黙って目を泳がせたのち、ぎこちない作り笑顔になった。
「え?あれ?なんだろ、これ」
美雨のヘタクソな演技に、大牙は眉間に力が入ってしまう。
柔道だったら受け身を取った時に畳に当たる位置だ。だが、畳ではこんなひどい打ち身にはならない。
何かあった?職場、それとも…。
色々な想像が頭を駆け巡るのをぐっと抑え、まっすぐに美雨の目を見ると、ふいっと逸らされてしまった。
「ちょっと転んじゃって…」
―――はい、ウソ確定―!!
そう思ったが、必死に隠そうとしているのを暴くのもどうなのか、という思いと、何か日常的に危険にさらされているのではないかという不安とで頭がぐるぐるしてきた。
「ちょっと待って、吐きそう」
ソファに座り込むと、美雨が心配そうにすぐ隣に座ってきた。
「ごめん、ごめんね、違う、心配させてゴメン。大丈夫なんだよ。ホントにこれは何でもなくて」
「…」
大牙は、美雨のくるぶし近くまである長いスカートを黙って膝上まで捲り上げた。
「あーれー、殿っお戯れをっ」
美雨があわてて腿の上でスカートを押さえた。
「…じゃなくて。気になってたんだけど」
美雨の膝や脛には、比較的新しいと思われる打ち身があった。
「…これは?」
「…転んじゃって…」
気付いてたのか、と言わんばかりに美雨が気まずそうに顔を伏せた。
「寝るときやたら部屋真っ暗にしたがるのこれか?まだあるんじゃない?今ここで脱がして確認するよ?」
大牙は美雨を抱きしめながら、そのままソファに倒れ込んだ。
「え?わあん、せっかく着替えたのにー!ロボ太、助けてー!」
『タイガがミウを襲っているのか!?』
美雨の部屋にいたロボ太が勢いよく飛び出してきた。
「美雨がケガしてるかもしれない、確認が必要」
『了解した』
大牙の言葉でロボ太はくるりと向きを変え、美雨の部屋に戻って行った。
「はあああー!ロボ太の裏切り者ー!!お代官様ご無体な!」
「うん、今度は状況としては合ってる」
どこか関西人気質が残る美雨の言葉に誤魔化されそうになるが、それで見逃していい怪我とは思えない。
「…言えない事?言いたくない事?」
美雨に覆いかぶさったまま、大牙は必死に感情を抑えて声を出した。なるべくこのもどかしさを悟られないように、得も言われぬ悔しさを悟られないように。
自分より好きな男が出来たら迷わず行けと言っておきながら、いざそんな話が出たらどうしようと考えると眩暈がした。それがもし、美雨のこのケガに繋がっているなら、許せるはずもない。
「…言えない事…ではない。でも、もうちょっと、今はもうちょっと待って。ちゃんと…近いうちに説明するから」
「誰かに襲われたとかじゃないんだね?」
「それはない。本当に、私がドジだったんだよ。これは本当だから」
「…分かった」
大牙は起き上がりつつ、美雨の体を優しく抱き起した。
時々見せる美雨の暗い表情の意味も、何も分からない。でも本人が言いたくないことを問い詰めた先に何があるだろう。問い詰めて嫌われる、聞きたくもなかった何かを言わせてしまう、他に何があるだろう?とにかく、良いことなどない事だけは分かる。
問い詰めることも、色々な勝手な推測で押しつぶされるのも余裕のある大人のやることじゃない、と大牙は自分に言い聞かせて、今は全てを飲み込んだ。
軽いモーター音がして、ひょっこりとロボ太が美雨の部屋から出て来た。
『ミウ、更新が終わった』
「あ、はぁい!今行くね」
「ロボ太に監視させてたのか。…じゃ、それ終わったら出かけるか」
「うん!ラーメン楽しみー!」
いつものように見える美雨に、嫌な予想を押さえつけて大牙も普通を装った。
その日の夕方、もう少しで出かけようかという時間にインターホンが鳴った。1階のコンシェルジュカウンターからだ。画面には、またまたバイト中らしい田中家の次男坊、虎次郎が笑顔で映っていた。
「はあい。あ、田中の…えっと、次男さんだ!」
『虎次郎ですよ、美雨さん。竜馬さんが今車で来られたので、地下駐車場にご案内しました。すぐにこちらに上がって来られると思いますよ』
前もって車を借りることを伝えておいたので、竜馬は鈴川家専用の駐車スペースに案内されたようだ。
「虎次郎ありがとな、今から下りるわ」
美雨の肩越しに大牙がインターホンに向かって返す。
ロボ太に留守番を頼むと、二人はカーテンを閉め、手土産を持って部屋を出た。
ロビーに降りると、大牙の引っ越しの時以来2度目の訪問の竜馬が、カウンター越しに虎次郎と話していた。
「いやもう、竜馬さんと同じ道場行ってるって言ったら、それだけで女の子まあまあ話しかけて来るんすよ。まじで竜馬さんには感謝っすわ」
すっかり仕事を忘れ、大学生モードに戻っていたバイト学生は、美雨の顔を見るときりっとした表情に切り替えた。
「美雨さま、大牙さま、お出かけですね」
「もうフツーでいいよ…」
そのギャップに呆れつつ、大牙はため息をついた。
「いえ、父に怒られますので」
きりっとした顔で大牙を見上げた後、美雨の顔を見た虎次郎は急にどぎまぎした様子で目を逸らした。
「竜馬くん、久しぶり」
「美雨ちゃん久しぶり!…ん?」
竜馬は美雨に声を掛けた後、彼女の表情を見て大牙を軽く睨んだ。
「大牙ぁ?出かける前だってのにナニやってたんだよ」
美雨の目がやや潤んでいて、妙に色っぽい。そしてぐったりと大牙にもたれ掛かっていて、疲れているようにも見える。
「何って…ツキガミだよ。明日イベントだろ?今回お前に捨てられたから美雨ちゃんとカナちゃんと?やろうと思って」
大牙はしれっと佳苗の名前を出してみたが、竜馬はそこには気づかず美雨の表情だけを見ている。
「え、意味わからん。じゃあ美雨ちゃんのそれどういう感情?」
「大蝦蟇連れてる人いたんだよっ!」
美雨はよりぎゅっと大牙の腕にしがみつき、口をとがらせてやや涙目になって竜馬をじとっと睨んだ。
「アウチ…」
竜馬は眉間に指を当て、小さく嘆いた。彼はようやく美雨がどんな子だったかを思い出したようで、自分の勘違いにがっかりしていた。
「そうか、そうだったよな、美雨ちゃんってそうだった」
「もー、コインつぎ込んで高いたまご買ったけど、出ないんだよ~!孵るのにも時間掛かるからコイン投入したんだけど…何にしてもカエル系の魔獣少なすぎるって!」
美雨からの抗議を受け、竜馬は困ったような顔で目を閉じた。
「美雨ちゃんテイマーかぁ。まあ、昔話とか神話とかに出てくるカエルって、幻獣とか魔獣じゃなくて、ほんとそのまんまのカエルで出てくるのが多いんだもんなあ。実装難しいよ」
制作者としてここ1年くらいずっと月の神とモンスターばかり調べていた竜馬は、遠い目をしながら記憶の中にあるモンスターのデータベースを検索しているようだった。
「まあ、わざわざモンスターにしなくてもカエルってもともとキモイっすからね」
へらっと口をはさんだ虎次郎を、美雨が心底驚いた顔で見た。そして、さっきまでしっかり掴んでいた大牙の腕から彼女の腕がすっと離れた。
「なん…だって?」
「えっ…だって、キモイっすよね?」
大牙は目を閉じて空を仰ぎ、竜馬は拳で額を押さえている。
虎次郎は同意を求めて二人の顔を見た瞬間、自分が余計な事を言ってしまった事に気付いた。
「えっ?あっ…え…ええと…」
「えっと、美雨ちゃんそろそろ行こうか?」
はっと顔を上げ、竜馬が移動を促した。
「それがいいそうしよう。じゃ、虎次郎バイトしっかりな!」
ちゃっと手を挙げ、反対の手で美雨の肩を掴むと、大牙もさっと歩き始めた。
「え?待って、その子に私の可愛いカエルちゃんコレクションを…」
「いいから、約束の時間になるから。また今度ね!」
未練がましく虎次郎の方を振り返る美雨を宥めながら、大牙が自動扉へ向かう。
「ええー!私のカエルちゃんコレクションが火を噴くところだったのに~!」
「はいはい」
慌ただしく自動扉が開き、そして閉じた。
「美雨さんって…あんな人だったんだ…え?カエルマニア?」
無人になったロビーで、虎次郎は一人呆然と呟いていた。
大牙たち3人が外に出ると、植え込みの角に里菜子が座っていた。
「あれ?里菜子?」
「ふふふん、私も今日は晴香さんに呼ばれてるんだよ~!」
不思議そうに幼馴染の顔を覗き込む美雨の腕を取ると、里菜子は強引に大牙の腕から彼女を奪い取った。
「え?でもまだ仕事時間終わったばっかりじゃん?なんで?間に合わないよね」
里菜子はお客さんの予約があれば仕事は終われない。時間の都合のつきやすい竜馬とはわけが違う。
「そんなの調整して来たわい。さあ、れっつらごー!」
ゴールデンウィークに入ると、かつて東雲家では必ず一度はこのような集まりを開いていた。こどもの日絡みで下宿生たちすべての為と、5月末の大牙の誕生日を一緒にお祝いするためだった。
しばらく家を離れていた大牙はすっかりそのイベントを忘れていたのだが、家が近づくにつれその趣旨を思い出して急に行きたくない思いが湧いて来た。
―――まさかここに来て、今更俺の誕生日とか言わないよな?
7年くらい不在だったのだ、きっと忘れていると信じて実家への道を歩いた。
「とりあえず、あとで竜馬は投げる」
「なんでだよ!」
妙に浮かれていた竜馬は、大牙の一言に抗議しつつも口元は笑っていた。
正月に挨拶に来て以来の実家は、久しぶりに見る懐かしい顔ぶれも集まっていて、かなり人が多かった。年末年始は下宿の学生のほとんどが帰省中で、随分と静かだったのだが。
「あっ!川田ちゃんだぁ!」
里菜子が懐かしい顔を見つけ、駆け出した。
「川田ちゃん!ママになったって?おめでとー!」
美雨も里菜子の後を追い、嬉しそうな声を上げる。
「二人とも久しぶり。ありがとーって…いつの話だよ、もう下の子も年長だわ」
かつての部活の副顧問は、教師同士で職場結婚したそうで、既に2児の母だった。
「大牙も久しぶり!竜馬ぁ。チャラいなお前、お噂はかねがね。とりあえず後でサインください」
「みのりさんが相変わらずで安心したぁ」
落としておいて上げるみのりの物言いに、竜馬は思わず子供のような笑顔になっていた。その直後、彼の足めがけて子供が数人体当たりしてきた。
「うおっ!?」
「ゲームの実況やってる人だ」
「え?アイドルなの?サイン貰っとく?」
「サインってメルカリで売れる?高額転売?」
「ええー…」
子供たちの中には、一番上の兄・雷牙の息子二人もいた。
口々に好き勝手なことを言う子供たちに囲まれ、竜馬は助けを求めるようにみのりの方を見た。
美雨と里菜子はそのまま晴香のところへ移動し、近況報告などして笑いあっていた。
竜馬が困ってる姿を、大牙はにやにやして少し離れた場所から眺めていた。
「あの子、うちの長女ね。柔道やってるよ」
みのりは竜馬の目の訴えを無視し、楽しそうな笑顔で大牙の立っていた壁際へやってきた。見ると確かに子供集団の中にみのりに似た目元の女の子がいた。
「大牙は、鈴川さんとそろそろどうなの。っつーか、雰囲気はもう夫婦だけどね、あんたたち」
「そう…っすね。俺も就職して2年経ったし、収入もまあまあ…まだまだだけど、何とか二人生活できるくらいにはなったけど…」
ここへきて、今までの絶対の安心感が足元から崩れそうな感覚に眩暈がした。
「なんだよ、その不安そうな顔は。日本に帰ってきたら、彼女まっすぐ大牙のところに帰ってきてるんでしょ?」
「…俺のところじゃないです。彼女は、自分の家に帰ってるだけ」
びちん、とみのりの指が大牙の額をはじいた。
「いったぁ…」
「人間なら言葉を使えよ。ちゃんと二人で話してる?」
「使ってますよ、話してます!でも、質問しても答えてくれない場合はどーすりゃ良いんすか」
「違うな、質問することもまあ大事だけど、自分の気持ち?どういうつもりなのか伝えたのかって話。質問はそれからでしょ」
「う…」
10年前に言いました、なんてとても恥ずかしくて言えない。
10年前の約束は、大牙にとっては生きていく上での指針の一つだった。だが、それは自分だけなのかもしれないと不安になってきた。
「なんか、男って言わなくても分かるだろ、みたいな奴多いけど何なの?大牙はそうじゃないって私は勝手に思ってるけど…そろそろ微妙な年齢だよー?何か記念日とか待ってるんだったら、そういうの無視して早めに伝えた方がいいと思うけどな」
子供の頃の口約束など、本気にされていなくても仕方がない。約束が有効だと思っているのは自分だけで、美雨は半信半疑のままでいるのではないかと思い当たった瞬間、昔誰かに不意打ちで投げられた後のように視界が揺れた。
―――あれ?ひょっとして、俺の言葉が足りていない?美雨ちゃんの誕生日を待って言うんじゃ遅いのか!?今のこの状態って、向こうからしたら宙ぶらりんなの?
「大牙ぁ?運ぶの手伝って。それと、みんなに挨拶くらいしなさいよ」
晴香が縁側から、こちらに向かって叫んでいる。
「竜馬、子供たちお願い。私も手伝いに行くわ」
「ええー?」
縋っていた壁から体を起こしてみのりがそう叫ぶと、子供に囲まれていた竜馬からイヤそうな嘆き声が返ってきた。そのまま二、三歩進んで振り返ると、みのりはじっと大牙の目を見つめた。
「今日、いろんな人から彼女とどうするのか聞かれると思う。覚悟しといたほうがいいよ」
「うわぁ…」
本人にまだちゃんと伝えていない事に気付いたこの状態で、誰に何を聞かれても答えることなどできない。
それに帰ってから彼女に伝えたとして、それは今日ここでみんなに言われたから仕方なく言ったみたいに取られてしまいそうだ。
「帰りたい…本気で今すぐ帰りたい…」
実家の庭の隅で、大牙は絶望的に呟いた。
壮大なアンジャッシュの始まり…かもしれない




