新たな出会い
外にいた人はどうやら僕の部屋に用があるみたいだった。
ノックする音が聞こえて、僕は答えようとしたが、言葉が出なかった。
『この体の持ち主は会話ができないのか?』と少しだけイラッとした。
ノックしても返事がないと、扉が閉まってない事に気づいた足音の主は部屋に入ってきて、すぐに僕に気づいた。
「誰かそこにいるのか?」そう聞いたからだ。
僕はそれでも息をひそめた。
万が一敵だったらごめんだらからだ。
入ってきたのは妙な男の人だった。
僕はこっそり彼を鑑定しようとしたが、なぜか失敗した。
「その他の人物の鑑定に失敗しました。」と声が聞こえた。
もっと部屋の奥に入ってくると男の姿がはっきりと見えた。
『だれ?』そう頭で思いながら僕は彼を見上げた。
「ここに人が住んでるなんて、やっぱり噂には真実が少なからず伴ってるんだな。」そう男は言った。
『噂?』
彼は僕の前に座ってあぐらをかいた。
彼は掴み処のない、謎の多い男だ。
その謎めいた雰囲気はどことなくあの紳士を思い出させた。
彼の瞳と髪の色は灼熱に近い炎色だった。それに、彼の肌色は驚く程に、燃え盛る業火のような赤だった。
彼の腕には真っ黒な龍の印があった。
男は僕の前に座ると、僕をじっと見た。
ちょっと後ろに下がりたかったが、あいにくと壁があって無理だった。
そこでもう一つ普通じゃない点が明らかになった。
触ってもいないのに彼の体温を感じた。
まるで暖炉のような温もりだった。
彼は何気に謎めいた笑みを浮かべて僕を静かに見つめ続けた。
口を開いて話をしようとしたが、何も出なかった。
そして、何度かの挑戦の末にやっと声が出た。
「お、まえ。ど…こ、から、来た?」僕が途切れ途切れにそう聞くと彼はいたずらっぽい顔で言った。
「ここで話すだけはつまらないからな。自分の目で確かめてみるか?」
そう言うと立ち上がって僕の手首を掴んで引っ張った。
『うわぁっ、とっと!』と転びそうにもなったが、何とか持ちこたえた。
外は部屋の中とはまた違う意味で寒かった。
僕の服が薄いと言う事もあったけど、それだけじゃない気もした。
そして、そこでは空から何かふわふわなのが降っていた。
それが何かときいたらそれは『雪』だと教えてくれた。
『は?今雪って言ったか?あの雪か?僕の知ってる意味の雪だよな?これが?』あまりにも僕の知っている形と違うので頭の中に質問が途切れなく湧いてきた。
その雪は僕が知っている白ではなく、透き通った透明に近い青い色で、形は六角形じゃなくて球形だった。
そのあまりの美しさにみとれてしばらく外でそれを眺めた。
時間が過ぎるのも忘れずにはいられなかった。
「寒いだろう?もう中に入った方が良い。」と、長い間立っていた彼が言った。
「さ、むい。ちが…う。」
『原始人か!はぁ~これ流調に喋れる様になるまで時間かかりそう。』
そして彼と自分の言葉を聞いてふと気づいた。
『そう言えば、なんで僕はあの部屋にずっといて、今まで平気でいられたのだろう?』と。
そう言って暫く歩くと、村みたいなところに着いた。
「俺は一応この里に泊まってるんだ。住んでるところはまた別だけど、そこは、ここからだと遠すぎて連れていけないんだ。」と説明してくれた。
だが妙な事に、僕が街に入ろうとすると、彼は僕の手首を掴んで引き止めて首を横に振った。
「すまないけど、お前を街に入らせるわけにはいかないんだ。赦せ。」
彼はそう言って何も説明しなかった。
『きっと理由があるんだ。』
悔しかったけど、そう割切る事しかできない自分がいた。
その後僕達は部屋にも帰って地面に座った。
「さっきの雪、奇麗だっただろう?」と彼は僕に聞いてきたが、どこかさっきの出来事を誤魔化そうとしているようにも見えた。
「たし…か..に、キラキラ…してた。」と一応話に乗ったが、納得したわけではなかった。
その雪が降るのはまたみてみたいとも思った。
彼は毎日部屋へくるわけではなかったけど、頻繁にはきていた。
そしてこれが僕が二回目に感じた違和感に繋がるカギになった。
なぜか彼はいつも足音を立てずに忍び込むように部屋に入ってきてはとても安心したような表情になる時があった。そして入ってくると決まって入り口になにやら結界っぽい透明バリアを張り、不安そうな表情を浮かべる時があった。
「いつも、やってるの、何?」とある日聞いてみた所、彼は少し用心深そうな顔になった。
だが僕はどうしても知りたかった。
彼は絶対教えたくない様子だった。
彼の目には僕の顔が絶対教えてほしい顔に見えだったんだろう。
数分睨めっこすると、彼は負けを認めたかのようにため息をついて仕方なさげに話してくれた。
「これは無音結界と言って、結界の中にいると外の人には僕達が話すときの声や立てる音が聞こえなくなるんだ。」
「何で、隠す必要、があるの?」そう聞いたが彼は黙り込んだ。
睨みあいをしても意味がないきがしたので話題を変えた。
「ね、また話が聞きたい。何かないの?」僕は彼が話してくれる物語を聞くのが大好きでたまらなかった。
彼の表情はまた深刻になった。何か覚悟してるのか、決断してるのか。
とにもかくにも、深刻だった。
そして深呼吸してから、僕の目を見た。
「じゃぁ~、昔この付近で昔起きたことの話をしてあげるよ。つっても、他人から聞いたから信憑性には欠けるかもだけど。」
そう言って彼は語りだした。
彼が話してくれたのはあまり愉快な内容ではなかった。
とある村の話で、その村にはとても美しい女性が住んでいたらしい。
彼女は元々その村出身ではなく、ある日、よそから突然やって来たと言う。
それも、お腹に子を宿した状態で。
彼女は一人で来て村はずれに家を一つ立ててほしいと村長にお願いをした。
彼女を哀れに思った村長はお腹の子に免じて彼女の頼みを聞き入れてくれる事にした。
彼は村の外れに小さな一軒家を職人たちの腕を借りて建てた。
建て終わった家に彼女は一人で暮らし始めた。
そして数か月後に彼女のお腹の中の子が生まれた。
だがその子が持ってきたのは幸せや幸福ではなく、悲劇だった。
赤子が生まれそうだという事実を聞きつけた村の助産婦の一人が彼女の出産を手伝いに、女性のすむ一軒家へと足を運んだ。
ところが、到着した助産婦が見た光景は子供を産もうとする妊婦とは思えない、それはそれは悲惨な光景だった。
助産婦によると彼女は死を目の前にしているかのような苦しい顔をしていたらしい。
「どうしたの?!」と駆け付けた助産婦はどうしたらいいのかわからないまま、女性の苦しみ呻く声を聞いている事しかできなかったという。
だが、うめく中、女性は諦めずに子供を産んでみせた。
その激的な出産の事を聞きつけた村長は事情を説明したのちに王都の鑑定士を村に招き入れ、産まれたての赤ん坊を鑑定させた。
鑑定士が赤子を鑑定した結果、生まれたその子が尋常ではない魔力を持っ
ている事が判明し、生まれて一年にも満たなかったある日、魔力暴発を起こ
し、母もろとも家を内破させてしまった。
なぜか、赤ん坊のみ生き残り、村の人々はその子を恐れた。
その子を恐れた余りに彼らはその子を生まれた家に放置することにしたが、村長は可哀そうに死んだ女に免じて、家を小さく立て直し、赤ん坊に食事係を付けると急いで去って行った。
その家の周辺はその子供の魔力で変貌し、異質な森と化してしまった。
女性の出産後の続きを聞いた僕は背筋がゾクッとした。
『あれ…?もしかして…まさか、その赤子って…』と、疑念のような物がどんどん湧いて来た。
『確かめないと。』そう思った。
だけどこれらの思考はただ物語を聞いた僕の憶測でしかない。
なのに物語に出る赤子がこの体の少年である気がしてならなかった。
『僕はあっちの世界から、何らかの理由でこっちの世界に飛ばされて、この少年の体に宿ってしまったに過ぎない。或いは、転生した可能性も…』
『なのに…』
『いや、やめておこう。一度始まったらきりがないから。』
「まぁ~これは村に伝わってる都市伝説みたいなものだからな、実際なところ本当なのかどうかは誰も知らないんだ。」彼はそう言った。
しかし僕は彼が何か知ってるような気がした。
そうじゃないと僕にこんな話してくれる意味がない。
「この前、僕を街に入れなかった、関係ある?」
「ある、けど、俺の口からはこれ以上何も言えない。」
その日、彼はいつもより少し早く帰っていった。
彼が再び部屋にきた日は雪が降っていなかった。
「ねぇ。また、外行きたい。」僕はそうねだった。
彼は仕方なく了承した。
僕は彼を引っ張って森に踏み込んだ。
僕はもっとこっちの外の世界を知りたかった。
この前の話を忘れたわけではなかったが、僕のうかつな言動で楽しい空気を重くさせたくはないと思った。
暫く一緒に走ると丘の様な崖にたどりついて、とたんに彼は寝転がった。
「あ!疲れた!もう動きたくない!」そう呻きながら目をつむると笑顔になった。
「空気がとてもうまいぞぉ…お前も寝転がってみるといいぃ…」
そう言ってそのまま眠ってしまった。
『って、子供か?!』と頭の中で思いながらも、とても楽そうだったので、彼の言葉に甘えて同じように寝転がって彼のように目を閉じてみた。
彼の言う通りで、案の定僕も眠くなっていった。
夢を見たのかはよく覚えていないが、いきなり冷たい感覚に乱暴に起こされた。
冷たいものが鼻に触り、僕の眠気はどこかへ行ってしまった。
思わず声を出してしまった。
「うわぁっ!」と。
寝ていたトートも僕のいきなりの大声に驚いて起き上がった。
起きたばかりの彼の顔はかなり面白いものだった。
あまり面白いので思わず吹き出して笑ってしまった。
「トートの顔、寝起きだと、面白い!」と笑いが止まらなかった。
「もういいだろう?そんなに笑わなくて。」と彼はすねるふりをした。
僕はいきなり冷たいのが顔に当たってビックリして起きたと話した。
「雪降ったな。」彼はそう言いながら僕等は一日中楽しく過ごした。
じつは彼が寝ている間丘を見下ろしたが、そこは以前彼が連れて行ってくれた里の真上にある丘だった。
それからも彼は僕の部屋に出入りしてはお話を聞かせてくれたり、遊んでくれたりもした。
彼が部屋にくるようになって半年が過ぎ、僕はその間にずいぶんと会話ができるようになっていた。
おそらくこれはずっと僕に接してくれている彼のおかげなのだろう。
ところがある日、どれだけ待っても彼は部屋にこなかった。
彼に聞きたいこともあるので、探しに行く事にした。
❖
一方で、友人に会いに行こうとする男の前に村の人が立ちはだかっていた。
「お前、あのバケモノの所に通ってるんだよな。てめぇが誰だか知らねぇけど、よそ者が我が物顔でウロチョロすんのは感心しねぇぞ。」
と、いかにも小者らしいセリフをはいては時間を稼ごうとしていた。
だが、村の人たちはもちろん、今も部屋で待っている友人ですら男の正体を知らなかった。
「彼は化け物などではない。後、あの子に会うのが君たちにとってどれだけ迷惑なのかは、俺の知った事じゃない。ただ、何の罪もない人間を獣みたいに閉じ込めておくのはどうかと思うだけだ。」男は、実は少し腹が立っていた。
あの少年を最初に見た時は驚くことしかできなかった。
長くて、手入れされた痕跡の欠片もない髪。凍え死んでも不思議じゃないくらい薄い服。体を長年洗ってないせいで荒れ果てたボロボロな皮膚。やせ細った手足に胴体。生きてる方が不思議だった。だけど、それ以上に驚いたのは少年の有する内面的な魔力の量だった。
実を言うと、男が少年の住まいに訪れたのは偶然ではなかった。
あれは、時間をさかのぼる事数日前の事だった。
男は、知り合いに頼まれてある場所を調査しに来た、それがちょうどあの村のはずれにある異質な森だった。
季節外れにも程があると思うくらいに一年中雪が降り、なおかつ植物も生えていると言う。
最初にその森を見た時は何とも気味が悪い森なのかと眉間にしわを寄せながら思った事だ。
そこで男は情報収集の為に村の人たちに話を聞く事にした。
最初は誰もまともに答えてくれようとしなかった。
だが、男は諦めずに毎日聞き込みをした。
すると、ある助産婦に逢った。
「そこの人。」と助産婦は男に声をかけた。
助産婦は男を家に招き入れた。
そして、彼が森の話を聞きたがると知った彼女は、勇気を出して全てを話した。
「座って下さい。私が全てお話しします。」不安で声が震えているにもかかわらず、彼女は語った。
その後、男は彼女が指さした方向に足を運び、少年と出会った。
今回も少年に会いに行く途中だったが、彼の行動を不審に思っていた村人の一人に後を付けられて、そして今に至る。
「罪のない人だと?」村の人はあざ笑うかのように聞いてきた。
「罪がないわけないだろ!自分の生みの母親を殺した奴だぞ!赤ん坊だったから目をつむれってのか?!親殺しの事実はいくら目を逸らしても消えねぇぞ!」と村の人は狂ったかのように怒り笑った。
「罪は、悪いと自覚しながら行うときに初めて裁きの対象になる。少年が親をその手にかけてしまったのは事実だが、意図的ではなかったことくらいは本人を知ればわかる。そして、彼が起こしてしまった魔力爆発は不可抗力としか言いようがない。あれは事件ではなく、悲劇だ。」
だが、どれだけ解らせようとしても、村の人は聞く耳を持たなかった。
それどころか、信号で仲間を呼び、男の前に立ちはだかった。
正体を知られるわけにいかなかった男は、自分の実力を明かさず、村の人たちにこっぴどくやられてしまった。
途中で少年の気配を感じた男は少年の身を案じ叫んだ。
「それ以上来るな!」と。
争いは間もなく終わって、どうにか致命傷は避けられたものの、回復する時間はなかった。
「お前、何者だ?」
「俺は、お前たちのその質問に答える義理は一切ない。失せろ。」とちょっとだけ目を光らせた。
「ちっ。行こうぜ。」と、村人たちは後ずさりながら逃げて行った。
疲れていた男は、そのまま地面に倒れた。
僕は彼をもう少し待ってみる事にしたが、その決意は決まる間も虚しく、あっという間に猛烈な不安呑み込まれてしまったのだった。
そして僕は、その不安を抑えられず彼を探しに外に出てしまった。
〈ここ、独で出るの物凄い勇気が必要になったの忘れてない。〉
雪こそさすがにもう降ってはいなかったけど、異質な森に変わりなかった。
冷たい地面の空気、冷気で凍り付いてなおわずかに生存していた植物。
だが、いくら歩いても彼はどこにもいなかった。
ゆっくりとたまっていく不安は絶望の前触れのように思えた。
「このままみつからなかったらどうしようかな?」と呟いてしまった。
悪い考えを払って、僕は歩みを速めながら彼を探し続けた。
彼を呼ぶべく口を開けたが、何も出てこなかった。
「お~い!どこにいるのぉ~?」
『って、迷子じゃないし!』と我ながら恥ずかしい突っ込みを頭の中で自分に入れた、情けない話である。
『最初に会った後に名前をきかなかった僕の自業自得だな。』
そうしてもう少し歩くと赤い何かが誰かと戦ってる様子が見えた。
僕はもっとよくみようと目を細めた。
「個体名は『超視覚』を獲得しました。」とまた声がして、透明な画面が現れた。
僕はスキルの説明を見ずに戦いに視線を向けた。
戦ってたのは男だった。
僕はもっとよく見るために近づいた。
「それ以上来るな!」と彼は突然叫んだ。
一瞬足が地面に固定した用に動かなかった。
彼は何かを言いながら相手とやりあっていた。
村の人達の中には槍を扱う武人もいた。その人が槍を放ったりもした。
その後、彼らは何やら会話をしてる様子だったが、表情からして平和な者ではないことくらい分かった。
そして男は、力尽きたのか地面に倒れた。
相手の村人たちは攻撃を止めて後ずさんだ。
「ちっ。行こうぜ。」そう言うと、村の人たちは去って行った。
「ね!」そう叫んで駆け付けた。
「今の、何だったの?」と物知りた気に聞いた。
彼は大きなため息をしながら地面に体を伏せた。
「お前んとこ通ってるんばれちゃった。」と言って、申し訳なさそうに笑う姿をみて涙が堪えようのない勢いでこぼれた。
「僕は、自分にそんな大それた価値があるとは思えない。僕はこの村の血筋じゃないから、面倒見るのが関の山だから、そんな何処にでもいる有象無象の一人だけなのに。」
「分かってないな。お前には自分がそんな風に見えてるかもしれないけど、俺にはお前が凄い奴に見えるぞ。だって、そうだろう?あんな森に一人で暮らせるんだからさ。」と僕の頭をなでながら励ましてくれた。
僕の質問がはぐらかされたように感じたが、わざと話題を避けたくて他の答えを出されたような気もしたので、それ以上は何も聞かないことにした。
僕が隔離されているのは物語の流れでわかっていたはずだったけど、認めたくなかった。
一人は、もう孤独は嫌だったから。
「けど、残念なことに俺はもう帰らなくちゃならない。ここにはもう来れない。」とまるで遠くへ行く口調で話した。
「いなくなっちゃうの?」そう涙目になりながらきいたが彼は黙り込んだ。
いつもとは違う。
彼は体を起こすと近くの木にもたれかかった。
「それで、さっき火出てたの、あれは何?」ときになってついにきいてしまった、彼の語りを途中にさえぎってしまった。それでも彼は答えてくれた。
「あれは魔力で生み出す魔法って言ってな、魔力はこの世界を廻してる命の源なんだ。君は息をして、その息が体内を回るだろう?魔力は世界にとってそう言うものなんだ。魔力は世界が生きるために必要だから無限に生み出される。俺もしんだら魔力になる。それを感じ取って使いこなせば、お前は無敵にもなれる。」彼は説明が終わると一息してから自分の話を続けた。
「初めて雪をみた時の事、覚えてるか?」僕は激しくうなずいた。
「あの後丘の上でも雪に触れただろう?なんて思った?」
そうきかれると、少しばかり考えざるをえなかった。
そして答えた。
「外に降る雪が不思議でまたみたいとおもった。君ともう一度みたいと思ったんだ。好きだって言ってたから。」
すると彼は目を輝かせて言った。
「それが想像力だ。見たい、聴きたい、触りたい、感じたい、味わいたいと言うその他全てが魔力を具現化させる理想の力になる!ワクワクするだろう?」
「うん!」
彼が話し終わるとふと思い出すように口から質問が飛び出した。
もう後悔したくないと思った。
「君の名前を僕に教えておくれ。」彼はいまだに名乗ってない事に気づいて少し照れたようにみえた。
彼は自分の名が「トート」だと言った。
僕の世界で「トート」って確か、知恵と知識を主るエジプトの神だっけ?
この世界にあっちの世界の常識とやらが存在するかも通用するかも微妙だが。
「いいか?名前には力がある、それが誰かの支えになる時もあるし、お前の支えになる時だってある。」
「僕に名前なんてないよ。」と混乱しながらも答えると、トートが少しだけ馬鹿げていると言わんばかりに微笑んだ。
「バカ、だから俺が付けてやるんだよ。正確には俺の故郷に伝わる伝承の名前、だがな。俺の故郷ではフレイルと言う神をあがめる習性があってな、王権、豊穣、平和と繁栄、晴天と豊作、これら六つの系統を主る神でな、お前にあの方の名をやるよ。今日からお前はフレイルだ。」彼は名前を譲渡すると少しふらついた。
どうやら他人に名前を授けるのは誰にでもできる系統の業ではないらしい。
彼が僕に名前を授けた瞬間何かが起きた。
言葉ではとても表せない何かが。
そして聞こえた。
「個体名に名前が付与されました。続けて、新しい種族への進化を開始します。」
その発表音声が終るも恐ろしく、「進化」が始まった。
体の体温が同時に反転してるような感覚に激しく襲われて、地獄の様な反転的な何かが起きた。
体が燃えて灰になるかもしれないと思ってしまう程に熱くなった。
『苦しい!』
『熱い!』と思ったら、北極より寒い豪雪地帯に丸裸で放り込まれたみたいに体の温度が一気に下がって。
『いや、周りの温度?解らない。』
『寒い!』
『痛い!』その感覚はまさしく地獄そのものだった。
そして、昔に一度だけかかってたインフルエンザを思い出した。体の体温が動転するあの感覚。病院に運ばれて、視界が狂ったり。耳鳴りがしたり。
何も見えなくて、真っ暗、なのに太陽を直視して目が焼けるくらい痛くて。『暗い!』
『眩しい!』
『目が!くっ!』
暗闇と激しい光が猛烈な速さで転替した。
静寂と轟音が耳のすぐ隣で狂舞を踊った。
『うるさい!』
『静かすぎる!』
『があっ!』
と思ったらいきなり止まった。
冷汗が止まらなかった。
僕は、無意識に止めていた息を吐きだした。何度も。
「個体名フレイルの進化に成功しました。種族は〈超人族〉です。」
疲れ果てた僕はそのまま地面に倒れた。
「おい!大丈夫か?!」と心配そうなトートの声がかすかに聞こえた。
「大丈夫…では…ない…けど、名づけ…による、新しい…進化…で、ちょっと疲れた…だけ…ヘヘっ。」そう言ったとたんに怪我したのを忘れたのか素早く立ち上がってぼくの所に来た。
「名づけによる進化だって?!」とトートはとても驚いた顔を見せた。
僕は頷いた。
「うん。今声が聞こえて、〈超人族〉に進化したって。」と伝えた。
「前代未聞だ、こんなの。」とまた座り込んだ。
僕が息を整えるのに5分かかった。そして聞いた。
「それよりトート、僕は君に聞きたいことがあるんだ。君が以前話してくれただろう?町はずれに暮らしていた女の事。あれは僕の母親の話だよね?あの生き残った赤ちゃんは、僕だよね?」答えを聞くのが怖かった。だけど、聞いておくべきだと思った。僕の今後の為に。
トートの顔は途端に深刻になった。
「その質問に対する答えは、お前を苦しめるかもしれない。それでも聞きたいか?」そう聞いた彼の問いに頷いた。
「そうだ、お前の母親の出産を助けた助産婦から話を聞いた。」と見事に僕が恐れていた事を肯定した。
「そのせいで、君は村の人たちに忌み嫌われている。村人たちは知る由もないが、俺にはわかる。お前は『魔の子』だ。」
「魔の子?何それ?」
「魔の子は、詰り、『魔法神に愛されし申し子』の略語だ。」
僕がステータスを確認すると「称号」と書かれているところの横に確かにそう書いてあった。
「お前、母に会いたいか?」と彼は突然聞いた。
僕は首を横に振った。
「自分にそんな資格があるのかな?」と悲しげに問てみた。
「資格だ?お前の母親だぞ!あるに決ってんだろ?助産婦さんが場所を教えてくれたから、連れていける。もう一度聞くぞ。母親に会いたいか?」
二度も断る事は出来なかった。トートは墓の入り口まで案内してくれた。
「俺はここで待ってるから行ってこい。」と言った後、トートは何故か一緒には来なかった。
『元の世界ではどんな花を墓においてたんだっけ?』わからない。
母のお墓は思ったほど蔑ろにされてるわけではなく、以外と僕の部屋の近くに埋葬されていた。
特別でも何でもないただの石だったのに、そこには母の名前を添えた文章が一線だけ刻まれてた。
⊰ここに眠るはフリアレン・ハイムなり⊱と。
彼女との思い出は何もないし、そもそも彼女はこの体の生みの親であって、魂側の僕の母親ではない。
けど、長かったはずの彼女のいのちは縮まされた。
そう思うと、涙が溢れた。
僕は声を堪えずに思い切り涙を流して泣いた。
声がかれて、これ以上涙が出なくなって、それでも足りないくらいに思いっきり泣いた。
それぐらい悲しくて、僕も、この体の主も、母親に会う事はもう二度と叶わない。
「いなくなってごめんっ!母さん!」と日本で僕の事を心配しているであろう母にも僕はひたすら謝った。
直接赦しを請う事も出来ない。
何もできない。
僕は、ある意味この少年に自分を重ねていたのかもしれない。
僕も、この少年も、二人とも孤独だった。
僕があの部屋で目覚めた時に、その部屋にいた経緯を聞いた時に胸がとても痛んだ。
『寂しかったんだろうな。』
そう思った。
周囲に誰かいたならきこえたに違いない。
悔しかったし、悲しかった。
不可抗力な悲劇だったとわかっていても、自分に腹が立った。
だけど、そうやって嫌な思いを抱え続けて乗り越えようとしない人の未来に待っているのは堕落と言うさらなる地獄しかない事を、前世の経験で僕は良く知っている。
情けないと思う事自体は悪い事じゃないけど、その考えに飲まれたらそれでおしまいだ。
この悪い思考回路がいつか、どこかで終わりますように。
そう願ってみるのも悪くないけど、これも間違ってる。
自分で断ち切らなきゃいけない。
「もう僕は無関係ではいられない。この少年は僕で、僕はこの少年だ。」
その日、少年の分まで生き延びると固く決心した。
僕はその一日ずっと花をさがしたが、墓に相応しいと思える花はみつからずじまいだった。
「お花がみつからないんだ。だからその代わりに、僕の涙を…」そうして流した最後の涙の一滴が、母の墓場に落ちた。
その後数分もの間離れる事を戸惑っていた僕はやっと去る勇気を振り絞って、お墓を離れた。
めそめそしてはいられないと思った。
お墓参りを終えて部屋に戻ると、トートが僕を待っていてくれた。
「よし、もうここに未練はないな、フレイル。」
「その名前、まだ自分のだって実感が湧かないや、へへ。」そう照れるように笑った。
「早く慣れろ、じゃないと俺の魔力が無駄になっちまうだろう?」と、トートは以前と違ってもっと気楽な話し方をしてくれるようになっていた。
「ごめん、ごめん。善処するよ。」
「よし、じゃあ行くぞ!」
そして、僕に気を使ってくれたのか、トートは旅のペースを僕に合わせてくれた。
無音結界も張ってくれた。
そのおかげで僕達は誰にも築かれる事なく里を離れることができた。
僕とトートは里から大分離れた所に洞窟を見つけたのでその中にとまった。
「今日はゆっくり旅だったけど、明日はちょっとペースを上げるけどいいか?」と丁寧に聞いてくれた。
「うん。僕も早くあの里から離れたい。」
「今日は日ももう暮れたし、しっかり休め、明日の為に。」そう言って何枚もの草や葉っぱで造った仮のベッドを二つ用意して僕達はその上に仰向けになってそのまま深い眠りへといざなわれた。
次の朝起きるとトートが荷物をまとめて出発の準備を終えていた。
「出発の準備はできたか?」
「うん!これからどこに行くのか楽しみ!」
僕達は洞窟の更に中に進む事にした。
そして分かったのが、そこは洞窟ではなくトンネルみたいなところだって事だった。
だけど、暗闇を心配する事はなかった。
トートが明かりを灯してくれたおかげで、道中はそれなりに見えた。
暫く歩くと明かりが見えてトンネルの外に出た。
僕は日差しが目に差し込んで、眩しくて目を閉じた。
そして、隣でトートはどこか誇らしげに言った。
「お前は、世界の広さをまだ知らない。俺だって全部は知らない。全部知るなんて、そんなの神だ。だが、だからこそ、生きて、知っていくのは底知れなく面白いし、人生を豊かにしてくれる。」
僕は目をゆっくりと開けた。
そこは草が伸び伸びと生えてどこまでも広がっている草原だった。
❖
一方で謎の紳士は千里眼で転生してフレイルと言う名を授かった少年を懐かしげに眺めていた。
その横に立っているトートも見た。
「おや、おや。貴方がそこにいるのですか?羨ましい限りです。」と囁いた後うっすら笑ってこう呟くのだった。
「さぁ~少年、この世界が与える試練を、お前さんはどう乗り越えて来るのでしょうか?」と。
つづく…




