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しらないところで  作者: 南 紅夏
嵐のゴールデンウィーク編

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バイトの勧誘

 チームTシャツから私服に着替えた湊太と由梨香は、従業員用出入り口には向かわず、「関係者以外立ち入り禁止」と書かれた扉から店舗の方に出た。


 二人の手には、新品のWebカメラとアンドラダイトチームモデルのヘッドセットが入った紙袋が握られている。

 受け取ったヘッドセットのヘッドホン部分にはアンドラダイトのマークとロゴがあしらわれていて、使用中はそれが光る仕様になっている。スタジオで生配信を行う際にも使っているものと同じで、市販もされている公式アイテムだ。


「あれと同じものがここにっ!」

 由梨香は袋をぎゅうっと抱きしめ、にやける口元を隠そうともしない。


 早苗から「志帆ちゃん」と呼ばれていた、二人にこの紙袋を手渡してくれた女性は、アンドラダイトの広報・企画ということだった。

 湊太には何のことか分からなかったが、由梨香曰く彼女は「最初にサクラやってた人」だそうだ。

 由梨香の話だと、彼女は初日に客席に座っていて、場の雰囲気を絶妙にコントロールしてくれていた二人組の女性客がいて、そのうちの一人だったそうだ。


「実際はかなり人数多いよね、あそこって」

「多いけど、誰がアンドラダイトの人で、誰がここの電気屋の人なのか、はたまたさらに別のとこの人なのか…俺じゃ判らん」

 久保田は昔はテレビ局の下請けの番組制作会社にいたそうだが、今はアンドラダイトの人間だと言っていた。オルテガはこの家電店の正社員で、アンドラダイトに派遣社員的な扱いで所属しているそうだ。小豆パパは全く関係のない他の会社の社員で、バイトで土曜のみここに来ている。


 エスカレーターに乗ってどんどん下の階に降り、店内を出口に向かって移動する。こうなってしまうと完全に一般客の高校生で、二人が先ほどまでこの館内でも流されていた配信の出方の人間だなど、誰も気付かない。

 家電店の出入り口から堂々と外に出ようとしたところで、一瞬見覚えのある顔が見えた気がしたと思った直後、腕をがっしりと掴まれた。

「ご同行願おうか」

「…黄瀬ぇ…」

 ため息をつきつつ、湊太は腕をつかんだ友人の名前を口にした。


「えーっと?…じゃあ、私はこれで…」

「うぉい、待て!逃げんなユリカ!」

 今日はコンタクトらしく、メガネをしていない早瀬蓮が由梨香の行く手を塞ぎながら、スマホを手にして素早く何か打ちこんだ。

「…ったく。各入口人員割いて張ってたんだぞ?逃げんなよ」


 どうやら何組かに分かれて、各出入り口で待ち構えていたらしい。

「探偵ごっこか?暇なの?え、何の用だよ」

「いやー、一緒に帰ろうと思ってさ」

 呆れ顔で悪態をつく湊太に、黄瀬はへらりと笑いかけた。


「馬鹿なの?だったら電話でもLINEでも手段あっただろー?」

「…逃げるかと思って」

「なんでだよ」


 出入り口から少し移動し、人の流れの邪魔にならないところまで引っ張って行かれると、すぐに相沢とシバレンが現れた。

「あー!いたいた!メイド喫茶いこーぜー!」

「話がどんどん変わってる」

 笑顔全開で駆け寄ってくるシバレンを見ながら、由梨香が苦笑した。


 まもなくチューレンとなのは、恵麻と若菜も合流し、10人の大所帯になった。

「メイド喫茶行こうぜー!」

 合流するなり、なぜか若菜がシバレンと同じことを言い出した。

「今、なんかデジャブってこういう事かって初めて体感したわ」

 セレンが小さく肩をすくめて笑った。


 湊太はスマホで時間をちらりと確認し、

「悪い。帰ってコレの設定しないと…」

 と言って紙袋をひょいっと持ち上げた。


「なんでだよー!せっかくのアキバだぜ?本物のメイドさんだぞー!!」

「本物ねぇ…」

 自分の顔が自然とイヤそうな表情になってしまったことに気付いて、湊太は思わず黄瀬から目を背けた。その目を背けた先にはなのはがいて、目が合うと、彼女はにまっと笑顔になった。

「黄瀬ぇ。湊太の知り合いん家にガチのメイドいるんだぜー?行くわけねーわ」

「…まじでか?」

 羨望とも絶望とも取れるようなまなざしで、黄瀬は湊太となのはを交互に見やった。


 はっとした顔で、シバレンが両手を頬に当てて由梨香の方を見た。

「なんてことだ!湊太、お前ユリカとそういうプレイを…」

「おー?シバレン、今ここで死んどくか?今ここで私に殺されるか?」

 勢い良く由梨香がシバレンの前髪を掴んだ。

「あっやめて、まじでハゲる!」

「アホみたいにエナドリばっか飲んでるからだろーが!むしるぞ」

 最近前髪が減ってきた気がする、とぼやいていたシバレンは、半泣きだ。

「ごめんなさい、許してぇ~!だからその手を離して~!!」


 コントのようなその光景を見て、相沢は楽しそうににこにこと笑っていた。




 結局帰る組と残ってメイドカフェに行く組に分かれ、その場は解散となった。

 湊太と共に帰る組に入ったのは由梨香となのは、早瀬蓮だ。

「セレンは残んなくてよかったの~?」

 なのはの問いに、早瀬蓮は特に他意はなさそうな表情で彼女の方を振り返った。

「まあ、俺ら若干奴らより遠いしな」


「それを言うなら、恵麻と若菜の方がまだ遠いんだけどね」

 由梨香は苦笑しつつ駅の改札を通った。

「え?まじか。あの二人、帰り大丈夫かな」

「まあ、それはセレンが心配することじゃないさ」

 人のいい心配をする彼に向かって、なのはがやれやれと言った顔でため息をついた。

 どれだけ時間がかかる話か分からないが、部活帰りくらいとそう変わらない時間になるはずだ。そこまで心配する話ではないのは確かだ。


「まあ、何にしても丁度良かった。俺、蓮に話があったんだわ」

 いつも薄暗く感じる駅のホームに上がったところで、湊太は友人の顔を見ずにそう呟いた。

「俺?…他の奴らに聞かれちゃまずい話か?」

「まずくはないけど、いっぺんに説明するのはちょっとめんどくさい。…まあバラバラも面倒なんだけど…」


 湊太のその言葉を聞いて、由梨香となのはは顔を見合わせた。

「え?湊太が呼びたいって言ってたの、セレンの事だったの?」

「うん」

「何でセレン…あ…っ…そうか」

 口を指で押さえて、由梨香は全てを悟ったように質問をやめた。


 湊太と早瀬蓮は中学時代の3年間全く接触がなかったのだが、由梨香やなのははその3年間の早瀬蓮を知っている。この男が恐竜が好きで、生物部でトカゲを可愛がっていることももちろん承知していた。


「あ?なんだか全然分らんぞ。由梨香やなのはは知ってる話か?」

 眉間に皺を寄せながら、セレンは3人の顔を不審そうに眺めた。

「まあ、ご存じです」

 なのはも湊太の狙いに気付いたらしく、そう答えながらにやりと笑った。


「…で?その話…ってなんだよ」

「んー…そうだな。蓮にとっても良いバイトの話があるんだけどさ」

「なんだか嫌な予感しかしないな。ヤバい話にしか聞こえないんだけど」

 湊太は言葉を選んだつもりだったが、思いっきり怪しまれてしまった。


「さっき言ってた、メイドのいるっていう、知り合いのお家の仕事だよ」

 由梨香がクスクスと笑いながら助け舟を出してくれた。それを聞いて、セレンの眉間の皺が緩むのが分かった。

「金持ちの家のバイトか。時給と内容次第だな」

「時給…ってどうなんだろう。日本円に替えるのがちょっと面倒らしくて」

「ほらぁ!やっぱヤバい仕事じゃんかよ!!」

 蓮の叫びを聞いて、たまらずなのはが爆笑し始めてしまった。

「そーだよね、これだけ聞くと怪しさ満載だわ。ウチも一回付き合ったけど、知らない部族のコスプレさせられるわ湊太もユリカも頭ブリーチされるわ、いっつも想像の斜め上行くもんなぁ」


「それで二人の髪の色が変わってたのか。何だよ、近所に道楽者の金持ち外人一家でも住んでんのか?」

「うわあ、完全に否定も出来ない」

 蓮の推測に、湊太はそう言いつつ遠くを見た。


「しかもあの時の報酬は豪華ランチだったしね」

 とろける肉の味を思い出したのか、由梨香はうっとりと頬に手をやって目を伏せた。

「アレって報酬か?まあめっちゃ美味かったけどね。ウチだけ子ども扱いされたの心外だったけどさ?」


「明日…はシュートの引っ越しか。…明後日!うちに来いよ。連れてくから」

 スマホでスケジュールを確認し視線を上げると、不満顔の由梨香がじっと湊太の顔を見ていた。

「えっ…ずるい。私もまだ行ったことないのに!」

「ウチも行く!いきなりセレンだけ連れてくのはないわー!」

 二人とも、湊太がセレンを農園に連れていくであろう事を完全に理解しているらしく、身を乗り出して同行する事を要求して来た。


「え?二人は行ったことあるの?ないの?どっちだよ!」

 女子たちの発言がセレンには矛盾だらけに聞こえたのだろう。前髪を掻き上げるようにして頭を押さえると、セレンは再び眉間に皺を寄せた。

「湊太がセレン連れて行きたいところは、私もなのはも行ってない…相性もあったよね、大丈夫かな?」


「いやいや、それより前に多分説明で半日かかるって。いきなりは無理だ、まず説明からだな…」

「あー…っそっか、そうだった」

 逸る女子二人を湊太が抑えると、由梨香が途端にがっくりと項垂れた。


「待てって、俺まだ行くとか言ってねーからな?」

 勝手に進む話を蓮が慌てて遮ったところで、電車が到着した。

「何言ってんのさ、こんなのセレンが一番喜ぶ案件じゃんかよ」

 なのははにやにやしながらそう言い捨て、電車に乗り込む。

 蓮を一瞥し、湊太は何も言わずに由梨香に腕を引かれて電車に乗った。


「なに…?俺がおかしいの?」

 愕然とした表情のまま、早瀬蓮はとぼとぼと電車に乗り込んだ。




 少し先の駅で全員がようやく並んで座れた時、なのはに促されて今日の観覧席の顛末を蓮が話し始めた。

「チケット申し込んでたのは相沢で、最初は俺ら弁当メンバーが誘われたんだよ」


 蓮の話によると、昼食メンバーが湊太を除くと5人なので、4人Maxの1枠ではどうしても足りないと思い、2枠申し込んでいたのだそうだ。

「余った枠は捨ててもいいかって思ってたらしいんだけど、それならって黄瀬がなのはに声かけたんだ」

「どうせならあと二人女子連れて来いって言われたからさ?先輩はちょっとってなると、あそこに誘われて喜びそうなのがワカエマしか思いつかなかったから」

 にしし、と白い歯を見せてなのはが笑った。


「まあ…正解だと思うよ、その人選は」

 湊太もふっと頬を緩めた。

 右腕には由梨香ががっしりと取りついていて、眠そうにうとうとと寄りかかっている。

「ユリカ、帰ったら先にそっちパソの設定も俺がやっとこうか?」

「うん、助かる。お願い…」

「あー…ダメだ。パソのパスワード分らん。教えてくれたら出来るけど…」

「絶対イヤ」

 眠そうに目を閉じたまま、しかしパスワードの開示は断固拒否の構えだった。


「じゃあ、ちょっと早めに来てくんないとどうにもならんぞ?」

「うん、早めに行くから…」

 そのまま、消え入るような声になると、由梨香はすーすーと寝息を立て始めた。


「そんな油断しきってるユリカって初めて見たな」

 意外なものを見た、と言ったところだろうか、驚きが混じったような声で蓮がそう呟いた。ちらりと横目で見たその顔には、落胆と悔しさが滲んでいた。


 ―――ホントに、こいつユリカの事好きだったんだな。


 実際のところ、湊太の立場も蓮と大差ない状況なのだ。

 背中を預け合って銃を構えている状態というだけだ。湊太は、由梨香に向かってくる蓮に銃を向けているが、二人が撃ち合ってどちらが倒れても、彼女がこちらを見ることはない気がする。由梨香と湊太はずっと背中合わせで、お互い顔を合わせることは消してない、多分そんな関係だ。


 誰よりも近くにいることを許されているだけの、友人でしかない。

 しかし、仮面夫婦のようなこの状態の方が、正直楽だと気づいてしまった自分がいる。


「明後日…か。行くよ。そこまで3人が俺に勧めるって気にはなるしな。…何か怖いんだけどさ」

 急に覚悟を決めたような顔になり、セレンが湊太に宣言した。

「…ん、実際に見て決めて。嫌だったらイヤって言ってもらって構わないから」

 湊太は口ではそう言いつつも、蓮は絶対にイヤだとは思わないだろうな、と考えると口元がにやけてしまった。


「湊太ん家に行けばいいんだっけ?つか俺、お前の新しい家って場所知らないんだけど」

「じゃあ、駅で待ち合わせる?バス乗るだけだけどさ」

 眠っている由梨香の頭をぽんぽんと撫でていたなのはが、嬉しそうに身を乗り出して一番遠くに座る蓮に提案した。

「次からシュートいないから寂しかったんだ!途中でユリカも乗ってくるし」

「…そっか。じゃあそうするわ」

 少し嬉しそうな表情を浮かべ、蓮はなのはの提案に乗った。


「あー、そうだ蓮。今日みたいにコンタクトで来て。メガネは危険な気がする」

「怖いわ!…ますます意味わからん!!」

 折角忠告したのに、そのせいで再び蓮の表情に不信感が戻ってきてしまった。


 湊太の脳裏に、巨大なアンカードラゴン『シルワヌス』がふっと浮かんだ。なぜか想像の中で()のボスドラゴンが、にやりと笑った気がした。


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